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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
相良武勇
176/242

176話 近づきすぎて見えないもの

 外に出たさいのからだに、じっとりとした重みを感じる生暖かい空気が纏わり付いた。

 夜空を覆う雲の隙間から、その大きな顔を覗かせる満月を見ながら、後ろ手でドアを締めると、右手前方にある階段へと歩みを進めた。

 階段の照明灯に小さな虫が数十匹群がっているのを見つつ、二階から駐車場を見回した。

 その一角、来客用のスペースに、黒塗りの車が停車しているのが見える。

 

 足を動かし、階段を降り始めるために、視線を車から足元に向け直した。

 すると、階段の中腹に座る、一つの黒い影の存在に気づいた。

 その影が座っている段まで降りると、一つ小さく息を吐いた。


 声をかけようと思ったが、耳が良いその影は、おそらくだがドアを開けたときから自分の存在に気付いているだろうと思った。

 だから、裁はいつもの位置。紫乃の右側に、何も言わずに座った。

 紫乃は、膝に顔を埋めながら、かすれた声で反応した。


「・・・ごめんなさい・・・ちょっと、考え事をしてただけです。今行きますから、少し・・・待ってて、ください・・・」

 明らかにいつもとは異なる沈んだ声に、

「考え事?・・・紫乃ちゃん、何かあった?」

 心配して聞き返す裁。

「うん・・・ごめんね。・・・わたし、やっぱり面倒くさいやつだね・・・」

 泣いてはいないようだが、消え入りそうなかすれた声。

 少なからず、さっきまでの楽しい一時と関係があるのだろう。裁は、紫乃の言葉の続きを待った。


「・・・二人をね、二人きりにしたい。それは、本当にそう思ってるんだ。でもね・・・そのはずなのに・・・やっぱり、わたしもその中に混ざりたい・・・そう、思っちゃうの。

 だけど、今日も二人と一緒にいたら、それが普通だって思っちゃうよね・・・離れるのが寂しいって、思うようになっちゃうよね・・・ずっと一緒が良いって、思っちゃうんだ。だから・・・だから、わたし、今日は帰らないとダメだよね・・・?」


 『あれ?もともと帰る予定だったよね?』

 天照奈あてななら間髪入れずにそう答えただろうか。

 いや、さすがにこの状況でそんな鬼のようなことを言うはずがない。

 今朝になって、急にアパートに入るためのチケット制度とやらを導入した天照奈だが、何か考えがあってのことだろう。裁は、天照奈の心情を推測してみた。

 事あるごとにアパートに来る計画、そして一緒にお風呂に入る計画を企てる紫乃。その対策の一つであることは、まず初めにわかることだ。

 それでも、裁もそうだが、紫乃と一緒にいる時間は、間違い無く他の誰と過ごすよりも楽しい。それは天照奈にとっても同じはずだ。

 

 では、天照奈が紫乃と適切な距離をとろうとする理由は何なのか。

 おそらくだが、紫乃と同じことを考えているからではないだろうか。

 だから、誰よりも優しく、相手の気持ちを考えることができる天照奈は、きっとこう考えているに違いない。

 紫乃も、天照奈の口から直接聞きたいだろう。でも、それでも、相良の母ちゃんは、『相棒が見に行った方が良い』そう言った。

 だがら、自分が言うことに何らかの意味があるのかもしれない。そう思い、裁は背伸びをせずに、思ったままのことを口にした。



「紫乃ちゃん・・・きっと、天照奈ちゃんも同じことを考えたから、チケット制なんてつくったと思うんだ。天照奈ちゃんも、もちろん僕だって、紫乃ちゃんと一緒にいる時間が楽しいし、特別だって思ってる。

