238話 そんなルートに戻ることができれば
――「そういえばあそこの建物って、昔は大きい百貨店だったよな。マー君、知ってる?」
「俺は―――けど?」
「そっか。十年くらい前の話だもんな。何でも、爆破事件の少し後に取り壊したらしいぞ? マー君、知ってる?」
「いや、全然―――けど?」
「そういえば、一時ニュースで話題になってたよな。ほら、町中で無差別にモノが爆破するってやつ!」
「それは聞いたことあるかも」
「だろ? 何でも、その犯人が百貨店の中で何かを爆破したらしいぞ?」
「あぁ、それはニュースで観たな」
「でもそれまでと違ったのは、百貨店では犠牲者が出たんだってさ……」
「そうらしいな」
「実は……ああ、すまん。この子がいるのにそんな話をしちまった。忘れてくれ」
「いや、気になるんだけど?」
「あぁ……これは―――とかで見たけど。その爆破事件の犯人、顔を見られたらしいんだ。それで爆破のすぐ後に、顔を見た二人の女性を殺害したらしい……」
「あぁ、俺も何かで見たから覚えてる」
「……でな、この子、そのうちの一人の娘さんなんだ」
「ま、マジかよ……あんた、何考えてんだ? 当事者の前でそんな話するなよ」
「悪い! でも、この子は強いから大丈夫だ。今でも犯人を憎んで、見つけるためには何でも協力するって言ってるんだ」
「へぇ……でも、もう十年だろ? 犯人もさすがに日本にはいないんじゃないか?」
「そうかもな。ちなみにマー君。すごいこと聞いても良い?」
「あんた、いつも唐突にすごいこと言うよな。いつも面白いから良いけど」
「だろ? 実はマー君が真犯人! どう、これ?」
「……はは……冗談きつすぎ。さすがにそれは失礼だし、空気読めよ。俺が―――だろ?」
「……そっか。わかった、そうだよな! あと、ちなみになんだけどさ。女性二人が殺害された原因が犯人の顔を見たからってやつだけど。あれって、そういや嘘だったわ」
「……は?」
「あぁ、犯行の原因はそのとおりだけど……これ、一切公表されてないんだった」
「……え?」
「あぁ、すごいこと言うぞ? 俺、警察官なんだ。だから知ってたんだよねぇ」
「……」
「でも、なんでマー君は知ってたんだ? 何かで見たって言ってたけど、何で?」
「いや、たしかに何かで見たぞ? あぁ、もしかすると―――のかも」
「噂で聞いた、か。箝口令が敷かれてたから、それは絶対に無いな。てことは……もしかして現場を目撃したとか?」
「……いや、何かで聞いたんだよ。現場なんて目撃するわけないだろ?」
「だよな! じゃあマー君、目撃したんじゃなくて、犯人だろ!」
「ふざけんな! ―――だろうが。気分悪い、帰るぞ。もうお前となんかとは会わないからな」
「あぁ、ちなみに。この子、―――らしい」
「……犯人の顔を見たから、何?」
「なあ、彩夏ちゃん。この男で間違いないか?」
「間違いありません」
「はぁ? もしかして俺にそっくりなのか? いい加減にしやがれ」
「あなたのその右目、すぐ横に黒子がありますよね? お母さんを殺した人を忘れるわけがないでしょ」
「勘違いだろ? 黒子があるからって親の敵にされちゃ堪んねぇよ。―――って言ってんだろうが。もし違ったら責任取れんのか?」
「はぁ……さっきから嘘ばっかり。責任はしっかり取る。ていうかあんたに取ってもらう。何も言わなくて良いから、イエスかノーで答えてね? バカ面、しっかり聞いてて」
「おうよ!」
「あんたさ、犯人だよね?」
「―――って言ってんだろが」
「『そうでーっす!』だってさ」
「まだ自分の部屋に証拠なんて残してる?」
「だから、何言ってんだお前?」
「イエスかノーだけで答えて? 別に、違うならノーって言えば良いだけでしょ?」
「……ノー」
「他を探せばどこかに証拠ある?」
「―――」
