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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
無ジカクヒロイン
230/242

230話 三百円を何に使うのか見届けたい

 十月二十九日、金曜日。九時ちょうど。


「みなさん、昨日の体育祭はお疲れ様でした。二十三クラス中、わたしたち一年三組が六位になれるなんて、誰が予想したことでしょう。それもこれも、雛賀さんが百人一首で一位になったからでしょうね!」


 昨日行われた体育祭の結果は、閉会式のときに発表されていた。クラスメイトの誰もが全く期待していない中での、予想外の好成績。一夜明けた今も、クラス全員が依然高いテンションを維持していた。特に女子たちのザワザワは激しく、主に天照奈を称えるものが今も継続中だった。

 『雛賀さん、ぶっちぎりの一位だったらしいよ!』『あのエミリ先輩に勝ったんだって!』『もうっ、あいつが出てなければ見に行ったのに!』

 クラスメイトが一人もいなかったためか、かずらがスイッチを押すだけの役だったことは知られずに済んだようだった。


「さて、気持ちを切り替えて。今日と明日は文化祭です! 両日ともに十時から十六時までですが、今日は平日なので一般開放はされません。各クラスの出し物と、ミスコンや有志によるバンドが行われる予定です。今日の担当者十人は、この伝達が終わり次第、衣装に着替えて下さいね。机は二個から四個をくっつけてテーブルクロスをかけます。ペットボトル飲料と容器は既に教室に搬入済みなので、準備も今日の担当者だけで足りるでしょう。

 問題は明日です。一般開放されるため、かなりの混雑が予想されます。二十人で当たることになりますが、異世界人が多すぎてもごちゃごちゃすることでしょう。なので、午前午後で十人ずつに分けることにします。それは明日の朝にくじ引きでもしましょうか。

 ……では、やることの確認です。と言ってもかなり単純ですが。紙コップに氷とペットボトル飲料を注ぐか、コーヒーを温めて注ぐだけ! ということで、いかに異世界人になりきるか。頑張りどころはそこしかありません。

 『一杯百円の飲み物を注文すれば、異世界人との写真撮影が可能!』ともうたっていますが、まぁこちらはあまり人気が出ない気がしています。とりあえず注文があればその人が対応するということで。

 ではみなさん。売上金で、ファミレスで楽しく打ち上げるぞぉ!」

「おおぉっ!」


 委員長からの伝達が終わると、天照奈あてなは生徒会室に向かうために席を立った。すると、

「あの、雛賀さん……」

 委員長から声をかけられたのだった。

「雛賀さんの担当、明日だよね? だから、もし良ければだけど……今日、わたしたちと一緒にまわらない?」


 まさか誘われることは想定しておらず、天照奈は激しく動揺した。だが、そんな嬉しい動揺を抑えつつ、天照奈はその誘いを断らなければならなかった。


「誘ってくれてありがとう! すっごく嬉しいんだけど……でも、ごめんね。昨日、戸田エミリ先輩に目を付けられちゃって、先に誘われたの」

「きゃーっ! エミリ先輩にライバル視されてるってこと!?」

「その二人で行動するなんて尊すぎない?」

「校内を巡る二人を眺めてる方が楽しいんじゃない?」

「一日いくら払えば後を付けても良い?」


 わーきゃーと悲鳴をあげて騒ぐ女子たちに別れを告げると、天照奈は今度こそ生徒会室に向かった。

 部屋に入ると、そこにはいつもどおりエミリと葛、そして今日も彩夏さいかの姿があった。



「待ってたよ、わたしの天照奈ちゃん!」

「約束ですからね……」

「自分があげた三百円を何に使うのか見届けたいって……過保護かよ!」

「だってだって? サイちゃんのクラスで肩揉みしてもらう? ダメダメ! それが男の子だったらどうするの。たとえ女の子にだって、わたしの天照奈ちゃんには触らせないんだから!」

