225話 殴打療法とブレスレット
生徒会室では、葛からたったの二分でこれまでの経緯が話された。
「あんた、何でそんな細かいところまで知ってるわけ? あんたが嘘言わないのはわかるけど……なんか、キモっ!」
「キモい!? いや、あいつとは腐れ縁っていうか……」
「うん。確かにすごくキモいけど、やるべきことはわかったね。佐倉弓月ちゃん、そして、彩夏ちゃんを助けよう!」
「うんうん。ポイントは、『百円のブレスレット』と『暴力』かな? ……とりあえず、そのブレスレットには心当たりあるよ?」
「マジっすか!?」
「マジ寄りのマジ。この学校の噂話は全部知ってると思ってよろしい。あの子たちの友達の証はね、近所の雑貨屋さんの掘り出し物なの。元値はたしか八百円で、あんまり売れないもんだから百円に値下げされてたヤツ」
「……エミリ先輩、それ、買い占めることってできますか?」
「うん。たしかあれ、お店のハンドメイドで十個くらいしかつくってないから……あの子たちで四個でしょ? 残り六個、占めて六百円なり!」
「なんでそんなことまで知ってんすか。学校の噂以上の話っすよね。こわっ!」
「こわい言うな! わたしの行きつけでもあるの! じゃあ、今すぐ電話して残り全部確保しとくからね。それで? ぐふふ。希少価値を高騰させちゃおうぜ的なやつ?」
「はい。百倍くらいに操作できませんか?」
「いやいや、いくらわたしの情報操作がすごくても、できて十倍かな……それこそ、有名な人にでもつけてもらうとか? あ、天照奈ちゃんがつけて拡散したら一億円くらいの価値になるかもね!」
「わたしの呪いは拡散禁止令が出ていますので……有名な人、か……ちょっと、電話しても良いですか?」
「うん? 誰に?」
「父です。ただの警察官ですけど、たまに一日警察署長イベントで、アイドルとかに会う機会があるって言ってたし……」
「あぁ、この前もアケビフルーティエイトの紫音たんがやってたね。え、もしかして天照奈ちゃんのお父さんって、署長さんなの?」
「全然、かすりもしません。でも、すごく偉い人の弱みを握っていると言ってたので……」
天照奈は、ポケットから携帯電話を取り出すと、父に電話をかけ始めた。エミリもその隙に、雑貨屋に電話をかけ始めたようだ。
「あ、お父さん? お昼休みにごめんね。うんうん、お弁当美味しかったでしょ! 転校先のデビュー戦だから、いつもより頑張ったの。それでね、ちょっとお願いがあるんだけど。お父さんの知り合いに有名人なんていない? 女の子で、有名であればあるほど良いんだけど…………いる!? 良かった! その人にブレスレットつけてもらうことなんてできないかな? ……うん、じゃあすぐに売ってるお店の情報送るね。六個確保してもらってて、一つ百円なの。……え、問題がある? その子には世界中にファンが数億人? ……だ、大丈夫。火の消し方もちゃんと考えておくから。ところで、その人の手に渡るまでどのくらい時間かかりそう? 二時間!? そんな早いの? わかった、じゃ、よろしくね!」
先に電話を終えていたエミリから、雑貨屋の情報とブレスレットの画像を送ってもらうと、父にそれを転送した。
「ねぇ……ファンが数億人? それ、もしかしてもしかしたりする?」
「わからないですけど……ファッションセンス以外は信用できる父なので。価値を百倍にするのは余裕ではないでしょうか」
「……よし。じゃあ、ブレスレットはそれでいくとして。次は、ゴリラの暴力をどうするかだな」
「わたしに考えがあるの。嘘をつくことになるけど……エミリ先輩、一緒にやってもらっても良いですか?」
「もちろん! でも天照奈ちゃん、嘘なんてつけるの?」
「……善い嘘なら、たぶん! ところでエミリ先輩、大便話がNGだったりしますか?」
――次の休み時間。
天照奈は頭の中の台本を再確認すると、クラスの女子グループの一つに近付いた。午前中だけを見る限り、クラスで一番の大所帯と思われる五人のグループだった。
「初めまして。あの……お話、したいな……」
「も、も、も、もちろん!」
全員がからだ中の埃を払うような素振りを見せて、硬質な笑顔で迎えてくれた。次から次へと押し寄せる五人からの質問に答えていると、
