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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
感傷と少女と検証と
184/242

184話 目を閉じるだけ

 いつもの施設の天井。高さは十五メートルほどあるだろうか。

 これまで見る機会のなど無かったその部分を、さいは今、こうしてまじまじと見つめていた。


 体質が影響する範囲は、裁を中心とした半径二メートルの円であるとされている。

 今回の検証の目的である『体質の影響を封じ込めることができるか』を調べる前に、まずはその影響範囲をあらためて確認するという。

 そのため、裁のからだのど真ん中、みぞおちあたりを、床に描かれた点の上に載せて、仰向けになっていた。


あや、確認だ。さいに近づいていない今、見えないのは誰だ?」

「えっと、白衣の人と、スーツの人です」

「スーツはわたしを含めて二人いるが?」

「めんどくさっ・・・じゃなくて、お父さんじゃない方。上着を着ていない方です」

「じゃあ、災に近づいてくれ。そうだな、初めは災の頭上、九十センチメートルと書かれた位置に立ってくれ」

 床には、点を中心として、十センチ刻みに円が描かれていた。体質の影響範囲が二メートルだというのに、その円は三メートルまで描かれている。

 仰向けになった裁の頭のてっぺんから数センチ離れたところに『九十センチ』と書かれており、彩は、祖父の言うとおりその位置に立った。

 

 彩の今日の服装は、中学校の制服、セーラー服だった。

 おそらく制服の着用方法についての校則があるに違いないが、裁には女の子のそれはよくわからない。

 わかるのは、彩のスカートの丈が膝上約十センチ。裁が通っていた中学校のそれよりもやや短い、ということ。

 目線を天井から彩へと移した瞬間、裁の目に入ったのは、スカートの中だった。


 裁はあることを思い出していた。

 中学校の卒業式の日。最初で最後の一人での通学。そしてバスジャック。

 そのバスの中で近づいたのは、高校生の男子と、小学一年生の男子。

 体質の影響で、高校生はバスジャック犯に、小学一年生は女の子のスカート捲り魔へと変わってしまった。


 男の子は、なぜスカートを捲ったのか。

 たしか父は、『スカートの中に隠されたパンティを見たいから』『スカートの中にロマンがあるから』と言っていた。

 本来のパンティの目的は、ワイセツ物を隠すためのもの。

 それはまるで、財宝を入れるための宝箱のようなものではないか。

 宝を追い求める人は、まず宝箱を見つけて喜ぶ。その宝箱を開けて、さらに一喜一憂するのだ。


 もちろん、男性もパンツを履くし、裁も、何を隠しているかは知っている。そして、女性のそこには、男性についているものがついていないことも。だが、何がそこにあるのかまでは知らない。

