214話 皇輝の推測
開けたドアの先の廊下には、皇輝が立っていた。
「・・・お前も来ていたのか。こんな遅い時間だが、裁に勉強を教える約束でもしていたのか?」
「裁とは何も約束していない」
「・・・まるで、相良くんとは約束をしていたような言い方だな」
「あぁ。じいさん、あんたから『裁のところに一緒に行ってほしい』と言われたら教えてほしいと約束していた」
「ほぉ・・・たしかに、お願いをしたが・・・」
「おお。相棒のじいさん、すまねぇな。さっき連絡来たとき、『他のみんなには言わないでほしい』って言われたけどな。友達との約束が優先されるだろ?」
「・・・当然だな。それで?裁のところに来たわたしが何だと言うんだ?」
「裁、お前、自分の目を潰そうとしたんだって?何てバカなことを・・・それもこれも、じいさん、あんたが引き起こした事態だ。裁を守るのは当然のことだけど・・・でも、まずはお礼は言っておかないといけない。友達を、救ってくれてありがとう」
「あぁ。天照奈くんのことは聞いていた。裁のことも、これまで以上に密に報告をもらっていた。だから、もしかしたらと思ってね。本当にギリギリのところだったみたいだが。しかし・・・わたしが引き起こしたというのは?」
「これから、俺の推測を話す。まぁ、推測と言うか事実だと思っているがな。少し長くなるが・・・立ったままで良いだろう?」
「・・・あぁ。聞こう」
立ったまま、祖父と対峙したまま、皇輝の推測が始まった。
「事の発端は、相良の体質がわかったことだろう。川島冬華との対面で、相良本人も初めて知ることになった体質。触れた人間が強く思っていること、我慢していることを封じ込める。封じ込めるモノはおそらく、裁が発現するモノと同じ。
対面のとき、突然降って湧いた相良のこの体質は、その場では掘り下げられることが無かった。なぜなら・・・くくっ。紫乃のお風呂欲を封じ込めることにみんなの意識が向いていたからだ。そしてそのまま、対面は集会した。
だが、この対面でのやりとりを外で聞いていた人間が二人いた。個人端末で生徒の声を管理する、天照台高校の校長。そして、じいさん、あんただ。あんたがどうやって音声を拾っていたかは知る必要が無い。だから、とりあえず校長の話をしよう。
校長は、相良の体質を考察した。その場にいたみんなは、その体質が裁のそれとは逆のものだと考えた。だが一つ、わからないことがあった。もしも相良が特殊体質持ちに触れたらどうなろうのだろうか。裁は、特殊体質持ちに近づいている間だけ、それを無効化させる。でも、その逆だとしたら?それは、体質を発現させることになるのではないか。だけど、特殊な体質のほとんどは、すでに発現されているもの。だとすると相良の体質は、封じ込めることに特化した体質なのではないか?校長はそう考えた。つまり、特殊体質持ちに触れた場合、その体質を封じ込めるのではないか、と。
そして、その考えを確証へと導く出来事が起こった。紫乃の個人端末から、その体質が治ったという声が聞こえてきたんだ。東條グループは、現会長が社長に就任した頃から、特殊体質を治す特効薬のようなものの開発を進めてきた。会長の奥さんの声を治すような、紫乃の肌を治すような、そんな薬の開発だ。そしてその薬は、決して人体には悪影響を及ぼさないものを目指していた。だから、その効果は、紫乃の意思を確認した上で、紫乃自身での実験がされていた。そして・・・その体質は、治った。