「『あそこにいろいろ埋めたけど、もう十年経ったし大丈夫だよな?』だと」
「いろいろって何? あそこって、近いの?」
「お前ら、さっきから何言ってやがんだ? そんなの―――よ。しかもなんだこのバカ面!?」
「余った爆弾と血の付いたナイフ。家の近くの河川敷。だってよ」
「はいはい。じゃ、ここからはお父さまにお任せしまーす!」
「はいよ。じゃあ、行こうか」
「は? おい、何だこれ!?」――
「もし聞こえない声があったらパフェを口にする。その合図だけ決めて、あとはぶっつけって感じだったけど。まさか本当に犯人だったとはね」
「葛パパも警察官なのには驚きましたが……しかし、どうやって犯人ぽいのを見つけたのやら。しかも犯人とやけに親しくなってない? マー君て!」
「俺の親父は、稲葉和史。バカ面じゃなくて、場数を踏む男。あと、気さくなんだ」
「そうそう。未だに、勝手に人の部屋入ってくるのまじウザいんだけど!」
「思春期の余所の家の女子部屋に押し入る……それも場数ってこと? ていうか、よくもまぁ子供を事件解決に使いましたね。当事者だからいいんでしょうけど……」
「それなら僕のお父さんたちの方がひどいよね?」
「ですね。それと比べれば良心的ですね。これっきりでしょうし」
「しっかし、よく解決したよね! あぁ、すっきりした! バカ面のお父さんもすっごいバカ面で喜んでたね!」
「おぉ! あらためて旨いもの奢るって言ってたぞ」
「胃袋をつくっておかないと」
「何トン食う気だ?」
「あたしゃゴリラか!」
重い話から一転、解決した話まで聞かされた他の四人。『うんうん』と一緒に喜ぶエミリを余所に、黒木裁たちは三人で何やら話をしていた。
「これでおじいさんもすっきりしただろうね」
「だな。あと憎むべきは自身の体質だけ。あんなことしておいて、もう他の体質には手を出さないだろうからな」
「おや? この功績で訴えれば、彩夏の天照台高校入りもあるのでは?」
「じいさんにとっての功績で、学校とは関係無いだろ。しかも、先輩を一人残す気か?」
「別に、お姉さまはわたしと一緒に住めば良いだけでしょ?」
「何だそりゃ。というか本当に結婚する気か?」
「ふふっ。他にいい人がいると思います?」
「間違い無く相性百パーセントだな……でも、朱音はいいのか?」
「ほぉ。恋愛脳がずば抜けておバカさんかと思っていましたが……皇輝よ」
「なんだ?」
「朱音のことは大好きです。でもね、朱音はただの、生涯の大親友です」
「そうか。無料で良いなら披露宴に呼んでくれ」
「ふふっ! まぁ、最終的にはお風呂に入ったりナニかをしてから決めますが」
「ねぇ、ナニかって何?」
「サイくんもいずれ天照奈ちゃんとすることになるかもしれませんね……そんなルートに戻ることができれば、ですが……」
「では。とりあえず必要な情報は出し切りましたかね。となると、ここからはお三人さんがここに来た目的です。『天照奈ちゃんのために何ができるか』ですかね?」
「そうだ。……そう言えば、思いが封じ込められた経緯は聞いてないけど。まぁ、そこは問題じゃないんだろう。全てを忘れて、普通に戻った雛賀。みんなはその環境を守るために、決別の道を選んだ。その環境を守るためには、俺たちはこれまでどおり雛賀と楽しく過ごせば良い。それで良いのか?」
「ですね。文化祭の写真を見せてもらって、あの笑顔を見て……わたしたちの判断は間違っていなかったと思いました」
「あんたたちが間違っていないのはわかる。それに、できるなら前の普通に戻りたいと思っていることも。俺たちだって、雛賀にとってあんたたちと過ごした普通が一番良いに決まってると思ってる。でも、あんたらは今の普通を選んだんだ」
「……当然です。天照奈ちゃんがいない日々なんて想像もしていませんでした。わたしたちは毎晩枕を濡らして、とてつもなく大きな穴を埋めるために、励まし合って生きています」
