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6.天国ロードとストロー隊

一週間後の朝が来た。天国ロードのスタンバイは三十一番の吉田が夜の十時、三十二番の郷原は十時十五分との連絡があった。

郷原の後ろには、三十三番の野球選手、三十四番のキャバ嬢が続くのだろう。

いつの間にか死神が現れ、後ろで様子を窺っていた。

死神のラジオから天気予報が聞こえてきた。それによると、台風の速度が予定より遅く、風の影響が出るのは明日の朝だということだ。

――よし、これなら大丈夫そうだ。

ちょっと安心したが、午後三時を過ぎた頃、天国ロードの中間ポイントにトラブルが発生し、修理が必要だと案内があった。

――なんでこのタイミングで。早くしてくれよ……。

固唾をのんで修理を待った。

結局六時間遅れで天国ロードは再開したが風が強くなってきた。台風が速度を上げて近づいてきたようだ。横殴りの雨が容赦なく降り続き、雲の中で雷が光った。吉田が慎重に天国ロードに入っていった。

「行ってきます」

片手で敬礼のポーズを取り、緊張の面持ちで郷原を見た。

「大丈夫だ。背筋を伸ばしてな。バンザイの姿勢を崩すなよ」

天国ロードは透明のチューブのような細長い空間だ。中に入ると微かな上昇気流で吉田の身体が宙に浮く。これは天国と現世との気圧差と、ストロー隊の吸い上げによるものだ。ただ、天国ロードは死んだ魂を天国に運ぶために、天国で作ったものであり、現世には存在しないものである。だから、現世の雨風などは、お構いなしにチューブの中に入ってくるので雨除けにもならないのだ。

吉田はアドバイス通り、両腕を上に伸ばしたバンザイの姿勢で上昇していった。郷原がエントランスで吉田の後ろ姿を見守り、その斜め後から死神が様子を伺っていた。

雨が更に強くなってきた。それでも風がいくぶん弱くなったのには助かった。郷原は天国ロードに入り、吉田の後ろを昇っていく。中間地点を通過した。少し遅れだした吉田が、郷原の少し上をまっすぐに手を伸ばしバランスを保ちながら上がっていく。

「うまいぞ、気を抜くな!」

あと少しで吉田の手が入口の扉に届くときだった。

目の前で強烈な閃光が瞬き郷原の頭の中が真っ白になった。ものすごい圧力が全身にかかり、数十メートルほど落下した。続いて、『ドドーン』と爆音が鼓膜をつんざいた。見上げると吉田の身体が大きく横に傾いていた。ぐったりして動かない。吉田の矢に雷が落ちたのだ。

「吉田あぁぁぁぁ―――」

ありったけの声で叫んだがピクリとも動かない。気絶しているようだ。

ストロー隊が統制の取れた鼓笛隊(こてきたい)のように号令を掛け合って吉田を吸い上げる。横になったままの吉田が少しずつ上昇しはじめた。だがこのままの体勢では扉に引っかかる。

「吉田あぁぁ――、目を覚ませ――、 身体を起こすんだ――」

いくら叫んでも吉田は気づかない。やはり、横向きになった矢が扉に引っかかる。ストロー隊が、ひょっとこのようにほっぺたを膨らませ、吸ったり吐いたりを繰り返す。横向きの体勢を戻そうと、一度吉田を十メートルぐらい落下させてから、反動をつけて一斉に吸い上げるがうまくいかない。必死の形相の隊長が、十人の白装束を、素早く五人二組に分け、頭側五人で息を吸い、足側五人が息を吐いてみたが、これもうまくいかない。吉田は気絶したまま、扉の真下でぐったりと横になっていた。

とうとう郷原が吉田のすぐ下まで近づきストップした。その更に下には野球選手の姿も見えてきた。

「残り時間はどのくらいだ?」

扉の奥から緊迫した声が聞こえてきた。

「限界です。三十二番が止まってます。三十三番も見えてます。次がラストチャンスです」

――これはまずい!

「ちょっと待ってくれー」

天国の入口に向かって叫んでいた。天国ロードの気流が止まった。

傍らでニタニタ見物している死神に合図を送った。

「お呼びでしょうか?」

死神の嬉しそうな声が不気味に響く。

「例の取引に応じよう」

「え、ほんまかいな」

「本当だ。どうすればいい? 時間がないんだ、早くしてくれ」

「えーっと……」

予想外の展開に、死神はあわてて自分のローブを脱ぎだした。

「オー、なんと言うラッキーな……。死神はじまって以来の大奇跡じゃ」

死神は郷原の胸の魂をわしづかみで抜き取ると、かわりにローブと大鎌を放り投げ、サッサっと天国ロードに入ってきた。

「クックック……。これさえあれば夢にまで見た天国じゃ。さて旦那、とっとと奴の矢を叩き切るがよい」

全身黒タイツになった死神が、気味悪い笑みを浮かべていた。

郷原は天国ロードを抜けると急いで大鎌を手に取った。

「そのまま動くなよ」

扉の下に横たわる吉田の矢を叩き切った。そして天国の入口に向かって叫んだ。

「これで大丈夫だあ~ 早くこいつを入れてくれ――」

ストロー隊が一斉に息を吸い上げた。

間に合った。

郷原は全身の力が抜けた。吉田が白装束の隊長に抱えられ、頬をたたかれていた。

扉の周りに集合したストロー隊が一斉に立ち上がり、死神になった郷原に礼をした。

「吉田あぁぁぁ~~ 元気でな―――」

ローブを纏った郷原は、大鎌を振り上げ左右に振った。

ストロー隊に身を預けた吉田が、うつろな目を開けていた。

――よかった。これでよかったんだ……。

自分に言い聞かせた。

同時に身体が反転し、真っ逆さまに地の底に向かって落ちていった。


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