206話 ドマズアイ
不動堂の回想が終わり、バスタオルに顔を埋めていた紫乃と朱音が同時に顔を上げた。
真っ赤に泣き腫らした目は、睨むように不動堂を見つめている。
「・・・ドードーにしては、とても良い話でした」
「はい。今世紀最も良い話でしたわ・・・」
「でも、最後のが余計でしたね」
「全くですわ」
「冬華ちゃんが全国模試で一位?何それ。ドードーランキングで堂々の一位ってこと?」
「ドードーさんのお話の中では、冬華さんが勉強できる要素はほぼ皆無でしたわよ?」
「いや、俺の中の笑顔ランキングでは堂々の一位だけど。模試の順位のことは、俺も驚いた。そして、その話に至るにはいろいろあって・・・。
まず、あのさ、不動堂グループって知ってる?」
「もちろんですわ。まぁまぁ頑張っている会社ですからね。西望寺と東條には大きく引けを取りますが」
「そりゃ、その二大財閥と比べたら・・・実は、俺の母さんの親父さん、つまり俺のおじいさんなんだけど、グループの社長なんだ」
「・・・へ?じゃ、じゃあ、あの潜入捜査官は何なの?」
「俺の親父は婿養子なんだ。旧姓は貴志」
「あれ、たしか下の名前は高志じゃなかったっけ?・・・貴志高志・・・志高すぎっ!ぶふふっ!」
「てっきりどこか別の不動堂さんかと思っておりましたわ。まさか不動堂グループの御曹司でしたか」
「東條グループの社長を継ぐわたしとしては、本当の友達になっておくべきですね・・・」
「わたくしもですわ」
「え、俺、本当の友達じゃなかったの!?」
「それで、不動堂家と冬華ちゃんに何の関係が・・・って、もしかして?え、隠し子!?実は兄弟か従兄弟だったりして?」
「そんな、小説みたいなことありますの?」
「俺らの周りではよくあるけどな・・・でも、違うんだ。冬華は不動堂家とは全く関係無いし、当然だけど天照台一族でもない」
「じゃあ何なの?何で不動堂グループの話を?」
「俺の母さんも、天照台高校の卒業生なんだ。で、その・・・今の校長と同級生で、友達、なんだってさ」
「えっ、そんなことあります!?・・・でも、天照台高校に通う生徒の親って、ほとんどが卒業生だから、あり得るのか・・・」
「母さん、俺から見ても変わり者でさ、友達とかいなそうだなって思ってた。実際、あんまり友達いないらしいけど」
「もしかして、お母さまも特殊な体質を・・・?」
「それはわからないけど・・・『人を見る目には自信あってよ!』って、いつも言ってるから、もしかすると何らかの何かを持っているかもしれない」
「何その、お母さまのダサい朱音言葉?」
「あ、朱音言葉って何ですの?お嬢様言葉でしょうが!」
「天照台高校に通ってみてわかったけど、中学校まで何かを我慢してきたような変なやつらばっかり揃ってるだろ?」
「朱音のような?」
「紫乃のような?」
「でもその代わり、友達に恵まれる・・・ていうか、類は友を呼ぶって言うのが正しいか?だけど、友達になったら、一生の友達だと言えるよな」
「ドードーよ」
「なんだい、紫乃ちゃん?」
「ふと思いました。あなたの名台詞、『ずっと一緒で良いっしょ』ですが。『一生一緒で良いっしょ』の方が良かったですね」
「お、おぉ、そうだな。忘れてくれるのが一番良いけど。・・・それで、母さんの人を見る目が発動したかもしれない、ってのもあるけどさ。俺と仲良くしてくれるって時点で、冬華のことを気に掛けてくれたらしいんだ」
「ドマズアイが発動した、と・・・」
「ドードーママのアイで、ドマズアイ?まぁまぁのネーミングセンスですわね」
「母さんは、去年のクリスマスイブの日、俺に電話をかけてきた女の子が冬華だってことにも気付いていた。そして、その夜の出来事も、たぶん俺の親父を通じて知った。
