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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
無ジカクヒロイン
241/242

241話 思い出せない振り

「……良いに決まってるじゃないですか。不測の事態が起きましたけど、やることは全てやったのですから」

「紫乃ちゃん、無理しないで? ねぇ、少しだけなら話をしたって平気でしょ? だって、全然覚えてないんだもん」

天照奈あてなちゃんが平気でも、わたしが平気じゃないと思います」

「紫乃、お前が選べ。今のさいは鼻にティッシュを詰めただけの置物だ。俺は天照奈の姿を見ただけで満足だ。だから、お前が」

「わかってます! ……わかってるから、どうしたらいいかわからないんでしょうが……」

「お師匠、ごめんなさい。わたしが変な雰囲気をつくってしまいましたよね」

「サイちゃん、あなたのせいではありませんよ。わたしにとっての災厄が、まだ終わっていないだけなのです。わたしが完全に決別しないと終わらない。これは、試練なのです……」


 紫乃は、拳をさらに強く握りしめると、前を向いた。そう、紫乃は誰よりも強いのだ。そこに、二階から降りる二人の足音が聞こえ、部屋に天照奈と父親が入って来た。


「もう! 前の友達に会いに行くなら言ってくれれば良いのに。わたしだって気になるよ。たしか、前の高校の友達が八人だったって聞いて……痛っ……」


 天照奈は胸を押さえてその場にうずくまった。


「あれ……ごめんね? ……こんなに痛いの、初めて、で……」


 さっきまで、天照奈はニコニコと微笑みながら部屋の中、そして部屋にいる人間を見ていた。そして、二階にいる父親のもとに軽やかな足取りで向かった。

 まるで何も覚えておらず、初めて見た人たちに囲まれているように見えた。だが、そうではなかったのだろう。察しの良すぎる天照奈は、ここがどこなのか。なぜ父と友達がここに来たのか、わかっていたのではないか。

 それがわかった上で、みんなの思いがわかった上で、何も思い出せない振りをしていたのではないか。そのまま、帰るまでニコニコと振る舞おうとしていたのではないか。

 だが、天照奈ではなく、封じ込められた思いがそれを拒んでしまった。強く反応してしまった。


「ごめん……何でも、無い、から……痛っ……」


 痛みに耐えて、それでも天照奈は立ち上がろうとした。そしてその目は、拳を握る目出し帽の姿を捉えた。


「……ねぇ、何で泣いてるの?」


 紫乃は涙をしていたのだろう。だが、サングラスでそれは誰にも見えていないはずだった。


「泣いてなんかいませんよ?」

「……わたしの、せい?」

「……違います。目出し帽が蒸れて、汗が目に入っただけです」

「わたし、もう我慢できない……あなたを見ると、胸がどうしようもなく痛くなる。苦しいの。でもね、そんなのはどうでも良い。あなたが悲しそうにしているのを見たくないの……ねぇ、お願い。本当のことを教えて? あなたの、本当の気持ちを教えて?」


 うずくまったままの天照奈の大きな目には、あっという間に涙が溜まり、大粒の涙が流れ始めた。


「何を言っているのですか? そういえば雛賀さん、言ってましたね。銀行強盗に人質にされたのがトラウマで、それから目出し帽を見ると胸が痛くなるって。お父さまから聞いていませんでした?」

「聞いて、ない……」

「でもね、わたしは生まれ持った体質のせいで、目出し帽を被らないと死んでしまうのです。だから、トラウマを抉るわたしから離れるために転校したんですよ」

「じゃあ……何で、わたしは何も覚えてないの?」

「お風呂場ですべって頭を打ったんです。わたしの目出し帽にようやく慣れ始めたのに、全てを忘れて初期化されてしまった。そして、この目出し帽を見て錯乱を始めたのです。見てられないでしょ? だから、お父さまにお願いして、転校してもらったのです」


 たった今考えたのだろうか。紫乃はいつもより早口に、まるで事実のような作り話をした。


「それで、良いの?」

「言い悪いじゃありません。事実なのですから」


 天照奈は、涙を流したまま立ち上がると、紫乃に近づいた。そして、首に両腕を回して、強く抱きしめた。紫乃はそれを一切拒むことなく、その手はだらんと垂れ下がり、握っていた拳の力は抜けていた。


「何もわからないけど……苦しい思いをしてるのは、全部わたしのせいなんだよね。でもね、もう良いの。わたし、人に守られるのは嫌なの。だから……わたし、決めた。あなたを守る。そんな悲しい顔をしないように、わたしにできることをしてあげたい」