「もしも雛賀が思い出したら。きっと、あんたたちと同じことを思うだろうな。一か月にも満たない俺たちのことなんて置いていってもらって構わない。でも、それだけはしないんだろ?」
「当然です。今の環境が天照奈ちゃんにとっての最適解。そこに本当の天照奈ちゃんの意思はありませんがね」
「体質が封じ込められて、不測の事態も無くなった。体質に、そして人に守られるという立場が無くなった。災厄ポイントなどという脅威から逃れることができた……」
「だけど、災厄に巻き込まれるっていう状況はどこでも変わらないよね? こっちだって葛とサイちゃんがいるし。そっちは人数が、その可能性が大きいだけでしょ? なら、思い出せないままでも、そっちにいれば良かったんじゃない?」
「ダメですよ。たとえ体質が封じ込められても、一族の血は流れ続けているんです。結局、わたしたちはまた巡り会って、仲良くなってしまうんです……わたしたちがそれを避けても、きっと天照奈ちゃんは近付いてくる……わたしたちの我慢を察して、傷を、穴を埋めようと何かをしようとしてくれる。守ろうとしてくれる……
サイくんに近付くと、思いが、体質が解放されてしまうんです。天照奈ちゃんにとって、サイくんは運命の人でした。その体質はまさに運命的なもの。でもね、体質なんか無くても、それは変わらないの。天照奈ちゃんは絶対に、サイくんに近付いちゃう。
実は、サイくんとさよならする案も考えました。でもね、天照奈ちゃんはわたしたちの前から黙っていなくなったの。だから、今の環境を守るしか無かったの。
……そりゃあ、一緒にいたいに決まってるよ。たとえわたしの一方通行の運命でも、本当の本当に大好きな天照奈ちゃんと一緒にいたいよ。でも、わたしじゃ、ダメなんだもん……この運命を動かせるのは、選べるのはサイくんだけ……だから、最後は、サイくんの判断に、任せたの……」
紫乃は、その綺麗な顔を崩して泣き始めた。エミリがすぐに移動して、紫乃に寄り添う。
葛は、自分の軽率な発言を恥じた。そんな葛を優しく包み込むような目で見つめながら、黒木裁が口を開いた。
「僕は、天照奈ちゃんに会いに行った。向き合って、そのときに感じたこと、思ったことだけを告げようと思った」
「それが……告白だったってこと?」
「恥ずかしいけど……僕、天照奈ちゃんのことがずっと好きだった。でもこんな、顔だけが普通で、人に迷惑しかかけない僕は……天照奈ちゃんの隣にいるだけで十分幸せなんだと思ってた。
天照奈ちゃんの部屋に入って、真っ赤に腫らした目と合って……天照奈ちゃんは涙を流した。その目からも、雰囲気からも、『あなたは誰?』っていう思いが伝わってきた。でもね、その涙からは……
『わたしは……あなたと歩む道を選ぶ……だから……必ず、戻るから……待っててね、裁くん!』
そう聞こえた気がした。嬉しかったけど、でも、僕は天照奈ちゃんの涙なんて見たくない。僕と、僕たちの場所に戻るために涙を流すのなら、もう会わない方が良いと思った。だから、最後に思いを告げて、その場を去った……」
黒木裁のその言葉を聞いて、葛は決意した。いや、できることなど、もともと一つしか思い浮かばなかったのだ。
「わかったよ。俺たちにできることなんて何もない」
「バカ面……」
「葛、良いの?」
「……賢明な判断だ。そうしてくれると助かる」
「でもな、何もしないのは俺たちだけ」
「……こっちに、俺たちに何かをしろ、と?」
「あぁ。あんたたち……というか、その中の一人に、だ」
「もしかして、せめてわたしだけはそちらに転校すべき。そう言いたいのですね?」
紫乃は、エミリの豊満な胸に顔を埋めながら言った。おそらくもう涙は流れていないだろう。
「違う。あんたらの中に、封じ込めるやつがいるんだろ? じゃあ……俺と彩夏の体質を封じ込めてくれ」