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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
災厄
217/242

217話 自己責任ヒーロー

「不動堂というのは彼の息子の婿入り先だ。彼のことは誠志せいじと呼ばせてもらう。貴志きし誠志、志が高そうな良い名前だろう?

 わたしが心から尊敬する人間は三人いる。一人はセイギの父。さい、君のもう一人のおじいさんだ。

 二人目は、セイギだ。最も信頼する部下で、尊敬すらできる存在だ。調子に乗るから絶対に口にはしないがね。

 そして三人目。それが誠志だ。


 彼とは同期でね、警察学校で知り合ってからずっと友達だった。一族の人間は、天照台高校でしか友達ができないわけじゃない。高校では、友達ができる確率が劇的に上がるだけなのだから。

 誠志は、わたしにとってかけがえのない存在だった。特殊な体質など持っていなかった彼は、当然ながら一族の血のことだって知らない。それでも、わたしが何かを背負って生きていることには気付いたようだ。

 彼は、いつも声をかけてくれた。『何かあれば話してくれ』『お前を苦しませる何かを、少しでも背負ってやりたい』と。

 わたしは普通の、でもかけがえのない友達の彼には、何も背負わせたくなかった。だから、一族の呪いのことも、災厄のことも言わなかった。


 そして、あの事件が起きた。あの日、皇輝こうきの二個目のランドセルを買うため、休暇を取って近くのデパートへとやって来た。七階のランドセル売り場で、一個目とほぼ同じランドセルを選んだ皇輝は、背負ったまま帰りたいと言った。

 七階からエレベーターに乗り、一階へと降りる途中だった。突然、火災報知器のベルが鳴ったんだ。

 エレベーターは三階で緊急停止した。慌てる買い物客を階段へと誘導しつつ、皇輝には一人で外へ出るよう指示した。皇輝は黙って頷くと、ランドセルを揺らし、階段を降りていった。


 急いで二階にある管理室に向かうと、火災報知器のボタンが押されたのは最上階の十階だということがわかった。

 未だ報知器が鳴り止まない中、すぐに階段で十階へと向かった。運動不足がたたって、息を切らしながら階段を上がっていると、『頑張れ、おじいちゃん!』と、親の声よりも聞いたその声に振り向いた。

 そこには誠志がいた。どうやら、誠志も孫のランドセルを買いに来たらしく、わたしと同様に最上階へと向かっていた。

 『先に行ってるぞ』年齢は変わらないが、現場で慣らしたその足には敵わず、わたしは誠志の背中を見送り、重い足をなんとか動かした。

 下半身全体に乳酸がたまり、階段の踊り場で寝転がりたい気分だったが、我慢してフロアに入った。入ってすぐ右側に数人の従業員が集まっていた。その場に嘔吐している人の姿も見られた。

 近付くほど、焦げ臭い嫌な匂いが鼻を突いた。遠目で、火災報知器が設置された壁が真っ黒く焦げているのが見えた。近付くにつれ、嫌な予感が込み上げてきた。


 火災報知器から約十メートルの、辺りを見回せる位置に着いた。どうやら、報知器の目の前で何かが爆発したようだった。

 壁、そして床の黒くなっている範囲はそれほど大きくない。だが、ショーケースなどのガラスが飛び散っている状況から、その衝撃はそれなりに大きいものだと思われた。

 報知器の目の前、真っ黒く描かれた円の中心に、何かが落ちているのが見えた。それは、人の手だった。おそらく左手の、肘から先の部分。その手首には、腕時計が付いていた。その腕時計には見覚えがあった。

 周囲には、商品と一緒に血の付いた塊が飛び散っていた。よく見ると、それは全て肉片だった。


 その場にいた人間で、何が起きたかわかる人間を探した。一人、遠くから見ていたという従業員がいた。胃の中のモノを吐き出した後なのか、口の周りが白くなっていた。

 『火災報知器が鳴ってしばらくしたら、一人の男性がやってきました。フロアには火災報知器が三つあって、そのうちの一つに向かって歩いていきました。歩きながら、その男性は大きな声で、お客さんと従業員の避難を促していました。だから、その火災報知器の周りには誰の姿もありませんでした。火災報知器の前に、何かが落ちていたのでしょうか。男性は、それを拾おうと屈みました。わたしの視界から消えてすぐに、何かが爆発しました』



 最近、街中に置かれたモノが急に爆発するという事件が多発していた。その爆発に威力はなく、ただ大きい音がする程度のものだった。無差別に人を驚かせるだけ。快楽犯によるいたずら感覚の犯行と思われていた。だが、小さくても爆発物には変わらない。事が大きくならないことを願いつつ、危険だと判断し、わたしはその事件を追っていた。