「雛賀さん、お肌すっごく綺麗だよね! 化粧水、何使ってるの?」
「それ! 知りたい!」
目を輝かせて答えを待つ女子五人。
台本どおりの質問が来るなり、天照奈はまず、「朝、水道水で洗ってるの!」と答えると、
「やだぁ、雛賀さん。可愛いだけじゃなくて冗談も言うんだね!」
と返された。もしかすると、大女優のカワイは冗談が嫌いで有名だったのだろうか? というか、なぜみんなは例外なく昭和の大女優に詳しいのだろう。おそらく最近、特集番組でも放映されたに違いない。
そんなどうでもいい推測とともに、天照奈は台本を読み始めた。
「あ……一つ、思い当たることがあるの!」
「なになに? 知りたい!」
「わたしの大便……じゃなくて、わたしの中にいるお花摘みの妖精さん、今朝まで箱入り娘だったの。あ、大きい方ね」
「お花摘みの妖精さん?……それ、便秘だったってこと?」
「うん。ほら、便秘って、お肌の天敵でしょう? でもね……ほら、朝、一組の篠田彩夏さんと知り合ったんだけど」
彩夏の名前を出すなり、五人の眉があからさまに嫌な方向に動いた。
「……ねぇ、雛賀さん。あの子に近付かない方が良いよ?」
「二組の女の子の肩を殴って、骨折させたらしいよ?」
「そうなの? でもわたし、篠田さんに肩を殴ってもらったら、便秘が治ったの。殴打療法って言うんだって。お昼休みにね、すっごく大きいお花を摘めたんだ! 一週間分くらいの!」
「……え?」
「なんでもね、肩まわりには美容に関係するツボがいっぱいあるらしいの。精神を集中させて、その拳に全ての思いを込めて殴ると、良い感じにツボを刺激してくれるんだって。おかげで……あ、ごめん。お花摘みに行ってくるね、大きい方!」
天照奈は、ハンカチで汗を拭きながらトイレ方面へと走った。
「……雛賀さんって、可愛いだけじゃなくて面白い人なんだね……」
「でもさ、そんなに効くならわたしも殴ってもらおうかな?」
「雛賀さんが言うんなら間違い無いよ!」
「でもあの子、近づきにくいよね?」
「雛賀さんがお花摘みから戻ったら紹介してもらう?」
その場で地団駄を踏む五人の元に、今度は戸田エミリがやって来た。
生徒会副会長という役職からか、はたまたその派手な容姿からか。カワイらしさをひた隠しにする天照奈に負けず劣らずのカリスマ的存在らしく、女子五人がその頬を赤らめていた。
「ねぇ、雛賀天照奈さんってこのクラスの子だよね?」
「は、はい。でも、今はお花摘みに……トイレに行っています」
「ははーん。やっぱりアレだね? わたしも噂を聞いてさ、今さっき篠田さんに肩を殴ってもらったの。そんなに効果あるんだ……って、ごめん!わ、わたしのところにも……便意が、キタァ!」
エミリは、トイレ方面へと全力疾走で姿を消した。
「エミリ先輩も……やっぱり、本当なんだよ!」
「でもさ、じゃあ、二組のあの子を殴ったのって?」
「便秘を治してあげようとしたんじゃない? でもさ、一歩間違えると骨折ってこと?」
「だけど、成功する確率が三分の二なら全然アリだよね!」
「しかも成功したのは後半の二人だから、実はもう失敗しないんじゃない?」
「うんうん。何よりさ、今すぐ行けば、二人に触ったその拳の温もりが残ってるんじゃない?」
「じゃ、わたしが先ね!」
「ずるい、わたし!」
五人は一組に向かって走り出した。
――その日の放課後、一年二組の教室。
「ゴリラ女の噂聞いた?」
「聞いた聞いた。何なの、殴打療法って? 肩を殴られると便秘が治る?」
「三組の可愛い転校生と、戸田エミリ先輩の便秘を治したらしいよ?」
「転校生のことはよくわからないけど……エミリ先輩ってマジ綺麗だよね!」
「……にしてもさ、わたしの肩が骨折したの、運が悪かったってことにされてるんだけど?」
「ま、仕方無いんじゃない? 実際殴られたわけじゃ……」
「しっ。誰か聞いてたらどうすんの。……ま、別に良いけどね。ところでさ、あの子、学校来なくなったね」
「ボディーガードが謹慎くらったんだから、来れないんでしょ?」
「新しい友達の証、見つけたんだけどなぁ」