東條家、そして紫乃は、薬の効果だと喜んだ。だが、校長は別のことで喜んだ。まさか、飲み薬で治るものなのか?そんな疑いは微々たるものだったろう。なぜならその数日前、冬華との対面の日に、相良が紫乃に触れていたからだ。そう、相良の体質が紫乃の体質を封じ込めたという確証を持ったんだ。
裁の体質が一族の呪い、そのデメリットを無効化するとわかったとき、校長はどんなに嬉しかったことだろう。どんなに希望を見い出したことだろう。でも、それを上回る体質。触るだけで、その体質を封じ込める体質が現れたんだ。
校長はすぐに、その体質を詳しく検証すべきと考えた。そして校長は、父親のあんたに相談した。音声で会話を聞いて、あんたもおそらく、校長と同じことを考えていたのだろう。すぐに検証の手配をした。
そしてそこで、校長とあんたは先の話もした。一族の呪いを全て封じ込めるかどうか、だ。校長はきっと、人に迷惑をかける体質、我慢を強いたげる体質全てを封じ込めてあげたいと考えただろう。
校長は何も、一族、そして生徒の体質の有無だけを管理しているわけじゃない。その体質のデメリット、そして体質故に抱いてきた我慢をも全て、理解していた。俺は・・・面と向かっては言えないが、そんな校長のことを尊敬している。校長になるならないは別の話だがな。
校長は、できるなら全ての体質を封じ込めてあげたいと考えた。だが、問題はその先だ。封じ込めた場合、一族の血は、遺伝はどうなるのか。体質が特殊なほど、一族にとって優秀な子供が生まれるという。封じ込めるということは、消え去ってはいない。だから、一族の血は途絶えない・・・はずだ。そのはずだけど、本当にそうなのだろうか?体質が封じ込められて普通に生きる人間は、一族の呪いから逃れているとみなされるのではないか?
校長とあんたは考えた。結果、一人の体質だけを残すという結論に至った。現在生きている一族の中で最も特殊、そして次期校長の第一候補である、裁。お前の体質だけを残して、他のみんなの体質を封じ込めようと考えた。
だけどすぐに、次の問題が考えられた。みんなの体質が封じ込められたら、普通になったら。裁は、自分の存在意義を保つことができるだろうか。
裁は、人の犠牲の上に立ち、自己責任で悪に立ち向かうことを決めた。そこまでは良かった。でも、裁は出会ってしまった。普通を感じさせてくれる友達に。
そして、裁のその体質は、その友達に普通を与えることができることもわかった。特に、天照奈だ。何者も天照奈に触れることができない。万が一、天照奈の身に何かが起こったら、裁が近くにいない限り誰も助けることができないんだ。でも、そのみんなの体質が本当の普通を得ることができたら、裁はどう思うだろうか?
もしかすると、みんなと出会う前の自分に戻っただけ。そう思うだけかもしれない。でも、裁が得たものは友達だけじゃない。得たというか・・・知ったもの、だな。
それは、災厄だ。俺たちは、特殊な体質が災厄を呼び寄せるという側面も持っていると考えた。災厄と体質がどのように関わっているのかは定かではない。でも、少なくとも特殊体質持ちの近くにいるだけで、その災厄に巻き込まれる可能性が高いんだ。
特に、生まれながらに人の犠牲に立つ裁は・・・人を巻き込みたくないという思いが、俺たちよりも格段に強いことだろう。だから、みんなが普通になったら、特殊な体質が自分だけになったら。みんなと一緒にいてはいけないと思うんじゃないか?自分の普通を形成する全てを失ってでも、自分だけで全ての責任を負うことを考えるんじゃないか?
