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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
無ジカクヒロイン
224/242

224話 嘘

 弁当を食べ終わると、三人の会話は生徒会の残りのメンバーの話題に移った。


「わたしとかずらの他に、会長と庶務がいるの。会長は二年生で、庶務はあなたたちと同じ一年生」

「それって、もしかして彩夏さいかちゃん?」

「違うぞ? あのゴリラはただのゴリラだ」

「あんた、相変わらずサイちゃんには当たりキツいよね。なに、思春期なの? 愛情の裏返しなの?」

「なっ、何を……」


 二人の会話を聞いて、天照奈の胸がまたも痛んだ。おそらく、『サイちゃん』という言葉に反応したのだろう。クロキサイのことをサイちゃんなどと呼ぶわけがないから、サイちゃんという友達もいたのだろうか。

 ……なんというか、胸の痛みで何かが判明していくこのシステム、ちょっと嫌だ。本当に痛いのだから。


「サイちゃんも可愛いよねぇ。わたし好きだよ。真っ直ぐで、嫌みが無いの」

「真っ直ぐなのはわかりますけどね……それで敵をつくってたら世話無いっすよ」

「……敵?」


 天照奈が聞き返すと、葛は「しまった」という顔で目を伏せた。きっと、クラスメイトのヒソヒソ話に出たアレだろう。たしか、彩夏が二組の誰かに「あんなこと」と言われる何かをした。おそらくだが、彩夏が正しい行動をした結果、事態が悪い方向に動いてしまったと推測される。


「大丈夫。彩夏ちゃんは悪くないよ。葛くんだって、そう思ってるんでしょ?」


 父からは、カワイらしさの他にも『察しの良さ』をできるだけ隠すように言われていた。天照奈が本気を出すと、相手が言葉を発する前に、全ての受け答えをしてしまうらしい。少しでも目立つ要素は避けるべきだというのだ。だけど、友達のためならいくらでも本気を出すべきだろう。


 そんな天照奈の言葉に、葛は驚いて目を見開いた。と同時に、

「……あぁ。当たり前だろ?」

 その顔をくしゃくしゃに崩して、笑って、そう答えた。


「じゃあさ、わたしたちで守ってあげようよ。彩夏ちゃんと、たぶん、友達でしょ?」


 葛は右拳を握りしめると、自分の左肩を殴った。「痛ぇ……」そう言いながら、その目は何かを決意したものに変わっていた。そんな二人を見て、エミリも、

「その『わたしたち』には当然わたしも入ってるよね? 情報の収集と操作なら任せなさい!」

 豊満なその胸を張ると、両手の拳を握りしめてそう言った。

 天照奈もエミリも、噂と推測でしか知らない。でも、友達の悲しい顔は見たくないという気持ちは一緒だった。


「葛くん、簡単に経緯を説明してくれる? たぶん葛くん、噂以上のことを知ってるでしょ?」

「あぁ。彩夏は、友達を助けようとしただけなんだ……」




――篠田彩夏は、教室で一人弁当を食べていた。

 今朝、念願が叶って雛賀天照奈と友達になれた喜びをかみしめていた。「でも……やっぱり、あたしなんかが近付いちゃいけないんだよね……」かみしめた隙間から、そんな思いと一緒にため息が漏れ出ていた。

 わたしは何も悪いことはしていないし、悪いことも言っていない。悪いことを、嘘を言っているのは周りのみんななのに。

 でも……そうなんだ。自分にとって正しいことが、人にとって正しいことだとは限らない。時には嘘が正しいことだってあり得るのだから。


 自分が特殊な人間だと気付いたのは、小学校に入った頃だったと思う。『嘘』という言葉を知ってからだった。真実の反対。人を欺くためのものだが、そこには人のためを思う善い嘘だって存在する。


 わたしは、人よりも少しだけ聴力に優れていた。小さい声だって、聞き取ることができた。でも、どうしても聞き取れない声があった。小さい頃は、なぜ聞こえないのかわからなかった。ちゃんと口が動いているのに、声が聞こえない。その聞こえない声に、他の人は反応しているし、ちゃんと聞こえているようだった。


