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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
無ジカクヒロイン
228/242

228話 体育祭の種目

 十月二十一日、木曜日。

「みなさん、体力づくりと衣装づくりは順調でしょうか?」

 朝のホームルーム。担任が連絡事項を伝え終えるとすぐに、一人の女子生徒が黒板の前に立った。

「あっという間に一週間前となりました。昨日ようやく、体育祭の種目が決定したのです!」

 『やっとかよ!』『一週間前が普通なのか?』『練習する時間、少なくすぎね?』『みんな同じ条件だから問題無いんだろ?』


 クラスメイトの主に男子がざわつく中、何も知らない天照奈一人だけが首を捻っていた。すると、

「委員長、転校生は体育祭も文化祭も何のこっちゃだと思いまーす!」

 天照奈のそんな様子を察してか、かずらが手を挙げて意見をした。どうやらその女子生徒は学級委員長だったらしい。

 この前の大便作戦……ではなくて殴打療法作戦のときに話しかけた、女子グループの中心人物だった。話してみて、人の悪口など言いそうにないという感想を持ったが、それでも葛にだけは悪い印象を持っていたようだった。現に、葛の意見に対してあからさまに迷惑そうな表情を浮かべていた。

 だが、首を捻る天照奈を見るとその顔は一瞬で笑顔へと変わり、天照奈一人に向けての説明を始めた。


「……そうですね。雛賀さん、すみません。体育祭と文化祭の日程とか大まかなことは、九月中にみんなに伝えていました。うちの高校、十月最後の木曜日の一日間で体育祭を。そしてその次の日、金曜日と土曜日の二日間で文化祭をするのが恒例なのです」

 『しかし、普通連日でやる行事じゃないよな』『体育祭で疲れた後に文化祭って鬼だろ』


「だから、体育祭はあんまりハードなものじゃないって言ってたでしょ? 全員参加だけど一人一種目だし、走ったとしても百メートルまでだって」

 『種目によるよな』『おお。でも一週間前に知らされるってやっぱ鬼だよな』


「ちなみに雛賀さん、文化祭ですが。こっちはごくごく普通のやつで、各クラスで一つ出し物をします。わたしたちのクラスは揉めに揉めて、結局は異世界喫茶をやることになりました」

 『あとはコスプレ喫茶と漫画喫茶で揉めたよな』『ただただコーヒーとジュースを出すだけの楽なやつ。なんてやる気の無いクラスだ!』『でも、せめて衣装は凝ろうってなって、異世界にしたんだよな』『委員長の知り合いが二千円でそれなりの衣装をつくってくれるって、マジありがたいよな』


 なるほど、便利なザワザワ説明だ。つまり、みんなが異世界っぽい衣装に着替えて飲み物を出すだけ。おそらく一切の飾り付けをせず、テーブルも机を使うのだろう。天照奈がザワザワを聞き分けながら頷いていると、

「雛賀さんの分、まだ用意してないんだけど……当てがないなら教えてね? 雛賀さんなら千八百円で良いよ!」

 『可愛い子割引かよ!』『にじみ出る可愛さがあるからな。一割引は妥当かもしれん』『あのじじ臭い眼鏡とマスクだけでも、素顔を隠す異世界美少女のコスプレでイケるんじゃね?』『あぁ。もしかしたら可愛いかも? っていうオーラはにじみ出てるからな!』


 なぜだろうか、クラスメイトの男子全員からもカワイ疑惑を持たれているようだ。でもまだ、にじみ出るカワイさで済んでいるようだから、このまま大人しく目立たないようにすれば、卒業まで無事に過ごせるかもしれない。少しの安心を覚えつつ、天照奈は同時にあることを考えていた。「衣装……クローゼットに入ってるアレで良いよね……」

