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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
本心
192/242

192話 きっかけ

 クーラーの効いたリビングで横になる太一の鼻には、ティッシュが詰められていた。

「ごめん・・・昨日、バイト中に鼻をぶつけちゃって。今日も鼻血が出やすい状態が続いてるんだ・・・」

「そうですか。びっくりしました」

 まさか、あやと一緒にお風呂に入る姿を想像して鼻血を流したとは言えない。

 いや、でも正直に言うのも、この子に対しては有効かもしれない。

 男とはこういうものなのだ。鼻血よくぼうが良からぬことにつながるという危険性もあるのだ、と。


「彩ちゃんのその、お風呂に入れる入れないの基準って何なの?いや、そもそも『好きな人』の定義って?」

「えっと、そうですね・・・お風呂に入っても良い人が『好きな人』ですかね?あ、でも、そもそも好きって言っても、『ライク』の方ですよ?」

「ああ、そうか・・・趣味趣向が合う人ってことか・・・」

「太一くんの壁理論で言うと、壁は取り払われるけど、全てではないって感じかな?壁の一部分だけ取り払われる、あるいは隙間が空く、みたいな」

「そうだね、そのイメージはわかりやすいね」

「相手を見極めて、全ての壁を取り払って、わたしの全てを見てもらいたい人。それが本当に好きな人。『ラブ』ってことでしょうか。それ即ち、本当にお風呂に入っても良い人、ってことですね?」

「う、うん」

「そっか、じゃあ、太一くんは入れない人、か・・・隙間から覗く側の人ってことですね?」


「えっと、うん。イメージとしてはとてもわかりやすいね。壁があるから中に入れない。一緒にお風呂に入れない。

 でも、とても気が合って仲が良い。すごく気になる。壁はあるけど、隙間はある。欲望を抑えられなくなって・・・覗いてしまう。

 あるいは、壁を壊してまで入ろうと人がいるかもしれないね。・・・でも、言っておくけど、僕は覗かないからね!?」

「そこも自制心ってことですね?そうか、自分だけじゃなくて、相手の自制心のことも考える必要がある、と」

「うん。それを自己防衛と言うね。壁を強化する、隙間を小さくする、あるいは中を覗けない位置に隙間をつくる。これはいわゆるハード面の強化。そして、相手を見極めるという、ソフト面の強化」

