240話 なんだこの状況……
「天照奈、ちゃん……」
「嘘でしょ……」
「あちゃーっ。もしかして後付けられた? ……あれ、碧ちゃんもいるじゃん……って、顔面を解放してる!? しかも、きゃーっ! またまた可愛い子発見!」
目と口を開けたまま呆然とする裁と紫乃。その横では、可愛い三人を見つけてテンション爆上がりのエミリが奇声を上げていた。
「お? よく見たら天照奈さんじゃねえか……俺、またやっちまったか?」
「いえ、ラブくんのせいではありません……とりあえず、みなさん。寒いでしょうから中に入って下さい。裁くん……中で、みんなで考えましょう……」
『おじゃましまーす』と靴を脱ぎ始める三人を見るとすぐに、裁は一足先に部屋に戻った。部屋に入るなり、立ち上がった皇輝がなぜか慌てた様子を見せていた。
「裁、まさかとは思うが……」
裁は、とりあえず一直線にベランダ方向へ歩き、窓に背中を付けて立つと、答えた。
「天照奈ちゃんが来た……」
「やっぱりか……お前ら、まさか呼んでないよな?」
「呼ぶわけないだろうが! ……もしかすると何かを察して、親父さんの車を付けてきたのかもな……」
「とにかく、裁は絶対に近付くなよ? まぁ、近付かないように操作されてるだろうけどな。あとは……みんなで頑張るぞ」
「おぉ! って、雑な作戦だな!」
いつの間にか目出し帽を被った紫乃が先導し、エミリ、相良、彩、碧、そして天照奈の順に部屋に入ってきた。
「みなさん……お客様ですよ」
紫乃は、天照奈と碧のことをお客様と呼んだのだろう。不自然に部屋の隅にいるこの部屋の主は、鼻ティッシュを詰めたまま、
「いらっしゃい。あの……天照奈ちゃん、久しぶりだね」
さすがに一度会っているから、裁だけは幼なじみ役を装い続ける必要があると判断した。
「うん……その、お父さんたちを追ってきたらなぜかここに……」
「とりあえずみんな、座るのです。ほら、皇輝、突っ立ってないでそこをどきなさい。こっち側にお客様女子二人とサイちゃ……彩。そっちに皇輝と葛と彩夏。お姉さまはサイくんの横に起立。ラブくんはそこら辺。はい、移動開始!」
その場を取り仕切る紫乃の頼もしさに、以前の、毎日のようにいろいろなことが起こっていた頃のことを思い出してしまう裁。だが感傷に浸っている場合では無かった。二メートルという条件を知らないのか、エミリはべったりくっついてきたのだ。その感触と良い匂いで鼻血を出さないことに意識を集中させることにした。
「さて、何から聞くべきか……」
手を目出し帽のあごに当てて紫乃が悩んでいると、
「おい、柊。お前、なんでこんなとこいるんだよ」
「おぉ、そっちから攻めるのですね!」
どうやら葛の質問が紫乃の助け船となったようだ。
「あの後……ぽわわわーん」
「お前もそんなキャラだったのか!?」
「わたし、明後日まで待てなくて、天照奈ちゃんに全てをさらけ出そうと思ったの。でね、眼鏡とマスクを外して、カワイちゃんTシャツに着替えて、走ったの。
天照奈ちゃんの家の近くまで来たら……なぜか天照奈ちゃんがこっちに向かって走ってきて。わたしを見て一瞬目を大きく見開いたんだけど、でもすぐに『ごめん、一緒に走って!』って言われて。近くのスーパーの駐車場に停まってたタクシーを捕まえて、『あの車を追って下さい!』って、テレビドラマで見るような台詞を天照奈ちゃんが言った。それで、ここにいる」
碧の説明に続いて、天照奈がこれまでの経緯を話し始めた。
「みんなが急に帰ったのは、アニメグッズを飾り直す時間をくれたんだと思ったの。でも、そういえばわたし、アニメグッズを撤去したことはみんなに言ってなかった。それにね、お父さん『急に仕事が入った。遅くなるかもしれん』って言ってさ。でも、やけにニコニコしてて。さすがに怪しすぎるよね? だからきっと、葛くんと二人のときに何かを話してたんだと思ったの。
お父さんが車で出るのを見届けて、わたしはすぐに車を追って走った。たぶん、先に家を出た葛くんたちとどこかで待ち合わせをしているだろうと思った。土地勘が無い葛くんたちだから、わかりやすい場所で待ち合わせるよね? 車が向かった方向からも、それは大型スーパーだろうって考えた。
