174話 現行犯バックドロップしか無いよね?
十六時五十分。
目的地であるスーパーの敷地内に足を踏み入れた四人。
相良のアパートからは、徒歩と電車で約十五分の道のりだった。
ここまでの道のりを、後に、紫乃はこう表現した。
『ボクたち四人のパーティ。可愛さだけが取り柄、レベル一の見習い魔法使いマーリン。
レベル四十五、力と素早さが極めて高い、しかも魔法を使えないのに無駄に賢さも高い、武道家のラブ。
レベル五十五、力と素早さがカンストしてるけど、外に出すと何らかの災厄を招くから迂闊に馬車から出せない、一つ目巨人族のサイ。
レベル九十九、能力は未知数。神具『ヒョウ柄』と『缶ビール』により敵避けの加護を得た、最強母ちゃん。
結局、母ちゃんがいたおかげで敵とのエンカウントは一度も発生しませんでした。完』
その母ちゃんのおかげで、裁は生まれて初めて電車というものに乗ることができたのであった。
「あ、天照奈ちゃんです!おーい!」
出入り口の五〇メートル手前で、一際輝く天照奈の姿を見つけた紫乃。
大きめの声を出すと、からだいっぱいに手を振り、その存在を伝えた。
天照奈も、そんな紫乃を見つけたのか、遠くで手を振り返していた。
近づくほどにまばゆさが増すその存在を、実は一〇〇メートル手前から認識していた裁。
二人は、四月の入学式以降、授業と登下校以外の時間のほとんどを同じ空間で過ごしていた。
それが今日、猛者と紫乃という二つの外的要因により、移動する車が別々になってしまったのだ。
何とも言えないモヤモヤとした感情の末に、久しぶりにその輝きを見たことで裁が抱いた感情は、安心感だった。
『ほんの数時間離れ離れになっただけなのに・・・』
天照奈を意識する気持ちがだんだんと強くなっていることを、裁は自覚していた。そしてそれが、このお泊まり会で一層強くなったことも。
このままで良いのだろうか。このままが良いのだろうか。いずれ答えを出さなければいけない時が来るだろう。
そう思った裁だが、今この瞬間の『安心感』を噛みしめたい。
そう思い、紫乃の横で、一緒に手を振っていた。
五〇メートル先の紫乃たちに手を振った天照奈。
だが、実は二〇〇メートル先から、裁の存在を認識していた。
裁とは、ほんの数時間しか離れていないのに、天照奈はなんとも言えない孤独感を感じていた。
車中で終始絶滅していた不動堂のことは、終始気にならなかった。
太一が常に話題を振ってくれていたにも関わらず、天照奈は裁のことばかりを考えてしまい、ずっと上の空だった。
『ほんの数時間離れ離れになっただけなのに・・・』
裁を想う気持ちがだんだんと強くなっていることを、天照奈は自覚していた。そしてそれが、このお泊まり会でさらに強くなったことも。
高校に入学する前は、妄想の中で思いを募らせてきた。言わば、裁は異世界の住人だった。
だが、同じ空間で過ごすようになって、やり直しのきかない、現実世界の存在へと変わった。
このままで良いのだろうかという思いはある。だが、何かをきっかけに、この関係が壊れてしまうのでは・・・という恐れる気持ちもあったのだ。
そして、今の状況でも十分だという思いもあった。
いずれ、何かしらの答えを出さなければいけないだろう。だが、今はまだその時ではない。
天照奈は、今この瞬間に抱いている『安心感』を噛みしめたいと思い、裁に手を振っていたのであった。
五〇メートル先の天照奈に手を振る紫乃。
実は、紫乃は二人のことをずっと認識していた。
ほんの数時間離れ離れになっただけで、二人がひどく落ち込んでいたことを。
いつも隣にいる裁の様子がわかるのは当然だが、天照奈のことは、事情を知る太一から報告をもらっていた。
『上の空』
たった三文字のメッセージで、天照奈が裁を思う気持ちの強さを、あらためて知ることができた。
もしも二人に『両思い』という事実を伝えたとしたら、二人の関係はどうなるのだろうか。
おそらく、何かしらの進展は望めると思っている。
だが、悪化することは考えられないとしても、変に意識をしてしまうことで、無駄な足踏みを続けてしまう可能性も考えられた。
では、二人にとっての『進展』とは何か。
紫乃は、今の二人が望んでいるであろうことを考えてみた。
それはおそらく、『一緒にいたい』だろう。だから、ほんの少し離れただけでも寂しいという気持ちを抱くのだ。
では、その『一緒にいたい』を叶えるには?
