207話 冬華の笑顔
「体質を見抜く体質ってこと・・・?もしそれが本当なら、冬華ちゃんこそ天照台高校、いや、天照台一族に必要な人間なのでは?」
「でも、まだ確信は持てない。だって、あのときのシチュエーションから推測できる可能性もあるからな。だから今度、みんなと会ってもらいたいんだけど・・・どうかな?」
「ドードーよ」「ドードーさん」
「何だい、紫乃ちゃんと朱音ちゃん?」
「答えは、『もちろん』です」
「ですわ。ていうか、あの話を聞いたら会いたくなって当然です。『冬華の笑顔』をドードーさんだけで独占するなんて許せませんわ」
「お、おぉ。体質のことはそこで確かめるとして・・・それで、その体質が、勉強と何の関係があるか、なんだけど」
「そうですわ。もともと記憶力とか、読み解く力、理解力などに優れていたのでは?高校に通っていない二人に負けたって・・・わたくし今日、一人になったらひどく落ち込みそうです。身内だからまだマシですけど・・・」
「朱音よ」
「なに、紫乃?」
「そのときはわたしを思うのです」
「し、紫乃を?・・・なぜです?わ、わたくしのことをそんなに心配して・・・?」
「十五位で飛び跳ねるほど喜んだわたしです。ぴょんぴょん目出し帽を思って和むのです!」
「・・・それなら自分の過去最高の便を思い出す方がよっぽど和みますわ」
「あ、そ・・・で、では。朱音が言ったような能力に加えて、物事の本質を捉える力があるのかもしれませんね」
「それって、初代校長みたいな?すごくありません?」
「さすがに万物の声を聞くとか、そんなのではないと思いますけど。例えば英単語一つ覚えると、単語の意味だけじゃなくて成り立ちとか派生する言葉とか?一個覚えると百個覚えるみたいな?要領が良いと言うべきでしょうか」
「俺もよくわかってないけど、たぶんそんな感じだよな」
「あれ、でも・・・その秘書枠って本物なのですか?そもそもお母さまってその会社の秘書じゃありませんよね?」
「母さん、冬華が食いつきやすいように子会社の秘書で釣ったけど・・・実は、グループ本社の秘書に内定してたんだ」
「おぉっ、本社の社長秘書ですか!?たしかに、わたしが社長になったら、冬華の笑顔を傍に置きたくもなりますね」
「冬華の笑顔はわたくしも欲しいですわ!」
「何、その冬華の笑顔の絶対感!?ちょっとハードル上がりすぎじゃない?冬華、見た目はいたって普通だからな?」
「失礼な!わたくしたちが人を見た目で判断すると?」
「そうですよ!あのサイくんの見た目でさえも好印象を持つわたしたちですよ?」
「それ、裁に失礼だろ・・・」
「えっと、模試から三か月は経過しましたよね?もしかして既に・・・?」
「いや、さすがに秘書になんかなってたら、俺が会いに行った時点で気付くだろ?」
「あ、たしかに。大事なところを端折って話したのでは?」
「それも無い。まず、社長秘書のことなんだけど、本社には五人くらいいるらしいんだ。そして、枠が空いてたんじゃなくて、冬華のことを知った上で、じい・・・社長が枠をつくって、しかも話を聞いた時点で内定してた」
「ドードージイ、ドージイですね?」
「ドジでも良いのでは?」
「・・・人の本質を見抜く。つまり、人事でも使えるし、交渉でも使える。本当は社員として超絶に優遇したいらしいんだけど・・・でも、冬華も少し迷っているらしいんだ」
「もしかして、『不動堂より東條の方が良いんだもん!』ですか?」
「西望寺の間違いでしょ?」
「どっちでもなくて。俺に友達ができたこともあってさ、高校生活に憧れを持ったみたいなんだ」
「ほ、ほぉ・・・じゃあ、高校卒業後に東條グループに入ると。それは良いですね!わたし、高卒で社長の座を奪う予定なので。では、第一秘書として受け入れてあげましょう!いや・・・ふふっ、人生のパートナーとして受け入れても良くってよ?」