 紫乃は拳を握り直すと、その拳を震わせながら言った。

「……それなら、わたしを守りたいのなら、わたしの目の前からいなくなってください」

「……うん。わかった……じゃあ、それ以外で」

「……わたしの目の前から消えてください……」

「それ、さっきのと同じだよ?」

「わたしたちに近付かないで下さい」

「……わかったから、この状態でできることにしてくれる?」

「……それなら、ありません」

「じゃあ、ずっとこのままでいるから」

「……やめてよ」

「やめません」

「……やめてください」

「やめません」

「ほんとに、やめてよ! 離れたくなくなっちゃうでしょ! ……やめ、てよ……」

「ふふっ。わかった。じゃあ、ずっとこのままでいればいいんだね」

「……ダメですよ。このままじゃ、一緒にお」

「お風呂には入らないけど、ずっと一緒にいることはできるでしょ?」

「……できません。あなたの居場所はここでは無いから」

「わたしの居場所?」

「そうです。ここでは、あなたが寿命を迎えるまで幸せに生きることはできません」

「その幸せって、誰にとっての幸せなの?」

「あなたの幸せって言ったでしょ?」

「あなたって誰?」

「天照奈ちゃんでしょうが!」

「ふふっ。やっと名前で呼んでくれたね。ねぇ、名前を教えて?」

「……東條です」

「下の名前は?」

「……紫乃」

「紫乃ちゃん。ねぇ、前のわたしってどんな性格だった?」

「今と何にも変わりませんよ」

「そう……わたし、厄介な体質を抱えてたんだよね……」

「厄介ではありません。何でも跳ね返す……最強の、体質……天照奈ちゃんは、体質に守られるだけの自分を嫌がっていました……」


 紫乃の言葉を聞いた瞬間、天照奈は紫乃を突き放すように離れた。



「やっぱり……お父さん。わたしをどうしたかったの?」

「……何のことだ?」

「わたしね、実は、思い出せない振りをしていたの」

「なんだって!?」


 天照奈の父だけでなく、その場の全員が声を上げて驚いた。


「元凶が誰か、知っていた。それに、その計画も。でもね、そんな簡単にわたしが転校すると思う?」

「……それは、天照台が自分の体質を使って、お前に転校するように命令したから……」

「……そう、その命令は絶対みたいだね。思い出せない振りをして、わたしは全てを傍観してきた。そしたらね、周りの反応、特にお父さんの行動は不自然なことばかり。お父さん、都合の良いことしか教えてくれなかったよね」

「それは、みんなが決めたことだからな。お前が普通に生きるために……」

「わたしのその最強の体質。本当はそれを独り占めしようとしたんでしょ?」


「まさか、お父さまがそんなこと……」

「紫乃ちゃん。お父さんは、あなたに何てお願いしたの?」

「サイ少年もそうだが、君も辛い思いをするだろう。でも、すまない。天照奈のためだ。我慢してくれ……」

「我慢って何?」

「何って……わたしたちの特殊体質は災厄を呼び寄せてしまうの。だから、特殊な体質が封じ込められた天照奈ちゃんを巻き込んじゃう。だから、二度と近づかないように我慢しないといけなかった」

「……でも、体質に守られるだけのわたしでは無くなったよね? 巻き込まれても、みんなに守られても、でもわたしはみんなを守る気持ちを強く持つことができた。わたしの思いを大事にするのなら、転校させる必要は無かったでしょ?」

「……本当は、お父さまが離したとでも?」

「そうとしか考えられない……」

「でも、天照奈ちゃん!」


 よくわからない展開に、裁は堪らず口を出した。


「その体質が封じ込められたおかげで、不測の事態があっても誰もが天照奈ちゃんを救うことができるようになったんだ。今は、誰でも触れるから……だから、助けることができる。守られるだけなのが嫌なのはわかってる。でも、僕たちは勝手に守りたいんだ。守りたいときに、でもその体質が邪魔をする。だから、お父さんも、みんなも、今のこの普通を守るために……」

「でもそれだけじゃ、離す理由にはなってないよね?」

「うん。僕が一番の原因だから……せっかく普通になった天照奈ちゃんに近付いたら、その体質が元に戻ってしまう……守りたいから、決別するしか無かったんだ」

「……でも、わたしに近づかなければ、わたしが近づかなければ良かっただけでしょ?」

「それはそうだけど……加えて、天照奈ちゃんは、僕に近づかないように命令されていた。でも、万が一にでも近づいたら……一度封じ込めた体質を解放したら、二度と封じ込めることができないから……」