最初の角を曲がったら、碧ちゃんに出会ったの。眼鏡とマスクをしてなくって……『きゃーっ! やっぱりカワイちゃんにそっくり! しかも何、カワイちゃんの限定Tシャツ! も、もしかして!?』って、激しく動揺したけど、お父さんたちを追わないといけないから、一緒にスーパーに走ったの。
そしたらやっぱり、入り口に葛くんたちがいて、ちょうどお父さんの車に乗り込むところだった。たまたま駐車場にタクシーが停まってたから、『あのじじ臭い車を追って下さい!』ってお願いした。そしてここにいる、というわけ」
「ほんと、テレビでありそうな展開だな……しかし、ここまで三時間だぞ? タクシーの運賃、かなり高額だったんじゃないか?」
「バカ面、そんなのはどうでも良いだろうが!」
「それがね……タクシーの運転手さん、二十代の女の人だったの。珍しいでしょ? 目的を言ったからあとはもう碧ちゃんと語らおうと思って。まずは『やっぱりカワイちゃんにそっくり!』って言ったその瞬間、その運転手さんが、『やっぱり! 似てるよね? 激似だよね? 顔もそっくりだしその髪型もそう。しかもしかも、限定Tシャツまで着てるじゃん! あたし、カワイちゃん大好きなの!』って、なんと運転手さんもカワイちゃんファンだったの!」
「……」
「でね、ずっと三人で語り合ってたら、お父さんの車がこのアパートの前で停車して。『あらら。気付いたら三時間も経ってたね。これまでの人生で一番楽しかったから、お代なんていらないからね!』って、カノンちゃんが言ってくれたんだ」
「カノンちゃん……」
「とりあえず連絡先だけ交換して、『また三人で話そうね!』って別れたの」
「なんか、ずっと早口だよな……」
「でね、お父さんたちがこの部屋に入るのが見えて。すぐに追ってインターホン押そうと思ったんだけど……そういえば碧ちゃんに大事なことを言ってなかったから、玄関先でちょっとお話してたの」
「アニメ話ばっかで、ここに来た目的を話してなかったのか?」
「違うの。この前のガチャガチャの成果を話してなかったのを思い出したの」
「それ、目的より優先されるのか!?」
「……ふふっ。アニメスイッチは健在ですね……」
「ほんのちょっと、たぶん十分くらいかな? 話してたら、この子が来たの!」
早口で話す天照奈は、隣に座る彩を見た。その目線で、今度は彩が話を引き継いだ。
「はい。父に言われて、すぐにアパートに向かったんです。それで、車を降りたらなんとあて姉……じゃなくて、この前文化祭で一緒に写真を撮った女剣士さんがいるじゃないですか! しかも、その横には限定カワイちゃんTシャツを着た人も!」
「その限定Tシャツ、同士を呼び寄せる力でもあるのか?」
「でも、よくわかったよね。あのときは仮面で目と鼻を隠してて、今は眼鏡とマスクをしてるのに」
「当ったり前じゃん! あて……あてし、人を見分けるの得意なんです」
「あてし?」
「しかも、カワイちゃんが好きって聞いてたので。これはもう語り合うしか無いと思って! ほんのちょっとなら良いよねって思ったら、たぶん二十分くらい話してたかな?」
「お前らのほんのちょっと、長いからな?」
「そしたら、ラブさんが走ってきたんです。ぽわわわーん……」
――「よぉ、相棒のおばちゃん!」
「おば……ラブさんはランニングですか?」
「お嬢に呼ばれたんだぜ? おばちゃんも呼ばれたのか?」
「おば……うん。でも、それどころじゃなくなっちゃって。先に入ってて下さい」
「おお、じゃあな、おばちゃんと知らない可愛い子ちゃん二人!」――
「ラブさんがインターホンを押して、今に至ります」
「よくわかりました。じゃあ、えっと……眼鏡の可愛い人?」
「あ、わたし?」
「はい。二階にお父さまがいますので、行ってみては?」
「そっか、教えてくれてありがとう。ところで、可愛い目出し帽だね。……銀行帰り?」
「…………これから行くところです」
「ふふっ。葛くんたち、友達ならちゃんと止めないとダメだよ? じゃあ、まずはお父さんと話してくるね」
天照奈はにっこりと微笑むと、軽やかな足取りで部屋を出ていった。
「……おい……あんなに覚えてないものなのか?」