 天照奈の部屋のクローゼットにはなぜか、二つのコスプレ衣装が入っていた。一つはファンタジー世界の女騎士。もう一つはくノ一で、なぜか町娘の衣装の上に重ね着をする仕様だ。だが、今回のコンセプトは異世界。ここは女騎士で決まりだろう。「ていうか、くノ一って忍ばないといけないのに、なんでピンク色に水玉模様なの?」そう言いながらも、引きこもり期間中には何度もそれらの衣装に着替えて楽しんでいた天照奈だった。



「……ではでは、体育祭の種目を発表します! 全部で八種目ありますから、まずはどの種目に出たいかを考えて下さい。帰りのホームルームでみんなの希望を踏まえた上で決めたいと思いますので」

 『八種目って多くね?』『各クラスの人数が三十人だろ? 一種目三、四人てことか?』『体育祭なんて、どうせ運動神経良いヤツのお祭りだからな』


「まず、定番の男女混合リレーです! 各クラス、男女二人ずつの参加。一回きりのタイムトライアルです」

 『やっぱ定番だよな。うちのクラスにかけっこ速いヤツいたっけ?』『陸上部いるクラス有利じゃね?』


「次、馬跳び三十メートル走。男女問わず四人。これも一回きりのタイムを競います」

 『跳んで馬になって跳んで馬になっての繰り返しか。地味につらそうだな』『じょ、女子の背中に触れる!?』『キモっ! 男だけでやれ!』


「次、玉入れ。これは男女三人ずつ。合計三十個の玉を入れ終わるまでの時間を競います」

 『お、運動神経を問わなそうなやつキタァ!』『男女混合ってのもポイント高いぞ!』


「次、鉄棒ぶら下がり耐久レース。これはクラスから四人。男女は問いません。ただただ鉄棒にぶら下がっていた時間、四人の合計タイムを競います」

 『合計!? 一人も手を抜けないやつじゃん!』『地味だし、文化祭に激しく支障出ないかこれ?』


「次、ペットボトルの蓋を投げて的を狙ってポイントを競うやつ。これも男女問わず三人から四人。参加者のうち上位二人のポイントを合計して競います」

 『お、これは楽そうで良いな!』『楽しそうだしな!』『票が集中しそうだな』


「次、大きなバルーンに空気を入れて割った時間を競うやつ。これは男女二人ずつ。男女で組をつくって、二組の合計タイムで競います」

 『女子とワーキャー楽しめるやつキタァ!』『でも意外とつらそうじゃね?』


「次、早押しクイズ対決。これは男女二人ずつ。全クラスで一斉に競います」

 『それ、体育なのか?』『早押し要素があるからだろ。うちに雑学強いヤツいたっけ?』


「最後、百人一首。男女一人ずつ。百秒間で取った枚数を競います」

 『これこそ体育なのか?』『いやいや、これこそ反射神経が必要だろう』『男女ってのは良いけど、一番難しくないか?』『一人の責任が一番重いやつだしな』



「以上です。各種目で上位になるほど高いポイントがもらえます。学年関係無しで、クラスの合計ポイントで競います。総合一位のクラスには図書カード三万円相当。まぁ、一人千円ってことですね。各種目で一位になると、その種目の参加者全員に千円分が贈呈されるそうですよ!」

 『総合一位と種目一位合わせても二千円……まぁ、賞状だけよりは全然マシか』『俺は女子と楽しめればそれがご褒美だ!』『男女混合あるけど、人数的に他の種目にも女子混ざるんじゃね?』『うちのクラスは女子十四人で、女子限定枠が十だから……』『四人はその他のどれか。ってことだな! 鉄棒は無いとして、ペットボトルの蓋のやつが独占されるんじゃね!?』


 クラスメイトの主に男子がざわつく中、天照奈も、どの種目にしようか考えていた。と言っても、答えは既に出ていたのだが。

 まず、リレーは聞いてすぐに除外した。決して走るのが苦手な訳ではないし、人と比較したことも無いのだが、クラスを代表するほどのものではないだろう。

 馬跳びはみんなのためにやめておくことにした。以前の体質が完治したとは言え、みんな、背中に触ることに抵抗を持つだろう。それに、潔癖症ではないことをまだ証明できていないのだ。

