209話 サプライズ耐性鬼レベルの猛者たち
――十時半、裁と天照奈のアパート。
「なるほど・・・冬華ちゃん、サプライズ登場したいのね?」
「うん。・・・わたしね、友達いないし、話すのも得意な方じゃないの・・・だから、『はい、ご対面!』って、用意されたハードルを越える自信なんて無い。だから、ね・・・ハードルごと倒したいの」
「なるほど。びっくりさせてハードルごとみんなを卒倒させる、と。・・・って、え?そっちの方がハードル高くない?」
「ねぇ、冬華ちゃん。わたしはあなたを全力でサポートするつもりだよ?でもね、これだけは知っておいてほしい。今日、うちに来る四人・・・サプライズ耐性鬼レベルの猛者たちなの」
「・・・え?」
「サプライズ上級者が二人。地獄の心臓を持つ輩が一人。感情鋭意勉強中美少女が一人。どう?これを聞いても、まだやりたいと思う?」
「ごくり・・・」
「何この会話?」
「・・・や、やります。わたしなりに、考えてきたんです!」
冬華は昨日、勉強の合間に八分間もかけて練ったという案を三人に説明した。
「なるほど。勘付かれることを想定した上で、怪しい場所を最低二箇所以上つくる、と」
「そう。そして、どの箇所も同じくらい怪しんでもらえれば、確率は分散されるでしょ?」
「猛者のうち、たとえ一人でも驚けば、それ即ち大成功。それなら・・・一箇所はそこのクローゼットかな。あと・・・ベランダとか?」
「あの・・・人が入れるくらい大きい箱なんて・・・ありませんよね?」
「うん。引くくらい大きいお弁当箱ならあるけど」
「でもさ、大きい箱から出るやつ、朱音ちゃんがやったばっかだぞ?」
「でも、怪しんでもらうにはちょうど良いかもね。じゃあわたし、ホームセンターで大きい段ボール買って来ようか?」
「うーん・・・段ボールの強度だとさ、微かな動きとか物音ですぐにバレそうじゃね?怪しませるにしても、朱音ちゃんが使ったみたいな丈夫そうな箱じゃないと難しいんじゃないか?」
「そうか・・・あのさ、冬華ちゃん。笑顔の写真、撮らせてもらっても良い?」
「おい、何言ってるんだ?お前も『冬華の笑顔』の信者だったのか?」
「いや、聞いた話なんだけど。校長も、冬華ちゃんの笑顔が見たいんだってさ。画像でも良いから、って」
「・・・もしかして、笑顔の画像を送る代わりに『良い箱』でももらおうってのか?いやいや、今から交渉して、準備してもらって、送ってもらって?さすがに間に合わないだろ」
「それがさ、実は昨日・・・ん?」
裁の個人端末が、メッセージを受信した。裁は、そのメッセージを読み上げる。
「校長先生から・・・『了解した。手配したから、二十分後にはアパートに届くだろう。冬華の笑顔、楽しみにしている』だってさ」
「!?」
「昨日、職員棟に行く用事があってさ。会議室の中で、朱音ちゃんが使ったあの箱を見かけたんだ。折り畳まれてたけど、間違いないよ」
「なるほど。じゃあ、それが届けられると・・・」
「ねぇ瞬矢くん?・・・なんだか、わたしの笑顔が怖いくらい広まってるんだけど?」
「それは、俺が大好きだって言ったらみんなが勝手に・・・で、でも大丈夫だ。お前の笑顔は、誰のハードルをも軽々と越える!」
「・・・越えなかったら瞬矢くんが責任取ってよね?瞬矢くん、卒業するまで笑顔禁止ね?」
「何その責任の取り方!?ま、まぁ、俺の笑顔なんて誰も見ないだろうから良いけど・・・」
「ふふ。最近になって初めて見たけど、わたしはその笑顔好きだよ?・・・えっと、じゃあ、最上級の箱が来るのなら・・・クローゼットと箱の二箇所でいこうかな」
「それで、最終的にどっちから登場するんだ?」
「せっかくだから、箱から出ようと思う。あとは、クローゼットを怪しくするために・・・誰かに何かを取ってもらうような状況をつくれない?」
「うん、できると思うよ。たぶん、『冬華の笑顔、せめて画像などは無いのですか?』って言う紫乃ちゃんがいるから・・・うん。大きい画面で表示することにして、パソコンを取ってもらうことにしようか」