「……ある日、わたしは見たのです。ラブくんが天照奈ちゃんに超高速ボディータッチをする姿を」
「なんだよそれ……」
「でもさ、天照奈って転校の前日までこのアパートに住んでたんでしょ? 何か、ここのことも覚えて無さそうだったけど?」
「ここには推測も含まれますが。九月三十日の夜のことです。違和感増し増しの裁くんと天照奈ちゃんは、ここで一緒に夕食を取りました。最後の晩餐です。おそらく会話の一つも無かったのではないでしょうか。でも、そんな違和感など封じ込められているから、黙々とご飯を食べて、食べ終わったら、お別れをしました。今生の別れです。
もう、その時点で二階には荷物が一切ありません。サイくんが学校に行っている間に、引っ越し業者が運んでいたからです。裁くんが勉強のために自室に入るのを見届けると、天照奈ちゃんは次の日の朝食をつくり、テーブルの上に置きました。裁くんが勉強してそのまま眠りに就くというのは、生活習慣を見てぎりぎり覚えていたのです。
おそらく元凶に持たされたメモ書きをテーブルに置くと、天照奈ちゃんはアパートを出ます。そこには元凶とラブくんの姿。きっと、お父さまは仕事で来れないから、元凶が家まで送るという設定だったのでしょう。なぜかラブくんが天照奈ちゃんの家まで付いて行くことへの違和感は、ファーストタッチで封じ込められます。
その後、おそらく最後の仕上げとばかりに高速ボディータッチをしたのでしょう。全く……」
「……すまない」
「ごめんね。ラブくんのせいだなんて思ってませんからね」
「じゃあ、本当に何にも思い出せないんだね? ……可愛い目出し帽だなんて……紫乃ちゃん、胸を貸そうか?」
「お姉さま、ありがとうございます。まさか会うことになるとは思いませんでしたが、覚悟していたことですので」
「改めて、何も思い出せないことがわかった……じゃあ、お前らの言い訳を考えれば良いだけだな」
「そうだな。『親父さんに、前の高校の友達のことを聞いた。会ってみたいと思った。親父さんにお願いしたら、会わせてもらえることになった。明日振り替えで学校が休みだと言ったら、今日行くことになった』こんな感じか?」
「なんで自分が誘われなかったか、疑問に思うんじゃない?」
「つうかさ、二階で親父さんが言い訳してるはずだろ? それに乗っかればいいんじゃね?」
「それだ!」
「じゃあ、こっちはさっさと終わらせるぞ。相良!」
「おうよ。どいつからぶん投げりゃ良いんだ?」
「やっぱ、バックドロップかよ!?」
「違う。相良、ふざけてないで早く触れ。バカ面とメスゴリラだ」
「だから、ゴリラ言うな!」
「お? みんな賢そうな面してんぜ。どれがバカ面だ? それに、ここいいるメスはみんな可愛いぞ。メスゴリラって、あだ名か?」
「おぉ……な、なんて良いヤツなんだ」
「バカ面はそこの察しが良さそうなヤンチャ野郎。メスゴリラはそこの健康的可愛いだ」
「がってん!」
相良は、両手の指と首の関節をポキポキと鳴らしながら二人に近付いた。あまりにも物騒な近づき方に、二人は激しく身構えていた。
「じゃあ、次は彩ちゃん。裁の隣にいる金髪が見えるか?」
「金髪ってまた雑な……」
「兄さま、彩ちゃんて呼ぶのキモいよ? ……うん、見えるよ。すっごく可愛いね。一緒にお」
「入る!」
「逆にかぶせた!?」
「ちなみに彩ちゃ……彩。そっちのキャラTは見えるのか?」
「キャラT呼ばわり? 何なの、あの前髪? でも、やけに美少年……あ、わたしの異世界のダークヒーローにピッタリかも」
「碧ちゃんは見えないよ? カワイちゃんにそっくりらしいのに。体質戻したのを激しく後悔してるの! ……そうか、サイ兄に近付けば良いんだ!」
窓際に立つ裁に走り寄ると、振り返り碧を見る彩。「きゃーっ!」と奇声をあげる彩の後ろからはエミリが忍び寄り、勝手にからだを触り始めていた。
「なんだこの状況……とりあえず、相良の封じ込めは終わった。先輩が特殊体質持ちであることもわかった。俺たちのやるべきことは終わったな」
「ああ。じゃあ、雛賀が降りてきたら帰るとするか……それで良いか、紫乃?」
皇輝の仕切りで、全ての目的が速やかに達成された。その間、紫乃はずっと目出し帽を被ったまま、その拳を硬く握りしめて立ち尽くしていた。