「ずるいです!あ、でも、もしかしたら大学にも通いたいってなるかもしれませんわね!わたくしはまだ社長になるかどうかは決めていませんが・・・冬華さんが西望寺の秘書を望むのなら、社長になるのもやぶさかではなくってよ?」
「・・・悪いが、不動堂グループに入ることは確定事項だ。あの冬華だぞ?母さんが裏でいろいろと働いたことなんてお見通しだろ?ていうかほとんど表で働いてたけど。だから、不動堂グループに恩返しをしたいんだってさ」
「・・・そ、それが一番良いです」
「そ、それしかあり得ませんわね」
「それで、最後は冬華自身が決めたんだけど・・・。高校に通いながら、臨時秘書を務めることになった」
「臨時?土日だけ働くとかですか?・・・あぁ、でも今のご時世、リモートで会議などもできてしまいますからね。放課後とか空いた時間でも可能なのでしょう」
「でも・・・たぶん、冬華が本質を見抜けるのは、肉眼に限ると思うんだ」
「なるほど。わたくしもそうですし、たしか彩ちゃんという美少女もそうだと言っていましたね」
「だから、学校が休みのときに、冬華のスケジュールと体調を考慮して、少しの時間だけ働くことになるらしい」
「超絶優遇ですね。でも、冬華の笑顔にはそれだけの価値がありますから、当然でしょう」
「笑顔じゃなくて体質・・・いや、冬華の価値、だけどな」
「でも、これから高校に入るとなると、来年の四月入学でしょう?じゃあ、それまではフルタイムで働けるのでは?」
「うん、そうなんだよ。自分で高校の学費を稼ぎたいって思いもあるらしくて、来月、十月から三か月間はフルタイムで働くらしい。もらえる予定の月給がすでに親父さんのそれを超えたって、みんな目を見開いて驚いてたらしいぞ?」
「それこそ、ドードーの養育費をもつぎ込みたいくらいでしょう!・・・ん?三か月間?」
「あぁ。ここまで話すと、何となくだけどわからないか?」
「十二月まではフルタイム。一月からは超優遇の臨時ってこと?・・・あぁ、そういうことですか。てことは、十二月の全国模試も受けるということですね?」
「そう。まだ決まってないけど、そこで良い成績ならきっと、編入可能だろ?」
「おぉ!冬華ちゃんと一緒に天照台高校に通えるということですか!」
「と、冬華の笑顔が天照台高校に!?」
「出世払いってことで、学費はおじ・・・会社が払ってくれるらしい。家族が寂しがってたけど、高校生活を全力で充実させるためにも、寮に入るらしいぞ」
「と、冬華の笑顔がこの寮に!?」
「わたし、決めました。卒業するまで寮生活を続けます」
「だから、ハードル上げすぎだって!それに、もし俺たちの成績が悪かったら・・・」
「ぎゃーっ!そうでした!」
「ふふ。わたくしは余裕ですけど?何なら次は一位を狙っておりますの。せいぜい頑張ることですわね。あぁ、もし紫乃がクラスビリでいなくなっても、冬華の笑顔の取り分が増えるだけだから構いませんが?」
「くっ・・・」
「紫音ちゃんに教えてもらって、一緒に頑張れば良いだけだろ?」
「だってあの紫音、一人黙々と勉強するのが大好物なんですよ?サイくんは別腹でしょうけど・・・こうなれば仕方ありません。朱音よ、取引です」
「嫌ですよ?大便マスターの称号を譲る代わりに勉強を教えなさい、でしょう?」
「ぐっ・・・では、しょ」
「あなた、小便マスターではないでしょう?」
「ち」
「そもそも中便って何ですか?」
「何このやりとり!?二人、仲良すぎじゃないか?」
「だ、誰が・・・わかりました。ちゃんとした取引をしましょう。取引というか・・・あなたが今日この部屋に、いや、わたしに会いに来た理由はわかりますよ?」
「べ、別にあなたに会いに来たわけじゃ・・・ちょっと聞きたいことがあって・・・」
