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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
明るみ
203/242

203話 養成学校

 九月二日、木曜日。十八時ちょうど、天照台高校の校長室。

 壁に設置された大型モニターには、一学年から三学年まで、九人の先生の姿が映し出されていた。

「急な招集で申し訳ない。先生たちに、どうしてもお願いしたいことがあってね。ところで……二学期が始まって二日目の今日だが、何か変わったことは無かったかな? 一年Sクラスの先生、どうかね?」

「変わったこともなにも……今朝、東條とうじょう紫音しおんさんから連絡があって、急遽欠席となりました。それと、SNSを利用している一部の生徒の間で、とある投稿が騒がれていましたね」

「ほぉ。その投稿とは?」

「……今朝、一人の人物が、とあるメッセージと画像をアップしました」

 先生は画面上に、SNSの画面をスクリーンショットしたと思われる画像を表示した。

 『素敵な豪邸を背景に、朝晴れの空をパシャリ!』というメッセージとともに、一枚の画像が添付されていた。

 写っているのは、大きな家の玄関部と、黒塗りの車に乗り込もうとする、制服姿の一人の少女。空を写したと言う割には、青色の部分は右隅に申し訳程度にしか写っていない。

「問題は、この写真に写り込んだ少女。この後、この投稿は世界中に拡散されました。そして国内外に数億人いる紫音さんファンの間で、物議が醸されたのです。

 『これ、紫音だよね?』と。そしてその物議はすぐに、次の話題へと移ります。

 『この制服……どこかの高校に通ってるってこと?』『どこの高校?』『この制服、俺が通ってる大学近くの駅でよく見る』『この制服の生徒、どこかの学校に行くでかいバスに乗ってるのをよく見かける』」


「ふむ。そして? その物議、どうなった?」

「全く、もう・・・結果としては、校長のおかげなのでしょうね。天照台高校が明るみに出ることはありませんでしたよ?今朝投稿をした人物ですが、偶然にも紫音さんが乗車した高校へと向かう車の後ろを追走していたようですね。その約二時間後、『趣のある校舎を背景に、朝晴れの空をパシャリ!』というメッセージと画像が投稿されました」

 またも先生が画面上にその画像を表示する。

 平屋の古い校舎のような建物が写っており、そこには黒塗りの車から出てきた紫音の姿が写されていた。

 敷地外から撮影したのか、校門も写り込んでおり、そこには『西黒伏小学校』という校名板が確認できた。

「ほぉ。我が校、そして天照台家のすぐ先にある、廃校となった小学校だな?」

「えぇ。天照台家が管理している建物ですね。そしてそのメッセージも、すぐに数億人の目に触れることになりました。そしてその投稿後すぐに場所が特定され、たった〇.〇〇一パーセント、しかし数千人規模のファンがその小学校を訪れたのです。

 騒ぎは大きくなる一方で、そこにはマスコミも駆け付けたようですね」


「そして、その騒ぎは決着したのかな?」

「えぇ。その小学校、今は『養成学校』として使われているようです。アイドル、俳優などの若手を育てている、と。通う人間は十五歳から二十歳までという制限があるようですね。中には高校を卒業した人間もいますが、学校という雰囲気の中で学んでもらいたいという教育理念から、高校の制服を着用している、と。

 そしてなぜかわかりませんが、そこの生徒たちは、天照台高校行きのバスに乗って通学していました。養成学校は十時から十五時まで開校されているようなので、うちの生徒とバスの時間が重なることは無いようです」

「なるほど。そういえばニュースで観たな。普段、全く露出の無い紫音くんがマスコミの取材に応えたそうじゃないか」

「えぇ。さすがに騒ぎが大きくなりすぎましたからね。彼女なりの神対応といったところでしょう」

 次に、画面には、紫音がマスコミのインタビューに応える映像が映し出された。


 『紫音さんは、ここで何をされているのですか?』

 『お答えしましょう! でも、まず初めに言わせて下さい。・・・やーん、ばれちゃった!はい、ここは、養成学校でーす! アイドル、俳優を志望する若い方々が通っています。中にはプレゼン能力を鍛えたいぜ、なんていう若いビジネスマンもいるようですよ?』

 『紫音さんは、もうこれ以上養成されたら、それこそ神話的な存在になってしまうのでは?』

 『ふふっ。わたしはまだレベルマックスになったとは思っていませんよ?それに、この世にはわたし以上の女神の存在が確認されていますし……あと、ほら、今日は他のメンバーも来ているんです』

