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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
本心
185/242

185話 お師匠

 八月十一日、水曜日。十二時五分。

 座席数十八席のこじんまりとした中華料理店。

 その瞬間、満席で賑わう店内がざわついた。客全員の視線が、厨房から出てきた店主が両手に抱えている巨大なお皿へと注がれていた。

 『マジか!あれに挑戦するヤツ初めて見るぞ!?』

 『あれが、重量約四キログラム、爆盛炒飯か!なんて破壊力だ!』


 店内の客が、便利な状況説明ザワザワを繰り広げる中、そのお皿は、三つあるうちの真ん中のテーブルへと運ばれた。

 『親子か?どっちが食べるんだ?』

 『父親は四十代前半。がっちりした体格で、でもなんかニヤけてるな』

 『息子は・・・高校生くらいか?大きめの服着てて体格はわからないが、なんか普通の少年だぞ?』

 『しかし、息子は何でずっと目を瞑ってるんだ?挑戦前の瞑想か?』


「あいよぉ、爆盛炒飯チャレンジチャーハンお待ちどさん!もう引き返せないからに?」

「おほっ!来やがったか。このときのために胃袋をつくってきたんだぜ?息子のなぁ!」

 『お前が食うんじゃないのかよ!』

 『息子を見ろ!目を閉じたまま、ニヤけてやがる!』

「おみぃさんが言ってたから、どんな巨漢を連れてくるかと思ったに。こりゃダメだに。ちゃんと金持って来たんだろうに?」

「うっしゃっしゃ!こいつはすげえぞ?なんたって俺の息子だからな!」

 『いや、あんたがどれほどのもんかわからんし!』


「しかしお前の息子、店に入ったときからずっと目を閉じてるに?作戦かに?」

「ふっ。どこかの国の偉い人が言っていた。『本当に美味しいもの、美しいものは、見るだけでお腹いっぱいになる』とな!」

 『うそつけ!あの男、信用できないぞ?』

 『偉い人がそんなこと言わないだろ!エロい人の間違いじゃないか?』

「何言ってんのわかんにぃけど、目を瞑ったままじゃ食べれにぃぞ?」

「・・・おい、さい。見えるか?」

 右手でスプーンを持ち、お皿に左手を添えた少年が、目を閉じたまま口を開いた。

「・・・うん。検証どおりだね。炒飯も見えるよ!」

「よっしゃ!おい、店主おやじ、時間内に食べれば無料ただになるんだろ?しかも、三千円分のお食事券付き!」

「だに。でも、四十分以内に食べ終わらなかったら、きっちり六千円払うによ!」

「楽勝だろ。な、裁?」

「この前食べたのって特盛?たぶんあれの二倍くらいだよね」

「ああ、隣のフランス料理屋に宅配してもらったんだっけな。見た目はそうだよな。でもそれで六千円っておかしい気もするが・・・」

「ぐだぐだ言ってたら冷めちまうに。テレビの時計は今、十二時八分。あれが十分になったら開始するに。念のためおりのストップウォッチでも計測するに」

「おぅ。じゃあ俺はゆっくり普通盛りでも食ってるぜ。頑張れよ、裁!」



 夏の高校野球を映すテレビ画面に表示された時計が、十二時十分を知らせた。

 店主の『はじめるに!』という合図とともに、目を瞑ったままの少年の右手が動いた。

 山のような炒飯をスプーンで目一杯すくい、口いっぱいに頬張る。

 そんな単純作業を黙々とこなす少年。


 八分後。

