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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
無ジカクヒロイン
239/242

239話 人の血を浴びたことはあって?

 かずらの提案に、その場が静寂に包まれ、誰もが考え込む表情を浮かべていた。だがそれも、たった三秒ほどで破られた。


「そっか」

「だな」

「ですね。あははは……」


 紫乃はエミリの胸に顔を埋めたまま、さい皇輝こうきは後頭部を掻くような仕草を見せながら、乾いた笑い声をあげ始めた。


「俺たち、考えすぎたな……」

天照奈あてなちゃんへの思いが溢れすぎて、視野が狭くなっていましたね……」

「それなら、葛くんたちとの生活が本当の普通になる……でも、二人の体質を封じ込めても良いの?」

「良いに決まってるだろ。こんなの、あっても無くても変わんねぇよ」

「だよね。あたしにとっては邪魔なだけだし。犯人も捕まって、もう役に立つ機会も無いでしょ」

「なぁんだ、簡単なことだったのね。さっすが葛! おバカ面日本代表!」

「俺、日の丸背負ってるの?」

「おい、紫乃。今すぐ相良あいらを呼び寄せろ!」

「言われなくてもやりますよ!」


 紫乃は名残惜しそうにエミリの胸から顔を離すと、携帯電話を操作し始めた。そしてすぐにそれを耳にあてる。


「……はいはい、そうでーす。あなたの可愛いお嬢でーす。……おぉ、大便タイムのお邪魔をしてしまうとは。大便マスターともあろう者が何ということを……ふむ。そのとてつもなく大きいもので詰まらせないことを願います。……そうそう、ラブくんにお願いがあるのです。……違います、今後、あなたのバックドロップを使う機会など無いと思ってね? とりあえず、今すぐサイくんのアパートに来て下さい。……うん。大丈夫、あなたに戦いを挑む人など、この世にはいないから。じゃ、気を付けてね」


 電話を終えると、再度エミリの胸に着陸した紫乃。


「Bダッシュで来てくれるそうです。十五分くらいでしょうかね」

「よし。じゃあ、来たらすぐに触れてもらって……それで今日のところは終わりだな」

「……今後も、あんたらと連絡を取り合っていいか?」

「もちろんだ。みんな天照奈あてなのことが気になって仕方無いからな」

「そう言う皇輝が一番気にしてたりして!」

「くくっ。三番目くらいだろ」

「三番目の自覚はあるんだ……」

「ところで……気になることがあるんだが」

「皇輝よ、なんとなく言いたいことはわかります」


 突然の皇輝の言葉に、紫乃の顔はエミリの胸からゆっくりと離陸した。



「おい、先輩」

「何? 前髪美少年」

「……何か、変わったことは無いか?」

「うん? えっと、紫乃ちゃんのせいで激しくムラムラしてるけど?」

「それはわたしも同じですが……おそらく生理現象は対象外でしょう」

「じゃあ、ここにいない天照奈への思いか?」

「だとしたら、二階にいるお父さまと今すぐにでも天照奈ちゃんの家に帰ってますよね?」

「ということは?」

「……ということ、ですか」


「おい、何の話をしてるんだ? パイセンが何だって?」

「葛よ」

「何だ、紫乃?」

「心優しいお姉さまは、わたしの心を癒やすためにお胸を貸してくれました。サイくんの左側に匹敵、いや、上回るほど居心地の良い場所を見つけましたとさ」

「……紫乃、続けろ」

「わたしは、この体質を無効化するために、居心地の良いサイくんの左側にべったりとくっついています。そして今はお姉さまのお胸にべったりくっついている。わかりますか?」

「……つまり、今は黒木もパイセンにべったりくっついている状況……」

「です。そしてサイくんの体質は?」

「近付いた人の強い思い、あるいは我慢を発現させる……あっ」

「です。サイくんに近付いて数分が経ちますが……おそらく、お姉さまからは何も発現されていません。では、他に考えられることは?」

「嘘だろ? ……特殊体質持ちに近付いた場合、その体質を無効化させる……」


 その場にいる紫乃と裁以外が、エミリから距離を取った。


「パイセン、変わり者だとは思ってたんすよね。どんな体質っすか?」

「いや、わたしが聞きたいくらいだし! 何なの? 紫乃ちゃん、わたしに魔法でもかけたの?」

「ふむ。本人も気付かないような体質ということでしょうか?」

「裁に近付いて体質が発現されたという可能性もあるぞ?」

「そんなこともあるのか?」

「あぁ。俺のじいさん、そして天照奈もそれだ」

「ひょえーっ。ねぇねぇ、わたし、特殊スキルを身に付けたってこと? 何だろうね!」


「……もしかしたら、ただの無自覚という可能性もあります。少し確認作業をしてみましょうか。今、サイくんに近付いているので、お姉さまの体質は無効化しています。視覚、聴覚、嗅覚など、何か違和感はありますか?」

