237話 友達以上恋人以下のお二人さん
あらためて黒木裁を見ると、無特徴の顔に大きめのパーカーとジーンズという普通の格好。そういえば、中学の時もかなり大きめの制服を着ていたのを覚えている。しかも、真夏にも冬用の制服を着ていたのだ。何かを発現させてしまうその体質に、その格好も関係しているのだろうか。そんな葛たちの考えを察したのか。
「黒木裁です。まずみんなが気にしているのは、この大きめの服装でしょう。今日は中に何も着てないから、ちょっと見せ……ても良いのかな?」
「良いだろ。その体質のオプションだ。紫乃みたいに変なところを出さなければ問題無い」
「刮目せよ!」
なぜ紫乃が言うんだ? 一斉にそう思った三人は、見た。黒木裁がパーカーと、その中に着ていた半袖のTシャツを脱いで見せたその上半身を。
「!?」
もはや何回驚いたかわからない三人は、またも驚愕した。
「何だその肉体!? ボディビルダーかよ!」
「そんなすごいの隠してたわけ?」
「……ありかも」
「僕の体質のことは聞いてるよね? 体質のせいで人に近づけない、人と同じものを身に付けられないし、使えない。そんな僕の環境を利用したお父さんが提起した『重いもの身に付ければ強くなるんじゃね?』理論によりつくられたのがこれです」
「なにその理論? お前の親父って何なの?」
「ねぇ、それってただの肉の鎧? 運動神経はどうなの?」
黒木裁から直近のスポーツテストの結果が伝えられると、またも三人は驚愕した。
「あら、サイくん。パワーアップしましたね」
「あぁ。もはや人類最強だな」
「あ、あたしも、ありかも……」
「こ、この運動バカゴリラ、発情してんじゃねえよ!」
「あと、実は僕、皇輝くんの従兄弟なんだ。本当のお父さんのお兄さんの息子が皇輝くん」
「本当の? ……って、もしかすると?」
「天照奈ちゃんの遠い親戚でもある、と?」
「です」
「何なのこの人たち!」
「はい。良い具合にわたしたち一族に疑問を持ち始めたのでは無いでしょうか? ここからが紹介の本題のようなものですからね。心するように。では皇輝、お願いします!」
「俺かよ! ……詳しくは話せないが、特殊な体質を持っているからな。話せるところを話そう」
皇輝が一息つくと、その前髪がふわりと舞い、一瞬だがその右目が見えた。
「なーんだ。右の眉毛が変とか、まつげが異様に長いとか、すごい垂れ目とかじゃないんだ。何で隠してるわけ?」
エミリが話そうとする雰囲気を破り、その髪型に食いついた。
「……感情を抑えるためだ。本当は両目を隠したいんだが、前が見えないだろ?」
「たしかに!」
本当にどうでも良い間を入れて、皇輝が話を再開しようとする。
「話を進めるぞ?」
「それ、重い話? 大便で言うと便秘何日目くらいの重さ?」
「良い質問です。そうですね……一族のさわりだけなら二日目くらいでしょう。そこから先の話になると、おしりからこんにちわできないくらいのやつです」
「出ても来ないと!?」
この二人は何の話をしているんだ? そんな葛と彩夏にだけに向けて、皇輝は話を始めた。それはあり得ないが簡単な話だった。
一族には特殊な体質の人間が生まれてくる可能性が高い。耳や目が良いというメリットだけのもの。目が見えない代わりに耳がひどく良い。音で危害を受ける。普通の人間を見ることができない、などのデメリット。そしてその体質が特殊なほど、生まれてくる子供が特殊な体質を持つ確率が高いという。
「でも、俺たちは一族とは全く関係無いぞ?」
「そうだな。俺たちはそれを野良と呼んでいる。実際、俺たちの友達には野良が三人いる」
「ひょえーっ! なんていうか、天照台高校にそんな人が集まっちゃうわけ? それとも、類は友を呼ぶってやつ?」
「どっちもだな。お前たち三人が天照奈の友達になったのも必然なんだろう」
「ちょっと、わたしは特殊体質持ちじゃないよ?」