 『お、おい・・・ペースが全く落ちないぞ、あの少年!』

 『あっという間に半分に到達しそうだ』

 依然目を瞑ったままの少年のスプーンが、山の中心部分にかかった。

 すると、

「ん?何か入ってるよ?」

 スプーンが何かを掘り当てたのか、少年の手が止まった。

「何だ?米だけじゃないのか?」

「これ、鳥の唐揚げと・・・豚の角煮かな?」


「おい店主!聞いてないぞこんなの!」

「何を言ってるか!むしろ喜んで欲しいに。うちの人気メニューだに!」

 『た、たしかに。人気おつまみ第二位と三位だぜ』

 『でもあれ、米とビールにぴったりだけど、かなり濃いめの味付けなんだよな』

 『しかも、かなりの量入ってるぞ?』

「きしし!後半戦頑張るぞってときに、美味しいのがチラッと見えて嬉しいだろうに?おりの気遣いだに!」

「くっ・・・チラッと見えて嬉しいのは女の子のパンティだけだろうが!今この状況でこんなのが嬉しいヤツいるか!」

 『女の子のパンティって、大の大人が大きな声で言うことか!?』

 『あの親父、もしかして芸人なのか?』


「僕、女の子のパンティ見えても全然嬉しくないけど、これはすごく嬉しいよ?」

「・・・よ、良かったな!でも、親としては今後が心配だから、食べ終わったらパンティの魅力について語ってやる」

 『からだは健全だけど、男の子としては健全じゃないな』

 『パンティの魅力を語る父親もどうかと思うぞ?』



 さらに十分後。

 『お、おい。肉をおかずにペースが増して・・・あと残りちょっとだぞ!?』

 『親父の普通盛りの方が残ってるんじゃないか?』

「うっしゃっしゃ!おい店主、お食事券の準備しとけよ?」

「・・・メニューをよく見るに」

「ん?・・・『食べきった方はお代無料!そして、お食事券三千円分を贈呈!?』って書いてあるぞ」

「きしし。『!?』って書いてあるに!」

「・・・まさか、確定じゃないってことか!?」

「に」

 『あのケチな店主が考えそうなことだぜ』

 『なんてセコいんだ。でも、可能性はあるってことだろ?』

「くそっ、何か条件があるってことか?」

「きしし!おりも嘘は言わないに。絶対あげないのなら、そんなこと書かないに」


「考えろ俺・・・店主の気分次第か?それなら天照奈あてなちゃんでも連れて来てご機嫌とるか?・・・いや、他に何かあるはずだ。そう言えば、ストップウォッチ、か・・・」

「特別なタイムだとしたら、ゾロ目とか?」

「なるほどな。十一分、二十二分、三十三分か・・・でも、現実的なのは三十三分しか無いよな」

「あとは三の倍数とかかな?」

「おお、お食事券も三千円だしな。確率は三分の一くらいか?・・・それはあり得るぞ!」

「今は・・・二十一分経ったところだね。どうする?」

「とりあえずあと一口になったら、スプーンに載せて・・・そうだな、三の倍数とゾロ目の両方いける『三十三分』まで待機だ!」

 『もう食べ終わるのに、時間を調整だと!?』

 『店主もこの親父もセコいな!』

「何とでも言いやがれ!『息子の食費を浮かせてお小遣いアップ大作戦!』のためなんだよ!」


「さっきまで検証でわかったことを、まさかこんなところで使うなんて・・・」

「まさか、目を閉じれば体質が封じ込められるとはな。しかも、目を閉じても人の姿形を感知できる能力付きで?物は感知できないけど手にした物なら見える?・・・俺はピンときたね。大食いチャレンジができる!ってな」