「……ナッシング!」

「これまで聞こえていたのに聞こえなくなった。見えていたのに見えなくなった。あるいはその逆などありませんか?」

「……あ、葛のことが見えるようになった!」

「え? バカ面が見えない体質だったの?」

「ふむ。美貌も面白さもそのまま……皇輝を見てどう思います?」

「ちょっとよだれがでるくらいだけど?」

「呪われた体質でも無い、と。もしかすると、人に触れて何かが起こる体質かもしれませんね」

「ひょえーっ。でもわたし、あんまり人に接触しないんだよね。みんながわーきゃー騒ぐけど近付いては来ないし。サイちゃんをなでなでしたいけど葛バリアがあるし……あっ」

「天照奈ちゃんのお胸を触りましたね……何か変わったことはありませんか?」

「いや、特には……だよね、葛、サイちゃん?」

「そっすね。ずっと近くで見てたけど、何も変わらないっすね」

「バカ面お前、キモっ!」


「葛はキモいとして……ふむ。全く検討がつきませんね。どうします? 冬華とうかも呼びますか?」

「いや、これから三時間かけて来てもらうのはさすがにな」

「それにさ、そっちの高校だったら冬華ちゃんの家から近いんじゃない?」

「サイくんの言うとおりですね。じゃあ、明日以降にでも見てもらいましょうか」

「だな。でも念のため特殊体質持ちかだけは確認しとくか?」

「じゃあ、サイちゃんですね?」

「え、あたし?」

「あ、わたしの弟子、あやの方です。そうか、呼び方がかぶってしまう……ふむ。彩夏がいるときは愛弟子と呼ぶことにします」

「じゃあ、俺から電話するぞ?」

「やーん。電話する口実ができて嬉しいんでしょ! この、年下叔母大好き前髪!」


 『くくっ』


「ん? 皇輝、笑いました?」

「いや、俺の『くくっ』じゃないぞ」

「じゃあ、わたしの個人端末が何かを受信したようですね」

「お前、人の笑い声を着信音にしてるのか!?」


 葛たちはずっと気にしていたが、紫乃たち三人は傍らに同じタブレット端末を携帯していた。紫乃は自分のものと思われるそれを、『なんとなく予想できちゃいますけどね』と呟きながら操作し始めた。


「ふむ。『三十分前に既に向かわせている。ひどく落ち着かない様子だったからちょうど良かったな』と。校長からです」

「さすが親父だな」

「でもさ、三十分前ならもう着いててもおかしくないよね?」

「そうだな。十五分もあれば着くだろうから……もしかして、彩ちゃんの身に何かあったのか!?」

「天照台家の車でしょ? スーパーウルトラファイティングな警備が付いてるから。何も心配無いでしょ」

「もしかして、この前のスリーショットの写真でも現像してくれてるとか?」

「最高に気の利く愛弟子です。コンビニにでも立ち寄っているのかもしれませんね」


 何やら話を繰り広げる三人に、葛が堪らず質問をする。


「あのさ、校長って何?」

「うちの高校の校長ですけど?」

「その校長が、なんでその彩ちゃんて子をこっちに向かわせたんだ?」

「校長は皇輝のパパさんなのです。愛弟子からするとおじさんですね。訳あって愛弟子は校長と住んでいるのです」

「それはわかった。でも、まるで俺たちの行動を予測したかのような……」

「あぁ、この端末ですよ。生徒に一人一台配布されるこれに、盗聴器が仕掛けられているんです」

「紫乃ちゃん、言い方……不測の事態に対応するために、校長先生は音声を管理してくれているんだ」

「……常に何十人かで生徒全員から拾った音を聞いてるってことか?」

「いえ。校長一人が生徒百八十人分の音声を聞き分けているだけですけど? たぶん音声を聞きながら夕食を取ってて、エミリお姉さまが体質持ちじゃないかと予想して、こっちに来たくてうずうずしていた愛弟子にゴーサインを出したのでしょう。猛ダッシュする愛弟子の可愛い姿が思い浮かぶようです……」


「……俺、驚きすぎて麻痺してるな。あれか? 音を聞き分けるのに特化した体質持ちってことか?」

「ですね」

「……でもさ、パイセン、どうします?」

「何を?」

「体質持ちかを確認するのも良いけど、わからないうちに封じ込めるって手もありますよ?」

「やーん。せめてどんなスキルかは知りたいよ!」

「そうですよ。もしかしたら環境を全て元どおりにする起死回生の体質かもしれないんですよ?」

「いや、それなら雛賀の乳揉んだときに変わってるはずだろ?」

「乳揉むとか言うなバカ面!」


「とにかく、間もなく来るラブくんには葛と彩夏にだけ触れてもらいます。お姉さまはサイくんの近くにいてください。離れてからは、できるだけ人に近付かないように」

「ラジャー! じゃあじゃあ、サイクロプス君も一緒にお風呂入る?」

「サイクロプス君!?」

「お姉さま。人の血を浴びたことはあって?」

「へ? あるわけないじゃーん!」


 裁は、一瞬だがエミリを見た。紫乃が着陸していたからか、その豊満な胸の凹凸が一層際立っている。裁は一瞬、何かを想像した。次の瞬間、その鼻から血が噴き出したのだった。