 『え!? ……あ、本当ですね。見て下さい、メンバーが……全員揃っている!? あっ、朱美さんが手を振っているのが見えますね』

 『この学校、ずっと前から開校していて、実はわたしも、デビュー前は生徒として通っていたこともあるのです。そして……なんと、今日は講師としてお呼ばれしたのです!』

 『え!? 今日は紫音ちゃんに教えてもらえると!?』

 『はい! でも、こんなわたしで良いのかなぁって思いますよね?だけど、メンバー全員が講師だから許してね! って、とりあえず先に謝っておこうと思います』

 『いやいや、贅沢すぎますよ。えっと、ここには、いつもすごい講師が来ているのですか?』

 『いえ。あ、いつもの先生も、もちろん素晴らしい人たちですよ? でも、実際に現場で働く人の声を聞こう!ってことで、不定期に特別講師が招かれるようなのです』

 『今回はアケビフルーティエイトだった、と……生徒たちの嬉しい悲鳴が聞こえてくるようです。ちなみに、なぜみなさん、高校生みたいな制服を着ているのでしょうか?』


 『ふふっ。ここは学校なのですよ? ちょっとお年を召した方もいるかもしれませんが。特にメンバーのお姉さま方……じゃなくて、学校には制服が似合いますよね? それに、この制服、すごく可愛いですよね!』

 『そ、そうですね。講師もそれを着る理由はわかりませんが、まさか紫音ちゃんの生制服姿が見れるなんて感激です! ところで、今日は何を教えるのでしょうか?』

 『はい。歌も、お芝居も、プレゼンも。大事なのはこえです。こえの出し方を徹底指導します! 大事なのは発声練習だけではありません、ときには妄想も必要となります! だ、そうですよ?』

 『そ、そうですか……ということは、もしかすると紫音ちゃんがここに来るのは今日だけということですか?』

 『です! ……というか、こんなに騒ぎになってしまったので、ここの管理者の方に、「嬉しいから今日は許すけど二度と来るな!」って、笑顔で怒られてしまいました。ですので、もう二度とこの地を訪れることは無いでしょう』

 『たしかに、ここまで人が集まってしまうと授業もやりにくいですよね。というか、この授業、窓の外から見学しても良いですか?』

 『隠すものではありませんからね。それに、外はまだ暑いでしょうから、中へもどうぞ? って言われていますので、どうぞ!』

 『え、良いのですか? さ、撮影をしても良いですか?』

 『わたしたちが許します! でも、是非ともわたしたちだけじゃなくて、生徒のみなさんも見ていって下さいね? ここには卵がごろごろと転がっていますからね? ねっ?』

 『わかりました。では、この後、授業風景もお伝えできればと思います。現場からは以上です』



 ニュース映像が終わると、画面には再び、先生たちの顔が表示された。

「紫音さんは、午前中に講師を終えると、メンバーのみなさんと一緒に事務所へと戻ったようです。勉強の時間が割かれて悔しかったことでしょう。……というか、そろそろ我慢できません。面倒なので、校長から説明していただけますか?」

「うむ。先生たちには何も言わずに、勝手な行動を取ってしまったこと、まずは謝ろう」

「わたしたちを信用していないということですね?じゃあ、明日はみんなでボイコットしますよ? 生徒、そして保護者も含めて全員で、ね?」

「え、何で保護者も? 徹底しすぎじゃない? いや、先生たちを信用していないというわけでは、もちろんない。先生たちのほとんどが高校からの友達だ。むしろ、家族より信用しているとも言えよう」

「校長のご家族に失礼なのでは? じゃあわたしたち、天照台家に入り浸って良いですか?」


「・・・おほん。では、報告するとしよう。話は先月、八月のあたまに遡る。東條家のご隠居から、ある連絡があった。それは、東條紫音くん、そして我が校にも関係するもの。

 『夏休み明けに、紫音の制服姿が明るみに出るだろう。気を付けることだ』とね。

 ご隠居の勘は外れたことを聞いたことが無いくらい、よく当たる。その言葉を信じて、わたしは今回の行動を取った。

 まず、多くの人物とスポンサー契約をしている東條家を通じて、各地の養成所のようなところ、あるいは芸能事務所等から、見どころのある若手を集めてもらった。そして、天照台高校の制服を着せて、我が校のバスで、西黒伏小学校に通ってもらった。ここ一か月間ずっと、だ。

