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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
相良武勇
175/242

175話 般若の面のような表情

 猛者もさの後ろ姿を心配そうな目で見送った三人。

「大丈夫でしょうか?」

「・・・警戒心も相まって、猛者感マックスだよね?」

「・・・地獄の鬼を想像してみて?鬼の形相、手には棍棒、腰巻きだけという軽装。その腰巻きに一万円札が挟まっていたとする。そんなの、誰が狙うと思う?」

 こんなときにもそれっぽい例えを繰り出す天照奈あてなに驚いていると、珍しく相良あいらが口を開いた。

「おお、相棒。一緒にあいつに近づいてくれねぇか?俺の覇気でびびらせて、母ちゃんのその猛者感ってやつを少しでも薄れさせてやるぜ?そして相棒は・・・」

「発現させる。でしょ?」

「おお!だぜ?」


 二人の作戦を知るやいなや、さいを見て頷いた天照奈は、猛者の後を追った。

 おそらく、犯行現場がよく見える位置に待機するのだろう。

 そして、紫乃はなぜか、しかもどこからか魔法使いの杖を手に持っていた。

「えっと・・・え?紫乃ちゃん?」

「ふふっ。ただの演出ですよ!」

 そう言う紫乃に手を引っ張られると、裁は相良とともに男に近づいた。

 そして、

「やーん、サイサイのエッチィ!」

 急に甲高くて可愛い声を出すと、紫乃はその杖の先端のとがっている部分で、裁の胸元を小突いた。

 乳首の中心を的確に捉えたその一撃は、裁を後ろによろけさせた。

 すぐ後ろにいたその男とぶつかりそうになった裁だったが、寸前で踏みとどまった。


「危ねえじゃねえか・・・ちっ、イチャイチャすんなら店の外でやれや!」

 男からごもっともな注意を受けると、

「やーん、ごめんなさい!ほら、サイサイ、あっちの野菜コーナーだと人気が少ないみたいだよ?あっちでイチャコラしようぜ!」

 腕を組んで男から遠ざかる二人は、男がさっきよりも大きな舌打ちをするのを聞いた。

 五メートルほど離れると、二人は振り返り、男の様子を確認した。


「・・・紫乃ちゃん、あんなことする必要あった?」

「ふふっ、見なさい。うちの小猛者ラブくんがものすごい睨みをきかせてますよ?まるで、『おお?俺っちの連れだぜ?なに舌打ちしやがってんだぜ?』って顔です!」

「明らかに言いがかりだよね!?」

「それに、ほれ。あの男、萎縮しちゃってますよ?でも、その目は・・・さっきよりもギラギラしてますね!

 柄の悪い野郎になぜか睨まれた。その鬱憤を晴らしたいことでしょう。

 そしてあの男、もともとお漏らししていた『スリ欲』が、裁くんに接近したことによってドボドボこぼれています。もう、これは見境無く盗ることでしょう!

 そしてそしてぇ?その先にいるのは大猛者サクラちゃん!ふふっ、今ならレベル九十九の猛者にでも挑むはずですよ!」


 『でもやっぱり、ただ近づくだけで良かったんじゃ?』

 そう思った裁だったが、すぐに次に自分のやるべきことを考えると、その男に背を向けた。



 天照奈は、相良の母親の斜め後ろ、約二十メートル離れた位置に立っていた。

 遠すぎるようにも思えるが、遠い分、現場を多角的に見ることができるのだ。

 先ほどの裁たちの行動を見終えると、猛者の財布に一直線に近づく男の挙動に、全力で視線を注ぎ始めた。

 男と猛者袋バッグの距離が五メートルに近づくと、男は右手を胸元に入れた。

 レベル九十九に挑む自身の精神状態を、心音で確認しているのか。あるいは指の準備運動をしているのか。

 その距離が二メートルに近づいたところで、男は胸元から右手を取りだした。

 そして、『キィィン』という小さな高い音とともに、何かを放り投げた。

 その何かは、高さ四メートルほどの放物線を描くと、猛者の右後ろ約二メートルの床に落下した。


 『キィーン、キン、キン、キキキ、カチャン・・・』


 正月っぽい音楽を背景に、何か金属のようなものが地面に当たり、回転して、そして止まる音が響いた。

 金属音が鳴り止み、そこに落ちているものを見た天照奈。

 それは、十円玉だった。

 おそらくだが、不意に音を鳴らし、硬貨に注意を惹き付けたのだろう。

 男の挙動を注視し、かつ目が極めて良い天照奈は、まんまとその硬貨に目を奪われてしまった。

 すぐに視線を男に戻すも、既に猛者の後ろを通り過ぎた後だった。

 『やられた!』そう思い悔しがろうとしたそのときだった。

 