 そう、男性にとって未知の領域・・・財宝・・・それを隠す宝箱、なのだ。


 そんなことを考えながら、裁は目の前に見える白い布をまじまじと見つめていた。

 何かのアニメのキャラクターが小さくプリントされているその布を。

 だが、裁は察した。このことを人に言ってはいけない。

 また『デリカシーが無い』と言われ、目の前の布くらい白い目で見られるに違いないのだ。


「見えるか?」

 という祖父の声が聞こえると、

「見ていません」

 そう答え、裁はその目線を、天井へと向け直した。



「ん?何で災が答える?・・・彩、二人が見えるか?」

「うん、見えるよ」

「彩、念のため確認だ。見えた人の特徴を言ってくれ。どんな人に見える?」

「・・・科学者?と、芸人さん?」

「正解だ」

「え、俺、どっち?」

「ふぉっふぉ。芸人に決まってるだろうが」

「正解だ。じゃあ、彩。今度は頭の上、二メートル地点に立ってくれ」

 スカートの裾を揺らし、彩は後ろ向きで裁から遠ざかった。


「彩、おそらくまだ見えるだろう?そこから十センチずつ遠ざかってくれ。二人が見えなくなったら、止まってくれないか」

 父に言われたとおりに、十センチという小さな歩幅で離れる彩。

 そして彩は、ある地点で止まった。

「二メートル九十か・・・予想どおりだな」

 その距離は、裁のみぞおちからの数字。

 身長一六七センチである裁の、現時点のからだの端である頭のてっぺんからの距離は、二メートル六センチ。

 つまり、裁のからだから二メートル離れることで、体質の影響が無くなったということだ。


「じゃあ、次は逆だ。彩、今度は災の足の方に立ってくれ。そうだな、まずは一メートル地点だ」

 足先からは十センチのその距離に立った彩は、当然だが、『見える』と答えた。

「また、十センチ刻みでゆっくり遠ざかってくれ」

 おそらく、先程と同様に二メートル九十センチ地点で見えなくなるだろう。

 小刻みに後ずさりをする彩も大変だ。あと十九歩、しかも二人を見ながらの作業なのだ。

 足音をカウントし始めると、だが、たったの三歩目でその歩みが止まったことに気づいた。

 

「・・・見えなくなったよ?ここは・・・一メートル二十センチだね」

「え?からだの端、足の先からはまだ三十センチしか離れていないのに・・・え、もしかして?」

「ああ。災、君のその体質、何かのエネルギーあるいは粒子が発されていると推測されたな?そしてその発生源だが。からだ全体なのか、あるいは一部分なのか。でも、なんとなくだが、何かを発するのなら、目、鼻、口あたりが怪しいだろう?」

「なるほど・・・彩ちゃんが立っている位置は、僕の顔の位置からは二メートルとちょっと離れている・・・」

「これで、わかったね。君の顔から二メートル離れると、体質の影響が無くなる。じゃあ次は、顔のどの部位が発生源かを調べたいのだが・・・」

「ふぉっふぉ。そもそも、サイP少年から何が発されているかがわからないからね。とりあえず顔のいろいろな部分を覆えるものをたくさん用意してみたよ。ついでにどんな素材で覆えば封じ込めることができるかも検証しよう。どれ、まずは立ってくれ」

 

 もう立っても良いと言われた裁。だが、裁は目を閉じて、あることを考えていた。

 お泊まり会、スイカ割りで発覚した、新たな能力のことだった。

 目を閉じると、周囲五メートルの範囲にいる人の存在を関知することができる。それは距離が近いほど、真っ白ではあるが、姿形もはっきりと捉えることができる。

 いまいち使いどころが見つからないこの能力のことは、すっかり忘れていたし、結局、天照奈あてなと紫乃以外の人には言っていなかった。

 だが、なぜ『目を閉じる』ことで見えるのか。

 もしかすると、自分から発せられているという何かの発生源は、『目』なのでは?

 人に影響を及ぼす何かが内に封じ込められることで、代わりにこの『見える』という能力が発現されるのではないだろうか。


 裁は、まずはこのことをみんなに、大人たちに話してみよう。

 そう思い、まずは目を開けようとしたそのときだった。

「あの・・・見えなくなったんですけど・・・」

 彩の声で、そう聞こえたのだ。

 裁は目を開けて、そしてからだを半分起こして彩を見た。


「あれ?また見えるようになった・・・?」

「ん?どういうことだ?」

「あの、わたし、さいにぃに一歩近づいて、二人がまた見えてたの。でも・・・なんか、見えなくなって・・・そしたらまた見えるようになった」

 祖父は、隣にいる雛賀のじいさんと目を合わせて、不思議そうな顔をしていた。

「サイPくん、何か特別なことをしたという自覚はあるかな?」

「いや、何も・・・」

 そう答えつつ、だが、すぐに思い当たることが頭を過った。

 そうだ、

「目を、閉じていました」

 目を閉じて、みんなの気配を感知しながら、考えていたのだ。


「なん、だと・・・?まさか、発生源は・・・しかも、そんなことで封じ込められるというのか!?」

「サイPくん、目を閉じてくれ。彩くん、またわたしとセイギが見えるかどうか教えてくれ。天照奈、サイPくんのすぐ近くに行ってくれ。紫乃くん、このシールを天照奈に貼れるか試すんだ」

