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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
感傷と少女と検証と
181/242

181話 天照台彩

 ドアが四十度ほど開くと、父が姿を覗かせた。

あや、突然すまないな」

 そう言いながら、一人、部屋の中へと入ってきた。

 ドアを開け放したままということは、廊下に誰かがいるのだろう。

「事前に聞いてたから、突然ではないけど・・・誰が来てるの?」

「ああ、とりあえず・・・三人とも、関係者だ」

「・・・三人?」

「そうだ。まぁ、会えばわかる」


 父、というか天照台家の男どもは、いつもそう言う。

 『見ればわかる』『会えばわかる』

 見ないと、会わないとわからないから不安なんでしょうが!

 と、いつもいつも思うだが、当の本人たちはサプライズなのか、そのときの自然な反応を重要視しているのか、大事な事を前もって言わないのだ。

 ドアの隙間は、自分の方を向いていないため、廊下にいるであろう人物の姿は見えない。


「ところでお前、その格好・・・」

「え?いつもの普段着だけど?」

「・・・まぁ、いいか。あの子と趣味が合いそうだし・・・」

 え?この格好何か変なの?

 不安要素が追加された彩には構わずに、父は隙間に向かって呼びかけた。

さい以外の三人、中に入ってくれ」

 ん?サイって誰?それに、三人じゃないの?


 父の呼びかけで入室した三人。

 一人はその服装から、母であると推測できた。そしてもう一人、こちらも身に付けているものしか見えないが、おそらく中年の女性だろう。

 そしてもう一人は、女の子だった。おそらくあにさまと同い年くらい、高校生だろう。

 彩は、これまでにテレビや雑誌で、一般的にどんな容姿が美少女と呼ばれるかを把握していた。

 目の前に現れたのは、まさに美少女だった。

 日本一の美少女を問われたら、彩は、国民的美少女と謳われるアケビフルーティエイトの紫音しおんだと即答する。

 だが、目の前の美少女を見てしまった今、その答えは変わった。

 今後は、『紫音』、そしてこの目の前の美少女と答えるだろう。


 目の前の美少女はまるで・・・そう、美術館に飾られるような、国宝級の美少女だ。

 神々しい雰囲気を纏ったその美少女だが、今最も重要なこと。それは、その美少女が『見える』ということだ。

 父が関係者だと言っていたから、おそらく一族の、西望寺さいぼうじ家か東條とうじょう家の人間なのだろう。

 

 そして、見えない一人はその母親だろうか。

 三人を見て、彩はそんなことを思い、そしてすぐに新たな考えが生まれた。

 ドアの向こう側に、もう一人、関係者がいる。一度に入らせないと言うことは、父はきっと、勿体ぶっているのだろう。

 それ即ちアレじゃない?亡くなったお兄さまの子供じゃない?

 目の前の美少女のことも激しく気になるが、ドアの隙間も注視したい彩。

 だが、ドアが開いていて、しかも『さい』と呼ばれるもう一人がそこにいる以上、確実に入ってくるのだ。

 ひとまずは美少女を見ることにしよう。おそらく、美少女もわたしのことを見ているだろう、そう思った。


 だが、美少女とは目が合わず、その目線は自分のお腹のあたりを見ていることがわかった。

 あ、そうか、この人、わたしのTシャツを見てるんだ。

 それに気付いた瞬間だった。


「それ、最近出たコラボTシャツだよね!?もしかして、そのアニメ好きなの?」

 美少女は目を輝かせ、いきなりそう聞いてきた。

「えっと、え?好きですけど・・・え?」

「わたしも大好きなの!わたしもね、そのTシャツ買いたかったんだけど、サイズが無かったの。でね、お店の人に聞いたら、小学校低学年向けなんだって!・・・わたしの好みって幼稚みたいなんだよね・・・ショック!」