一族の管理をする校長。悩んだに違いない。裁の体質は残したい、でも、裁に一族の思い全てを背負わせることはしたくない。そこで、苦渋の選択をした。裁には知られないように、みんなの体質を封じ込めることにしたんだ。
最初の検証は、紫乃で行われた。薬で治ったと喜ぶその日のことだ。天照台家の車で、相良はすぐに東條家へと運ばれた。相良にはおそらく、『紫乃のためにその体質を使ってほしい』みたいなことをお願いしたんだろう。そして、じいさんが立ち会う中、相良の体質検証が始められた。
じいさんは、紫乃に話した。校長と話した一族のこと、そして裁のこと。そしてそれは、全てが校長からの伝言とされたのだろう。紫乃はおそらく、すぐに裁の心情を理解した。その上で、裁の責任は自分も負うと食い下がったに違いない。だけど、誰よりも優しい紫乃は、すぐに他の人のことも考えた。
体質が治るんだ、普通になれるんだ。体質だけに守られていると嘆く天照奈。ほとんどの人の姿を見ることができない彩。天秤にかけて、それでも裁が重かったかもしれない。でも、紫乃はおそらく、校長の意見に従うことにした。
校長の指示で、相良は紫乃に触れた。じいさんはきっと、触れる直前に『体質が治ったこと、薬のことを裁に言ってはいけない』。そんな言葉をかけたのだろう。紫乃にその我慢をつくって、相良に触れさせたんだろう。
結果、紫乃の我慢は封じ込められた。それと同時に、封じ込めるものは一人につき一つだけじゃないこともわかった。裁の場合、一度近づくと何かが二十四時間の間だけ発現されて、その後はその人に近づいても何も発現されない。でも相良は、そのときに強く思っていること、我慢を、何度でも封じ込めることができるんだ。
その体質が危険なモノだとわかれば、すぐにでも使用をやめていただろう。でも、相良のそれは、そのときの突発的な思いを封じ込めるものだと判断された。例えば、裁には内緒にしてほしいとお願いをすれば、突発的に、その我慢が芽生える。何か気になることを質問すれば、意識が突発的にそこへ向かう。そんな思いは、封じ込めても次にいくらでも生まれてくるだろう。だから、封じ込めたとしても、その人の意識とか記憶とか、人の根幹を成すようなものへの悪影響は生じないと判断した。
結果、紫乃の体質が治ったことは、天照奈にだけ知らされた。校長は、次に天照奈の体質を封じ込めることにした。裁の次に、あるいは上回るほどの特殊体質。その体質を封じ込めれば・・・いや、薬で治ることがわかれば、他のみんなも、自身の体質が治ると思うことだろう。
天照奈の投薬でも、校長の指示を受けたと言い、じいさんが立ち会った。紫乃に話したのと同じことを天照奈にも話した。天照奈も、思いは紫乃と同じか、あるいはそれ以上だっただろう。でも、天照奈にはそのとき、揺らぎがあった。
『自分は、裁と自身の体質に守られている』という思いだ。自分が普通になることで、裁の負担が減るのではないか。もともと守られるだけの自分は、普通になっても何も変わらない。その状態で、裁の役に立てるのなら、自分の存在を確立できるのではないか、と。それは、天照奈の意識の問題だった。天照奈は、裁に内緒にすることを受け入れた。
まずは、またもその場に立ち会わされた相良に、天照奈自らが触れた。自分で触れることで、何者にも触れることができるから。まずは、その体質が封じ込められた。そして、その後に薬を飲んで、体質が治ったことになった。
でも、ここではまだ、天照奈が裁に内緒にするという我慢が封じ込められていない。天照奈は自分からそのことを、その場で言ったのだろう。
じいさんは答えた。相良が封じ込めるのは突発的な強い思い、我慢。だから、その我慢を確実に封じ込めるために、相良には二人に定期的、何度も触れてもらうことにする、と。
そのとき、相良の封じ込めがどのくらい継続するかはわかっていなかった。だから、まずは裁の体質が継続する二十四時間を参考にした。一日に一回、裁に内緒にするように、という言葉をかけて、相良に触れてもらうことにした。これで、二人の体質、そして体質が治ったことを裁に伝えたいという思いは封じ込められた。
その後、紫乃からみんなに、体質が治るという話が伝えられた。同時に、裁には知らせないということも。ここだけは、俺も直接聞いたことだから間違い無い。そして、俺の体質も封じ込められた。
俺の場合、裁に気付かれないようにするのは容易かった。もともと感情を表に出さないからな。だから、相良に触れられる必要は無かったし、封じ込めの後は一度も触れられることは無かった。
相良は、自分の体質を封じ込めることはできなかった。そして、太一は封じ込められることを希望しなかった。
その二人を除く全員の体質が封じ込められた。
そしてこの後、校長が想定しなかった事態が起こった。
天照奈が、他校への転校を望んだんだ。