210話 特殊体質のデパートみたい
冬華は目を閉じたまま、一つ息をついた。
「・・・みんな、見た目以上に大変な体質を抱えているんだね。でも、本心から『本当につらい』と思っていないのは、みんなが強いから?それとも、みんなと一緒だから普通でいられるの?」
「両方、でしょう。鋭意我慢中の美少女もいますが、わたしたちは中学校まで激しい我慢を続けてきました。高校に入ったからといって、体質が治るなんてことはもちろんありません。・・・普通を与えてくれる人、普通を感じさせてくれる人。溜まりに溜まった我慢が、そんな人との出会いを与えてくれたのかもしれませんね!」
紫乃のその言葉に、目を開けて見回すと、その場の全員が頷いて微笑んでいるのを目にした。
「じゃあやっぱり、天照台高校に入れるように頑張らないと!」
「冬華ちゃんの笑顔の写真、校長に送ったから、もう確定じゃない?」
「何ですかそれ!?」
和やかな雰囲気の中、改めて皆の口から説明された体質と、冬華が見た体質との照合が始まった。
「彩ちゃん、特殊体質の人しか見ることができないなんて・・・逆だったらどれだけ良かったか・・・」
「その体質、ほんと、わたくしに譲ってほしいですわ!」
「人の顔から負の感情が聞こえる体質か・・・朱音ちゃん、それだけ可愛くてしかも何でもできるから、羨望からくる負の感情が多そうだね」
「善い負の感情ですね?そうなんです。だから、天照台高校にいると楽ですね。わたくし以上にかわ・・・じゃなくて、何考えているのかわからない変人ばかりが揃っていますから。紫乃とか」
「瞬矢くんは嘘が下手。天照奈ちゃんは触れないし跳ね返す。裁くんは人に近づくと強い思いあるいは我慢を発現させる。アイラブくんはその逆で、触れるとそれを封じ込める。なんだか、特殊体質のデパートみたいだね!」
「で、デパート?・・・俺の体質の説明も雑だったし、なんか表現がアレだな・・・」
「アイラブくんて、その呼び方も新鮮ですね」
「おお、俺はこの名前好きだからそれでも良いぞ?」
「ねえ、みんな。そこじゃないよね?」
何か大事なことに触れようとしないその雰囲気に、天照奈が冷静につっこみを入れた。
「・・・ですよね。さっきお漏らしするくらい驚いたので、しばらくは気持ちを落ち着かせていたかったのですが・・・ふぅ。ラブくん!?特殊体質持ちなの!?」
「お?みんなによく変だねって言われるぜ?」
「ねぇ、彩ちゃん?もしかして相良くんのこと見えるの?」
「見えるよ?見えないのは冬華さん一人だけ・・・」
「おっと、また新たな情報が・・・てことは、この場で見えない一人は冬華ちゃん。特殊な体質じゃなくて、ただ見る目があるとか、感性が鋭いってことですか?」
「そう言われると、そうか・・・もしも体質を見抜くっていう特殊体質だったら、裁くんの体質を知ることはできないもんね」
「体質が無効化されますからね。そっか・・・ん?じゃあ代わりに、冬華の何かが発現されたってこと?」
「わたし・・・みんなが来る前、サプライズの話をしてたときだけど。裁くんてやけに距離を置く人だなぁって思ったの。悪い意味で。でも、体質だってわかったから納得したけどね。だから、握手をしたときに初めて近づいた。でも・・・何も変わらないと思うんだけど?」
「もしかすると、ラブさんの体質のせいじゃありませんこと?クロサイさんの逆なんでしょう?」
「なるほど、さすが朱音です。たしかに、サイくんの直前にラブくんと握手をしていましたからね。ということは、ラブくんが封じ込めるモノとサイくんが発現させるモノは同じ。そして、封じ込められたモノを発現することはできない?」
「逆もありそうだね。裁くんがうっかり発現させたものを、相良くんが封じ込めることもできる」
「お?じゃあ、バッ」
「バックドロップはおかしいでしょ?触れれば良いだけです。ところで冬華よ」
「なに、紫乃ちゃん?」
「持続時間とか、詳しいことはわかるのですか?」
「うーん・・・ごめん、そこまではわからないかな・・・裁くんの二メートルっていうのもわからなかったし」
「それだけわかればすごいよね。・・・じゃあ、試してみれば良いんじゃない?裁くんと逆なら、悪いことは起きないだろうし」
「ですけど・・・そんな、封じ込められたと気付けるような都合の良い我慢なんてあります?」
「ねぇ、相良くん。紫乃ちゃんに触れてくれる?」