「さすが天照奈ちゃん!じゃあ、あとは俺と裁がうまく誘導すれば良いな!」
「クローゼットの前に上級者の朱音ちゃんを配置して、取ってもらう役をお願いしようか!」
「よし、決まりだ!じゃあ俺は一旦外に出て、適当に時間を潰すからな」
「うん。ありがとね、瞬矢くん。また後でね。あとは、みんなの前で・・・わたしが箱に入ってるなんて、絶対に思い込まないでよね?」
「お、おぉ・・・俺の笑顔がかかってるからな。じゃあ、頑張れよ!」
十一時半。
天照奈はキッチンで料理を。裁と冬華はリビングで一緒に勉強をしていると、部屋のインターホンが鳴った。
来訪者第一号は彩だった。
「じゃあ、できるだけ時間かけて部屋に入れるから、そのうちに箱に入っててね。天照奈ちゃん、サポートよろしく!」
裁がリビングから姿を消すとすぐに、天照奈は行動を開始した。
「じゃあ冬華ちゃん。クローゼットに入ろうか」
「うん!さすがだね、天照奈ちゃん。瞬矢くんの言うとおり、すごいを通り越して恐ろしいほど察しが良いね!」
「ふふ。冬華ちゃんこそ。初めて会った裁くんの性格を見抜いて、不動堂くんの体質と一緒に有効利用しようって考えたんでしょ?大丈夫、絶対成功するよ!」
冬華の笑顔をクローゼットに入れた天照奈。
箱の蓋を閉めるとキッチンへと戻り、裁と彩を笑顔で迎え入れた。
――「もう、あのときは口から何かが飛び出そうでしたよ?はっ・・・もしかして、中便とはこのことを・・・」
「紫乃ちゃん、食事中に便の話はやめようね?」
「みんな、ごめんね・・・まさか、ここまでうまくいくとは・・・」
「共犯のサイくんとドードーをも騙すとは、やりますね。今日から、サプライズマスターの座はあなたのものです」
「わーい!何それ!?」
「不測のサプライズがありましたが・・・自己紹介も終わったし、冬華の笑顔も満喫できました。呼び名は結局『冬華』一択で決まりましたし。ふふっ。これでもう思い残すことはありません!」
「わたしも、お友だちができてすっごく嬉しい!でもね、みんな・・・超絶可愛すぎて、わたし、場違い感が半端無いんですけど!?」
「うふふ。ドードーさんがあなたのことを普通だなんて言うから、クロサイさんみたいな顔を想像していましたのよ?でも、なんて可愛いのでしょう!そこに冬華の笑顔が足されたら、これ即ち美少女ですわよ?」
「裁の顔と比べたら誰だって美少女なのでは?・・・って、裁に失礼だぞ?あと、冬華にも」
「ところでさ、わたし、気になることがいくつかあるの」
「何です、冬華?お花摘みの場所ですか?」
「ううん。大便はまだしばらく出ないと思うから違うんだけど・・・一つは、紫乃ちゃんのその格好のこと」
「女装のことですか?今日のこれ、すごく可愛いでしょ!」
「うん、可愛い!紫音そっくりで、しかもまさか男の子なんて。中便が漏れそうなくらいびっくりしたけど・・・でも、気になるのはそこじゃないの」
「あぁ、指先までを覆うこの格好のことでしたか?・・・実は、生まれながらの体質なのです」
今日も、いつもと同様に裁の隣、特等席に座る紫乃。だが、体質が無効化されているにも関わらず、食事中もフェイスガードを被り続けていた。
そんな紫乃を見て何かを思ったのか。
冬華は、みんなにあることをお願いした。
「・・・ねぇ、みんなと握手したいんだけど、良いかな?」
「握手?ズッ友の証ってことか?そんなことしなくても、もう俺たちは友達だぞ?」
「うん・・・だから。こんなわたしと友達になってくれたから。わたしに何かできないかなって、考えたの」
「できること?笑顔を分け与えてもらっただけで十分ですよ?」
「それに、友達になれてうれしいのはわたくしたちも同じですし」
「ありがとう・・・わたしね、見ただけでなんとなくだけど、その人のことがわかるんだ。その人の本質っていうのかな?何を考えているか、そんなことまではわからないけど。見えてるものが本心か嘘かを見極めるくらい、ってところかな。