「そっか。なんだか太一くん、先生みたいですね。勉強になりました!」


 将来の夢は学校の先生なのだが、まさか生徒相手に鼻血を出さないようにしなくては。

 太一自身も勉強になった時間だった。



『ガチャン』

 玄関のドアが開かれる音がした。

 そして、

「じゃまじゃます」

 少し気だるそうな声が聞こえた。

「あ、紫乃ちゃん、回復したのかな?」

 太一は頭を少し起こすと、頭部をフェイスガードですっぽり覆った紫乃を出迎えた。

「あらま、太一、鼻血ですか?」

「う、うん。昨日・・・」

「鼻をぶつけたんですって。昨日から鼻血注意報が継続中らしいですよ?」

 『この子、表現も紫乃ちゃんにそっくりなの?いろんな意味での弟子ってこと?』

「そうですか・・・てっきりサイちゃんの可愛さで鼻血ブーしたのかと」

「ぎくっ。じゃなくて・・・えっと、そういえば昨日のメッセージ。『本性を暴く』ってどういうこと?」


「あぁ、まさにこの子のことですよ?たぶんサイちゃん、太一の好みかなって思って。わたし、実は車酔いなんてしていません。

 しばらく密室で二人きりにという状況をつくったら・・・それに、すっごい可愛いミニスカートを履かせたから・・・さすがの太一も狼になるんじゃないかなって!!」

「きゃっ!太一くん、わたしのこと好きなんですか?」

「えっと・・・さっきの、『ライク』って意味で言えば・・・好き、だよ?」

「わぁ、嬉しいです!」

「やーん、なんかキュンキュンしちゃいますね!可愛いかける可愛い、それ即ちパラダイス」

「でも、一緒にお風呂には入れないんですもんね・・・」

「う、うん」


「お師匠。わたし、太一くんにいろいろなことを教えてもらいました。何本も見て慣れるなんて、そんなのは間違いでした」

「おぉ、さすがは弟子です。なんて良い表現をするのでしょう。可愛い太一のも見て、慣らそうと思っていた、と」

「はい。だけど、わかりました。本当に好きな、『ラブ』な人としかお風呂に入ってはいけないのだと」

「うむ。わたしの場合は『ライク』でも入っちゃいますが、サイちゃんは女の子ですからね。それがよろし。さすがは太一です!」

 紫乃は、横になったままの太一の頭を撫で始めた。

「思ったんだけど・・・逆はどうなのかな?わたしが覗くのはありですか?」

「え、なに?そんなに僕のを見たいの!?」

「サイちゃん。見境無しは、それ即ち『痴女』ですよ?」

「ちじょ?」

「えっと、度が過ぎた助平すけべのことです」

「・・・今後は発言にも気を付けます」


「よろし。ていうか、太一のを見たい気持ちはわかりますけど。そもそも、見えないでしょ?」

「ん?紫乃ちゃん、見えないって何?」

「あぁ、まだ聞いていませんでした?サイちゃんの体質ですけど・・・」

「お師匠こそ、何を言っているのです?」

「ほえ?」

「昨日見たドードーさんと同じなんでしょ?野良ってやつ。太一くんも、それなんでしょう?」

「・・・え?えっと・・・え?見えるの?」

「はい」

「・・・」

「ねぇ、紫乃ちゃん。見える見えないって何の話?彩ちゃんの体質って?」



「そういう、ことですか・・・太一がずっと、何かを抱えていることはわかっていました。何かを言おうとしていることも。でも、それを話しても、あまり意味が無いのだろうということも。

 話してくれるそのときを待とうと思っていました。・・・だけどおそらく、今がそのときです。もしかすると、事態が変わったのかもしれませんけどね」

「事態が、変わった・・・?」

「サイちゃんの体質ですが。普通の体質の人を、その姿を見ることができません。見えるのは身に付けているものだけ。透明人間に見えるのです」

「まさか、見えない、っていうのはそういう・・・」

「サイちゃん?身近な人で見える人間を教えて下さい。あぁ、わたしの友達でお願いしますね」

「お師匠、さいにぃ、あてねぇ、昨日見たドードーさん。あとあにさま、です」

「何て体質を・・・逆だったらどれだけ良かったか・・・」

「よく言われます!・・・そして、太一くん。あなたも、見えます」


「そっか・・・あのさ、紫乃ちゃん」

「はい」

さいくんの体質って、特殊な体質を無効化する。普通の体質だったら、その人間の強い思い、我慢していることを発現する。もしも特殊な体質を持っていたとして、でも、それを失ったらどうなるかな?その状態で裁くんに近づいたら、今度は何かが発現されるようになる?

 もしそうだとしたら、裁くんに近づけば・・・僕がみんなに言えないこの抱えているものを、モヤモヤを発現することができるんじゃないか。みんなに事実を、本心を打ち明けることができるんじゃないか。

 裁くんに近づくたびに、そう思ってた。でも・・・何度近づいても、何も、発現されなかった・・・」


「太一・・・特殊な体質だった。そういうことですね?」

「・・・うん」

「教えてくれますか?・・・でも、もしもみんなの前が良いと言うのなら、二学期まで待ちますが?」

「ううん。あやちゃんがきっかけをつくってくれたんだ。今、話すよ。話したいんだ」

「わたしは、外にいた方が良いですよね?」

「彩ちゃんにも聞いてほしいな。実はね、今の状況を自分でも理解できてないんだ。だから、彩ちゃんにも一緒に考えてもらいたい」

「わかりました」



「僕が持っていた体質、それを説明するのは少し難しいかな・・・なんというか、感覚的というか、自分の中で完結させてたから、表現が難しいんだ。

 だから、まずはこれまでのことを時系列に説明するね?ちょっと長くなるかもしれないけど、いつもどおりつっこみとか入れて聞いてほしい」

「それ、数日ぶりに解き放った大便のように重い話ですか?」

「えっと・・・どっちかというと下痢かな?すっきりはしないだろうから」

「聞きましょう」


「まず・・・あぁ、みんなには中学までの自分のこと、外部からの干渉を避けて、空気のような存在で過ごしていた、って言ってたと思う。そして、誰にも気づかれないように、みんなのことを観察していた、とも。

 それは間違い無くて、でも、観察の他にもう一つ。『記録』っていう作業をしていたんだ」

「記録?日記でもつけていたと?」

「そんな感じ。でもね、これは僕の表現だけど。自分の脳みそを具現化して、そこに直接書き込む、保存するっていうイメージなんだ」

「どっちかというと記憶のような気もしますが・・・記憶するための作業そのものを具現化していた、ということですかね」

「そこの使い分けもあってね。記憶は一瞬でできるんだ。一瞬で観察して、目に映ったものを一瞬で記憶する。それは、例えばデジタルカメラの本体に保存したようなもので、それを記憶媒体に移すのが記録、かな」

