03話 銀行強盗
「すぐに応援が来ますので、みなさん、事情聴取が終わるまでは車内に待機していてください」
乗客に待機を指示した父は、後部座席に向かうと、まずは後ろの乗客への聞き取りを始めた。
数分後、数人の警察官が車内に入ってきた。
父は乗車した警察官に経過を説明すると、再び裁のもとにやってきた。
「バスの乗客から警察に通報があったらしい」
「そういえば、犯人は乗客から携帯電話を回収するとか、動くな、とかの指示は何もしてなかったな……それにしても。父さん来るの早すぎじゃない? なに? 仕事さぼってうろうろしてたの?」
「さぼってまっせぇーん。ちょうど仕事で車運転してたらさ、無線が入ったんだよ、バスジャック発生って。で、たまたま三台前を走ってたバスがそれだったなんて……信じられるか? しかも、お前が乗ってて、人質にされたって? 初の登校で初のバス乗車、初のバスジャックに初の人質? そして、もしかしたら初の死だったかもしれないって? お前、どんだけ運悪いんだよ」
さすが父、考えることが一緒だ。
「まぁ、無事で何よりだ。それで? 犯人の手首握り潰したんだって? 確かお前の握力、三十八キロだろ。超絶平凡記録。もしかして、火事場の馬鹿力スキルでも身に付けたか?」
さすが父、考えることが一緒だ。
「……うん、たぶん。そう、かなって思ってるけど」
「まぁ、とりあえず、大変だったな。そろそろ乗客からの聞き取りも終わるようだし、犯人の搬送も終わってるから、バスも動くみたいだぞ。じゃ、俺は行くから。また体育館で会おうな」
そう言うと、父は背を向けて出入り口に向かった。
が、言い忘れたことがあったのか、途中で止まり振り返った。
「そういえば、手袋外したらしいな。初めて素肌で触れたのが、バスジャック犯の手首か。運命の女の子だったら良かったのに・・・残念だったな!」
「うるさい、さっさと仕事戻れ」
父はウインクしながらピストルを撃つような決めポーズをすると、バスを降りて行った。
格好良いとでも思っているんだろうか。
ていうか、警察官がするような仕草では無いだろう、と裁はいつも思っていた。
父が降りるとすぐ、バスが走り出した。
バスジャック中はバス停に止まらなかったせいか、予定よりも早く進んでいたらしい。
事情聴取による時間のロスがあったにも関わらず、学校前のバス停には予定とほとんど変わらない時刻に到着したのであった。
一旦教室に集まると、午前九時十五分に体育館へと入場した。
入場中に保護者席を見ると、待合せ相手の父を発見した。
隣にいる母とこっちを見て、あろうことか、二人でピストルを撃つ仕草をした。
裁は、その仕草ごとスルーしてやりたかったが、母のためだけに、弾を避ける様子を見せてやった。
練習通り卒業式が終わると、教室での最後のホームルームも終了した。
クラスメートは、それぞれ最後の挨拶を交わしたり、写真を撮ったりしていた。
人に近づけない裁は、背景の一部と化し、何枚かの写真に写り込んだ。背景にしては一応ピースはしていたのだが。
裁は、これまでどおり人が少なくなったところを見計らい、教室を出た。
校門を出ると、いつもの位置にいつもの迎えがあることを確認する。
今朝、母とは、一緒に帰ろうと約束をしていたのである。
助手席のドアを開けて中を覗くと、運転席には母ではなく、父の姿があった。後部座席を見るが、母の姿は無かった。
「帰りに買い物するからって、美守は先にバスで帰ったぞ。近距離赤飯パーティーの準備だな。じゃあ、帰るけど、途中で銀行に寄らせてくれ」
そういうと、父は車を走らせた。
十分くらい、父の小ボケを聞き流していると、銀行の駐車場に着いた。
「一緒に行ってみるか?初物尽くしの一日だから、初の銀行っていうもの良いだろ」
「いいけど、なんか今日運悪いから……初の銀行強盗とか経験しそうで嫌なんだけど」
「そこまで運が悪かったら、一周回って運が良いと考えて、宝くじでも買って帰ろうぜ」
駐車場から銀行の出入り口に向かう。
職場から電話が入ったのか、父は携帯電話で話をしながら前を歩いている。
出入り口に着くと、自動ドアから早足で出てきた二人の男とぶつかりそうになる。
体を仰け反らせ、ギリギリのところで避けた。もしかしたらちょっと当たったかもしれない。
向こうが悪いはずなのだが、振り返って睨むその目は、こちらを悪者にしているようだった。
裁は、もしかしたら初めて絡まれるかもしれないと思った。
だが、男は裁を一瞬睨みつけると、急に、走るようにして駐車場の方へと向かった。
ホッとすると、裁は父の後を追い銀行へと入った。
入り口で整理券を取った父は、待合席のうち人のいないところを指差すと、裁に座るよう促した。
一番奥、壁際の席に座ると、父が並んで座る。
その直後だった。
出入り口から二人の男が駆け込んできた。
二人とも片手には黒いバッグ、そして片手は上着の中に入れていた。
「うわっ、なんか、ザ・銀行強盗って感じだね。あれ? あの二人って、さっきすれ違った人達じゃない?」
そう呟く裁には反応せず、父はいつに無く真面目な表情でその二人の様子を伺っていた。