「ふふっ。そしてその一つは『皇輝と天照奈ちゃんのこと』でしょう?」
「そ、そうですわ。わたくしが皇輝さまをお慕いしているのはご存じでしょう?でも・・・皇輝さまって、天照奈さんのこと・・・」
「うむ。五か月間、誰よりも近くで見てきたわたしが、全てを教えてあげましょう。だから、勉強を教えてもらえますか?一緒に勉強してもらうだけで構いません。一人だと妄想ばかりに花を咲かせるか、お花を摘むことばかり考えてしまうので」
「わかりました。一緒に勉強するのは、わたしにとっても悪い話じゃありませんので・・・」
「やった、決まり!・・・ときにドードーよ」
「なんだい、紫乃ちゃん?」
「冬華ちゃんと会えるのはいつなのです?まさか来年の一月なんて言うつもりじゃないでしょうね?」
「そうですわ!わたしたち、冬華の笑顔に飢えておりますの」
「・・・今月中が良いと思ってるんだけど。冬華も、入社したらしばらく忙しくなるだろうし」
「ですね。じゃあ・・・明後日の土曜日なんてどうです?」
「急すぎない!?ほら、紫音ちゃんの件もあるし、しばらく様子見た方が良いと思うんだけど?」
「この部屋に集合すれば良いでしょ?それか、天災アパートにみんなでタクシーに乗って行くか。いずれにしても、紫音が人目に付かないようにすれば良いだけなんですから」
「紫音・・・あんな写真を撮られるとは思いもしませんでしたわ」
「です!別宅の存在を知られたこと自体おかしいですからね?きっと体質持ちの仕業に違いありませんよ!」
「リアルガセネタ教じゃないよな。でも、太一といい冬華といい・・・野良ってやつ?それをさ、悪いことに使うやつがいるって思うと、やっぱり怖いよな」
「そうですわね・・・」
「秘密裏に、特殊体質警察でもつくれば良いんですよ。サイちゃんが特殊体質持ちを見つけてぇ、冬華ちゃんが体質を見抜いてぇ。悪用する悪いやつだったら裁くんが無効化して取り押さえてボコボコにしてぇ、皇輝が正す。どうです?」
「ボコボコにする必要ある?裁がそんなことするわけないだろ?」
「そう考えると、役に立つ体質もあるんですよね。彩ちゃんのそれも、そんな使い方があるなんて思いもしなかったことでしょう」
「急に降って湧いた冬華ちゃんが一番、何のこっちゃ?でしょうけどね」
「・・・ああ、冬華といつ会うか話してたんだっけ。とりあえず明日にでも連絡してみるよ」
「冬華さん、携帯電話はお持ちになって?」
「これまでは見たことも触ったこともないらしいけど、会社では必須だからな。すでに社用携帯を渡されて、使い方を学んでるみたいだぞ?」
「ドードーよ」
「紫乃ちゃん・・・今、かけろと?」
「です。そしてすぐに代わるのです」
「ずるい!先に話すのはわたしです!」
「俺の役目って電話かけるだけ!?まぁ、良いけど・・・」
紫乃と朱音は、持っていたバスタオルを洗濯機に放り投げると、身だしなみを整え始めた。
『え、テレビ電話するの?』そんなことを呟きながら不動堂が机の上から携帯電話を取ると、今度はどちらが先に話すかの言い争いが始まった。
不動堂が電話の発信ボタンを押し、コールが鳴ると、紫乃と朱音は背筋を伸ばし、何かを思い浮かべてニヤけ始めた。
きっと、冬華の笑顔を勝手に思い浮かべているのだろう。
不動堂も、まさかこんな展開になるとは、予想もできていなかった。
まさに巡り合わせというやつではないだろうか。
小学校四年生、隣の席になったときから、運命の歯車が動き始めたのだろう。
そしてその歯車は、不動堂、冬華だけではなく、周囲の縁をも巻き込み、大きく、そしてずっと、動き続けてきた。どんな不協和音を奏でても、バールのようなモノが引っかかっても、その歯車は動き続けた。
そして、今後もずっと、動き続けるだろう。
みんなが一生、一緒にいる限り。