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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
感傷と少女と検証と
177/242

177話 おじいさん

 八月十日、火曜日。

 黒木くろきさいは、いつもと同じ六時ちょうどに目覚まし時計に起こされた。

 たった二日ぶりだったが、一人で迎えた朝に少しながら寂しさを感じてしまい、苦笑する。

 起き上がると背筋を思い切り伸ばし、顔を洗うために洗面所へと向かった。

 廊下を歩いてすぐに、リビングへと続くドアのガラス部分から、日の光が射し込んでいるのに気が付いた。

 昨日は二十一時半過ぎに帰宅したことから、カーテンを開けていなかったはずだった。そこにいるのは天照奈あてなで間違いないはずだが、それにしても時間が早すぎる気がする。

 洗面所で急ぎ顔を洗うと、タオルで拭きながらリビングのドアを開けた。


 部屋に入ってすぐに、右手にあるキッチンから小さな物音と、人の気配を感じた。

 そこにいたのは、やはり天照奈だった。

「おはよう。どうしたの?早いね」

「うん。いつもより早く起きちゃって。・・・今日、お昼はここで食べていくでしょ?だから、下準備でもしておこうかなって。美守みもりさんに料理出すのも久しぶりだしね」

 今日は裁の母、美守が十時頃にアパートにやってくる予定だった。午前中に美守の用事を済ませて、昼食をとったら一緒に帰る予定なのだ。

 ただ実家に帰ることしか考えていなかった裁は、昼食のことまで気にしてくれていた天照奈に、申し訳ない気持ちを抱いた。


「そっか・・・いつもありがとね。僕なんて結局、天照奈ちゃんには何も出来てないのに」

「ふふっ。気にしなくて良いんだよ。それに、裁くんが何かできるときって、わたしの身に何か起きた時なんだから。無いのが一番だしね」

「うん・・・でもさ、その何かって、たぶん僕が」

「裁くん一人の責任じゃないよ。わたしも原因の一つかもしれない。・・・あぁ、そういえば。ほら、わたし最近、紫乃ちゃんに『フラグ立てないでください』って言われるでしょ?」

「うん、直近の買い物で二連続、しかも実際に何か起きたね」

「うん。後付けなんだけど、二回とも、根拠無く言ってた訳じゃないの」

「・・・もしかして、何か予感がした?」

「うん。何が起こるかわかるっていうか・・・ただ、何か起きそうだなって、ビビってくる感じ?」

「その、起こる何かの大きさとかは感じた?」

「うーん、それは感じなかったかな」

「そっか・・・」


 天照奈が、自分と同じような感覚を持っていたことに驚いた裁。

 そして、自分も似たような感覚だが、なんとなくだがその大きさも感じていたのだった。

 裁は、天照奈と同様にこれまで二回感じた、その感覚のことを話した。


「・・・それ、わたしより高機能だね」

「でもね、これまでの二回とも、天照奈ちゃんがフラグを立てた直後に感じたものだったんだ・・・」

「なるほど。わたしの感覚の続きみたいなものか・・・なんだか二人の共同作業みたいだね!」

 なんとなく言った天照奈は、すぐにその言葉の重みを理解し、赤面した。

 『初めての共同作業!?・・・いや、悪に立ち向かう裁くんに協力すると決めた時点で共同作業なわけだから・・・このままいくと、ケーキ入刀は何回目の共同作業?って、何考えてるのわたし!?』

