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4.レクチャー

「そう言えば課長、ぼくは先程レクチャーを受けてきました」

「レクチャー?」

「そうなんです。これから行く天国のことを色々と教えてくれるんです」

「天国? やっぱりあの白い天体は天国なのか?」

「ええ、ほんとびっくりですよ。あんな近くに天国があったなんて……。小部屋でDVDのようなものを見せられるんですが、天国がどうとか修行がどうとか、なんやかんやといろんなことを説明してきます」

「なんやかんやって何だよ」

仕事と同じで吉田の話は要領を得ない。

「ぼくたちはここから天国の入口に続く、天国ロードというものを昇って、天国に入るんです。天国の入口は直径三十センチぐらいの小さな穴なんです。そこを通り抜けられたら天国に行けて、ダメだったら地獄に落ちてしまうんです」

「驚きだな。そんな仕組みがあったのか。でも直径三十センチは小さすぎないか? 太った人間じゃとても無理だぜ」

両手を広げて直径三十センチをイメージした。

「身体の大きさは関係ないんです。魂が通過できれば良いんです」

「そうか、そんなら何とかなるだろう。オレもお前もせいぜい十センチぐらいだな」

「それがそうでもないんです。ここをよく見てください」

吉田の魂をよくよく見ると、五十センチぐらいのアーチェリーの矢のようなものが、串団子のように魂を貫通しているのだ。

「お前、なんでそんなもんが刺さってるんだ?」

「自殺した人間は刺さるんです」

「オレにはないぞ」

「課長は自殺じゃありませんから。事故ですよ……」

「まあ、確かにな……」

酔っぱらってクツヒモを踏んでしまった状況を思い出していた。

「天国に入るとき、矢の向きが重要だと言われました。向きが悪いと入口の扉に引っ掛かってしまうのです」

「折ったり、抜いたりできんのか?」

「ダメみたいです」

「厄介だなあ……」

「でもぼくの矢は、背骨のようにまっすぐ刺さっているから、このままの姿勢で昇っていけば問題ないそうです。身体が傾いたりすると、扉に引っ掛かってしまうので、そこだけ注意が必要だと言われました」

「だったら、体勢崩さんようにバンザイしながらまっすぐ昇って行けばいいだろう」

「そうなんです。ただ……、ぼくの矢は他の自殺者より長いので、バランスを崩さないように注意が必要だと言われました」

「何でお前の矢は長いのよ?」

「若くして自殺してしまったのと、母に対する親不孝、妻や生まれてくる子供に対する責任の放棄もあって、罪が大きいのだと言われました」

「罪の大きさが矢の長さに現れるということか……。それで、大丈夫なのか?」

「ぼくの場合、扉に引っ掛かる確率は、せいぜい五パーセント程度だと言われました。普通に昇っていけば大丈夫だから、あまり心配しなくても良いと言われました」

「五パーセントか……。なんかの手術みたいだな」


三十二番の呼び出しがあった。

郷原のレクチャーがはじまるようだ。

個室に案内されると、さっきの白装束の女が待っていた。

「天国はご覧になりましたか?」

「はい、双子の地球みたいに浮かんでいたのでびっくりしました」

「今日は雲が少なかったので、よく見えたと思います」

「いつからあったんですか? 今まで全く気がつきませんでした」

「現世ができたころからあそこにあるのです。生きているときは、見ることも、触れることも出来ませんが……」

三途の川を渡って行くものだと、勝手に思い込んでいたイメージと全く違う。

「これからあなたは、天国で魂を浄化する修行に入ります」

「今更修業って言われても……。それに、浄化って何ですか?」

言葉の意味がまるで理解できない。女は郷原の問いかけなど意に介さぬ様子でDVDをセットした。

「映像をご覧なさい」

感情のない声でそう言うと、スタートボタンを押した。


映像は『天国とは修行の場である』という説明からはじまった。天国は現世での生活で蓄積した魂の(けがれ)れを浄化する場所である。魂を浄化するためには、現世で過ごした同じ年月を天国で振り返ることが必要だ。天国に入ると、魂を浄化し現世に転生する『修行コース』か、永久に天国に残り、天国運営のサポートをする『公務員コース』のどちらかを選択する。修行を終えると、背中に羽の生えた天使になって、現世のどこかに新しい命として転生する。つまり天国は、現世で穢れた魂を修行によって浄化し、再び現世に転生させる『魂の再生システム』だということだ。

ここは、現世と天国の中間地点にある『プラットフォーム』という場所で、天国へ昇る順番待ちをする場所だ。順番がくるとここから『天国ロード』を昇り、『天国の入口』から天国に入る。天国にも、都道府県のような地区制があり、地区ごとに入口と出口がある。入口では、十人一組の『ストロー隊』という組織が待機し、先端にラッパがついたピアニカのホースのような管から息を吸い込み、魂を無事に天国に迎え入れるようサポートをしている。などなど……。

「一つ気をつけてほしいことがあります」

映像を見終えた白装束が注意事項を補足した。

「最近この周辺に死神が現れます。彼は、魂を売ってくれと言って近づいてきますが相手にしてはいけません。彼は魂を奪って天国へ入ろうとしているのです。魂がないと天国には入れませんから……。魂を取られると、あなたが代わりに死神になってしまいます」

「オレが死神に!」

「死神もたくさんいて、担当地区があるようです。この地区を担当している死神は、百年以上、同じ死神です。きっと今の仕事に飽き飽きしているのでしょう。いろいろと誘ってくるので気をつけてください」


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