「あの、体質治ってるし……それに、潔癖症でもないから人にさわられても平気ですよ?」

「潔癖症ってなに? いやいや、体質とかじゃないの。チャウチャウなの。天照奈ちゃんが人の手で汚されるのを黙って見てられないの!」


 チャウチャウ? そういえば中国にそんな食用犬がいると聞いたことがあるけど、今もそうなのだろうか。そんなどうでも良いことを考える天照奈。ガチャガチャ以外の使い道を特に考えていなかったため、適当に肩揉みと言っただけなのだが。思ったよりも、というかエミリのせいで騒ぎが大きくなってしまったのだった。


「じゃあ、彩夏ちゃんに揉んでもらえば良いですか?」

「ふむ。サイちゃんはわたしが認めた可愛い子。それなら許すけど……あ、じゃあさ、ここでわたしが揉んであげるってのはどう?」

「え、良いんですか?」

「良いに決まってるでしょ! ぐふふ、美少女にさわれる……四分間百円で良いんだよね?」

「はい。じゃあ、これでまずは百円使用ですね」

「チャウチャウ。わたしが百円払って触るの!」

「え?」


 よだれを拭きながら天照奈の背後に立つと、エミリは肩を触り始めた。力加減が絶妙なのか、あるいはすぐ近くでエミリの良い匂いがするためか、天照奈は目を閉じて恍惚の表情を浮かべていた。



「エミリ先輩も美少女なのにね。なんか、人変わりすぎじゃない?」

「ああ、可愛いスイッチが入ると変人になるんだろ?」

「ところであんた、なんで今日も勉強してるわけ?」

「俺の担当も明日だし、勉強しかやることないんだから仕方無いだろ。俺が校内歩いてるだけで苦情入っちまうしな」

「ふーん。前科持ちはつらいね……」

「お前こそ、ゴリラパンチで忙しいんじゃないのか?」

「ゴリラパンチ言うな! あたしは今日も明日も、午後一時からの一時間だけ担当するんだよ」

「昼飯明けの大量排泄が狙い、と。お前のせいで学校中のトイレが詰まりそうだな」

「言い方! にしても……何だよ、殴打療法って。助かったけどさ、カリスマ扱いはちょっとね……」

「ん? 何が助かったんだ?」

「……はぁ。いや、あんたらが何も言わないから善意だけ受け取ってたけど。……でも、気持ち悪いから、せめて気持ちだけは伝えとく。ありがと、な……」

「おお。俺も気持ちだけ伝えとく。そんなこと言うお前こそ気持ち悪いぞ?」

「んなっ! ……ねぇ、右肩殴打してやろうか?」

「俺、便秘じゃないけど?」

「いや、ただ骨を折るだけ」

「!?」



 そんな二人の様子を見て、天照奈とエミリは微笑みながらガールズトークを繰り広げていた。


「ほんと、あの二人って仲良さげだよね。付き合っちゃえば良いのに」

「ですよね。でも幼なじみってそう簡単には付き合わないイメージありますよね。アニメでは大概そうです」

「へぇ。天照奈ちゃんってアニメ観るんだぁ、意外。でもそんなことより……あれから、例の幼なじみとは何も無いの? お姉さんに教えてくれる?」

「えっと、あれからは一度も見ても聞いてもいません」

「聞くって何? まぁ、玉砕しちゃったもんね。彼の傷が癒えるまでは何も無い、か」

「エミリ先輩は好きな人とかいないんですか?」

「はぁ……わたし、呪われた体質なの……」

「もしかして、男の子を好きになれないとか?」

「そんな感じ。イケメン男子を見ても胸がときめかないの。たぶん、美少女の見た目をした男の子しか受け付けない体質なんだよね」

「そんな男の子いますか?」

「これまでの十七年間、お目にかかったこと無いんだよねぇ」

「……あの、エミリ先輩?」

「うん?」

「なんか、手が段々と下がってきてるんですけど?」

「きゃっ! 無意識にお胸を揉もうとしちゃってた! でも、ちょっとくらい良いよね!」

「ちょ、だ、ダメですよ! あっ……」



 仲良くじゃれ合う美少女二人を見て、葛と彩夏の二人は一転、真面目な話をしていた。


「バカ面ってさ、天照奈のこと、どこまで知ってるわけ?」

「どこまでって?」

「何で転校してきたのか、とか」

「……たぶん、お前と同じくらいのことしかわかんねぇよ」

「……あたし、人の嘘を見抜けるでしょ?」

「あぁ。世にも珍しい嘘発見ゴリラだもんな」

「……天照奈ってさ、嘘は一切言わないんだ」

「だろうな」

「でも、あたしがわかるのって、口にしたことが嘘なのか真実なのか、ただそれだけ。それが本心かまではわからない」

「雛賀が本心で話をしているか気になるってことか?」

「……本心で間違いは無いとも思ってる。でも、何だろう……何かを思い出そうとしてるような。逆に、思い出さないようにしてるような? ……なんか、苦しんでるように見えちゃうんだよね」