「十分特殊だろう。何なら一番な」
皇輝の言葉に、エミリは頬を膨らませて抗議を始めるが、葛と彩夏は激しく同意して大きく頷いた。
「そしてその特殊な体質だが……」
「悪い物事を呼び寄せると?」
「あぁ。天照奈の親父さんに聞いたか? 俺たちのほとんどが、小学校に入る直前くらいに何らかの事件や事故に遭っている。いや、災厄を呼び寄せた、と言うべきか」
皇輝はそう言うと、自身に起きた監禁事件を話してくれた。紫乃は自身のその体質、あるいは今回の天照奈との決別が災厄だと言った。黒木裁は、他称『歩く災厄』だと言い、生まれながらに多くの人の犠牲の上に立っていることを話した。そして天照奈が、事故で母親を亡くしたことを聞いた。
「なんで、そこまで話してくれるんだ?」
「そりゃ、当然だろ? 体質持ちで、天照奈の友達なんだ。さっき紫乃が信用どうこう言ってたけどな。実はお前ら二人が体質持ちなのは知っていた」
「え? 雛賀の親父さんから聞いてたのか?」
「さっき一族の体質の例を話しただろ? 普通の人は見えなくて、特殊な人だけが見える。そんな友達……というか叔母がいるんだよ。年下の。名前は天照台彩」
「そしてすっごく可愛いのです! 皇輝もメロメロでぇ、わたしの弟子なんです!」
「体質、叔母、でも年下、天照台彩、可愛い、メロメロ、弟子。情報量多いな!」
「大事なのは体質だけだ。昨日、彩がお前たちの高校の文化祭に偵察に行った」
「偵察って言うか、普通に遊びに行っただけですけどね」
「天照奈とのスリーショットと一緒に、『見えた人』の報告があった。一人はサイクロプスの衣装を着たおバカ面。一人は謎の肩殴り療法をしていた健康的な可愛い子。それ、お前らだろ?」
「だな……」
「そして、体質持ちかどうかだけじゃなくて、実はどんな体質かも知っていた」
「はぁ!? なんだそりゃ……って、そういえばもう一人いたよな。てことはあの子が体質を見抜く体質だとでも?」
「くくっ。そのとおりだが、特殊な体質ではない。ただ見る目がすごいだけ。現に、彩は冬華を見ることができないからな」
「ほぼ特殊体質じゃん! 何なのほんとあんたたち。集まりすぎ!」
「そう、集まるんだ。巡り会ってしまうんだ。そして災厄は、単体だけじゃなく干渉もすると考えられる」
「全部憶測ですけどね。わたしたちは災厄ポイントカードと呼んでいます」
「ポイントカード……もしかして、体質を使うとか体質同士が近付くことで、より多くのポイントが加算される? そして一定量貯まると災厄と交換されます! ってか?」
「正解! 葛に千千ポイント!」
「百万ポイントってこと? それ、災厄ポイントじゃないよな!?」
「ほぉ、このおバカ面、千かける千がわかるみたいですよ?」
「ただの察しが良いバカ面じゃないようだな」
「ただのかけ算だよね!?」
「そうだよ! あなたたちの前ではかすんじゃうけど、全国模試で六十位だったんだから!」
「ほぉ。じゃあうちの高校に来ます?」
「え、入れるのか?」
「年に二回編入できますからね。もうちょっと頑張ればいけるんじゃないですか?」
「ちょっと、うちの葛を引き抜かないでよ!」
「失礼をば。ところで、友達以上恋人以下のお二人さん?」
「以下じゃなくて未満な」
「あったかどうかの事実だけで構いません。あなたたち二人にも災厄は訪れましたか?」
葛は、恋人未満の彩夏と目を合わせた。彩夏は小さく頷き、その目は『あんたから話して』と言っていた。
「あぁ。話すよ」
「ところでうちの、特にサイくんの災厄はかなり重めでしたが……そっちの大便はどの程度のものです?」
「え? 災厄のことを大便呼ばわりしてんのか?」
「重さの例えです。……察するに、天照奈ちゃんとサイくんの間くらいでしょうかね。みんな、心して聞くように」
「言われなくともお前以外はずっと心してるからな?」
「俺たちのも、小学校に入る前。三月の話だ」
「ザッ。ザーーーーッ……」