「・・・え?もしかして?天照奈ちゃんとお風呂に入りたいという思いを封じ込めようとしてません?」
「うん」
天照奈は、右手で裁を遠ざけると、左手で相良を呼び寄せた。
「相良くん、紫乃ちゃんに伝家の宝刀をお願い!」
「しかもバックドロップ!?」
逃げる紫乃を相良が捕まえると、紫乃は観念したのかその場に座り込んだ。
油断させて逃げる戦法も全員に読まれ、もう一度がっちり捕まれると、今度は本当に諦めたようだった。
「紫乃ちゃん、わたしとお風呂に入りたい?」
「わぁ、良いんですか!?」
「あれ?嘘、これじゃないの?」
「だから!わたしなんかじゃ検証できませんよ?わたしの半分は欲望と邪念でできているのですから!」
「もう半分が気になりますわね。大便ですか?」
「詰まってるのは大便ですが、構成しているのは可愛さです」
「自分では何が封じ込められたかわからないの?」
「封じ込められたということは、その思いが今は無い、ということですよね?自覚などできないでしょう」
「じゃあ、片っ端から聞いてみる?」
天照奈は、思いつくことを全て質問してみた。
『今日、お泊まりしたい?』『二階に来たい?』『大便トークしたい?』『素肌を晒したい?』『露出したい?』『冬華ちゃんとお風呂に入りたい?』『朱音ちゃんとお風呂に入りたい?』
それに対して、紫乃は瞬時に回答した。
『したい!』『行きたい!』『したい!』『したい!』『え!?』『入りたい!』『入りたい!・・・と思うことは無くもない』
「どれでも無い、か・・・」
無駄な時間を使ってしまったという表情を浮かべる天照奈と、わたし露出狂と思われてる?という表情の紫乃。
朱音は、紫乃とお風呂に入っている光景を思い浮かべたのか、赤面していた。
そんな三人を横目に、裁は、紫乃が強く思っていたことを一人確信していた。
「・・・冬華ちゃん、昨日、紫乃ちゃんから聞いたと思うんだけど・・・」
「うん。握手してみて、伝えても大丈夫だってわかったよ?」
「昨日のこと?何でしたっけ?」
「紫乃ちゃんがついさっきまで一番強く思っていたこと。というか、気にしてたことかな?それって、天照奈ちゃんの体質のことだと思うんだ」
「ん?跳ね返す体質ですよね?」
「そう。ただ物理的に触れない、跳ね返す。でも、それ以外にも何かあるんじゃないかって話をしていたんだ」
裁は、昨日の朝の出来事に加えて、紫乃の推測を皆に話した。
「なるほど、思い出しました。わたし、それを気にしてたんですね・・・」
「わたしに電話くれたとき、『すっごく気になるのですが、内容によっては天照奈ちゃんの前では話さないでくださいね!』って言ってたんだよ?」
「ラブくんの体質が本物ということですか・・・良かった、お風呂じゃなくて。わたしの入浴欲が封印されるところでした」
「わたしの体質・・・冬華ちゃん、わかったの?」
「うん。話しても良い?」
「もちろん」
その答えに反し、少し不安げな表情を見せる天照奈。
そんな天照奈を安心させるためか、冬華は優しい笑みを浮かべて説明を始めた。
「紫乃ちゃんの推測、ほぼ合ってたみたい。まず、天照奈ちゃんに触れることができないのは、人。人の意思が加わったモノ。そして人の感情」
「人の意思が加わったモノというと、例えば武器とかってことですかね。天照奈ちゃん目がけて放ったモノとか。そして、人の感情・・・って、全ての感情ですか?」
「うん、そうだと思う。ねぇ、天照奈ちゃん。人にどう見られてるかを感じることってある?」
「うん、いつも感じてるよ?」
「え?」
「冬華よ。たぶんそれは、天照奈ちゃんの感性でしょう。天照奈ちゃんに向けられた感情というか、その人が持つ雰囲気を感じ取っているのです」
「さ、さすが天照奈ちゃん。・・・じゃあ一旦それは置いといて。人は、天照奈ちゃんにいろんな感情を向ける。『美少女』『国宝』『写真撮りたい』『みんなに教えてあげたい』『触りたい』『持って帰りたい』などなど。そしてそれらの感情は全て跳ね返る。つまり、天照奈ちゃんに感情を向けたその人自身が、そう思われているように感じるんじゃないかな」
「つまり・・・その人の『持って帰りたい』『ペロペロしたい』などという下劣な目。そんな目で人から見られているような感覚を覚える。そんな感じですね?しかも天照奈ちゃんに向けた感情は猛烈に強いことでしょう。・・・おぉ、それは想像するだけで恐いですね。自分が嫌だと思うことを人にしてはいけない。まさにその教えのように、自分が感じ取って嫌な感情を人に抱いてはいけないと激しく思うのでしょう。イメージだと、拳銃を突きつけられて『写真とりたい』と脅されるようなものでしょうか」