 そんな天照奈の激しい妄想には全く気付くことのない裁。

「とにかく、天照奈ちゃんが次にまた何かを感じたら教えて?」

「う、うん。きょ、共同作業なのか確かめないとね」

「共同っていうか・・・連携作業って感じだよね!」

「そ、そうですね・・・」



 簡単な朝食を済ませると、裁は、昼食の仕込みを継続する天照奈を視界に捉えながら、リビングで勉強をしていた。

 たまに天照奈との会話をしていると、時刻は十時五分を迎え、部屋のインターホンが鳴った。

 二人で玄関に迎えに行くと、そこには美守一人の姿があった。

「あれ、本当にお母さんだけなんだ」

「そうなの。正義さん、最後まで諦めなかったんだけどね、やっぱり仕事休めなかったの」

「そっか。じゃあ、今日は何も起きないね!それに、もともと今日はお母さんの用事だもんね」

「うん。この前、姉さんの話を聞いて、どうしても見たいと思ったんだ」

「うん。僕もだよ。でも、今もあるの?あの小学校」

「ふふっ。正義さんが上司・・・裁のおじいさんに聞いてくれたんだよ。今も天照台家が管理してて、ちゃんとあるんだって。それに、古くて雰囲気があるから、映画とかの撮影にも使われるんだってさ!」