二人の男は銀行の中を見回しながら整理券を取ると、おもむろに窓口に近づいた。
次の瞬間。
「大人しくこのバッグに金入れろ。そこの、眼鏡の女、お前だ。それ以外のやつは動くなよ? 動いたら殺す」
二人の男がそれぞれ上着から出した手には、銃のようなものが握られていた。
しかも、でかい。俗にいうマシンガンと呼ばれるやつか。
男の一人は、黒いバッグを窓口の女性に差し出すと、金を入れるよう要求しながら、銀行職員に銃を向ける。
そしてもう一人は、待合席に銃を向けていた。
初のバスジャック、初の人質を経験した日に、初の銀行強盗に遭うとは。
理解が追い付かない裁は、座ったまま固まっていた。
父も、銃を向けられているからか、迂闊には動けないようだ。
「全員、携帯電話出して、この袋に入れろ」
犯人の一人は、上着のポケットから半透明のごみ袋を取りだすと、銃を向けたまま待合席の方に歩いてきた。
銀行内にいる客は、窓口にいた二人と、待合席にいた四人の、合計六人。
窓口にいた二人も、犯人からの指示により今は待合席に座らされていた。
犯人の一人は、ごみ袋に携帯電話を入れるよう促す。
一方で窓口の男からは物騒な言葉が発せられた。
「さっさと金入れろよ。じゃあ、逃げるときのために、とりあえず人質でもとっておくか?」
一生に一度聞くかどうかのこの台詞。
まさか一日に二度も聞くなんて、と思いながら、裁は嫌な予感がした。
来る、きっと来る。
「そこの、学生服来たお前、服脱いでこっち来い」
はい、来ました。
心の中で深いため息をつくと、なぜ服を脱ぐ必要があるのか疑問に思いつつも、言われた通り脱ぎ始めた。
上着とズボンを脱ぎ、手袋を外す。
「シャツも脱げ。パンツ一丁で許してやる……」
携帯電話を回収し終えた男がごみ袋を持ってこっちに歩いてきた。
整理整頓が好きなのだろうか、脱いだ服も袋に入れたいようだ。
「ぐぁっ、んだこれ! 何が入ってやがんだ。ダンベルでもポケットに入れてんのかお前?
……って、お前、なんてからだしてやがる!? ボディビルダーか?」
よくわからないが怒鳴られた。
特殊な素材の上着は、犯人が思っていた普通の上着より重かったのだろう。
「まぁ、服はいいか。よし、じゃあ、お前。俺と一緒にそっち行くぞ」
そう言うと、男は銃を構えながら、裁と一緒に窓口へと歩いた。
もうお金を入れ終わっていても良さそうなのだが、窓口の女性は手が震えているのか、うまくいっていないようだ。
銃を向けられているのだから無理もないだろう。
裁と男が窓口に着くと、犯人の二人は、お金をバッグに入れるのを催促し始めた。
裁は、ふと、父の方を見た。
すると、何やらアゴを犯人のほうにクイっと向ける仕草をする父。
おそらく、『今、客の方見てないぞ。油断している今がチャンス! 行けっ!』という仕草に違いない。
『何言ってんだこのハゲ』と、目をかっ開く仕草で返すと、『ハゲてなんかいませぇーん』とおちゃらけた顔で返してきた。
一体この父親は何なのだろうか。本当に刑事なのか。と思いながら犯人の方を見やる。
確かにこちらには目もくれず、今は札束の行方だけを見ているようだった。
裁は一瞬で考えた。
おそらく、この次は『見せしめ』のために一人を銃で撃つだろう。きっとそうだ。絶対そうだ。
そうなると、撃たれるのはたぶん、というか絶対に服を脱がされた自分だろう。
じゃあ、どうせ撃たれるんだったら……
両手が動き、その手は銃を握る二人の手首へと向かった。
動きに反応するかと思われたが、よほどお金に夢中なのか、すんなりと手首を掴まえる。
頼むから出てくれよ、火事場の馬鹿力スキル!と思いながら全力で握った。
『ベキャッ!』
バスで聞いたよりも鈍い音が銀行内に響いた。
二人の手から銃が落ち、一人は手首を抑えてその場に崩れた。
もう一人は、「てめぇ、この野郎」と叫ぶと、潰れてない手で裁に殴りかかろうとする。
一日に二度目の人質に慣れたのか、冷静を保っていた裁。
咄嗟に、犯人の腹を足で押さえるように蹴った。
すると、犯人の男は大袈裟に思えるほど後方に吹き飛んでいった。
脚にも馬鹿力スキルが働いたようだ。
同時に父が走りだし、まずは床に落ちた銃を回収すると、窓口の中に向かって、『警察に電話してください』と、叫んだのだった。
その場に崩れ落ちた男、そして吹っ飛んだ男、どちらも手首を抑えたまま動こうとはしなかった。
十分程経つと、数人の警察官が銀行に入ってきた。
犯人は二人とも気を失っていたらしく、逮捕よりも先に担架に乗せられると、救急車で搬送された。
その場に居合わせた全員への聴取が始まるとすぐに、裁のところにも警察官が一人やって来た。
だが、隣にいる父が自分の素性を伝えて説明すると、他の人に聞き取りするため、その場を去った。
解放されたのは、聞き取りが開始されて二十分くらい後だった。
銀行を出る直前、裁は壁の時計を確認した。
今朝、初めての単独登校に出たのがはるか昔のように感じたのだが...
十一時五十五分。
まだ午前も終わっていなかったのである。