「なら、代わりにあなたが転校することは考えなかったの?」

「天照奈ちゃん。それはもちろん考えましたよ! でも、天照奈ちゃんが何も言わずに転校してしまったから……」

「でも、やろうと思えばその後に交換するように転校だって可能だったでしょ?」

「たしかに、天照台高校は年に二回編入の機会がありますからね。次の一月編入を狙えば、サイくんと交換できたかもしれません」

「……やっぱり、災厄に巻き込むことを心配してくれたのね。でも、わたしはこっちで特殊な体質を持つ友達と巡り会ってしまった」

「雛賀、だけど、俺と彩夏の体質はついさっき封じ込めてもらった! だから、もう災厄に巻き込まれるリスクは無くなったんだ!」


「……みんながわたしを守ろうとしてくれたのはわかった。……ねぇ、お父さん。本当のことを教えて?」

「あぁ。みんなが言ったことが真実だ。そして、全てを覚えているお前なら、みんなの思いをわかることができるだろう?」

「……体質なんてどうでも良い。誰も触れないなら、何も起こらないようにわたしだけが注意して、我慢して生きれば良いだけでしょ!」

「違うよ。そりゃ、僕が近づけば誰もが天照奈ちゃんに触れるようにはなるけど……でも、いつも一緒に、近くにいるとは限らない。天照奈ちゃんの察しの良さなら、どんな災厄だって無事に乗り切れるとも思う。でも天照奈ちゃんは、人を守るために自分を犠牲にするでしょ? だから、いつか何かが起こってしまう……だから……」


「……わかったよ。全部わかった。その上で聞くけど。お父さんの、本当の考えを教えて?」

 天照奈は、赤く腫らした目に冷たい微笑みを浮かべ、改めて父に向き合った。



「さっきから何を言ってるんだ? わたしがその体質を独り占めにしたいだと? …………なぜ、いつわかったんだ?」

「お、お父さま!?」

「何を言ってるんですか!?」

「お父さん、思い出せないわたしに教えたよね? もう少しで、水中でも、宇宙空間でも活動可能な高性能スーツが完成するって」

「……あぁ。確かに言ったとも」

「わたしの体質って、全てを跳ね返すけど……自分から人に触れることはできる。例えば、水が張ってある落とし穴に落ちれば溺れるし、傷つく。でしょ?」

「……そうだな」

「そのスーツをわたしに着せて、人間兵器にするつもりなんでしょ?」

「ふぉっふぉっふぉ! 全く、察しの良い娘だよ」

「そんな……戦争でも起こすつもりですか?」

「何を言う、サイ少年よ。君も兵器なんだよ?」

「な……まさか、そのためにこのからだに……お父さんも関わっているのですか?」

「いや、セイギは本当の正義だ。わたしが利用したに過ぎない」

「そんな……で、でも……あの日、僕があなたに近づいたとき。その思いは発現されなかったですよね? やっぱり、嘘なんだ。雛賀のじいさんがこんなこと考えるわけない!」

「ふぉっふぉ。じいさんて……」


「クロキサイくん。あなたはわたしにとって運命の人。あなたが近くにいれば、わたしは人に助けてもらうことができる。そして、この封じ込められた体質を、あなたは解放することができる」

「そうだよ。天照奈ちゃんの思いも解放することができる。でも、僕たちはそれを選ばなかった。そして、じいさんの計画を知った今、絶対に解放なんてしない!」

「……天照奈、どうしてくれるんだ? お前が気付いてしまったおかげで計画が台無しだ。お前のその体質が無いと始まらないのだぞ?」

「そんなの知らない。それに、クロキサイが一人でも意外と問題無い。違う?」

「ふぉっふぉ! その通りだ。サイ少年よ。天照奈のことを思うのなら、君がその分まで働くんだな」

「……兵器として、ですか?」

「言い方が悪いね。全て正義のためだよ。体質を正義のために使う。当初の目的と全く違いは無いはずだが?」

「……僕は意思のある兵器です。だから、悪いようには使わせません」


「ふぉっふぉ! 良かろう。君が悪いことと判断したのなら反発すれば良いだけのこと。まぁ、そのときは天照台てんしょうだいに命令してもらうがね……どれ、天照奈、みんな、帰ろうか。もう、ここに用事は無いのだろう?」

「……うん」

「無いっすけど……これで良いのかよ」

「なんか、すっきりしないよね」

「そうか? そっちのみんなはギラギラした目でわたしを見ているが、すっきりしているようだぞ?」

「えぇ、そうですね。さっさと帰って下さい」

「あぁ。目障りだな」

「雛賀のじいさん。天照奈ちゃんを利用したら許しませんからね……」


「エミリくんはどうする?」

「わたしは、残ります。この後、紫乃ちゃんと約束してるから……」

「わかった。じゃあ……一人減ったが二人増えて、合計五人か。良かった、ぎりぎり車に乗れるね。じゃあ、雰囲気が怖いし、すぐに出発しよう……」



 ふぉっふぉ、と笑う天照奈の父の後に、何かを思い詰めるような表情の天照奈が続いた。

「またな……」

 釈然としない様子の葛と彩夏、そして何もわからない碧が後に続き、部屋を出て行った。

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