「うんうん。月に一回は更新しないとね!」
三人だけが教室に残って会話をしていると、一人の女子生徒が教室に入って来た。
「嘘、エミリ先輩!?」
「あ、ちょうど良かった。あのさ、三人に聞きたいことあるんだけど、いい?」
「も、もしかして殴打療法のことですか?」
「違う違う。あ、あれは不運だったね! なんでも、百回に一回は失敗するらしいじゃん? 今日も、五十人の便秘を治したってさ!」
エミリはポケットから携帯電話を取り出すと、画面を操作しながら三人に近付いた。
「ねぇ、あなたたちが付けてるブレスレットって、これじゃない?」
弓月をまだ利用するためか、律儀にもブレスレットをまだ身に付けていた三人。エミリが見せた画面を覗くと、驚きの声を上げた。
「これ、紫音!?」
「嘘、わたしたちと同じブレスレット付けてるよ!?」
「だよね、同じヤツでしょ? わたし、どっかで見たことあるなぁって思ったんだよね!」
「すごいよこれ。『ビビッときた雑貨屋さんに、わたしは入った。そこで目にしたのは、百円に値下げされたブレスレット。ビビッの発生源はこれだったのだ! やーん、見てこれ、超可愛い!!』だって!」
「わたし、その雑貨屋さん知ってたから、電話して聞いてみたの。そしたら、もう売り切れちゃったんだって! 世界中から問合せが殺到してるらしいよ?」
「……お店の人、十個くらいしかつくってないって言ってたよね?」
「そうなの! だからそれ、今ものすごい希少価値が高いんだよ!」
「百円なのに?」
「うんうん。百倍以上で取引されるって噂だよ!」
「それって……一万円以上ってこと?」
「何それ、すごすぎじゃない?」
「そんなのに先に目をつけるなんて、あなたたちの見る目すごいね! ところでさ、一個五万円で買い取るって言ったら、譲ってくれる?」
「……へ? 五万円?」
「そ、そりゃ良いですけど……エミリ先輩、こんなの欲しいんですか?」
「ぐふふ。紫音ファンは数億人いるんだよ? あなたたちから五万円で買って、ファンに十万円で売りつける! どう、この作戦?」
「それ、わたしたちに言っちゃダメじゃないですか?」
「……あ!」
手で口を押さえるエミリの横で、三人が小さい声で会話を始めた。
「……ねぇ、どうする?」
「百円で買ったのが五万円でしょ? 良いじゃん、買ってもらおうよ!」
「でも、紫音たんのファンならもっと高値で買ってくれるんだよね?」
「だけどさ、身近にそんな人いる?」
三人のコソコソ話を聞き、エミリがニヤけ顔で三人に近付いた。
「ふぅ。仕方が無い。紹介料一割で、熱烈なファンを紹介してあげるよ?」
「ほんとですか?」
「一つ十万円なら、手取り九万円ってこと?……紹介して下さい!」
「よろしい。何でも、写真館経営の傍らアイドル衣装をつくってるガチファンらしいんだけど……ちなみに、あなたたちが持ってるのは三個だよね?」
「そ、そうですけど……」
「ねぇ、あの子の分もあるじゃん」
「そ、そうか。あの、もう一人、休んでる友達も持ってて。だから、全部で四個です」
「了解なり! さぁて、いくらで売れるかな。楽しみだね! じゃ、明日の朝一で報告に来るね!」
よだれを拭くような仕草を見せて、その場を去るエミリ。その後ろ姿を見送ると、三人はその顔を綻ばせ、大きな声で喜び合った。
「何これ、ヤバくない!?」
「最低でも一個の手取りが九万円として、四個で三十六万円!?」
「三人で割っても十二万円!」
「わたしたちの見る目、マジでヤバくない?」
「ところで、あの子の分はどうやって回収する?」
「これから連絡して、家まで取りに行けば良いでしょ」
「お金返してって言われないかな?」
「そんなの、返せばいいだけじゃん。だって、たかが一万円だもん!」
「そうだね。一万円返してあげれば綺麗さっぱりお別れできるもんね!」
三人のうち一人が携帯電話を取り出すと、弓月にメッセージを送信した。
「……返信早っ! 何なの、学校来ないで暇してるの? ……『お金が返ってくるなら良いよ』だってさ」
「意外とちゃっかりしてんのね。ま、予想どおりじゃん。じゃ、行こうか!」
「待っててね、十万円!」