188話 川島冬華
「だ、そうです」
「あの皇輝、恋愛以外は何でも日本一を狙えそうですね・・・でも、そうですか。使える体質がいるじゃないですか!」
「え・・・何をするつもり?」
「要は、『自分がした行為を省みる』『悪いことをした相手に謝る』『二度と悪いことはしないと誓う』これらをあのおバカ面たちにさせれば良いだけです」
「・・・皇輝くんの体質を使ってそんなことできる?」
「天照奈ちゃんをけしかければ余裕でしょう。ほれ、そこな天照奈ちゃん『おバカちゃん達を改心させて人知れずドードーを絶滅の危機から救おう!』作戦を開始しますよ!」
紫乃は少し悪い顔をして、天照奈にシナリオを話した。
「・・・ほんとにこれでいけるのかな?」
「いけます。天照奈ちゃんスイッチが入った皇輝はただのアホですからね」
「さすがお師匠!」
「師匠?・・・でも、不動堂くんも気付くんじゃない?天照奈ちゃんと皇輝くんが揃っちゃったらさすがに眩しいだろうし、何より耳が良いから・・・」
「ふふっ。わたしのサングラスを貸します。これで照度を二割ほど抑えることができるでしょう。それに、あんなに俯いて、何かを考えて、周りを気にする余裕も無いでしょう・・・」
友達を思い神妙な面持ちをする紫乃に小さく微笑むと、天照奈は、サングラスをかけて皇輝のもとへと歩いた。
「わたしたちはアホになった皇輝を見てはいけません。だから、天照奈ちゃんの合図で目線を外しますからね?」
「さすがお師匠!」
「師匠?・・・他の人への影響が気になるけど。うまくいくといいね」
またもストライクを出したのか、『キャー!』という歓声があがった。
そんな中、椅子へと戻る皇輝に天照奈が近づいた。
『あ、天照奈!?こ、これは幻か?会いたいというぼくちんの強すぎる思いが具現化したのか!?』
紫乃が会話を推測して、実況を始める。
「紫乃ちゃんならここでも会話が聞こえるんじゃ・・・」
「聞こえるけど、どうせアテレコするならわたしの実況の方が面白いに決まってます!」
「さすがお師匠!」
『ふふっ。偶然だね!いや・・・運命、かな?』
『ど、ドキューン!ぼ、ぼくちん、今日という日が命日になっちゃうかも!』
『ねぇ、皇輝くん?実は・・・あなたに言いたいことがあるの』
『えっ、言いたいこと?ま、まさか・・・』
『うん・・・もうっ、そんなに見つめられたら恥ずかしいよぉ!』
『ドッキューン!』
『あのね、お泊まり会の、バーベキューでのことなんだけど・・・』
『もしかして、ぼくちんが肉を焼く姿に惚れたのかい?』
『ううん・・・あのね、あのとき・・・地面におにぎり落としたよね?三分の一くらい』
『う、うん・・・ちっちゃい虫がぼくちんの顔にくっついて、キャーッ!って驚いたら落としちゃったんだ』
『それ、ゴミ袋に捨てたよね?』
『う、うん。砂がついちゃったから・・・』
『ただのおにぎりだけどね・・・農家の方が心を込めて育ててつくったお米なんだよ?』
『・・・う、うん・・・』
『皇輝くんのそれは、農家の方の思いを捨てたのと同じ行為なんだよ?』
『あ、あぁ・・・ぼくちんは何てことを・・・』
紫乃の言っていることは間違い無く違うだろうが、皇輝はそのタイミングで床に膝を付いたようだった。
ようだった、というのも、その直前に天照奈から合図があり、紫乃が持っていた手鏡越しにその光景を見ていたからだった。
『わたしね、それが良くないこと、悪いことだって知ってもらいたかったの』
『うわぁーん!なんてことをしてしまったんだぁ!』
『うん。悪いことをしたら、何をすべき?』
『・・・心から反省しないと・・・あと、謝らないと』
『正解!皇輝くんに千千ポイント!』
『ご、ごめんなさぁーい!農家のみなさん、ぼくちんはひどいことを、悪いことをしました!』
紫乃の言っていることは間違い無く違うだろうが、皇輝はそのタイミングで土下座をして、何かに激しく謝罪を始めた。
『皇輝くんのその気持ち、農家の方にも伝わったことでしょう。あとは・・・わかるよね?』
『はい!もう二度としません!絶対に、人を失望させることをしません!絶対に、人に嫌な思いをさせることはしません!』
『よろし。面を上げなさい。わたしが許します。じゃ・・・さよなら』
紫乃の言っていることは間違い無く違うだろうが、土下座を解除する皇輝を置き去りに、天照奈がこちらに戻ってくるのが鏡越しに見えた。
小さな鏡では、二人の様子を見るのがぎりぎりだった。