 天照奈は見た。

 猛者が、まるで大便を一時間くらい我慢しているかのように、便意の第五波くらいが押し寄せたときのように、歯を食いしばっている鬼のような表情を。

 猛者は歯を食いしばったまま、肩に掛けていた自分のバッグの中身を確認した。

 そして、思ったとおり財布が無いことに気付くと、歯を食いしばったまま目を見開いた。

 それは、天照奈も見たことがある、まるで般若はんにゃの面のような表情だった。


 さっきの主婦の時とは違い、おそらくそれ自体が高価なため、財布ごと盗られたのだろう。

 『でも、それならお財布を盗られたって訴えれば捕まえることもできるのでは?』

 できるだけ穏便に済ませたい天照奈だったが、時既に遅かった。


「てめぇ、ゴルァ・・・」

 猛者は、歩き去ろうとするその男に、地獄の底から這って聞こえるようなうなり声を上げた。

 男は平静を装い、まさか自分のことではないよな?といった表情を浮かべて振り返った。

 だが、猛者の顔を見るなり、その平静は一気に動揺へと変わった。

「おい、あたしから盗った財布返せゴルァ」

「・・・な、な、何のことですか?さ、財布?」

「おお。一か月、おやつとパチンコを我慢して貯めた金で買った高級財布だぞ?」

「だから、何を言って・・・」

「ゴルァ!・・・ご、ご・・・五千円もしたんだからね!?」

「パチモンじゃねえか!・・・あ」


 ついつい自供つっこみをしてしまった男に、猛者が歩み寄った。

 まるで野生のライオンが飼い猫に襲いかかるようなその光景。

 天照奈は顔を手で覆い、だが指の隙間でその一部始終を見た。

 猛者は、男に歩み寄ると、何もせずに通り過ぎた。

 他の人間にはそう見えただろう。だが、天照奈の目には見えていた。

 すれ違ったその瞬間、猛者の左手が男の後頭部に一撃を与えていたのだ。

 そう、『後頭部にトスッ』である。

 天照奈の目でギリギリ追えるくらいの恐ろしく素早い手刀が、男の後頭部を、しかも的確に襲ったのだ。

 次の瞬間、男は床に膝を付き、前のめりに倒れたのだった。


 『良かった、バックドロップじゃなかった・・・』

 友達の母親が人を殺める瞬間を目にしなくて良かった。

 天照奈はホッと胸を撫で下ろすと、未だ鼻息の荒い猛者に、恐る恐る近づいたのだった。




――十八時四十分。

 相良家の食卓には、猛者がつくった大量の料理たちが並んだ。

 真っ先に『鳥の唐揚げ地獄盛り』に手を出す裁と相良のサイラブコンビ。

 赤飯を一口頬張る天照奈。

 煮物の匂いを確認する紫乃。

 本日五缶目のビールにとどめを刺す猛者。


「お・・・美味しいです!」

 息子の地獄弁当を知る紫乃は、半信半疑でその料理を口にしたが、あまりの美味しさに声を上げた。

「がはは!今日はいつもより頑張ったからね!それに、天照奈ちゃんが手伝ってくれたから、いつもの五割増しくらい旨いはずだよ!」

「いえ、わたしも勉強になりました!早速明日から試したい味付けばかりでした!」

「おお、母ちゃんの料理は最強だぜ?」

「しかし、こんな美味しいものを食べてきて、なぜあんな地獄味を生み出せるのですか?」

「お?俺は食うの専門なんだぜ?」

「いや、それでも旨い不味いはわかるでしょうが!」

「お?俺の弁当、そんなに不味かったのか?」

 唐揚げを頬張りながら首を縦に大きく何度も振る裁を見て、猛者は大声で笑った。


「がはは!こいつ、小さい頃に父ちゃんの料理食わされてたからかな。味覚も嗅覚も、旨いと思える下限値がかなり低く設定されてるんだろうね」

「おお、母ちゃんがいないときはいつも父ちゃんがつくってたからな!父ちゃんの料理、ほとんどが真っ黒だったっけ!がはは!」

「ラブくんの地獄はお父ちゃん譲りだったのですね・・・ところで、嗅覚で思い出しましたが。サクラちゃん、よく気付きましたよね?」

「スリの件かい?ああ、耳と鼻が利くって言ったんだっけ。耳が良いのは確かだよ。でも、鼻の方は『直感』って言った方が正しいかもね。

 耳で得た情報と、あとは見た目からの印象と直感で、なんとなくだけど人となりがわかるんだよ」


「なんとなく・・・?普通に的中させてましたけど・・・この人も校長先生になれるのでは?あと・・・警察とか向いてそうですね!」

「おお、お嬢。俺の母ちゃん、警察官だぜ?知らなかったのか?」

「・・・あなたから聞いてませんからね。もちろん知りませんでしたよ?だって、あなたが教えてくれなかったのですからね?」

「おお、じゃあ、聞かれなかったんだな!」

「ほんとてめぇは聞かれないと話さないんかゴルァ!」

「聞かれなくても、サイくんと天照奈ちゃんのお父さま、皇輝のおじいさまが警察官って話を聞いたら、『俺っちの母ちゃんもだぜ?』って言うのが自然な流れじゃない!?あ、あとドードーのアレも」