「でも、跳ね返った結果、天照奈ちゃんを拝むってのはどういうことなんだ?」
「それは、『見たい』『拝みたい』は跳ね返っても嫌だと感じないからでしょうか?それとも、天照奈ちゃんの体質でふるい分けられるか。まぁ、あくまでも推測の域を出ませんから、こんな感じでしょ?・・・だってわたしも、一緒にお風呂に入りたいって感情が跳ね返ってるかもしれないのに何も感じませんからね」
「感情が跳ね返っても何も感じない人がいる。ということは、それが悪意だったとして、その感情を持ち続けて行動に移す人もいる・・・?」
「写真を勝手に撮って、しかも投稿した人がまさにそれなんでしょう。死ぬかもって言われても背後からボールを投げつけたり?連れて帰りたいからスタンガンを突きつけたり?彼女の目の前でナンパして部屋に連れて行こうとしたり?人質に取って持って帰ろうとしたり?そんなやつらは、悪い気持ちが勝っていたのでしょう」
「わたし、この体質に守られてるってことなんだね・・・あらゆる危害を受けないんだ・・・」
「最強度が増しましたね!でも、可愛い女の子には変わりありませんから。しかも一応、東條家の関係者ですし。一人でウロつくのは控えた方が良いかもしれません」
「ボディーガードが必要ってこと?」
「天照奈ちゃんを襲える人などこの世にいませんけど、被写体になるのを防ぐ壁のような存在はいても良いかもしれませんね」
「お?俺の出番か?」
「でも、サイくんがうっかり近づいたら大変な事態になってしまいますからね・・・」
「お?だから俺の」
「じゃあ、目出し帽でも貸しましょうか?それか、せめてマスクとかサングラスで忍んで下さい」
「それなら、あのコスプレする?」
「忍ばなすぎて逆に忍んでるあれですか?天照奈ちゃん、人前であれを着ちゃいけませんよ?」
残った鳥の唐揚げを裁が全て平らげると、冬華との対面は終会した。
驚きが大きすぎたのか、成果を得たからか。紫乃も、部屋に留まろうとすることなく大人しく帰っていった。
部屋に残った裁と天照奈は、ともに何かを考え込んでいた。だがすぐに、天照奈の方から口を開いた。
「わたし、そんなに目立つのかな?スーパーにわたし目当ての人が集まってるってことだよね?」
「・・・お泊まり会で、天照奈ちゃんが美少女だって話をしてたでしょ?いよいよあれを受け入れるときなのかもね」
「未だにわからないけど、わたし、美少女なの?」
「う、うん・・・僕の好みは当てにならないけど・・・そうだと思うよ?」
「わたし、よく、国宝級って言われてたの。それって、嘘の体質から来た『すぐに壊れる取扱注意の展示品』みたいな意味合いだと思ってたの。・・・そっか。国宝級美少女、か・・・」
「でもそれって、良い意味しかないよね。僕の見た目なんて普通すぎて思い出すのが難しいみたいだし、羨ましいよ」
「ふふっ。でもわたしはその見た目、す・・・」
「す?」
「・・・すぐに思い出せるようになったよ?」
「さすがに同居人でも思い出せなかったら、それこそ僕、忘れ去られる体質も持ってるのかもね」
「でも・・・わたし、実は嬉しいの」
「美少女って言われること?そうだよね、褒められるのは嬉しいよね。まぁ、天照奈ちゃんには褒められるところしか無いだろうけど」
「・・・新しく始まったアニメでね、『だって、わたくしの美しさ、国宝級ですもの!』って決め台詞のヒロインがいるの!それと同じじゃない!?」
「あ、うん、そうだね」
その後、アニメスイッチの入った天照奈の話は二時間続いた。
天照奈は、ずっと楽しそうに微笑んで、そして早口だった。
いつもどおりの、天照奈の笑みが溢れる日常。裁は、校長が言うような『環境が変わる』ということが無くて本当に良かったと思っていた。
裁個人の笑顔ランキング第一位の笑みを、いつまでも近くで見ていたい。改めて強くそう思い、望んだ。
でも、もしかすると望んではいけないのかもしれない。
いずれまた訪れるかもしれない災厄。自分にとって最大の災厄は、この日常が失われること。
だからすぐに、それが普通だと思うことにした。天照奈の笑顔も、この日常も、普通のことだと思うことにした。
この普通を大切にして、でも、いつか振り返ったときに思おう。
あのときの普通が一番の幸せだったと。