「パイセン、何すか? その、テレビのノイズみたいな効果音?」
「回想シーンに入るやつでしょうが。それの重いバージョンだよ」
「……あの日、俺と彩夏はそれぞれの母親と一緒に、四人で近所の百貨店に行ったんだ。かなり遅いタイミングだけど、ランドセルを買うために」
「ちょ、ちょっと待った!!」
「おい、火災報知器のやつか?」
「おお、よくわかるな」
「待って待って! 貴志誠志はドードーのおじいさんですよ? あなたたちとは関係無いですよね?」
「ん? 誰だ?」
「……続けて下さい」
「ランドセルを買って、レストランでパフェを食べた」
「そのおバカ面が笑顔で、スプーン片手に舌を出してパフェに向き合う姿が想像できますね!」
「……レストランを出ると、エレベーターまで歩いて、俺がエレベーターを呼ぶボタンを押した。押してすぐに火災報知器が鳴ったんだ」
「ちなみに、そのレストランは何階に?」
「最上階だ」
「……続けて下さい」
「エレベーターがどこかの階で停まったままになったから、俺たちは母親の手に引かれて階段に向かった」
「……あのランドセルは二人のものでは無かった、と……」
「階段の手前で、俺の母さんが一人の男とぶつかったんだ。サングラスにマスク。そしてフードを被ってたんだが、ぶつかった拍子にフードとサングラスが取れた」
「まさか……」
「母さんは突き飛ばされて腰を打った。その男は何も言わず、すぐにサングラスを拾って階段を駆け下りていった。俺たちはゆっくりと階段を降りた。途中、みんなが階段を急ぎ降りる中、逆に階段を走って上る二人の男の人とすれ違った。一階に降りると、すぐに出入り口から外に出た。
『何があったんだろうね』百貨店を振り返りながらそう言う母さんたちと、歩いて家路についた。
少し歩くと、細い路地に入った。そこでまた少し歩いたら、俺の母さんと彩夏の母さんが、急に前のめりに倒れたんだ。
何だろうと思って振り返ったら、誰かが背中を向けて走る姿が見えた。その格好から、たぶん階段で母さんにぶつかったフードの男だと思った。しばらくその背中を見ていたら、『母さん?』って叫ぶような彩夏の声が聞こえた。
目線を母さんたちに戻すと、二人は前のめりに倒れたままで……二人のその背中、首に近いところに何かが刺さってたんだ。そして、そこの部分が段々と真っ赤に染まっていった。彩夏が悲鳴をあげると、すぐに人がやって来て、警察と救急車を呼んでくれた。
そのときは何も考えられなくて、家に帰って親父に聞かされたのは、母さんたちは背後からナイフで刺されたこと。そして、出血多量で死んでしまったこと。走り去った男が犯人だろうということ。そしてその男は、デパートで爆破事件を起こし、親父の同僚を殺した犯人でもあるだろうということ。母さんたち、そして俺たちはその犯人の顔を見たから狙われたんだろう、ということ。
親父は警察官だ。その後ずっと、その犯人を血眼になって探した。最近、怪しい人物が見つかったらしくて、気付かれないように近付いた。さりげなく会話ができる程度の仲になったらしい。そして今日の午前中、親父は彩夏と一緒に、その男と昼食を取った」
話し終えた葛からバトンを受け取り、彩夏がその昼食でのことを話し始めた。
「事件のとき、あたしはあの男の顔を見ていなかった。たぶん、それはバカ面も同じ。犯人と目が合わなかったから、あたしたちは狙われなかったんだと思う。もしあのとき見ていたら……あたしたちも生きてなかったかもしれない。でも、もし見ていたら、犯人を突き止める証拠になったのに……
今日、その男とバカ面のお父さんの会話に立ち会った。『息子の幼なじみのあたしがパフェを食べたいとねだってきた』っていう、少し無理がある理由で。
葛のお父さん、これまでは事件とは全く関係の無い会話だけをしてきたらしいけど。今日は、初めから核心に迫ってた」
「ザッ、ザーーーーッ……」