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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
本心
194/242

194話 本心からの願い

 その日、紫乃が履いていたのは、あやとお揃いのミニスカート。

 素肌を晒せない紫乃は、その綺麗な脚を薄手のベージュのタイツで覆っていた。

 水分を吸収する機能を全く持ち得ないタイツを伝い、太一の鼻血は、紫乃の細い太もも、そしてカーペットを濡らしていた。


「あらら。なんだか生暖かいと思ったら・・・どれ、鼻栓を交換してあげましょう」

「ご、ごめんね・・・」

「ふふっ。ついこの前、サイくんの鼻血を全身に浴びたばかりです・・・元気な男子に体液をかけられるというご縁があるのでしょう!」

「さ、さいにぃの鼻血!?それ、赤かったですか?」

さいくんを何だと思ってるの!?」

「ところでサイちゃん。おパンツが丸見えですよ?太一のためにも隠してくださいな」

「きゃっ!」

 少し膝を立てて座っていた彩は、すぐに正座に直り、スカートの裾を両手で押さえつけた。


「・・・サイちゃん?あなた、おパンツ見られて恥ずかしいの?」

「あ、当たり前じゃないですか!」

「・・・昨日お風呂で、その可愛い裸体を惜しげも無く見せてくれましたよね?」

「え、ええ。お師匠に見られるのは平気みたいです」

「じゃあやっぱり、わたしとお風呂に入っても慣れさせることは不可能でしたか・・・」

「あ、でも、おかげで男の人に付いているモノを知りました!」

「ふむ。でも、未知なるモノへの興味しか湧かなかったのでしょう?わたしなんて、サイちゃんの発展途上の綺麗な裸体を見て、男の部分が総立ちしそうになりましたけどね?」

 紫乃は太ももで、太一の首に激しく力が入ったのを感じた。


「太一くん・・・見ました?」

「・・・な、何を?」

「わたしのおパ・・・」

「はいはい。思い出させたら出血多量で死んじゃいます。ときにサイちゃん?何で太一に見られると恥ずかしいのです?」

「何でって・・・異性に下着を見られたら恥ずかしいものですよね?」

「おぉ、ちゃんと羞恥心を持ち合わせているじゃないですか!・・・ん?あの、サイちゃん?」

「何でしょう、お師匠」

「お互いが許せば、太一とお風呂に入っても平気なんでしょ?」

「ダメと言われなければ、喜んで入りますけど?」

 紫乃は太ももで、太一の首に先ほどよりも激しく力が入ったのを感じた。



「ふむ。サイちゃん、妄想が得意ですよね?」

「は、はい・・・人並みには」

「別に恥じることではありませんよ?わたしも、天照奈あてなちゃんだって、日々激しい妄想を繰り広げているのですから」

「あてねぇも!?」

「はい。わたしたちの原動力は妄想であると言っても過言ではありません」

「ど、どういうことですか!?」

「ふふっ。妄想とは、自分にとって都合の良い世界をつくりあげること。妄想の中の自分は、何だってできてしまいます。好きな人とお風呂に入ることだってできる。

 でもね、妄想から現実に戻る瞬間が必ずあるでしょう?その瞬間誰もが、後悔やら虚無感を覚えるのです。なぜなら、妄想の自分と現実の自分とに、大きな違いを感じてしまうから。

 『目出し帽をイジられても全然へっちゃら!だって次の冬には目出し帽が空前の大流行するんだもん!数年前から流行を先取りのわたしがアイドル!』

 なんて妄想をしても、結局、目出し帽が流行ることなんてあり得ない」


「わたしは可愛いと思いますけど」

「ありがとう。でもね、妄想明けには必ず、理想と現実との乖離を知る。自分に足りないものを知る。現実を少しでも理想に近づけるために何が必要かを考えることができる。そう、自分を見つめ直すことができるのです!」

「さすがお師匠です!つまり、どんどん妄想しろ。そういうことですね?」

「です!ですが・・・サイちゃんのお風呂妄想には欠けているものがあります。今のままだと、現実に直面したときのダメージが甚だしいことでしょう。それこそ、立ち直れないかもしれません」

「それってやっぱり、お師匠で慣らそうとしたことに関係しますか?」

「です。いいですか?太一にお着替えを見られたら、おパンツを見られたら恥ずかしいのでしょう?」

「・・・はい」

 紫乃の太ももは、太一の首にさらに力が入ったのを感じた。


「太一に、その綺麗な裸体を見られたら?」

「・・・」

 その光景を想像したのか。

 彩は、その小さい顔を両手で覆うと、その顔は、見る見るうちに真っ赤に染まった。

 そして、太一の鼻に詰められたティッシュも、見る見るうちに真っ赤に染まった。

「気付きましたか?サイちゃん、あなたの妄想は、ただ一緒に、楽しくお風呂に入っているだけのもの。例えば、『好きな人とお花見に行きたいなぁ』と思い焦がれるけど、それは実のところ、『好きな人が隣にいればどこでも、何でも良い』そんな思いなのです。