 雛賀のじいさんの指示のもと、四人がそれぞれ動いた。

「見えません」

「貼れません!念のためお胸を揉んでみましたが、ダメです!」

「サイPくん、目を開けてくれ!」

「見えます!」

「きゃっ!」

「揉めた、ということか・・・」




 周囲二メートルの人間に影響を及ぼす、裁の体質。

 そしてそのイメージは、周囲二メートルに微細な粒子が漂っており、その粒子に触れること。あるいは、裁から周囲二メートルの範囲で発せられるエネルギーに触れる、と考えられた。

 今、その発生源、そして封じ込める方法が一気に判明した。


「良かったな、裁!お前、目を閉じてれば普通に生活できるぞ!」

「目を閉じたら普通に生活できないよね!?」

「でも、裁くん。もしかして、目を閉じて見えるその能力って、まさかそのための・・・?」

「ん?なんだ、その能力?」

 裁は、新たに判明したその使いどころの無い能力について、みんなに話した。

 そう、天照奈の言うとおりかもしれない。

 目を閉じて、裁の体質は周囲に影響しなくなる。その代わりに、視覚を失う。

 だが、目を閉じても人を感知できるこの能力・・・


「でも、感知できるのは人だけで、物は見えないんだ」

「目を閉じて普通に生活するのは難しい。でも、人に影響を及ぼさないように生活することはできる、ということか」

「そう、ですね。例えば道を歩いていて、誰かとすれ違うときに目を閉じる。人を感知できるから、ぶつからないように普通にすれ違って、しかも普通にすれ違っても・・・近づいても、その人からは何も発現されない」

「すれ違う間だけ目を閉じれば良いんだね。でも、人が多すぎるところだと難しいね」

「うん・・・でも、なんだろう、できることが増えたような・・・人に迷惑をかけないで済む気がして、すごく嬉しいよ!」


「でも、水を差すようで悪いですが。目を閉じることで、わたしたちの体質を無効化することもできなくなるんですよね・・・」

「紫乃ちゃん・・・そうだね。僕は、できるだけ人の役に立ちたい。それに、この体質を使うことで、悪に立ち向かうって決めたんだ」

「結局は、使いどころを見極める、で変わりないか。わかった。基本はこれまでどおり変わらずだな。裁自身、そして友達で、その使いどころは考えてくれ。本来の『悪に立ち向かう』は俺たち大人に任せろ」


「よし、いろいろとわかったが、じゃあ、検証を続けても良いか?発生源は『目』で、目を閉じれば封じ込めることがわかった。

 でも、目を閉じる以外に封じ込められるかどうかも知っておくべきだろ?ちょっとした眼鏡をかけるとか、それだけで封じ込められたら、それこそ普通に生活できるんじゃないか?」

「そ、そうですね・・・はっ、もしかして、一人で電車にも乗れる!?」

「逆に、体質を無効化してほしいときにだけ解放してもらえば良いんですもんね。でも、そんなのわかったらサイくん、なんだか特殊組から一抜けしたみたいでズルくないですか?」

「いや、紫乃ちゃんが肌を覆うのと同じだよね?無くなるわけじゃないんだから」



 普通の人たちの普通を奪うこの体質。

 特殊な体質を持つ人間に普通を与えることができるこの体質。


 人から普通を与えてもらうことはできない。

 それでも、普通を感じさせてくれる人がいる。友達がいる。


 突如判明した、普通になるための方法。

 とても簡単なこと。それはただ、目を閉じるだけ。


 でもそれは、見たくないものを見ない。そんな行為ではないだろうか?

 責任から目を背けるだけの行為なのではないか?


 笑顔で喜んでくれるみんなを見ながら、裁は、そんなことを考えてしまっていた。

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