「へぇ!・・・えっと、もしかして今日、おじいさんも・・・?」

「そうなの!立ち会ってくれるんだって。暇なのかな?」

「善意じゃないの!?」


 美守は、二人を迎えに来るついでに、姉が最後に勤務していた小学校を見ることを望んでいた。

 裁も、動画で見ただけの本当の両親が過ごしたという小学校には興味があった。

 そしてそれは、部外者である天照奈にとっても同じだった。天照台家の血を引く者として、というのは言い訳で、本当の両親の軌跡を辿る裁に、ただ立ち会いたかったのだった。



 美守の運転で天照台高校方面に向かうと、高校、そして天照台家を通り過ぎた。

 片側二車線あった道路が一車線になり、景色もすっかり山間部のそれになると、約五分で目的地の小学校に到着した。

 校門は開かれており、狭い校庭には黒塗りの車が一台停車していた。

 そのすぐ横に車をつけ、中を見ると、誰も乗っていなかった。

 既に校舎に入っているのだろう。そう思い、三人は、正面玄関から中へと入った。


 玄関でスリッパに履き替えると、入ってすぐ右手にある職員室を通り過ぎ、突き当たりを左に曲がった。

 廊下の先には教室が二つあり、手前の教室の後ろの引き戸が開いていたため、美守を先頭にその教室に入る。


 三人の気配を感じていたのか、こちらを向いて立っていた男性と、すぐに目が合った。

「おお、来たね」

 裁の祖父は、先日の集まりのときと同様、真夏にも関わらず上下スーツ姿だった。

「お忙しいところ申し訳ありません」

「何、良いんだよ。くくっ、暇人だからな」

「あら、聞こえてました?」

「いや、アパートからここまではさすがに聞こえないよね!?」

「・・・やはり姉妹だね。よく似ているよ。ここで初めて美琴さんに会ったときのことを思い出す・・・」

「姉さん、わたしより少し美人でしたからね。忘れられないのも無理はありません。だからって、わたしは人妻ですからね?」

「見た目というか・・・え?美琴さんに似てるけど、セイギ要素も強いの?これ、話進まないやつ?」

「うふふっ。良いとこ取りってやつですね!」


 『セイギ要素は良いところか?』

 三人は同じことを思ったが何も言わなかった。


 教室の黒板には、未だに『日直、天童瑞輝』という文字が残されていた。

「日直というか、年直ですよね」

「・・・本当に、美琴さんには礼を言っても言い切れないほどの恩があるよ・・・」

「代わりにわたしたちに返してくれても良いんですよ?・・・なんて。わかってます。ずっと裁を見守ってくれているのは」

「・・・くくっ。わたしにできることなんて限られているがね。少なくともセイギのお守りは任せてくれ」

「それが一番大変そうですね!あなたがいなければ正義さん、とっくに職を失っているでしょうから」

「はははっ!あれはあれで、優秀なんだぞ?人望だってある。もう少し空気を読めれば最高なんだが」

「それができていたら、何もかも今とは状況が変わっていたでしょうね」

「・・・そうだな。瑞輝と、美琴さんとも出会っていなかったかもしれないな・・・」



 その後はゆっくりと時間をかけ、教室での授業風景を思い浮かべ、職員室前では後頭部トスッの光景を思い浮かべた。

「あとは、どうする?・・・うちの、瑞輝の部屋でも見るか?」

「て、天照台家に入れるのですか!?」

「ああ、もちろん。あの部屋は今は誰も使っていない。ああ、でも瑞輝の後は、ついこの前まで皇輝が使っていたけどな」


 母と祖父の会話をずっと黙って見ていた裁だったが、天照台家のことには興味があった。

「そういえば天照台家って、今は皇輝くんしか子供がいないのですか?」

「・・・くくっ。恥ずかしい話だがね、やはり特殊な体質を持つことがほぼ確定する中で、子だくさんってのはちょっとね。しかも、瑞輝の件はやはり堪えたよ・・・」

「希望をつなぐ・・・言うのは簡単ですけど、やっぱり子供のことを考えると・・・」

「・・・でもね、さいくん。君の存在はやはり大きい。君の体質は、特殊な体質の人間に普通を与えてくれる。まさに、天照台一族にとって、君は救世主なような存在なんだ」

「でも、近づいて、しかも近づいてる間だけ無効化するだけですけど・・・」

「ものすごいことじゃないか。たとえ大きなデメリットを持っていたとしても・・・君に近づいている間だけだとしても。君がいる、その存在がどんなに心強いことか」


 天照奈も、微笑みながら大きく頷いてくれた。

 人に褒められ慣れていない裁は、複雑な表情で、だが嬉しく思い、照れ笑いをした。

「くくっ。息子・・・あぁ、校長がね、あと三人はつくるか!って意気込んでたな」

「あら、お若いこと!」

「あれで、まだ三十五歳だからな。奥さんも同い年だし」

「思ったんですけど、天照台家に嫁ぐ人って、どんな人なんです?ああ、お婿さんもあるかもしれませんが。あと・・・」

「ああ、天照台家のことをどこまで知っているかは・・・美守さんと同じくらいだろう」

「特殊な体質の子供が生まれる可能性がある・・・それくらいしか知りません。あと、都市伝説クラスの謎な一族、ですかね!」

「そうだな。まあ、ほとんどは天照台高校の卒業生だよ。天照台家の子供は例外無く通うからね。知ってのとおり、校則などほとんど無く、恋愛も禁止されていないんだ。環境的にも、気の合う人間が見つかりやすい。君たちだって、そうだろう?」


「ぼ、僕たち?」

「ま、まだ付き合っていませんよ?」

「くくっ。そこに触れる気はないよ。ほら、きっと、生涯ずっと一緒にいられるような友達ができたんじゃないか?わたしにもそんな友達が多くいるよ」

「はい。まだ四か月ですけど・・・十五年間生きてきて、初めての友達ができました」

「わたしもです。友達ゼロ人が一気に六人になりました。・・・あ、七人か」

「これまで友達がいなかったというのは・・・それもやはり、一族の血のせいだな・・・だが、くくっ。友達ゼロ人をそんなに明るく言えるなんて、よほど良い友達ができたんだな」

「はい。機会があれば、お・・・おじ・・・おじいさんにも紹介したいです!」



 先日の集まりで初めて会った、父の上司と名乗る男性。

 その日、その男性が自分の祖父であることが突如判明した。

 本当の両親、母方の祖父母が他界している中、限られた親族。

 そしてその後、初めて会い、初めて呼び掛けるその瞬間だった。


 裁は、『おじいさん』『おじいちゃん』『おじいさま』の三択で迷っていた。

 血の繋がっていないことが明らかとなった父方の祖父のことは、『おじいちゃん』と呼んでいる。

 だが、目の前にいるのは、都市伝説とも言われる天照台家。

 その厳かな雰囲気から、『おじいさま』が最有力候補だった。あとは目の前にしてみて、その時の勢いに任せようと思っていた。

 少し照れの混じったその呼び掛けに、裁は耳が赤くなった。


 祖父は、息子とそっくりな見た目のその孫からそう呼ばれたことに、表情には出さなかったが、大きな感動を覚えていた。


 美守は、数奇な運命の中、たくましく育ったことをあらためて感じ、目頭を押さえていた。


 天照奈は、『十五歳にして初めておじいさまのことを呼ぶ瞬間に立ち会えるとは!』と、感動とともに歓喜を覚えていたのだった。

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