冬休みだったし、俺は次の日からほとんど部屋に引きこもってたから、母さんがどんな感情を抱いていたか、何をしていたかなんて、わからなかった。
俺がお誕生会にお呼ばれしただけで、誰よりも、しかもかなり喜んでいたんだ。きっと、自分の子供のことのように、ひどく悲しんでいたんじゃないかな・・・。
それで、ここからは冬華の親父さんに聞いたんだけど。去年のクリスマスのすぐ後に、不動堂グループの子会社から契約の話を持ちかけられたらしい。その会社が言うには、取引相手を探していたところで、ちょうど冬華の家の工場が目に付いたらしいんだ。親父さんは即座に承諾して、これまでの人生で一番幸せな年越しとお正月を過ごせたって、そう言ってた。
俺が家を訪ねたとき、『ありがとう。君には何てお礼を言ったら良いか・・・』っていきなり泣かれてさ・・・事情を聞いて、あぁ、母さんが動いたんだなって、そこで初めて知ったんだ。
でも、不動堂家ってさ、人情だけじゃ動かないんだよ。お互いにとってのメリットがあって、お互いのことを認めない限り、取引するなんてあり得ない。俺の孤高の教えも、ねじ曲がったけどここから来てるんだ。
だから、親父さんにはその話をして、『きっと、この工場に可能性を感じたんですよ!』って、伝えたよ」
「ドードーよ」
「なんだい、紫乃ちゃん?」
「良い話です。あと・・・あなた、社長を継ぐことを考えたりしてるわけ?」
「それで仲良くするか決めるのか!?・・・社長というか、不動堂グループに入社することは考えてる。でも、実はもう二つ考えてることがあってさ」
「ホストクラブ経営かセクシーアイドル事務所社長ですか?」
「そうそう、潜入で得た経験を生かして・・・って、それは親父のやつ!まぁ、親父が関係してるのはたしかだ。俺が考えてるのは、警察官。あと、天照台高校の先生だ」
「はぁ!?・・・でも、先生って、サイくんが校長になったらの話でしょ?」
「そうだ。だから、一番現実的なのは・・・どれだ?」
「・・・上っ面の嘘ばかりつくドードーには警察官なんて務まらないし、社長の器じゃ無いし、天照台高校の先生?いくらサイくんが校長になったとしても、望めばなれるとなどと思わないことですね」
「そ、そうだよな・・・」
「ま、まぁ?本気を出せば何にだってなれますよ、あなたは。・・・それで、冬華ちゃんの家の工場が未来永劫安泰ということはわかりました。続きをどうぞ」
「あぁ。冬華はもともと、高校に行くことは考えていなかったらしい。工場経営がギリギリで、お母さんもほとんど家にいなかったから、冬華が家のほぼ全てのことをやっていたらしいんだ。
家事、子供三人の世話。それこそ、勉強なんてする時間は一秒だって無かったはずだ。学校の成績も、下から数える方が早いくらいだった」
「それが何で全国一位なのです?」
「考えられる要因は三つある。まず一つは、勉強をする時間ができたこと。工場経営に難が無くなって、お母さんが家のことに専念できるようになったんだ。冬華はあれから中学校に通わないまま卒業したけど、家でやることが無くて、これまでしたくてもできなかった勉強を始めたらしい。それこそ、一日中勉強ばかりしてたって言ってたな。
そして二つ目。俺の母さんが勉強を教えていたらしい」
「ドードーさんのお母さまが不動堂家ということはわかりましたが・・・そもそも、ドードーさんのお母さまって、何をされている方なのです?」
「高校卒業後すぐに、不動堂グループに入社したらしい。そこで潜入捜査官を名乗る不審者と出会って、恋に落ちて、妊娠して、今は主婦だ」
「・・・心に潜入された、と。でも、そんな至れり尽くせりな話、冬華ちゃんの家もよく受け入れましたね」