 誠志はそのとき、その事件には関わっていなかったが、知ってはいたはずだ。だからちゃんと、何かを拾う前に、避難誘導を済ませていた。怪しいと思ったに違いない。でも、誠志はそれを、爆弾を拾ってしまったのだ。

 後で、防犯カメラで知ったが、誠志が拾ったのはランドセルだった。もしかすると、孫に買ったそれとそっくりだったのかもしれない。孫のモノではないとわかっていても、それを手にとってしまったのだろう。


 腕時計は、誠志がずっと身に付けていたものだった。腕に馴染むからと、ずっとつけていたもの。電池を替えて、バンドを替えてずっと付けていた。バンドを替えるならもはや馴染むも何もないだろう?そう聞いたことがあった。

 だが、『馴染むのは手首だけじゃないだろ?友達が急に白髪を染めて若作りしたら、お前はそれが別人だと言うのか?』と、よくわからないことを言われたのを覚えている。


 腕時計の付いた手首ごと拾い上げると、わたしはその場に崩れ落ちた。涙は出なかった。わたしは、涙を流したことが無かった。

 『感情を表に出すことは恥ずかしいことじゃないぞ?』誠志にそう言われたことがあった。わたしは、『笑うことはできる』と返した。だが、『お前・・・それ、くくっ、って言ってるだけだからな?笑ってないからな?』そう、注意されたことがあった。


 すぐに警察が駆け付け、事情聴取が始まった。わたしは、知る限りの事情を素早く説明すると、すぐにエレベーターで一階に降りた。外に出ると、ランドセルを背負って一人待っていた皇輝の手を引き、帰宅した。

 巻き込まれたのは誠志一人だった。防犯カメラには、顔を隠した人間がランドセルを置き、火災報知器のボタンを押す姿が映っていた。これまでの事件と同じように、人物の特定にはつながらなかった。

 そして今も、事件の犯人は捕まっていない。そのデパートでの事件以降、同一犯と見られる事件は一件も起きなかった。おそらく、ちょっとした爆発に驚く人の姿を見たかっただけなのに、思わぬ爆発が起きてしまったんだろう。

 たまたま、そのランドセルには人一人を容易く破壊するような火薬が詰められていただけ。わたしたち警察は、そう推測した。かといって、事件を勝手に終わらせることなど許されない。わたしは今でも血眼になってその犯人を追っている。


 犯人を捕まえて、法で裁かなければいけない。そうしなければ、誠志が報われない。

 それに・・・あれは、わたしの体質が呼び寄せた災厄だったんだ。わたしが責任を取らなければいけなかったんだ。

 わたしが負っているものを少しでも負いたいと、誠志は言ってくれた。

 わたしは負わせたくなかった。でも、結局、負わせてしまったんだ。

 そして、わたしの大事な友達は、それを負って、負いきれずに死んでしまった。

 わたしの心を支える大事な部分に、大きな大きな穴が空いてしまった。その穴には、怒りと憎しみが入り込んで、今はそれらの思いでいっぱいになっている。

 この穴は、決して塞がれることはない。一族の血の呪い、そして誠志の思いを背負って生きていくと決めた。


 君たちはわかるか?想像できるか?大事な人を失うんだ。

 呪いを背負わせて、背負いきれなければ押し潰されてしまう。例え背負わせなくても、背負ってくれなくても、その呪いは、人を巻き込むんだ。

 呪いが普通を、幸せを奪うんだ。もう、そんな馬鹿げたことは終わりにさせたいんだよ・・・」




 苦痛の表情を浮かべ、だが、その目に涙が浮かぶことは無かった。

 もしかすると、その大事な人の他にも、誰かを、何かを巻き込んだことがあるのかもしれない。

 誰も、何も言えずにただ立ち尽くす中で、祖父が続けて口を開いた。


「でも・・・裁、君の言うことももっともだ。わたしは、全てを背負って生きていくと決めた。でも、背負っているものに立ち向かっているのではなく、ただ背負って、目を背けているだけかもしれない。呪いを封じ込めたところで、根本が絶たれているわけではないのだから」

「・・・じいさんの気持ちは痛いほどよくわかる。俺だって、友達を失うようなことは絶対にしたくない。離れることで友達の命が守られるのなら、迷わずに離れるだろう。

 でも・・・じいさんのその友達は、それを望んだと思うか?ただの友情論、綺麗ごとであることはわかってる。でも、もしもじいさんが、その大事な友達に全てを打ち明けていたらどうだった?その友達は、じいさんから離れていっただろうか?」

「・・・くくっ。孫に諭されるとはな・・・だが、そうだな。きっとまた、全てを一緒に背負うと言ってくれただろう。きっと、笑顔でそう言って、一緒にいてくれたはずだ。何で言ってくれなかったんだと、怒りながら・・・」