 でも、ずっと一緒にいると、逆に見えなくなったり、感じられなくなることもあるのかもしれない。一時でも、離れることで気付くことがあるのかもしれない。

 そしてそれが、本当に大事なものなのかもしれない。・・・ごめん。やっぱり、僕なんかの言葉じゃ上手くは伝えられないかな・・・」


「ふふっ・・・その言葉、そっくりそのまま、まるっと返してやりますよ!」

 裁の言葉が、紫乃を少しでも照らすことができたのか。それはわからないが、つい先ほどまでと違い、声が少し明るくなったのを感じた。

 車の通りがほとんど無い、路地裏のアパートの階段。

 二人の会話の合間には、虫の声だけが静かに響いていた。



「・・・ねぇ、サイくん?」

「うん?」

「夏休みの間くらいは、良いかな・・・?」

「でも、それこそ夏休みが終わったとき、寂しさが強くなっちゃうよね?」

「・・・一夏の思い出って言うでしょ?夏だけなら、良いかなって・・・」


 『リーン、リーン』

 鈴虫の鳴き声だろうか。


 紫乃の問いに対する答えは、裁の中ではすでに決まっていた。

 だが、なぜかわからないが、鈴虫のことを考えてしまう裁。

 鈴虫って、たしか共食いするんだっけ・・・。食べられるのはオスだったかな・・・?

 でも、なんで今そんなことを考えてしまうのだろう。

 頭の中から鈴虫を追い払うとすぐに、紫乃への答えを手に取り、読み上げた。


「紫乃ちゃん・・・そうだね。わかっ」

「紫乃ちゃん、ダメだよ?」

 答え終えようとする裁の頭上から、急に天照奈の声が割って入った。

 いつの間にか外に出て、手すりから階段の二人を覗いていたようだ。

「天照奈ちゃん!?・・・ど、どこから聞いてました?」

「裁くんの、一緒にいるいないの話からだよ?」

「そ、そうですか・・・」

「・・・紫乃ちゃんの気持ちはわたしにもよくわかるよ。わたしだって、できるなら一緒にいたい」

「じゃ、じゃあ、夏休みだけでも・・・」

「気持ちはわかるけど、でもね?・・・裁くんにだけ了解をとっても仕方無いでしょ?それ、新しい策略なの?」

「ぎくっ・・・いや、サイくんのあとに天照奈ちゃんにも聞こうと・・・」


「それにね・・・やっぱり、ずっと一緒にいるっていうのはダメだと思うんだ。まず、わたしたち、自立していないでしょ?学生の本分である勉強に専念できる環境に置いてもらっているだけなの。そんなわたしたちだけのわがままだけで、そんなわたしたちが一緒にいる環境なんてつくったらいけないと思うの。

 それに、裁くんの言うとおり、ずっと一緒にいることで見えなくなる部分もあるし、見える部分もある。きっと、楽しいことだけじゃないと思うよ?

 例えば・・・紫乃ちゃんはいつも一階で、裁くんと同じ空間にいることになる。裁くん、ずっと勉強してるんだよ?紫乃ちゃん、それに付き合うの?それとも、リビングでずっとテレビでも観てる?それなら自分の家にいても変わらないよね?」

「なんかすごい早口で内容が全然入ってこないんですけど!?しかも、なんで天照奈ちゃんが一階にいないこと前提なのです!?」

「それぞれが一人で過ごす時間も大切でしょ!同じ空間って言っても、常に近くにいる訳じゃないんだよ?」

「うっ・・・わたしは、ずっとリビングでも良いですよ?勉強だって、一人でもちゃんとするし・・・せ、せめて今日だけでも・・・」

「紫乃ちゃん?わたしたち、ちゃんと繋がってるよ。離れてたっていつも一緒だよ!」


「天照奈ちゃん?一緒は一緒でも、離れてない方の一緒が良いに決まってますよね?」

「はぁ・・・わかったよ」

「!!・・・じゃ、じゃあ、今日だけでも?それとも夏休みの間・・・?」

「ううん。明日から少しの間、わたし、実家に帰るから。だから、お泊まりじゃなくて、一緒に遊ぼう?それでどう?」

「一緒に、遊ぶ・・・?」

「うん。二人でさ、どこかに行って、遊ぼうよ!」

「そう、ですね・・・そっか、近づきすぎて見えないものがありましたね。

 思えばボク、『友達と遊んでくるね!』なんて言ったことが無かったです。中学校まではもちろんだけど、高校に入ってからも、『天照奈ちゃんのアパートにお泊まりに行ってきます!』『別荘でお泊まり会してきます!』って・・・。