 サイちゃん、あなたは桜を、花びらを見ていないのです!」

「な、なるほど・・・花びら、それはつまり男の人のからだ。一緒にお風呂に入ると言うことは当然、わたしの花びらも男の人に見られることになる・・・」


 太一の鼻から真っ赤なティッシュが噴射した。


「・・・例えのせいか、思いの外いやらしくなってしまいました。太一よ、生きていますか?」

 太一の両手という受け皿には、大量の鼻血が溜まっていた。




 数分後。

 太一の鼻血を抑えるため、紫乃は彩に『相良あいら武勇ぶゆうの地獄弁当事件』『不動堂瞬矢の絶滅事件』を面白おかしく説明した。

「今でこそ笑い話ですが。当時、現場はなかなかに悲惨なものでしたよ・・・」

「わたしも、高校に入ったらそんな面白い友達ができるでしょうか?」

「きっとできますよ!天照台高校に入学して五か月。この高校、変な人ばっかじゃない?ということを思い知りました」

「わたしも、お父さんに聞いたことがあります。特殊な体質ではないにしても、特殊な人種が集まるところだ、と」

「そのとおりです。わたしが女装しているのも、目出し帽を被っているのも、初日にちょっとザワザワして終わりましたからね?まだ知らないだけで、同じ境遇で生きてきたような人がたくさんいることでしょう。もちろん、ただおそろしく優秀なだけの人もいるでしょうが。・・・そういえば、全国模試一位って、結局誰なんでしょう・・・他の高校の人かな?」

「ごめん、紫乃ちゃん。おかげで鼻血が治まったし、落ち着いたよ」

「そうですか。では、真面目な話に戻りましょうかね」


「えっと・・・高校に入学してからの話だけど。体質を使って、みんなと友達になることを計画したんだ。対象がなんで紫乃ちゃんたちだったかというと・・・」

「きゃっ!わたしが魅力的だった。そういうことですね!?」

「う、うん。たしかに、初日に目出し帽を外した姿を見て、紫音しおんちゃんにそっくりで可愛いなぁ、とは思ったよ?あ、でも自己紹介でも外して見せてくれたんだっけ」

「・・・太一にも見られていたと?後で話を聞いたら、天照奈ちゃんにも見られてたみたいなんです。あと、あのドードーにもわたしの可愛い後頭部を見られていた・・・もしかしたら、みんなとは、それを含めての縁だったのかもしれないですね。それか、わたしの素顔は流れ星だから、みんなの願いが叶ったのかもしれないです!」


 ようやく起き上がるまでに回復した太一は、紫乃がコップに入れてくれた水道水を三口、喉に流した。

 口いっぱいに広がっていた血の味が和らぐと、話を続けた。


「僕がみんなと友達になりたいと思ったのは・・・紫乃ちゃんと天照奈ちゃんって、いつも僕の斜め後ろの席で会話をしているでしょ?

 その会話には、いつも笑みが溢れてた。顔を見ていなくても、その声で笑っていることがわかった。二人が裁くんと話してる姿もよく目にした。

 僕、その、みんなの会話に混ざりたいって思ったんだ。だから、自分の体質を使って、友達の一人になれないかを考えた。考えて、そして、行動した」


 四か月前の出来事。

 当時のことは鮮明に覚えている。記録したことは全て、記憶としてはっきりと残っているのだ。


「まず、『紫乃ちゃんを紹介して欲しい』って記録をして、裁くんと握手をした」

「わたしを紹介?『サイくんと友達になりたい』ではなく?」

「裁くんはきっと、ちゃんと話をすれば、友達になってほしいとお願いを口にすれば、友達になってくれると思ったんだ。だから、友達になった後に握手をして、まずは紫乃ちゃんを紹介してもらいたかった。

 紫乃ちゃんはいつも天照奈ちゃんと一緒にいるし、どちらかというと紫乃ちゃんから攻めた方が良いかなって思ったんだ」

「ふむ。それは正解ですね。得体の知れない男が天照奈ちゃんに近づいたら、わたしの排除機能が働いていたでしょうから」

「お師匠のそれ、可愛い人にも働くのですか?」

「いいえ。思い出したけど、あのときの太一はまだ『もしかしたら可愛いを隠しているかも?』くらいの存在でしたからね」

「さすがお師匠です!」

「あと・・・ふふっ。サイくんに握手をしたとき、太一の体質は無効化されてたんでしょ?てことは、太一の体質など関係無く、サイくんが勝手にわたしたちを紹介してくれたってことですよね?」

「・・・うん。ほんと、裁くんって良い人だよね・・・でも、あとは・・・二人に、『友達になってほしい』って願って、握手をした。

 でもね、やっぱり当時から、体質を使ってまで友達になることへの後ろめたさもあった。だから、せめてもの罪滅ぼしのために・・・天照奈ちゃんに対しては、『自身が持つその特異な体質が完全に、普通になれば良いのに』って、記録を追加してたんだ」

