242話 ジコセキニンヒーロー
天照奈たちが部屋を出てしばらくは、全員が睨むようにドアを見つめていた。遠くで玄関のドアが開け閉めされ、エンジン音が遠ざかると、まず口を開いたのは紫乃だった。
「ふふっ……ぶっ……ぶわっはっはっ! ぎゃーっ、もうダメです! 我慢できません!」
開いた口から出てきたのは、爆笑だった。堪らず、エミリが紫乃を後ろから抱きしめる。
「紫乃ちゃん、可哀想に……いろいろありすぎて気が狂ったのね? ……早く、お風呂に入って寝ましょう?」
「お姉さま、ご安心を。いたって普通ですから」
「こ、これが普通なの? お姉さん、ちょっと考えちゃうよ?」
エミリは紫乃から離れ、怪訝な表情を浮かべて本当に何かを考え始めた。
「しかし、皇輝はよく我慢できますね」
「当たり前だろ。俺はもともと感情のコントロールができるからな。でも、すごいと言うなら裁じゃないか?」
「ですね。迫真の演技でした」
「ちょっと、二人とも待ってよ。何が何だか……」
「全く、わたしたちが気付かないわけ無いでしょうが! ね、裁くん。知らなかったけど、怒りの演技は得意だったのですか?」
「……演技って何? 今も怒ってるよ。紫乃ちゃん、この状況でよく笑えるよね?」
「おや?」
「そうか。まさか、気付いてなかったのか」
「普段は察しの良すぎる裁くんです。怒りに我を忘れているのでしょう」
「ただの、意思のある人間兵器だからな」
「ねぇ、気付くって何のこと?」
「おお、お嬢。どういうことか説明してくれよ」
「お師匠、もしかして、あて姉のお父さまの計画に気付いていたと?」
「さすがは弟子です。実際は、天照奈ちゃんの計画に、ですけどね」
「天照奈ちゃんの計画? ……僕は、全く気付いていなかった……良いように利用されてただけってことだよね。天照奈ちゃんも、初めからじいさんを炙り出すことしか考えてなかったの?」
「くくっ。本当に、察しの良さがまるで無くなっているな。おい、紫乃。これはこれで良いんじゃないか?」
「ですね。思惑どおりでしょう」
「思惑? ……わからないけど、みんなはこれで良いの? こんな喧嘩別れみたいな……」
エミリは一人、困惑した表情でうつむいた。無理もない。部屋にいる五人とは、出会ってまだ一時間程度しか経っていないのだから。
「でもさ、僕、許せないけど……だからこそ、スッキリしたよね。これでもう会わなくて済むし、心配しなくても良いんだから」
「くくっ。そうだな! ……おい、紫乃。これからどうなると思う?」
「わたしに聞くのですか? 天照奈ちゃん事情に世界一詳しいわたしに? そりゃ……ふふっ……ぶははははっ! ひぇーっ、おかしい! どうしよう!」
「おかしいのは紫乃ちゃんだよ! またご乱心を!?」
「くくっ。全く、みんなを巻き込みやがって……」
未だ憤りを隠せない裁。ご乱心の紫乃。自分の世界に入り『くくっ』とにやけ始めた皇輝。わからない状況を壊したいのか、指をポキポキと鳴らし始めた相良。年上の甥のにやけ顔を、心底気持ち悪そうに睨む彩。
そしてエミリは、
「何この状況!? やーん、わたしも帰れば良かった!」
と、一人叫んでいたのであった。
――「おい、嘘だろ!? 全部嘘だったってことか!?」
「じゃあ、やっぱり何も思い出せないってこと?」
「うん。でも、大事なことは全部教えてもらったからね!」
「そのための嘘ってことか……でも、親父さんは? もしかして、二階で打ち合わせてたのか?」
「いや。わたしも途中までは気付かなかったよ。天照奈が『全部わかった』と言うまではね」
「ごめんね、お父さん。世界征服を企むマッドサイエンティストにしちゃったね」
「ふぉっふぉっ! それは問題無い。セイギにはそう思われてるしな。それに、あっちも二人は気付いていただろう?」
「あ、やっぱり?」
「サイ少年は怒りで我を忘れていたようだがね」
「雛賀、お前……情報を得るため、そして、みんなと決別するためにあんなことを? ……いつから考えてたんだ?」