「雛賀ってさ、会話中に胸を押さえることがあるだろ? ……わからないけど……たぶん、雛賀の今の環境は前の友達がつくりあげたものじゃないかと思ってる。そしてそれは、全てが雛賀のためを思ってのこと」

「……だとしたら、あたしたちが余計なことをしちゃいけない?」

「そりゃ、そうだろ」

「でも、あんたは天照奈の苦しむ姿を見て我慢できるわけ? あたしは、できることがあるのならしてあげたい。天照奈には既に助けてもらってるし」

「俺は……前科持ちだからな。余計なことはしないつもりだ」

「……つまり、余計じゃないことはするってこと?」

「あぁ。俺にできることがあるなら、何でもするつもりだ。あれから勉強もして、考える頭をつくってきた」

「それに、今度はあんた一人じゃ無いからね。てか、あのときのことは教えてくれないわけ?」

「……何ができるかわからない。何か変わるかわからない。でも、もしも雛賀にとって良い方向に変わるとすれば、あのときのことも関係するはずだ」

「ふーん……とにかく、天照奈が自分から何も言わない以上、本人から聞き出すことはできないよね」

「だな。てことは……はぁ。恐いけど、雛賀の親父さんに聞いてみるのが一番か?」

「そんときはあたしも一緒に謝るからさ。土下座しようか。あたしは土下座するあんたの上に土下座してあげるから!」

「拷問かよ!」

「じゃあ今度、雛賀邸にお邪魔しますか」

「だな。エミリパイセンを巻き込めば、最速で明後日の日曜日にでも決まるかもな」

「でも、日曜日ってアレでしょ?」

「そうだな。でも、嘘発見ゴリラを使って何かの会話を聞くだけだから、午前中で終わるって言ってたぞ?」

「じゃあ、あんたのお父さんに美味しいランチをごちそうになって、午後から雛賀邸。これでどう?」

「よし。じゃあ、パイセンをうまく使う作戦を練るか」

「ラジャー!」




 エミリのお触りタイムが終了すると、四人の話題は文化祭の出し物に移った。


「サイちゃんのクラスはマッサージで、天かすちゃんのクラスは異世界喫茶だよね」

「天かす!? 俺、カスってこと?」

「エミリ先輩のクラスは何をやるんですか?」

「ふふっ。よくぞ聞いてくれた。むしろ聞くのが遅ぉい! うちのクラスはね……ミスコンを開催するの!」

「え? ミスコンって実行委員の出し物っすよね?」

「違うんだなぁ。うちの高校はクラスの出し物しかやりません! 有志のライブもミスコンも、どこかのクラスが催さない限り無いのです!」

「……今日、ミスコンをやったら明日は何やるんすか?」

「結果を展示してぇ、コンテストに出た可愛い子の写真とかを販売しちゃう訳よ! てことでわたし、今日は十四時まで、明日は一日中暇なのです」


「なるほど……で、エミリ先輩が優勝候補だと?」

「ほんとは天照奈ちゃんを無理矢理にでも参加させたかったけどねぇ。じじ眼鏡とマスクという大きなハンデがあるから、断念したの」

「そんなハンデがあって負けるのはつらいっすもんね」

「さすがにそのハンデ戦では負けないよ? ……ていうか、わたしは出ないけどね。だって、わたしが出るって知れたら誰も参加しないでしょ?」

「すごい自信っすね。まぁ、事実だけど」


「てことで、わたしの思いはサイちゃんに託したからね! みんなで応援するぞぉ!」

「……え? ちょっ、えぇっ!?」


 生徒会室には、何一つ聞かされていない彩夏の悲鳴にも似た大きな声が響いたのであった。

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