 「あいつ、実は『  』なんだってさ!」

 聞こえない言葉に、初めのうちは「今、何て言ったの?」と聞き返していた。でも、相手はいつも良い顔をせずに、


「だから、『  』だって!」

 と、またも聞こえないことを怒鳴るように言った。


 やがて、「聞き返してはいけないんだ」と思うようになった。だから、その口の動きを見て、まわりの反応を見て、自分なりに声を見つけることにした。

 その結果、聞こえないのは『嘘』だと気付いた。その人自身がつく嘘。他人が言った嘘を広めるような声は聞こえる。日常会話では、声が聞こえないことの方が少ない。でも、そのことに気付いてから、人が嘘をついていると気付いてから、あたしの人を見る目は変わってしまった。



 あの人は嘘つき、あの人は比較的信用できる。そんな目で見てしまうし、口の動きを注視するからか、どうやら人に威圧感を与えてしまっているらしい。

 もちろん、善い嘘をつく人だっているが、それも聞こえない。人との会話で、本心から楽しい、楽だと思うことはほとんど無かった。

 でも、そんなあたしの周りには、全く嘘を言わない人間が二人いた。


 一人は、家が近所で小学校に入る前からの腐れ縁。その男の子の声は、全てが聞こえてきた。嘘を言わないというか、単に何も考えずに生きているだけのバカ面だ。でも、そんなバカ面が嘘をついたことが一度だけあった。

 中学校に入学してすぐのことだった。『背後から接触すると命に危険が及ぶ』という嘘みたいな体質の女の子、その背後からボールを投げつけたというのだ。クラスメイトの数人が見ていたというから、それは紛れもない事実だった。でも、あいつが女の子の体質を知らなかった訳がないし、例え知らなくても、背後からボールを投げつける訳が無い。だから、バカ面には何か考えがあったのだと思った。

 あたしは、バカ面に聞いてみた。そしたら、

「あいつの体質ってさ……いや、何でもない……」

 何かを隠しているか、バカ面はあたしから目をそらした。


「あたしにも言えないの?」

「……うっせぇよ。『  』」


 バカ面の口は、『何でもねぇよ』そう言っていた。聞こえなかったということは、何でもないことでは無いということだ。その後、バカ面はその女の子に近付かないようにしていた。何を考えているのかわからないが、女の子を思っての行動だったのだろう。

 あたしは、その女の子の見た目に一目惚れしていた。可愛いし、あの子は絶対に嘘をつかない人間だと思ったから。でも、バカ面がその子に近付くまでは、あたしも近付かないと決めた。結局、近付かないまま卒業してしまい、女の子は別の高校に行ってしまった。



 もう一人は、中学二、三年の時に同じクラスだった女の子、佐倉さくら弓月ゆづき

 弓月は生まれつきからだが弱くて声が小さかった。でも、あたしは耳が良かったし何より声が全部聞こえるから、話していて楽だったし、楽しかった。

 同じ高校に入って、でも、クラスが別々になった弓月は、同じクラスの女子三人といつも一緒に行動していた。だけど、全然楽しそうには見えなかった。中学の時はあたし以外の人としゃべるのを見たことが無かった。だから、友達ができて良かった、そう思っていた。

 でも、あるとき、聞いてしまった。それは、弓月の友達だと思っていた女子三人の会話だった。


「あの子、声小さくて全然聞こえないよね」

「いやいや、そもそもしゃべらないじゃん!」

「からだ弱いから、いっつも通院してるんだって」

「通院って言っても、あの子の家って病院じゃん? 自分の家じゃん」

「この前さ、お小遣いいくらもらってるか聞いてみたんだよ!」

「え、いくらって言ってた? 気になるぅ!」

「お小遣いっていうか、必要なときに言えばもらえるシステムらしいよ?」

「へぇ……じゃあ、わたしたちが欲しいっていったらもらってくれるかな?」

「やだ、悪いこと考えてるこの人! でも、いけそうじゃない?」

「うんうん。友達の証とか言って、百円のプレスレットを一万円で売るとかね」

「やーん、天才!」


 胸糞悪い会話。しかも、全員の全ての声が聞こえるというのがまたタチが悪い。

 あたしは、弓月が一人になる機会を見計らって、その三人が話していたことを伝えようと思った。そんなやつらとは縁を切った方が良い、と。でも、遅かった。弓月の手首には、友情の証が巻かれていた。