「母さんに聞いたんだけど・・・言っとくけど、このことに俺は関係してないからな?あと、嘘ではないらしい、とだけ言っておく」
「何その前振り?もしかして潜入捜査官みたいに、冬華ちゃんの家に家庭教師で潜入したとでも?」
「・・・まぁ、概ねそんな感じだ。初めは、取引先の社長秘書を名乗って、工場に潜入したらしい。たった二日間で、家族ぐるみの仲になることに成功した。そして、冬華と会話をして、ドマズアイが発動した」
「・・・この子には天賦の才能がある!みたいな?」
「・・・気になることはあるだろうけど、一旦、話を進めるぞ?俺の母さんはまず、冬華に打診をした。『秘書をもう一人募集している。でも、高卒程度以上という要件がある。だけど、特例で、全国模試の成績だけでもその要件を満たすことができる』と」
「中卒でも全国模試で一位なら、そりゃ会社側も秘書として採用したくもなりますよね?まぁ、普通に考えればかなり無茶な話ですけど」
「ドマズアイは冬華を認めた。母さんは、その場ですぐに引き抜きたいくらいだと、べた褒めをした。そして冬華は、工場経営とは関係無く、高校には通わないと決めていた。親父さんの工場を手伝うか、どこか働き先を見つけようと考えていたんだ。
だから、そこに転がり込んできた、謎だけどすごい話に食いついた。母さんは、『六月あたまの全国模試で百位以内なら確実でしょうね』と伝えたらしい。でも、さすがに中学校で成績下位の冬華は、そんなのは無理だと言った。
でも、母さんも引き下がらなかった。『わたくしが必ずや冬華さんを全国百位・・・いや、五十位以内にしてみせます!わたくしに任せていただけませんか?』その言葉に、冬華の両親、そして冬華は、『お願いします、先生!』と、土下座でお願いをしたらしい」
「・・・スポ魂アニメみたいな展開ですが・・・ま、まぁ、勉強する環境が整ったことはわかりました。だからと言って、中学三年分と高校一年の勉強を?たった五か月間で終えて?そしてまさかの全国一位になった?それって・・・冬華ちゃんがすごいの?それとも、ドードーのお母さまの教えがすごいの?」
「割合で言うと八対二で冬華の実力だろうな。いや、才能というか、体質というか・・・それが、要因の三つ目なんだが」
「体質・・・もしやとは思っていましたが、冬華ちゃんも特殊体質持ちだと?」
「たぶん。いや、でも今はそう考えないとおかしいことだらけなんだよ」
「たった五か月間の猛勉強で一位になったこと。あとは・・・ドードーの本心を見抜いたこと、ですね?」
「あぁ。裁と天照奈ちゃん、あと紫乃ちゃんもだろうけど、人の雰囲気を感じとることができるだろ?裁なんて、雰囲気からその人となりがだいたいわかるって言うし。でも、出会ったときの俺はどうだった?」
「正直、絶滅するまでは、虚勢張りで影の薄いヤツって印象だけでしたね」
「あの裁にも存在を忘れ去られたからな。でも、それが俺の体質だったんだ。本心と逆のものが上っ面に体現されて、人に伝わる。俺の本心なんて、誰にも見えなかった。もしかしたら誰も見なかっただけかもしれないけど」
「でも冬華ちゃんは、ドードーの本質、というか体質そのものを見抜いた。しかも、ドードーのコッコーの絶頂期にですよ?・・・冬華ちゃんのそれって、人の本心を見抜くみたいな体質なのですかね?」
「試しに、太一の印象を聞いてみたんだ。たった数分しか会ってない太一だぞ?『わたしの願いって、太一くんが叶えてくれたんだよね?』って言ったんだ。
しかも、『たぶん、瞬矢くんの願いも叶ったんだよね?大好きな冬華の笑顔が見たい、とか願ったんじゃない?きゃっ、キモい!』とも。
キモいは余計だったけど、これってたぶん・・・そういうことだよな?」