「俺は、自分が背負っているもので手一杯だったとしても、友達の重荷を背負ってあげたい。逆に、友達に背負わせることは絶対にしない。絶対に背負わせないように、金庫に厳重に保管する。

 でも・・・それでも、金庫からそれを盗み出すようなバカみたいな友達ばっかりなんだよ、俺の周りは。

 『太一の体質で暗証番号を聞き出しましょう。バレたらラブくんのバックドロップで記憶を封じれば良いのです。レッツ、完全犯罪!』とか言うバカがいて、『任せろ!』と聞き入れるバカばっかりなんだよ。

 ・・・だから、背負わせないけど、自ら進んで背負ってくれるのなら。全てを知った上で、自己責任でそれを背負ってくれるのなら。俺は、友達に頼りたい」

「つらい未来が待っているかもしれないぞ?」

「わかってる。みんなも、それをわかってくれている」

「全く・・・本当に、一族の血は厄介だな。呪いと一緒に、こんなにも素晴らしい運命をも与えるんだからな。生涯の、かけがえのない友達と出会うという運命を・・・」



 ずっと黙って立ち尽くしていた裁。

 言いたいことは、皇輝が全て言ってくれた。それでも、裁には伝えたいことがあった。


「本当の体質を教えられたとき、お父さんは、悪に立ち向かうと決めた僕に名前を付けました。

 『自己責任ヒーローなんてどうだ?』と。

 人の強い思い、我慢を発現させて、それを拭う。それが、この体質ができる唯一のこと。人の普通を奪うだけじゃなく、人に普通を、正の感情を与えることができる。

 でも、そこには責任が伴う。人の意思に関係無く発現させた何かを、ちゃんと拭わなければいけない。そしてそれは、発現させた僕の自己責任です。

 みんなは、その責任を受け持ちたいと言ってくれました。

 あのお泊まり会で起きた事件の後に、いずれ大事なものを失うかもしれないという、大きな恐怖を覚えたあの夜に。

 僕はヒーローなんかじゃない。僕こそ、みんなに守られているだけの存在なんだ。

 自分の責任で僕を守ってくれるみんなこそ、自己責任ヒーローなんだ!」


「くくっ、ヒーロー、か。ただの綺麗ごとでは無いのだな・・・。わかった。お前たちの好きにすると良い」

「じいさん・・・好きにしろって、また無責任なことを」

「わたしは間違ったことをしたとは思っていない。だから、この事態の責任を負うつもりもない。だが・・・一つだけ、忠告だ。相良くんが封じ込めたモノは、裁が近づくことで解放される。そう言ったね?

 だから、裁がみんなに近づくことで、元通りとなるだろう。でも、果たしてみんながそれを望むだろうか?よく考えて行動することだな」

「・・・そうですね。一度手に入れた普通を手放すことになる。また、我慢と、何かを背負うことになります。もちろんそこは、本人の意思を確認した上で行動したいと思います」


「・・・わたしの体質はね、一度相良くんに封じ込められて、そして、裁に解放された。そしてその検証には続きがある。

 わたしはその後、みんなの体質が封じ込められた後に、もう一度相良くんに触れてもらった。こんな体質、もう不要だと思ったからだ。でもね・・・体質は、封じ込められなかったんだ」

「!?・・・まさか、一度封じ込めたものは、二度と封じ込めることが出来ないとでも?」

「だろうな。おそらく、相良くんが封じ込めたモノには、『封じ込め済み』というタグが付けられる。そして裁に解放された後でも、そのタグは外れることがない。そのタグが付けられたモノは、封じ込めの対象からは除外されるのだろう」


「よく考えろとはそういう・・・」

「そうだ。君が言った、『一度手に入れた普通を手放す』とは、まさにそのとおりなんだ。手に入れたその本当の普通を手放したら、もう二度とその手には戻らない。それに、解放するモノを選ぶことだってできない。封じ込めたモノが一度に解放されるから。

 ・・・君たちの友情を確かめる良い機会なのかもしれないな。友達は、普通を捨ててまで君の責任を受け持ちたいか。そして君は、自分の責任を友達に受け持ってもらいたいか。よく、考えることだ・・・」



 立ち尽くす裁にそれ以上の言葉をかけず、祖父は皇輝の横をすり抜けて、玄関へと向かった。

 裁はその離れていく背中をただ見送ることしできなかった。

 だが、


「わたしは・・・背負います!わたしたちを、友達をなめんじゃないですよ!」


 玄関から、威勢の良い声が聞こえた。

 声の主は、その顔を見なくてもわかった。

 いつも自ら司会進行役を担い、その声で、誰よりもみんなに勇気を、そして普通を感じさせてきた。


 紫乃の声だった。

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