 バスは養成学校の開校時間と合わせて、駅からは九時発と九時二十分発のもの。帰りは十五時発と十五時二十分発のものを使ってもらっていた。普段、我が校の生徒が利用できない時間に設定したから、昨日も生徒には気付かれることが無かっただろう。

 夏休み中は同じバスに乗る可能性も考えられたため、その時間には案内役を立たせて、乗るバスを分けた。夏休み中は制服の着用をしないよう、生徒に言ってあるだろう? だから、分ける作業は特に滞りなく済んだ。

 今は廃校となっている小学校には、教室が二つある。大人だと、定員は四十名程度だろう。そしてそれは、バス通学の生徒と同じくらいの人数だ。

 養成学校の講師には、若手の育成に定評のある人物にお願いをしている。だから、今回の騒動のためだけとは言え、そこに通う生徒にとっても、しっかりとメリットのあるものになるよう心がけた。

 あの学校を卒業したアイドルなんて生まれたら、棚からぼた餅というか、冷蔵庫にケーキというか、とても喜ばしいことだろう?


 ……そして今朝、ご隠居の言ったことが起きた。

 様々な情報網を張り巡らせていたから、投稿されるとすぐに、わたしのもとに連絡があったよ。まずは紫音くんに、『今日は小学校に通ってほしい』と連絡をした。そして、紫音くんのマネージャーを通してアケビフルーティエイトのメンバーにも声をかけ、参加可能なメンバーに来てもらった。まさか全員来るとは、嬉しい想定外だったがね。

 マスコミやファンたちは、もしかすると明日も様子を見に来るかもしれない。だが、養成学校はしばらく続けるから、問題が無いだろう。ただし……」

 校長は、画面上の先生たちの顔を見回した。

「明日、バス通学の生徒への接触があるかもしれない。ですね?」

「あぁ、そうだ。今日だけは養成学校の開校時間を午前中にしたから、ファンやマスコミも、我が校の帰りのバスが出る頃にはいなかったことだろう。でもね、少しでも紫音くんのことを知りたいファンは、明日の朝、バスに乗り込む生徒の話を聞きたがるのではないだろうか?

 養成学校の生徒がバスに乗り込む時間よりも早く来る人間も出てくることだろう。あまり早いと、我が校の生徒に接触してしまう。我々は常に、生徒が己を磨くための最高の環境を整えなくてはならない。だから、無用な接触は避けなくてはならないのだ」


「だから、わたしたち先生にお願いがある、と。それで、どちらですか? バス通学の生徒たちをタクシー等で直接送迎するのか。それとも、全員を寮に住ませるのか」

「くくっ。三年天クラスの先生よ、『答えは両方』だ。ただし、寮に入るのは紫音くん、そして紫乃くんの二人だけだがね。

 おそらく明日以降も紫音くんの通学は尾行されることだろう。もう二度とあの小学校には近づかないと公言したのに、なぜそっち方面に向かうのか? そう思われるに違いない。

 だから、実は今日の夜から寮に入ってもらうことにしている。前々から二人には話をしていたから、おそらく入寮の準備はしてくれていただろう。現に、昨日は久しぶりのお風呂チャンスを棒に……いや、何でもない。

 今日、紫乃くんは、紫音くんと一緒に小学校へと向かった。紫音くんが車を下りると、そのままその車で高校に通学をしている。そして今日は放課後、そのまま入寮したはずだ。そして紫音くんも、事務所から寮へと向かっているところだ」


「紫音さん、アイドル活動に支障が出ませんか? 寮から紫音さんの事務所まで、かなり遠いですよね」

「そこは、必要に応じて学校からヘリを出すことで了承を得た。あと、寮から一学年棟まで地味に遠いからと、紫乃くんからは自転車の要望があった。

 わからないが、ゲスト用も含めて三台準備をしたが……自転車に乗る練習をするのに、息子さんを一日貸して下さい、と。くくっ、本当に面白い生徒だよ。

 二人の寮生活、バス通学の生徒の送迎、養成学校。いずれも、野次馬たちの姿が落ち着くまでは続ける予定だ」

「では、わたしたちは自分のクラスの、バス通学の生徒に連絡をするだけで良いのですね?」

「その通りだ。車両の手配はわたしがするから、生徒から希望の時間を聞いて、わたしまで報告してくれ」

「御意。では校長、さようなら」


 『プッ』という微かな音ともに、全員の先生が姿を消し、画面は暗転した。

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