219話 四回目の初対面
目が覚めると、二階に消えたはずの紫乃が左手にくっついて寝ているのに気が付いた。
良い夢を見ているのか、可愛い顔でニヤニヤと笑っていた。
相良は、東條グループが開発した『安眠マスク』とやらを被らされて寝ていた。超防音機能付きらしいが、それはただのヘルメットに見えた。
皇輝は、いろいろと頭を使ってくれたからか、死んだように大人しく寝ていた。
ふと、お泊まり会の夜を思い出した。
プールサイドで、天照奈と話をしたこと。月の光に照らされた天照奈の姿が、神秘的で美しかったこと。
天照奈が何かをいいかけて止めたこと。
昨日、紫乃が言っていた。
『天照奈ちゃんが、これまでの普通と今の普通、どちらを選ぶかはわかりません。もしも今の普通を選ぶのなら、わたしたちとはもう二度と会うことは無いでしょう。
わたしたちの思いは全て、サイくんに託します。でも、サイくん。わたしたちのその思いを伝える必要はありません。
天照奈ちゃんに必要なのは、サイくんの本当の気持ちです。もう二度と会えないかもしれない。それなら、本当の、今まで言えなかった気持ちを伝えるべきです。
もし天照奈ちゃんが戻ってきたら、それはそれは恥ずかしいことになるかもしれません。でも、そんなの、嬉しいが勝つに決まっています。
そしてそれは、サイくんだけじゃない。天照奈ちゃんだって嬉しいに決まっています。
だって、あなたたち二人は超が付く似たもの同士。いつだって同じ思いを抱いているんですから』
同じ思いを抱いている。
もしもそうなら、そんなに嬉しいことは無い。
でもそれなら・・・今の自分は、天照奈が今の普通を大事にすべきだと思ってしまっている。
だとすると、天照奈もそう思っているのだろうか。
思っていなくても、そう思っている自分の気持ちを汲んでくれるに違いない。
悲しいけれど、そんな思いを告げられるのだろう。
でも、そうだとしても、今度は直接その口から聞くことができる。
最後の、別れの言葉を。
そのまま起床して朝食をつくると、起きてきたみんなで食卓を囲んだ。
少しずつ、いつも食べていた天照奈の味に近づいていると思っていた。
三人からは、『惜しい!でも美味しい!』と言われた。
食べ終わると、天照奈の父に電話をかけた。
『アニメの時間以外は部屋に閉じこもっている。天照奈には、前の高校の友達が来る。そう伝えておこう』
突然訪問したいと言ったにも関わらず、快く応えてくれた。
天照奈の家には、できるだけ自分の力で向かいたかった。
でも、できる限りのことはしたいという紫乃の思いに甘え、東條家の車で送ってもらった。
なぜか皇輝と相良も一緒に付いて来てくれた。
三時間かけて、天照奈の家の前に到着した。
『お?バックドロップで気合い入れとくか?』
『骨は拾うからな!』
『ヨンセンロッピャクヨンジュウキュウ!』
三人に元気が出る言葉をもらうと、車を下りた。
天照奈の家を訪れたことはあったが、これまでは家の前までしか来たことが無かった。
敷地内に入ると、玄関のインターホンを押した。
雛賀のじいさんが笑顔で出迎えてくれた。
中に入ると、まずはリビングに案内された。
雛賀のじいさんは小さい声で、今の天照奈のことを教えてくれた。
「転校してから二週間。実はまだ二日間しか学校に行っていない。ご飯をつくってくれるし、アニメも観る。でも、それ以外の時間はずっと部屋に閉じこもっているんだ。いつも何かを思い出そうと、頭を抱えて苦しんでいる。
・・・わたしも昨晩、天照台から全てを聞いたよ。
特殊な体質を持たないわたしにはわかりようのない思いだった。でも、一族の血を引く者の親として、その気持ちをわかることはできた。
天照奈がどちらを望むか、それはわたしにもわからない。でも、君と会うことで、何かが変わるはずだ。近付かなくても、天照奈の中で、何かが解放されるはずだ。
だが・・・ふぉっふぉ。あまり気負ってはいけないぞ?
天照奈との初対面は四回目だろう?
大丈夫。どの対面でも、君たちが抱いた思いは同じはずだ。そして、今回も」
雛賀のじいさんに案内されたのは、二階の一番奥の部屋。そのドアの前に立った。
じいさんがドアをノックすると、
「・・・はい」
中から、消え入るような小さい声が聞こえた。
「友達が来たぞ。入れても良いか?」
「・・・どうぞ」
じいさんは、僕を見て小さく頷いた。
ふぉっふぉ、と聞こえてきそうな笑みに背中を押されて、ドアを開けた。
部屋の中は、カーテンが閉められて薄暗かった。
それでも、ベッドに腰掛ける天照奈の姿が、僕の目には輝いて見えた。
そう言えば誰かが、天照奈の部屋に太陽光パネルを設置したいと言っていたのを思い出した。
僕のことを、まだ誰だかわかっていない。
そんな目と、僕の目が重なった。
泣いていたのか、その目を赤く腫らしていた。
どんな思いが封じ込められているかはわからない。
どんな思いが残っているかもわからない。
でもそれは、今は関係無いことだった。
だって、これから言うこの思いは、初めて君に伝えるものだから。
その思いは、無感情の静寂を破った。
「僕、黒木裁は、天照奈ちゃんのことが大好きです!」
天照奈の目から、一粒の涙が零れ落ちた。
その涙に込められた思いを知って、僕は、微笑んだ。
まだ続きはありますが、ここで一旦完結とします。
このまま連載を再開するか、タイトルを変えて、連載を開始するか。いずれにせよ、少し間を置きたいと思います。
続きを読みたいと思ってくださる方が一人でもいれば、幸いです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。