起き上がって天を仰ぐ皇輝を見ないように、裁はヤンチャ三人がいるレーンを肉眼で見てみた。
すると、三人とも同じように天を仰いでいるのが見えた。
「皇輝の体質恐るべし・・・」
「いや、いくらお師匠のシナリオが完璧でも、それをあぁも完璧にこなすあて姉が恐いんだけど?」
「これくらいで恐れを抱いていては、その身が持ちま・・・あれ?ドードーはどこ行ったのです?」
そう言う紫乃の目線を追うと、さきほどまで不動堂が立っていたその場所に、その姿は見られなかった。
「もしかすると、あの三人が激しく謝罪して、解決したから帰ったのかもね」
「一件落着ってことですかね?どれ、じゃあ心置きなく玉転がしを楽しめますね!」
レーンに戻った天照奈を笑顔で迎えると、五人はボーリングを開始した。
珍しく事実を語っていたらしく、正義は二ゲーム目に二七七というかなりのスコアを叩き出した。
だが、一ゲーム目の途中でコツを掴んだ裁は、同じく二ゲーム目でそれを上回り、二八二を記録。
そして、
「天照奈ちゃん・・・ボーリング、初めてだったんですよね?」
「うん!テレビでは観たことあるから、知ってはいたよ?」
「わたしみたいに五〇いかないとか、サイちゃんみたいに一〇〇いってワーキャーはしゃぐのが普通ですよ?」
「二ゲームとも二九四・・・ほんと何この子、恐いんだけど・・・」
新たなハイスペックを目撃し、恐れを抱いた四人だった。
――不動堂は走っていた。
疲れや人の目など気にせずに、ただがむしゃらに、全速力で走っていた。
走りながら、ついさっきの出来事を振り返った。
ボーリング場の喧噪、同級生のゲラゲラ笑う声が耳を占領する中で、聞いたことのある声の会話が聞こえてきた。
ずっと床を見ていた目線を、その声がする方へ向けると、そこに見えたのは天照奈と皇輝だった。
『どうでも良いや』そんなことを上っ面で考えつつ、でも、心の奥底では、このままではいけないと思っていた。
自分で何かをしないといけないと思いつつ、でも、どこかで友達に頼るべきだという気持ちも抱いていた。
そんな気持ちから見えた幻覚だったのかもしれない。
その幻覚の皇輝は、膝を付き、すぐに土下座を始めた。
それを見て、そして気が付くと、走り出していたのだった。
目的地は、そう遠い場所ではなかった。
それなのに、これまでその物理的な近距離を辿り、そこへ行くことは一度も無かった。
辿ろうと言う気持ちに至るまでの距離が、果てしなく遠かったのだ。
あのとき言わなければいけなかったこと。しなければいけなかったこと。
なぜ今まで考えようとしなかったのか。なぜ心の奥底に封印してしまっていたのか。
今さらなのは、遅すぎるのはわかっている。
でも、なぜかわからないが、今になってあのときのことを思い返したのだ。
あれは、中学三年の冬のことだった。
虚勢を張って孤高を装っていた俺は、その一年間も、誰とも話すこと無く冬休みを迎えた。
十二月二十四日。
たとえ信仰する対象が異なっても、皆は、その日だけは特別な気分を抱いて楽しむことができるらしい。
部屋で一人勉強していた俺の部屋に、母親の声が聞こえてきた。
どうやら、女の子からの電話だというのだ。
『女の子?誰だろう?』そんなことを口にして電話へと向かったが、正直なところ、『俺に電話?そんな人いるのか?』という疑問を抱いていた。
電話をしてきたのは、中学校の同級生、『川島冬華』だった。
家が近所で、小学校も一緒だった冬華とは、小学三、四年の時に同じクラスになったことがあった。
ただ、それっきりで、中学校では一緒のクラスになることもなく、話すことも無かった。
そんな冬華は、『話したいことがあるから会って欲しい』そう言い、時間と場所を告げると電話を切った。
いくら孤高の存在でも、人のお願いを無下にしてはいけないだろう。
そう思った俺は、冬華の言うとおりの時間に、近所の商店街へと向かった。
どこもかしこもクリスマス一色のその商店街。
待合せ場所は、中央広場の大きなクリスマスツリーの前だった。
予定時刻ぴったりに到着すると、ツリーの前に立つ冬華を見つけた。
小学生の頃と変わらない笑顔で、手を振って自分の存在を知らせてくれた。
『ごめんね。どうしても今日、会って話をしたくて・・・』
冬華はそう言うと、少し照れくさそうな表情で俯いた。
冬華は、見たことのあるニット帽と、見たことのあるマフラーを身に付けていた。
構わない。話って何?