「まず思いついたのそれ!?」


 二分後。

「・・・あと一口だな。じゃあ、あと十分くらい瞑想しててくれ。寝ちゃダメだぞ?」

「う、うん・・・って、電話かな?」

 少年は目を瞑ったまま、ポケットから携帯電話を取りだした。

「あ、さすがに画面は見えないや・・・誰からだろう?」

「あぁ、あやちゃんからみたいだぞ?そういやさっき連絡先交換してたな。ほら、受信ボタン押してやったぞ?」

「ありがと」

 少年は目を瞑ったまま、携帯電話を耳にあてた。




――時間は少し遡り、十二時ちょうど。

 満席のファストフード店の一角に座った三人に、客全員の視線が注がれていた。

 中高生の若者を中心とした、こちらも都合の良い実況ザワザワが始まった。

 『ねぇ、あの人の格好やばくない?真夏なのに指先まで完全防備!?』

 『一ミリも日焼けしませんってヤツ?美魔女?』

 『頭に透明なの被って・・・しかもその中でサングラス!?』

 『実は有名人とか?お忍びスタイルじゃない?』

 『それよりもさ、その向かい側の人!』

 『うんうん。何あの人、美少女すぎない!?』

 『美術館に飾られそうだよね。国宝級ってやつ?』

 『眩しさにやっと目が慣れてわかったけど・・・その隣の子も可愛くない?』

 『うんうん、思った。セーラー服着てるし、中学生かな?』


 全てのザワザワを聞き分けることができる三人だったが、噂されることには慣れているのか。

 全く気にしない様子で、購入したハンバーガーとフライドポテトに手をつけ始めた。


「全く、あの男どもったら、初対面もいるのにすぐ検証始めるんだから!」

「そうだよね。わたしと彩ちゃんは昨日会ってるから良いけど」

「もう!こんな可愛い女の子を目前にずっと・・・なんでしょう、ムラムラ?悶々?いろんな感情が沸騰してましたよ!」

「ムラムラはおかしくない?」

「・・・まぁ、こうやって遊べることになったから結果オーライですけどね!」

「みんなでお昼ご飯食べようって誘い、断っちゃったけどね」

「ほっとけば良いんですよ!どれ、さっそく自己紹介しますかね?わたしからいきまーっす。東條とうじょう紫乃しのでーっす!彩ちゃんのことは施設に行く車の中でちょっとだけ聞いたけど・・・。

 きゃーっ!可愛い!何なの、この、サイくんを感じるのに全然違うこの可愛さ?サイくんに似てるって聞いたからスカートを履いたサイクロプスを想像してたのに、全然違うじゃん!」

「自己紹介、名乗って終わり!?」

「ねぇ、彩ちゃん。サイちゃんって呼んで良い?」

「やっぱり・・・でも、いくら裁くんを感じるからって、そんな呼び方・・・」

「良いですよ?さいって読めますし。それに、わたしあや以外で呼ばれたことないので、嬉しいです!」

「なんて良い子なのでしょう!」

「じゃあわたしは・・・えっと、紫乃さん・・・?」

「ノンノン。可愛い子は『紫乃ちゃん』一択です。それ以外は許しません!」


「じゃ、じゃあ、紫乃ちゃん。あの、さっきの施設では何も被っていませんでしたが・・・体質、ですか?見えますし・・・」

「です。わたし、音波に極端に弱い体質なんです。こんな賑やかなところで素肌を晒したら、全身打撲、全身切り傷でお陀仏です!」

「そっか・・・だから、ずっとさいにぃの近くに・・・あてねぇもそうだし、わたしだけ特殊じゃなかったんだね・・・」

「サイちゃん。ほんとに、なんて大変な体質を持ったのでしょう。見えるのが逆だったらどんなに良かったことか・・・でもね?そんなことは良いんです。

 ・・・あて姉にさい兄!?何その呼び方!」

「ね、良いでしょ!わたしも、そう呼んでもらえてすごく嬉しいの!」

「くっ・・・紫乃ちゃん一択と言ってしまいましたからね・・・一度言ったことを変えるなど東條家の名折れ。ま、まぁ、わたしのことをよく知れば?自然と紫乃姉とか?お師匠とか?呼ばずにはいられませんよ!」