「お父さんが家を出てすぐ。きっと、葛くんたちと前の友達に会いに行くと思った。だから、わたしを含めて、みんないろいろスッキリできないかなって、考えてみたの」
「でも天照奈ちゃん。わたしとずっとアニメの話で盛り上がってたよね? アパートの前に着いてからは、さらに激しさを増したし」
「うん。すっごく楽しかった。だって、碧ちゃんに会う前に考え終わってたから!」
「すごいを通り越して恐いんだけど……」
「でも雛賀、本当にこんな終わり方で良かったのか? なんつうか、喧嘩別れみたいだよな……」
「ふふっ。お父さんが言ったとおり、あっちも二人は気付いてたみたいだし。あっちはあっちで良いように解釈してくれるでしょ!」
「良いようにって……ちゃんと説明したらまた振り出しに戻りそうだし……お前、意外と無責任だな」
「そうだね。今のわたし、無自覚で無責任だね!」
「じゃあさ……これからも、あたしたちとずっと一緒ってことで良いの?」
「逆に、それで良いのかな?」
「当たり前だろ! 俺たちの体質は封じ込められた。こっちには何のリスクも……あっ」
「そういやエミリ先輩、結局どんな体質なんだろうね」
「わかんねぇけど、今頃バックドロップでも喰らってたりしてな!」
「『君はいろいろと知りすぎたようだ』って? それ、ウケるんだけど!」
「わたし、ずっと何のこっちゃだけど?」
「あぁ、柊はそうだろうな。じゃあ、相良に出張してもらうか?」
「ちょっ、わたしはアニメの話しかしてないからね?」
「あははは! だけどさ、確かに良い終わり方なのかもな」
「うん。まさにハッピーエンドってやつ?」
「ふぉっふぉ。君たちは、天照奈に巻き込まれたのだよ。そして、これからも。そうだろう、天照奈?」
「え? そりゃ、これからもずっと一緒だけど……流れる血の運命ってやつか?」
「でも、大丈夫だよ。運命様上等! あたしたちが守ってあげる!」
「ふふっ。守られるだけなのは嫌だけど……みんな、ありがとう! じゃあ、本当にずっと一緒! だから、気兼ねなく巻き込めるね!」
「お、おぉ? なんか、嫌な予感がしてきたぞ?」
「ねぇ、わたしね、無自覚で無責任で、負けず嫌いなの」
「負けず嫌いが増えたな」
「結局は、わたしがこれまでどおり普通の生活を送ることになったけど。でもこれじゃあ、みんなに守られるだけだよね?」
「そうかもしれないけど。でも、天照奈が自分で考えた終わらせ方でしょ?」
「ふふっ。わたしは一度も終わりだなんて言ってないよ」
「え?」
「それに、紫乃ちゃんを守るって、ずっと一緒にいるって、約束しちゃったし」
「まさか……」
「彩夏ちゃんのさっきの言葉。まさに運命様上等だよ! わたし、みんなを守ってみせる!」
「嘘だろ……」
「あたしたち、ずっと一緒だって言ったじゃん!」
「うん、みんな一緒! だから、みんな一緒に。天照台高校に編入しよ!」
「!?」
いつから始まっていたのかはわからない。でもそれはきっと、わたしが呼び寄せた災厄だったのだろう。
悩み、苦しみ、出会い、多くの運命を巻き込んだ。
その災厄は、わたしを運命から遠ざけようとした。守られてばかりのわたしは、災厄にさえも守られようとしていたのだ。
だけど、無自覚なわたしは、無責任にその災厄を終わらせた。でも、終わったのは、たった一つの災厄。
これから訪れるであろう災厄に、運命に立ち向かわなければいけないのだ。
まさに、運命様上等。
もう一人の人間兵器、目出し帽、謎の前髪、バックドロップ魔、カワイちゃんファン。あの場にいなかったけど、もっといるのだろう。自己責任で自分たちの運命に立ち向かう、ヒーローみたいな友達が。
わたしも自己責任で、自分の、みんなの運命に抗ってみせる。
わたしも……わたしだって、『ジコセキニンヒーロー』なんだから!
……なんちゃって。
これで本当に完結となります。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
続編の連載を開始しました。
『透過する想いと、歪曲する運命』です。
読んでいただけると幸いです。