――『ピンポーン』


 部屋のインターホンが鳴った。


「きっと、相良くんだよ。迎えに行くね」

 紫乃の素早い反応で、裁の鼻血は人にかかることなく済んだ。鼻にティッシュを詰めたまま、裁は玄関へと向かった。

「素肌のわたしを置いてかないでください!」

「あ、念のためわたしも行くね」


 紫乃とエミリも鼻ティッシュ裁の後に付いて、リビングの部屋を出て行った。


「あのさ、相良っていうのが封じ込めるヤツなのか?」

 葛は、少し気を休めた様子の皇輝に質問をする。

「あぁ、そうだ。うちのオスゴリラだ」

「そっちにもいるのか……」

「てめぇ、バカ面ゴルァ!」

「そっちのゴリラは相良というか……噂に聞いた相良の最強母ちゃん寄りだな……」

「ゴリラ言うな!」

「で、どんなやつなんだ?」

「ああ、良いヤツだ。でも、バックドロップには気を付けろ」

「は? も、もしかして……そんな危険な方法で記憶を封じ込めるのか!?」

「くくっ。安心しろ。もしそんな方法だったら、天照奈は今頃この世にはいない。ただ触れるだけだ」

「そっか……その、思い通りに封じ込めることもできるのか?」

「あぁ、都合良く体質を封じ込めることができるのか心配か? それは大丈夫だ。まずは特殊体質が封じ込められる。その後は、触るたびに強い思いから順に封じ込められる」

「天照奈、何回触られたらあんな状態に……」


「今回の災厄の元凶は俺のじいさんなんだが。人と目を合わせると、人を思ったとおりに動かすことができるんだ」

「こわっ……」

「相良は良いヤツなんだ。でもな、みんなの体質を封じ込めてから、何か違和感を持つたびに天照奈に触れるよう操作された……あいつは平然を装っているが、今でも一番気にしているだろうな」

「そっか……でもさ、封じ込めた思いって、時間の経過では戻らないのか?」

「相良が思いを封じ込め始めたのは九月中旬頃。すでに一か月ちょっと経つが、何も戻っていないだろ?」

「時間の経過には期待できない、か……あと、もう一つ。そんな体質ならさ、普段からいろんな人の思いを封じ込める危険性があるよな? もしかして檻にでも閉じ込めてるのか?」

「いや、うちのゴリラは檻には入れてない」

「いや、あたしも檻には入ってないからね? ていうかゴリラじゃないし!」

「うちの高校は昔から一族が管理している。座席全てを二メートル以上離して、常に人との距離が保たれている」

「そうか、災厄ポイントのこともあるし、体質が影響するのも防いでいるのか……」

「それでも、体質持ちじゃない人間を巻き込む危険性はあるがな。そのための音声管理でもある」


「いろいろわかった。それよりさ、あいつら遅くね?」

「だな。さっきから他の声が聞こえるな」

「え? 全然聞こえないけど、お前耳良いのか?」

「あぁ。裁と紫乃と相良の声……他に三つ。これは……」




――玄関のドアを開けると、そこには上下スウェット姿の相良がいた。

「おお、相棒。また鼻血か?」

「あ、うん。ちょっとね。あはは……」

「お嬢と……おお、初めて見るボイン美女だな」

「ボイン美女て!」

「ところでよ、そこに相棒のおばちゃんがいたぜ?」

「え? 彩ちゃん? 何で入って来ないんだろ」

「なんかよ、女子三人でえらく盛り上がってるぜ?」

「……ん? ちょっとラブくん。何ですかそれ?」

「『中入らないのか?』って聞いたんだが、『それどころじゃなくなっちゃいました!』って言ってたぜ?」

「あのサイちゃんが女子と楽しそうに話を? ……嫌な予感しかしないのですが」

「お? とりあえず呼べば良いか?」

「いや、ちょっと待って……」


 紫乃が制止する前に、相良は『おいお前ら、こっち来いや』と、女子三人とやらに高圧的な声をかけてしまった。


 『寒くなってきたし、中で話しましょう!』

 『そうだね。ここに来た目的をすっかり忘れてた』

 『このキャラT、半袖だから寒かったんだよね』


 何やら早口な女子トークを続けながら、女子三人は玄関口へとやって来た。

 一人は裁の年下の叔母。一人は、裁も知っているアニメのキャラクターが大きくプリントされたTシャツを着ている、見知らぬ女の子。

 そしてもう一人。何やらおじさん臭い眼鏡にマスクをした女の子。何かの理由で顔を隠すための変装だろうか。だが、裁にとってそんな変装など、あって無いようなものだった。たとえ目出し帽とサングラスで隠していても、千人の目出し帽に紛れても、見分けることができるだろう。

 それは、天照奈だった。

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