「お師匠って・・・?」


「あと、紫乃ちゃん。あの、素顔を見て思ったんですけど・・・アケビフルーティエイトの紫音しおんに似てません?」

「あら、聞いてませんか?紫音は双子の姉ですよ?」

「聞いてません!えっ、紫音って東條家の人間なの!?」

「です。あと、さらに重要なことですが。サイちゃん?わたしたち、すごく遠いところで血が繋がってるんです。しかも、わたしのことが見える。それ即ち、一緒に」

「入っちゃ駄目だよ?」

「え!?なんか今日、被せるの早すぎません!?」


 天照奈は決意していた。

 可愛い子と一緒にお風呂に入りたいという紫乃。ただ可愛い二人がお風呂に入るだけだと思ってしまうのだが、紫乃のからだは男なのだ。

 いくら遠いところで血が繋がっているとは言え、そんなことを言われたら彩も困ってしまうに違いない。

 『え?東條家ってこんな人ばっかなの?』

 などというとばっちりが自分にも来るかもしれないのだ。

 だから、今日はお風呂の『お』すら言わせないと決め、この場に臨んでいた。


「わ、わたしと天照奈ちゃんの関係は知ってます?わたしのお父さまのお兄さまの娘の娘が天照奈ちゃん。つまり、一緒に」

「入れないよ?」

「!?」



 そんな二人のやりとりを見て、少し何かを考えた彩。

 次の瞬間、伏し目がちに口を開いた。

「お風呂・・・ですよね?やっぱり、少し血が繋がっているからって、一緒に入るのはおかしい、ですか・・・?」

「お、おかしいと言うか・・・わたしと紫乃ちゃんだと・・・ほら、ね?」

「ははーん・・・わたし、一目見たときから何かを感じていましたが。そうですか。なるほどね!サイちゃん、同類でしたか!」

 伏し目がちの目が完全に下を向き、頬は少し赤みを帯びた彩は、続けた。

「・・・わたし、自分でも少しおかしいかなって・・・でも、なんだろう・・・やっぱり、昨日、この目で見ちゃってから『一緒にお風呂に入りたい』って思いが込み上げてきて・・・強くなっちゃって・・・」

「嘘でしょ?え、なに?一族の血ってこんな側面も持ってるわけ?わたしだけがおかしいの!?」

「サイちゃん。その気持ち、何もおかしいことはありませんよ。むしろ、よくぞわたしに打ち明けてくれました。

 大事なのは、自分の気持ちに正直になること。そして、ちゃんとその思いを伝えること。例え否定されても、あきらめないこと」

「いや、いい加減あきらめよう?」


「それにね、ふふっ。同士、いや、弟子を得た気分ですよ!それに、サイちゃんはわたしに無い優位性を持っています!大丈夫ですよ!」

「そ、そうだよね?・・・ありがとう、お師匠!」

「お師匠!?」


「わたし、妄想だけでしたけど・・・そうですよね。ちゃんと伝えないといけませんよね?」

 彩は、対面に座る紫乃を見た後に、横に並んで座る天照奈を見て止まり、そう言った。

 『え、嘘!どうしよう・・・彩ちゃん、同性だし、一緒にお風呂入っても良いって思ってるけど・・・でも、紫乃ちゃんの前だし・・・あぁ、何て答えれば良いの?』

「骨は拾いますよ?」

 右手を握りしめてそう言う紫乃を見て小さく頷くと、彩はポケットから携帯電話を取りだし、操作するとすぐにそれを耳にあてた。

 『え?何で携帯電話出したの?そして、誰に電話!?』


「あ、もしもし?あの、彩だけど・・・ごめん、今電話しても平気?」

 『・・・あ、そうか。一緒にお風呂に入るということは、必然とお泊まりもすることになる。お母さんに電話してるんだ!』

「炒飯を四キロも食べてるの?す、すごいね・・・」

 『え?あのお母さん、そんなに食べるの?もしかして裁くんの大食いって、お母さんの血筋なの?』

「あのね、急な話でびっくりするかもしれないんだけど、聞いてもらえる?」

 『途中でわたしが代わったら話しやすいかもね。あぁ、でも、イエスと答えて良いものか・・・』

「あのね・・・一緒にお風呂に入りたいの!」

 『うんうん。でも、誰と入りたいかも言わないと!』

「・・・あて姉?うん、いるけど・・・代われば良いの?」

 『さすがお母さま。誰とも言ってないのに察したのね』


 天照奈は、未だ頬を赤くしたままの彩から携帯電話を受け取ると、耳にあてた。

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