そして触るとね、見るよりも、その人のことがよりわかる気がするんだ」
裁と紫乃は、目を見合わせると小さく頷いた。
「わたし・・・わたしのこの目で見たものが真実だと思わないように生きてきた。自分が嘘つきで、みんなが正しい。悪いのは自分で、みんなが正しい。そう思い込んで生きてきた。だって、そう思わないと、まわりの人はみんな悪い人に見えてしまうから。
いつもそんなことを思って、そんな目で人を見てきた。そんなわたしの目はきっと、いつも人を疑っているように見えたんじゃないかな?いくら思い込んだところで、表面の薄っぺらい部分にまで、それを表現することはできなかったから。わたしは本心を見るけど、他の人は、表面に出たものしか見れないんだから。
全部ではないにしても、人が善かれと思ってしてくれたことを、わたしは善意として受け取ることもできないのだから。
そんなわたしのことを見る人なんて、誰一人としていなかった。でも、それで良かった。善い悪いをただ自分の中で思って生きるだけなら、誰にも迷惑はかからない。
そうやって生きていたら・・・あるとき、抱えてたものが爆発しちゃった。
生き延びて、逃げて・・・でも、気付いた。気付かせてくれた。わたしのこと、本当のわたしのことを見てくれている人もいたんだ。
わたしは救われた。生きる希望を見い出すことができた。
だから・・・瞬矢くん、ありがとう・・・。
そして、今度はわたしの番。きっと、わたしのこの目が役に立つこともあると思うの。特にここにいるみんなは、きっと、これまでにわたしとは比べ物にならないような我慢をしてきたと思う。
そんな我慢も、抱えている体質も、抱えている思いも、わたしにはわかることができる。
無責任に知るなんてことは絶対にしない。我慢するような思いを共有したいとか、少しでも受け持ちたいとか、そんな感情論みたいな思いもある。でも、それだけじゃなくて、解決できる人とか体質と引き合わせることもできるんじゃないかって、そうも思ってる。
わたし、友達の役に立ちたいの。役に立たせて、ください・・・」
「冬華ちゃん・・・」
「冬華・・・」
その場にいる全員が、冬華の思いに強く心を打たれていた。サプライズ耐性と涙もろさは比例するのか、猛者たちは揃って声を上げ泣いていた。
「うぅっ・・・わたし、こんな特殊な体質に生まれて、本当に良かったと思えます・・・だって、こんなに良い友達に恵まれるんですから・・・」
「紫乃ちゃん・・・うん、よし。じゃあみんな、握手しよう!でも冬華、言っておくけど。ここにいるやつら全員、我慢も不幸も猛者クラスだからな?」
「・・・うん。大丈夫だよ。ぱっと見でもすごい猛者感を感じてるから。特に・・・」
冬華は、彩を見て言葉を止めた。赤く泣き腫らしたその目はずっと、自分の目ではなくまるで心の中を見ているかのように感じていた。
「さすがは冬華です。わたしたちの中で一番我慢しているのはサイちゃんでしょうから。この場では一人を除いて全員の姿が見えるでしょうが、日常生活ではその逆。ほとんどの人間の姿を見ることができないのです・・・」
「お師匠の言うとおりだけど、でも、見えなくても、その雰囲気を感じ取ることができるんだ。すごく強い、優しい雰囲気だよ。わたし、みんなといると普通に楽しいの!本当に居心地が良くって、ずっとここに居たいくらい・・・」
「彩ちゃん・・・でも、このアパートに居座っちゃダメだよ?」
「え?あ、はい・・・」
彩が持参した大荷物がただのお荷物へと変わると、冬華との握手が始められることになった。
「じゃあ、裁くんはあっち行っててね」
いつもどおり裁を追い払う天照奈と、ほいほいとその場を離れる裁。
それを見て目を見開きながらも、冬華はその場の全員と握手をした。
最後に裁と握手をすると、冬華は、目を閉じた。