「おお、今思えばそうかもな!がはは!」

「・・・ていうか、ボクの周りって警察官やけに多くないですか?なんか、それも事件に巻き込まれる要因というか運命というか・・・」


「がはは!やっぱりあんたら、巻き込まれ体質だね?そうだと思ったんだよ」

「そっか、だから相良くんのお母さま・・・それで、一人で事情聴取を受けてくれたんですか?」

「おお。まあ、それもあるかな。自分が警察官ってことを言えば聴取もすぐ終わるかなってのが一番だったけどね。

 巻き込まれ体質ってことは周りに知られたくないだろ?漫画やアニメじゃないんだから、週末に外出したら事件に遭うヤバイ奴とは思われたくないだろうからね」

「・・・ありがとうございます。警察に通報しようと思ったら鬼神のような顔で止めてきたのも、そんな気遣いからだったんですね!」

「おお!・・・って、なに?あたしの顔、鬼神みたい?がはは!女神もいれば鬼神だっているわな!それに鬼神って、超かっこいいじゃん!」


 いつも爆裂に笑う相良の母ちゃん。

 これまでに出会った誰よりも強烈な母ちゃんは、誰よりも優しい、温かい人だった。

 そのときの三人の目には、母ちゃんは、超かっこいいヒーローに見えたのだった。




――二十一時ちょうど。

 十缶目のビールを絶滅させると、猛者はトイレに立った。

 それを見た天照奈は、猛者のおつまみだけを残し、食卓のお皿を流し台に運び始めた。


「わたし、洗い物しちゃうね。洗い終わったら帰ろっか」

「そうですね。親子水入らず、あと天照奈ちゃんとサイくんも、久しぶりに二人きりになりたいだろうし!」

「!?」

 明らかに動揺する二人を見て、紫乃は少し悪い顔で微笑んだ。

「じゃあ、あと十分位ですかね?駐車場で待ってる執事に伝えてきますね!」

 紫乃は、念のためフェイスシールドで頭をすっぽり覆うと、玄関のドアを開けて外へと出た。


 トイレから戻った猛者は、片付けられたテーブル、そして流しで洗い物をする天照奈の姿を見るなり、目を見開いた。

 そして、テーブルに追加のおつまみと新しい缶ビールがさりげなく置かれているのを見ると、今度は口を開き、般若のような表情が完成した。

「何この女神・・・こ、こんな子が嫁に来てくれたら・・・武勇はいらないから、こんな子が・・・」

 席に戻り缶ビールを開けると、天照奈をまるで『出来の良い嫁』のように爆裂に褒め、そして爆裂に泣き始めた。

「おお?俺がいないと嫁だってもらえないぜ?しかも、天照奈さんが俺の嫁になるわけないんだぜ?」

「うっさい!思うのは自由だろうがゴルァ!」


 缶ビールを持っていない左手で、猛者は相良の後頭部に手刀をくらわせた。

 スリを一撃で気絶させたその手刀。

 だが、全く効いていない様子で、

「お?今何かしたか?」

 と、さらに煽る息子。


 缶ビールを置くと、猛者は目にも留まらぬ早さで息子の背後をとり、そして・・・。

 裁は見た。腕を組んであぐらをかいて笑っているその状態のまま、バックドロップで床に叩き付けられる相良を。

 床で大の字になっている息子を座布団にして、猛者は缶ビールを飲むのを再開した。

 裁は、手刀とバックドロップを恐れながら、母ちゃんの泣き上戸に付き合ったのだった。



 十分後、

「じゃあ、そろそろわたしたちは帰りますね!って・・・あれ?紫乃ちゃん、戻ってこないね」

 洗い物を終えた天照奈が、疑問とともにテーブルに戻ってきた。

 ちょっと出てくると言ってから、十分も戻らない紫乃。

 だがその状況に、裁は一切嫌な予感を抱いていなかった。

 そして猛者も、

「大丈夫だよ。きっと執事さんと長話してるんだろ?ああ、もし見に行くんなら・・・相棒の方が良いかもね」

 嫌な予感は抱いていないが、他に何かを感じ取ったようだ。


 猛者の直感を信じた裁。

「・・・僕、ちょっと見てくるね」

 紫乃の様子を確認すべく、玄関のドアを開けて外へと出た。

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