俺は、孤高の存在を保ちながら、でも、なるべく話しやすい雰囲気になるよう心がけて答えた。
『人がいっぱい・・・でも、ここで言いたいの。ごめんね、こんなところで。急で、本当にごめん・・・』
俺は、冬華の言葉を待った。
『わたしね・・・瞬矢くんのことが好きなの』
実は、冬華が話す内容を知っていた。そして、答えも決まっていた。
それでも、確認をしなくてはいけないことがあった。
何で俺なのか?
冬華は、照れくさそうに、でも、いつもの笑顔で答えてくれた。
『恥ずかしい・・・あのね、小学校のときのこと、四年生のときの今日のこと、覚えてる?』
ぼんやりとだけど覚えている、と答えた。
『隣の席だった瞬矢くんに、わたしのお誕生会に来てもらって・・・ふふっ、お誕生会って言っても、家族と瞬矢くんだけだったけどね。わたし、すっごく嬉しかったの。その後は、いろいろあって・・・話せなくなっちゃったけど・・・』
俺は何も言わずに、ただ冬華の言葉の続きを待った。
『うち、お金が無いから・・・みんなにひどいこと言われることもあったけど、わたしは、平気だった。もしかしたら、わたしのせいで瞬矢くん、変なこと言われたかもしれないよね・・・ごめん。
だから、瞬矢くんもわたしを避けて、嫌ってるんだろうなって・・・思うようにしてたんだ』
思うように?
俺はそう呟いた。
『わたしなんかに言われたくないだろうけど。瞬矢くん、本心と、目に見えるものが違うよね?きっと、わたしのためを思って、わざと遠ざけてるんだろうなって、そう思ってた。
本心では、わたしの心配をしてくれてたんだよね?わたしが貧乏だからお金持ちの瞬矢くんに近づいてる。そんな言葉をかけられないように、気を遣ってくれてたんだよね?』
俺は、肯定も否定もせずに、黙って話を聞いていた。
『わたし、そんな瞬矢くんのことが、ずっと好きでした。それが、今日言いたかったこと。
本当はもっと前から言いたかったんだけど・・・ふふ。わたしの誕生日だし、クリスマスイブだし・・・。
ごめん、瞬矢くんには関係無いよね?わたしの勝手な都合です。
・・・付き合ってほしいとか、そんなおこがましいことは考えていないの。ただ、わたしの本心を、正直に伝えたかっただけなの・・・』
冬華の話を聞き終えると、俺は用意していた答えを言った。
気持ちは嬉しいけど、俺は君をそんな風に見たことは無い。それに、それって本心なの?
最後の言葉は、できれば言いたくなかった。
でも、そのときの俺の上っ面な部分が、それを言い放った。
冬華の目に涙が溢れた。
でも、悲しい顔ではなく、頑張って笑顔をつくろうとしていた。
『・・・言い訳かもしれないけど、わたしはね、この日を選んだの。・・・気持ち悪いよね・・・ごめん。でも、安心して?たぶん、もう話すことも無いと思うから。
・・・来てくれて、聞いてくれて、ありがとう。さようなら、瞬矢くん・・・』
目にいっぱいの涙を蓄えて、最後に笑顔を見せて、冬華は走り去ってしまった。
心の奥底がズキズキと痛んだ。
でも、虚勢という傷薬を塗って、平常心を保った。