「バックアップみたいな?なんだか、たしかに感覚的な話ですね」


「とりあえず、『記録』という作業があって、そしてそれが当時の僕の唯一の楽しみだった、ってこと。そして、本題だけど。まず一回目、それは中学三年生の夏のことなんだ」

「一回目・・・太一のそれは、小学校に入る直前のものではないのですね」

「あ、うん。たしかに他のみんなは、その時期に何か起きてたよね」

「しかも、くそ重いやつ!」

「兄さまの監禁事件とか?」

「そうそう!・・・って、そういえばサイちゃん。あの事件のとき、皇輝の隣の部屋にいたのでは?」

「いえ。たまたま父の自宅にいました。運が良かったんです。兄さまと違って」

「あの皇輝こうき、回想にも一切サイちゃんの存在を匂わせませんでしたからね?あれ、何と言うか、あまりに可愛いから独占したいって感じでしょうかね?」

「キモいですよね!」


「・・・それで、中学三年生の夏・・・そのとき僕、勉強しながら進路のことを考えていたんだ。

 うちって、お金持ちではないけど、普通に生活する分には特に不自由無かった。でも、僕が私立高校に通うと、家族が少しの贅沢もできなくなるかなって思った。

 だから、近くの公立高校に通うことを考えていたんだけど・・・ふと、あることを考えたんだ。

 もしもお父さんが、仕事中にちょっとした怪我なんかして、慰謝料とか労災とか保険金とか入ったら・・・そしたら、もっと学力が高い私立高校にでも通えるんじゃないかって」

「や、闇太一現れる!?闇市・・・」


「願望にも似た思いだけど、でも、ちょっと考えてみただけのことだった。だけど、公立高校に入った後にでも『あんなこと考えたことあったっけ』って思い返すのも良いかと思った。だから、その願望もしっかり記録していたんだ。

 そしてその日・・・そんな良からぬ記録をした罪滅ぼしにでもと思って、お父さんにマッサージをしたんだ」

「ほっ。いつもの優しい太一に戻りましたね」

「そして、その次の日・・・お父さん、取引先の工場で、小指を切断しちゃって・・・」

「え!?」

「慰謝料、労災、保険金。いろいろ、そしてたくさん入った・・・。全く考えていなかった収入、しかも、使い道も特に無いからって。お父さん、僕に天照台高校に入ることを勧めてくれたんだ」

「良いお父さまですね。でも、もしかして・・・『願いが叶った』とでも?そしてそれが一回目・・・?」


「うん。そして二回目、それは、中学の卒業式の前日。帰ろうと思って教室を横切ってたら、ふざけてた男子とぶつかりそうになったんだ。

 そのとき、一瞬だったんだけど、『僕が天照台高校に行くことをクラスのみんなに広めてくれたら、みんな驚くだろうな』って、そんな願望にも似た思いを記録したんだ。

 もしかすると、最後まで空気でいることを、本心では嫌がっていたのかもしれない。そして、ぶつかって・・・」

「その男子が、願いどおりの行動を起こした、と?」

「うん」


「・・・一旦、ちょっと整理しますが。この二回だけ聞くと、偶然、必然、そう考えることもできますね。

 一回目のお父さまの件は、偶然。お父さまの悲運がそれを招いた事故かもしれない。もしかすると太一が招いた災厄かもしれない。だから、その体質とやらのせいではないかもしれない。そして二回目の、バカ面の男子生徒の件」

「バカ面?別に、普通の顔だったよ?」

「おっと、それは昨日のやつらでした。で、その男子生徒は、もしかしたらですけど・・・何かで太一が天照台高校に通うことを知ったのでは?そして、内心、激しく驚いていた。

 『え、都市伝説の高校って実在するの!?おったまげー!ぼくちん、このことをみんなに言いたい・・・でも、空気くんの名前わからないしな。みんなに言っても、誰もぼくちんのこと信じてくれないかもしれないな』

 って思っていたところ、急に太一にぶつかって、その思いが漏れ出てしまった」

「お師匠、さすがに同じクラスなのに名前がわからないってあります?」

「あ、たぶん、知らない人のほうが多かったと思うよ?」

「え!?・・・いいなぁ。どうせならわたしもそれくらい空気に、透明になりたいですよ!」

「まさか、羨ましがられるとは!?」



 太一は、目の前の少女を見て思った。

 普通だったら思い出したくもない事実を、『いいなぁ』と言う少女。

 それほどまでに大変な体質を抱え、想像できないような我慢をしているのだろう。

 周りのほとんどの人間が、透明人間。身に付けているものは見えるし、声も聞こえる。だけど、その表情や雰囲気のようなものを感じることはできないのだろう。

 見えない人間は恐いに違いない。普通に接することなどできないに違いない。

 一方で、自分の表情、雰囲気は、全ての人から見えてしまう。どう見られているのか、その声だけが聞こえてきてしまう。

 だから、自分が透明だったなら、見えなかったら良かったのに。

 そんなことをずっと、強く思って生きているのだろう。


 紫乃と楽しそうに話す彩は、でも、まだ一度も笑顔を見せていない。

 紫乃は、彩に笑いかけていた。変に気を遣っているわけではない。それは、いつもみんなに見せる笑顔だから。

 太一が大好きな笑顔だ。


 彩も、まだ何かを抱えているに違いない。

 でもきっと、何かをきっかけに、本心から笑える日が来るに違いない。

 そのときのために、いつもティッシュを持っておこう。 


 きっと、その笑顔は、鼻血がでるくらい可愛いに違いないから。

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