「ねぇ、そのブレスレット……一万円で買った?」

 答えはわかっていたけど、聞いてみた。


「……そうだよ。友達とお揃いなんだ」

 弓月は、無理に笑顔をつくっていた。


「ねぇ、弓月。それ、本当は百円だよ?」

「……知ってるよ」

「じゃあさ、言って、お金返してもらおうよ」

「……言えないよ」

「弓月が言えないなら、あたしから言ってあげるよ」

「言ったら、嫌なことされちゃうから……」

「……でも、言わなくて……このままで良いの?」

「……『   』」


 涙を流して、弓月はわたしに嘘をついた。『余計なことしないで』そう言っていた。

 『嫌なことされちゃうから』

 それは、自分のことではなくて、あたしを気遣って言ったことなのだろう。我慢ができなくなって、あたしは女子三人と話をした。


「なに? あれが百円なんて証拠あるわけ?」

「あるよ? ほら、あたし、ブレスレット集めるの趣味なんだよね!」

「知らないし。……あの子に言われたわけ? あんたには関係無いでしょ」

「言われてない。たまたま話を聞いたんだよ。そもそも、あの子とは話をしたことも無いし」


 あたしは、嘘をついた。人の嘘を嫌うくせに。でも、できるだけ弓月に迷惑をかけたくなかったから。


「ふーん。ただのお人好しって事?」

「うける! じゃあさ、お人好しなら関わるなよ」

「そうそう。あんたのせいでお買い物が増えちゃうよ?」

「悪いことをするなって言ってるのに、なんでまたそんな話になるわけ?」

「悪い事じゃないでしょ。友達の証なんだから。わたしたちだって持ってるんだもん」

「……ねぇ。あの子のこと、友達だって思ってるわけ?」

「そんなの、『  』じゃん!」

「わたしたち『  』だよ!」

「嘘つき。虫唾が走るんだよ、お前らみたいなの見ると」

「じゃあ、見なくて良いよ。わたしたちもあんたみたいなのに見られたくないし。ていうかこっち見んな。しゃべんな」


 何を言っても無駄だとわかった。無駄だとわかっても、でも、睨むのだけはやめなかった。すると、三人のうちの一人が、

「痛い! やめてよ、何で殴るの?」

 急に肩を押さえて声を上げた。


「うわっ、最低……いいがかりつけて、しかも暴力って」

「こんなの許されないよ。ね、職員室行こう?」


 それは九月末の話。

 先生は三人の言うことを信じて、あたしはただ怒られて、一週間の自宅謹慎を命じられた。自分が人にどう見られるか、思われるかなんてどうでも良かった。ただ、弓月のことだけが心配だった。




 一週間ぶりに登校して聞いた、周囲のヒソヒソ話。あたしが二組の女子を殴ったという噂。三組に可愛い女の子が転校してきたという噂。

 そして、噂にはならなかったけど、これは見て知った事実。あたしが謹慎になった次の日から、弓月は学校に来なくなったらしい。

 二組を覗くと、空席が一つと、肩に大げさにギプスをつけた女が見えた。


 あたしの軽率な行動が、あたしだけが正しいと思った行動が、友達に迷惑をかけてしまった。どうすれば良かったのだろう。これから、どうしたら良いのだろう。

 答えはわかっていた。何もしなければ良いんだ。嘘を聞かないで、聞き返さないで、自分にとっての真実の中で大人しく生きるだけ。人に関わってはいけないんだ。

 ……新しくできた友達。雛賀天照奈とも、関わってはいけないんだ……

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