 ペットボトルの蓋のやつは人気がありそうだから、他の女子に譲ろう。

 早押しクイズ……問題を予測できるだろうから、早押しは誰にも負けないと思う。でも、アニメ問題でしか力になれそうにないため、ここも手を引いておく。

 となると……もう、一つしか無いのだ。


 そう、鉄棒ぶら下がりだ。


 これしか無いと言えるほど、天照奈にとって良い点ばかりなのだ。まず、眼鏡とマスクをしていても支障にならない。それに、三年間誰とも話さずに中学生活を送るほど、我慢強さには自信があるのだ。さらには、人気が無いだろうから第一希望にすればすぐに決まりそう。そして人気が無いゆえ、例え一位になったとしても目立つことは無いだろう。

 百人一首は一度もやったことが無いから、という理由で除外した天照奈。今日から何かにぶら下がる練習を始めようと、決意を固めたのであった。



「では、各自第三希望まで考えておいて下さい。わたしからの伝達は以上ですが、何か質問とかありますか?」

 みんな、何を希望するかおしゃべりを始める中、葛がまたも手を挙げた。そして、またも嫌な顔をする委員長が、仕方無く葛を指名する。

「あのさ、たぶん百人一首は誰も選ばないだろ? それにみんな、俺と一緒の種目になるの嫌だろうし。ってことで、俺、雛賀と百人一首やるわ!」

「ちょっと! あんたはともかく、何で雛賀さんなわけ!?」

 『そうだよ! 雛賀さんを巻き込まないで!』『わたし、雛賀さんと一緒に蓋投げたいのに!』『あいつ、あんなことしておいてよくあんなこと言えるよね……』


 今度は主に女子が騒ぎ始めた。原因は天照奈にもよくわかっているが、葛は特に女子に嫌われているようだ。

 あの出来事のことは覚えていないし、葛が何かを考えて行動したのだろうということは知っている。だが、みんなの前であの事実を許すことはできなかった。

 いつも『ふぉっふぉ』と笑うあの穏やかな父が、あのときに激怒したというのだ。天照奈の考えだけでは決して許してはいけないことだった。それに、そのことは葛が一番理解しているらしく、天照奈の転校先デビューの日以降、生徒会室以外では一度も話しかけてこなかった。


 それでも天照奈は、葛の役に立ちたいと思っていた。一番初めに話しかけてくれたのが葛だったし、お昼休みには生徒会室に誘ってくれた。いずれも、わたしのために声をかけてくれたと思っている。

 初めは、わたしの『友達をつくりたい』という思いを察したに違いない。そして、わたしと篠田しのだ彩夏さいかを引き合わせてくれたのだろう。生徒会室に誘ってくれたのは、わたしがマスクで顔を隠していること察してくれたから。そこには、エミリ先輩や生徒会の人に引き合わせる目的もあったかもしれないが。


 葛はおそらく、『察しが良い』あるいは『人の考えが読める』のではないだろうか。

 この前の彩夏の件だってそうだ。彩夏の友達に百円のブレスレットを一万円で売りつけた人がいるとか、なんでそんな細かい情報を知っていたのか。彩夏を見ただけでそれを知ったのではないだろうか。

 だとすると、わたしの背後からボールを投げたとき……わたしの体質を知った上で、何かを察したのだろうか。当時のことは父も詳しく話してくれないし、葛自信が話してくれるまでは聞かないつもりだ。


 とにかく、わたし自身は葛のそのつら以外には悪い印象など持っていないし、むしろ良い印象しか持っていない。


 だから、

「わたし、百人一首得意なんです。稲葉くん、足を引っ張らないでよね?」

 と、大見得を切ってあげた。


 『可愛いだけじゃなくて優しい!』『可愛いだけじゃなくて格好良い!』『女神降臨!』

 などという女子のザワザワの中、頭の後ろで手を組んでくしゃくしゃに顔を崩して笑う葛が見えた。

 そんな葛を見て、天照奈も嬉しくなり、微笑んだ。

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