「え、それ、わたしの好みも幼稚って言ってますよね!?」


 人の感情や表情を学ぶために見始めたアニメだったが、今は普通に好き好んで見るようになっていた。

 特にこのTシャツにプリントされているアニメキャラが大好きで、先日ネットで購入したものだった。

 平均より少しだけ高い身長の自分でも、たしかに一番大きいサイズでギリギリだった。

 とはいえ、まさか小学校低学年向けのアニメだったとは。


 それよりもこの美少女、アニメ好きなの?見た目とのギャップが凄すぎるんですけど?でも・・・ああ、なんだろう。この人と話したい。お近づきになりたい。あ、すごい遠いけど親戚ってことで、一緒にお風呂に入れるのでは?しかも、こっちは同性だし。



「んんっ。アニメの話は後でゆっくりしてくれ。では、紹介をしようと思うんだが、そうだな。まずは見える方から。

 この子は『雛賀ひなが天照奈あてな』だ。わたしの同僚の娘さんでね、この子のお母さんが東條家の人間だ」

 あてな・・・なんて、神々しい見た目にピッタリな名前だろうか。どんな漢字をあてるのだろう。それともカタカナだろうか。

「そして、見えない二人だが。一人はわかるだろうが、母さんだ。そしてもう一人が・・・」

「初めましてぇ!サイババ二号です!」

 空中に浮いた服が大きく動き、元気の良い声で謎の挨拶が聞こえてきた。

 そしてその声のすぐ後に、

「いや、それだとまずサイババの説明がいるよね!?」

 小気味の良いつっこみとともに、ドアの隙間からもう一人が姿を現した。

 