 ふふっ。そっか、別に、お泊まりとかお風呂で一緒じゃなくても、一緒に遊ぶだけでも良いんですよね!」


 紫乃の表情がいつもと同じように明るくなったのを見ると、天照奈は女神のように微笑み、会話を続けた。



「遊ぶなんて、言ったは良いけど・・・普通の高校生って何して遊ぶのかな?わたしも友達と遊ぶなんて初めてだから・・・」

「ふふっ!ボクも聞いたことしかありませんが。たしか、お買い物してぇ、タピオカ飲んでぇ、プリクラ撮ってぇ・・・。

 『きゃっ!気付いたらもうこんな時間!遅くなっちゃったね』

 『じゃあじゃあ、うちに泊まる?ねぇ、布団の中で恋バナしようよ!』

 『わーい!じゃあ、一緒におふ』」

「お風呂には入らないよ?なんで途中からいつもの紫乃ちゃんの妄想になってるの?」

「それはボクにもわかりません・・・計画を立てようとすると終着点が決まってしまうのですね」

「・・・何も計画を立てないで遊ぼうか?普通はそうかもしれないし」

「そうですね!行き当たりばったりを普通に楽しむ。これでいきましょう!それなら、もしもお風呂に当たっても文句は言えないですもんね!」

「・・・うん?とりあえず、部屋に戻って二人に挨拶して、今日は帰ろっか!・・・ああ、でも、わざわざ車で送ってもらうのも悪いかな・・・そんなに遠くないし、歩いて帰るよ?」

「いいえ。いくらサイクロプスと一緒でも、こんな時間に女の子を歩かせることはできません!しかも歩く災厄となんて決して歩かせません!」


「・・・ありがと。ふふっ、あのね、相良くんのお母さんってすごいんだよ?紫乃ちゃんの様子を見に行くときに、初めは裁くんが見に行くのが良いって。でもね、裁くんが出て少しくらいしたら、『天照奈ちゃん、今だよ!』って教えてくれたの!」

「まさにドンピシャなタイミングでした・・・」

「でしょ?でも・・・じゃあ、先に裁くんが来たのにも何か理由があったんだよね?・・・何か、あったの?」

「それは・・・ふふっ。すっかり忘れてました。サイくん、いたんですね!忘れてました!」

「たしかに、女子トークに混ざれなくなってたけど!?」

「ふふっ!・・・きっと、サイくんが出てきたとき、月が綺麗に見えたんじゃないですか?今日は満月らしいですよ?」

「たしかに今は、すっかり雲に隠れてるけど・・・外に出て、まず大きな月が目に入ったっけ」

「でしょ?・・・それにね、サクラちゃんみたいなことなら、ボクにもできますよ?サイくん、目を瞑って、十秒後に天照奈ちゃんを見てください。はい、十、九、八、七、六」

「五、四、三、二・・・」


 紫乃の言うとおりに、十秒後に目を開けて、天照奈を見上げた裁。

 ちょうど、雲の切れ間から月が顔を出したのだろう。

 穏やかな月の光に照らされた天照奈は、まるで女神のように、神秘的に輝いて見えた。

 それは、これまでずっと一緒だった天照奈とはまるで別人。手の届かない存在に感じられた。


 でも、

「大丈夫ですよ。いつも一緒にいるから忘れているだけ。あれは、いつもの天照奈ちゃんです。いつもの、世界で一番可愛い天照奈ちゃんです!」


 紫乃のその言葉で、裁は、思い出した。いや、気付かされたと言うべきか。


 小学校に入る直前に、いつもの施設で初めて会った女の子。

 中学校に入って三日目の放課後に話をした女の子。

 高校に入ってから、ほとんどの時間を同じ空間で過ごしている女の子。

 そして今、月明かりに照らされた、神秘的な女の子。


 その全てが、同じ女の子なのだ。 

 一時離れただけでも寂しいと感じるほど、きっと、世界で一番大好きな女の子。

 

 そう。

 いつもの、天照奈なのだ。

 『相良武勇』はこれで終わりです。

 次章は、この次の日から再開する予定です。

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