 太一は嘘をついた。

 でもそれは、不要なことを言わないだけのもの。紫乃の体質を少しだけ治したいと記録したことは、言わなかった。



「なるほど・・・太一は、たしか最後に天照奈ちゃんと握手をした。でもそれは自分の手と握手していたにすぎなかった。だから、太一のその体質が普通に戻った、と?」

「うん。天照奈ちゃんと握手をした瞬間、僕の中から何かが消えていくような感覚があったんだ。実際に、人の目線を空中に描くことも、記録することもできなくなっていた」

「体質が消失したと。でも・・・」

「わたしは今、太一くんを見ることができる・・・」

「もしかすると、一度特殊な体質持ちだと判定されると、途中で体質が無くなったとしても、その判定はずっと残るのかもしれないね」

「それか、太一の体質がまだ残っているか・・・?」

「でもね、僕、記録はできないけど、願ってみたことはあるんだ。また前と同じように、人を観察する能力が、記録する能力が身に付いたら良いのに、って。でも、それは叶わなかった」

 彩が、何やら右手で左手の掌のツボを押しながら、考え込む様子を見せた。

 両手をスカートから離したせいか、太一の目は一瞬だが白い布を観察してしまった。


「これまでの話からすると、太一くんが願ってたのって、『本心からの願い』ですよね?」

「そう、だと思う」

「友達ができて、変わったんですよね?他からの干渉を避ける必要が無くなった。だから、こそこそと観察する能力は不要になった。

 友達が欲しいっていう一番の願いが叶ったから、願いを叶える体質も、記録する能力も不要になった。

 だから、本心からの願いじゃなかったから、叶わなかったんじゃない?」

「・・・なるほど。じゃあ、もしかすると、今でも本心から願ったら、叶うかもしれない?」


「・・・もしかしたらそうかもしれませんね。でも、そもそも、どんな願いが叶うのか。太一のこれまでの話を聞くに、これまで叶ったのは、『こうしてくれたら良いのに』って願いでしたよね?そしてその願いが叶って、その人がその行動をしてくれた。

 ちょっと引っかかるのは、どれも、『その人がその行動をする確率がゼロではなかった』ということ」

「たまたまの偶然が重なっただけかもしれない、ってこと?」

「いえ。さすがに弟くんの件がありますからね。その体質が叶えたもので間違い無いでしょう」

「ですね!」

「だから、何そのアニメへの絶対的な何か!?」


「・・・では、こう考えるのはどうでしょうか。いずれの行動も、その人が『本心から思っていたこと』だった。例えば弟くん。アニメばかり観ているけど、お兄ちゃんの成績の良さを知っているし、自分ももっと勉強すべきだと常々思っていた。でも、行動には起こせないでいた。

 同級生の男子の場合。わたしが推測したように、太一の天照台高校行きを知って、みんなに広めたいという思いを持っていた。

 先生もそうです。話したことが一度も無いとは言っても、腐っても自分の生徒。そんな生徒が天照台高校という都市伝説みたいなところに合格したのですから、少なからず嬉しいという思いは持っていたことでしょう」

「・・・僕の願いが、みんなの思いを後押しした・・・押し出したってイメージかな?」

「それは良いイメージですね。そしてそれは、サイちゃんが言ったように、太一が本心から願ったもの、そして相手が本心から思ったものに限るのかもしれません」

「それで言うと、太一くんのお父さんの件は?」

「あれは・・・いくら太一パパでも、『よし、息子のために怪我するぞ!』なんて心から思わないでしょ?」

「うん、間違い無く無いね。僕のことを思うだけならあり得るけど、人に迷惑をかけるそんなことは絶対に考えないよ」

「うむ。と言うことは、それだけは本当に偶然だった。不慮の事故だったと考えるべきでしょう。ただ、まさに体質を気付かせるきっかけとなったものですが・・・。

 あと、ふと思ったことがあります。わたしが太一と初めて握手をしたときのことですが・・・」


 もしかすると、太一が願ったもう一つのことに勘づいたのだろうか。

 太一はそう思うと、少し身構えた。


「あのときわたし、『太一と友達になりたい』って思ってたかな・・・?」

「・・・え?」

「・・・ていうか、握手したのって、お昼休みのことだよね?そもそも、サイくんが太一を紹介してきたのは朝のことでしょ?その時点で友達になってたよね、わたしたち?」

「・・・そうなの?」

「ですよ?じゃあ・・・なぁんだ!友達になるのに、体質なんか関係無かったじゃん!後ろめたい気持ちなんて、今すぐ鼻血ティッシュとともにゴミ箱に捨てるがよろし!」

「・・・そっか・・・ただ、僕の一番の願いが叶っただけなんだ・・・良かった・・・そして、ありがとう・・・」


 体質が関係していなかったとはいえ、自分は、体質を使ってまで友達を得ようという汚い人間だった。

 でも、みんなは、そんな自分と友達になってくれたのだ。


 みんなへの感謝の思いが、太一の目から溢れ出した。

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