 その瞬間、彩の視覚と思考は、アニメ好き美少女と謎のサイババ二号に占領されていた。

 だから、突如入って来たその一人に意識を向けるまでには、コンマ一秒もの時間を要してしまった。

 そしてコンマ一秒後、彩の時間は止まった。




――「くっ・・・セイギがいないのに、こんなに計画どおりにいかないとは。まぁ、仕方が無いか。

 彩、紹介しよう。あぁ、おそらく一目で気付いただろうがね。お前のもう一人の兄、瑞輝みずきの息子の、黒木くろきさいだ。

 ・・・って、大丈夫かお前?すごい顔してるぞ!?」

 祖父が心配するその目線の先で、彩は目と口を稼働限界まで開いた表情で、さいを見つめていた。

「・・・ああ、そうか。たしかにそっくりだからな。もしかすると死んだはずの兄が転生でもしたと思ったか?お前、転生ものアニメ好きだもんな」

「えっ!彩ちゃん、転生ものも好きなの!?」

「天照奈くん・・・すまん、スイッチを押したわたしが悪かった。・・・彩、いろいろと訳がわからないと思うが・・・自己紹介をしなさい」


 祖父のその言葉が耳に届いたのか、彩はようやく開いた口を閉じた。

 そして、生き返った人を見るような、信じられないものを見るような目つきも無くなった。

 そこに現れたのは、無表情で、凜とした、一人の少女だった。

 そんな彩を見て、天照奈も我に返り、そして、

 『やっぱり、どこか裁くんと似てるんだよね・・・』そう感じていた。

 顔のパーツはどれも全く異なり、つくりで言えば皇輝に近い。だが、その瞳だろうか。どことなく裁を感じるのだ。

 『わたし、この子好きだわ。好みも合いそうだし』

 アニメスイッチと一緒に、裁スイッチにも触れるその少女を見て、天照奈は、強く思った。


「・・・天照台彩です。アニメが好きなのは事実ですが、人の表情と感情を学ぶための参考書のようなものです。趣味ではなく手段だと思ってください」

「え?じゃ、じゃあ、彩ちゃん。趣味は?」

 心の声を聞かれたのか、不意に壁をつくられてしまった天照奈。

 自分からアニメをとったら、あとは妄想しか残らない。

 アニメのTシャツを着ながらもクールな表情で否定する彩に、食い下がるような気持ちで質問をした。

「も・・・べ、勉強です」

 『も?』何かを言い掛けたことが気になったが、少なくともその回答に、裁が目を輝かせるのが見えた。



「彩、急に悪かったな。そして、災、天照奈くん、美守さんも。・・・この場を設けたのには理由があるんだが。そうだな、彩、ここにいる五人のうち、見えるのは誰だ?」

「・・・お父さん。あと・・・『ひながあてな』と、『くろきさい』」

 ぶっきらぼうにフルネームで言い放った彩。

 きっと、『なんでこんな訳のわからない状況で、こんなことを答えなくてはいけないのか』と、機嫌を損ねているのだろう。

 机の上には参考書が広げられているし、きっと、勉強をしていたのだから。

 と、裁は同じ趣味を持つという彩の心情を察した。


「じゃあ、見えないのは?」

 そんな彩には構う様子も無く、祖父は質問を続ける。

「・・・お母さんと、サイババ二号さんです」

「さ、サイババ・・・この子、やるわね!」

 母の言う『やる』とは何のことかわからないが、それよりもわからないのは、祖父の質問だった。

「・・・そんなことより、どういうことですか?見える、見えないって・・・?」

「文字どおりだが?」

「嘘でしょ・・・?じゃあ、それなら、見えるのって・・・」

「もしかして、特殊な体質の人しか見えない体質ってことですか?」

「・・・あぁ。これには本当に参ったよ。寿命に限りがある体質でないことには安心したがね。なんて体質を持って生まれてしまったんだ・・・」

「ほんと、やらかしたわよね」

「超絶体質製造機・・・セイギにはそう言われたよ」

「うちのお父さんは透明人間扱いしてください。姿も、言葉も」



「・・・災くん。お願いがあるんだ・・・彩に、近づいてくれないか?」

「あの・・・見えないのは、肉眼だけですか?」

「ああ、そうだ」

「今まで、普通の体質の人を・・・お母さんの姿を、肉眼で見ることができなかった・・・?」

「ああ、そうだ・・・」

 本当に、何という体質を持って生まれたのだろう。

 特殊な体質の人間だけが見えるなど、何のメリットも無いではないか。

 せめて逆だったなら、どんなに良かったことか。

 果たして、この子のこれまでの人生、我慢などという言葉で片付けて良いものだろうか。


 三メートル先に佇む少女を見て、掛ける言葉が思い浮かばなかった。

 だが裁は、祖父、そして祖母の思いを受け取り、自分に出来ることは、『この体質を使うこと』『普通を与えること』そう思い、彩に近づくことを決めた。

 だが、一歩踏み出したところで、

「え、うそ・・・」

 彩は二歩後ろに下がった。

「どうしたんだ?災は幽霊でもサイクロプスでもないぞ?」

「そ、それはわかるよ・・・ん?サイクロプスって何?・・・そうじゃなくて、何で近づく必要があるの?」

「・・・近づけばわかる」

「いや、近づかないとわからないから不安なんでしょうが!それに、わたし、心の準備が・・・」

「心の準備?お前、もしかして予想できているのか?」

「え?何を?いや・・・うん。わからないけど、わかったよ。じゃあ、近づいて良いんだね?」


「ああ。じゃあ災、近づいてくれ」

 彩も覚悟を決めたのか、一つ大きく深呼吸をすると、凜とした表情に戻った。

 そして、猫のような、ぱっちりとしたその目で、裁をじっと見つめた。

 ゆっくりと彩に近づく裁。

 彩は、後ずさりはしないものの、ひどく緊張しているのがわかる。

 二メートル、一.五メートル。

 そこで、彩の表情が変わった。いや、彩が見ているものが、裁ではない何かに変わったのだ。

 もはや、裁が近づいていることなど忘れているかのように、彩はまた口を開け、その何かを見つめていた。


 そして、

「う・・・そ・・・え?・・・何、で?お母、さん・・・?」

 裁が一メートルの距離に近づいたところで、彩はその場に膝を付き、両手を口に当てた。

「・・・見え、る・・・見える、よ?・・・お母、さん・・・お母さんが、見える・・・見えるよ?」

 震える声で、彩はそう言った。

 その目にはすぐに涙が溢れ、そして、流れ落ちた。

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