・・・二人は気付いていないが、その思いは『すでに叶っている』と、紫乃は思っている。
そうなると、『進展』とは、登下校を一緒にするくらいのものか。いや、そうではないだろう。
二人にとっての進展、それは、『すでに叶っている』ことを認識することだろう。
運命的なもの、とある父親の陰謀などにより、二人は、いつも一緒なのだ。
ほとんどの時間を同じ空間で過ごし、そして強い運命的な何かで結ばれているのだ。
もしも二人がそのことを認識したら。
二人の望みが『一緒にいたい』からその先へと至ったときには、お互いの思いに気付くことができる、何かのきっかけを与えれば良い。
あの二人がその先に何を望むのか、紫乃にはうまく想像ができない。それが、いつになるかも。
でも、ずっと見守りたいと思った。
本当は、二人のことが大好きな紫乃は、ずっとこのままの状態が続くことを望んでいる。
大好きなサイくん、大好きな天照奈ちゃん。三人と楽しく、一緒にいられる時間。
だけど、大好きな二人が思い合うのを見るのも、幸せだと感じることができるようになった。
きっと、その先の二人の幸せを望める日もやってくるだろう。
だから今はただ、二人が抱いているであろう『安心感』を少しでも守りたい。
でも、ただ守るだけじゃなく、その存在を気付かせてあげたい。
そう思い、紫乃は一時、二人を離したのだった。
四人と合流した天照奈。
まばゆい笑顔から開口一番に出た言葉は、
「いつものスーパーだけど、今日は裁くんがいるから。ふふっ、何か起こりそうだね!」
またもフラグを立てたのだった。
「天照奈ちゃん・・・あなたの場合フラグじゃなくて予言になっちゃうから!もうっ、今日は何が起こるのですか!?ねえ、災くん!?」
裁は感じていた。
今日も何かが起こるのはたしかだろう。だが、その何かは、前回の地震と比べて小さいもの。おそらく喧嘩や万引きのような類いではないだろうか、と。
前回、女神の予言の直後に初めて感じたこの感覚。
裁は人知れず、これを『災厄センサー』と呼んでいた。
まだ反応したのが二回目であるため、もしもここでこのセンサー機能が立証されたなら、公表しようと思っていたのだった。
前回知った、サイ粒子とやらのセンサー機能があまりにも不発だったから。
五〇〇ミリリットルの缶ビールを空にした猛者は、片手でそれを握りつぶすと、出入り口脇に設置されたゴミ箱へと捨てた。
「がはは!みんな、何食べたい?おめでたいから赤飯は外せないかな?・・・って、今の子は赤飯なんて食べないか?」
「おお?母ちゃんの赤飯うんめぇんだぜ?」
「僕のうちも、何かあるたびに赤飯が出ますよ!」
「うちもです!ていうか、わたしが好きだからよくつくるだけですけど」
「え、何、天照奈ちゃんて料理もできるの?この女神、スペック高すぎない?」
「サクラちゃん、これで驚いていたらその身が持ちませんよ?」
いつの間にか相良の母親を『ちゃん付け』で呼ぶほどの仲になっている紫乃。
『ヨシヨシちゃん』との二択で迷ったらしいが、最後は呼びやすさで選んだようだ。
猛者もまんざらではないらしく、その呼び名を喜んで受け入れていた。
「じゃあ、とりあえず赤飯と・・・やっぱ、肉だな!相棒も大食らいなんだって?とりあえず赤飯十合炊いて、あとは・・・唐揚げ地獄盛りか!」
「その地獄なら、サイくんも棍棒振り回して喜びますね!」
目を輝かせるサイラブを引き連れ、猛者はドカドカと店内へ入った。
「え?なに、この店・・・正月っぽい音楽流れてない?今、真夏だよね?」
紫乃は瞬時に悟った。
『天照奈シフトだ!』と。
「天照奈ちゃん、今日買い物すること、太一に伝えました?」
「うん。ちょうど太一くんのアパートに着く直前に、裁くんからメッセージが来たからね」
「ふむ。女神降臨を即座に店長さんに知らせる。なんて仕事ができる可愛い子なのでしょう!」
「あと、よくわからないけど、太一くんの出勤時間が急に十六時半からになったんだってさ。長時間移動したばっかりなのに、大変だよね!」
「緊急動員ですか・・・サクラちゃん、うちの女神、買い物運がかなり良いんです。買いたいものを唱えるだけで、半額以下になっちゃいますよ?」
「何そのシステム!?えっと、じゃあ、赤飯と鳥の唐揚げでしょ?あと、牛と豚と、適当に草とかキノコなんかも焼いときゃ間違い無いか?」
女神一派と認識されたのか。猛者の爆裂言葉を聞くと、トランシーバーを片手に、店員と思われる数人が動いた。
そして、遠くで太一がその動きを取り仕切っているのが見える。
おそらく、先ほどの猛者の言葉、そして裁と相良の好みから今晩の献立の最適解を予測し、指示をしているのだろう。
「・・・うそでしょ?この鶏モモ肉、八割引!?この店、マジですげえや!」
お肉売り場に着くなり、猛者のテンションは爆裂に上がっていた。
「わぁ!いつもより安い!?お母さまも買い物運良いんですね!わたしも買い物しておこうっと」
『たぶん、ここ数日の女神ロスの影響ですかね・・・在庫処分に違いありません』
紫乃はそんなことを思いつつ、楽しそうに買い物をする猛者と女神を見て苦笑いした。
だが、鳥モモ肉を五キロ取ったところで、猛者の表情が一変した。
「・・・あの男・・・やるよ?」
猛者の目は、皆がいる鶏肉コーナーの五メートル先、豚肉コーナーに向けられていた。
そこには、主婦と思われる女性が、大量に半額シールが貼られた豚肉たちを驚きの目で見ていた。
食い入るように身を乗り出すその女性の肩には、口の開いたバッグが掛けられている。
そしてそのすぐ後方から、真夏なのに黒の長袖ジャケットを羽織った男性が、その女性に近づいた。
主婦の肩掛けバッグを跨ぐように豚肉を覗くその男。
だが、目当ての豚肉が無かったのか、すぐに興味を失い、女性の後ろを通り過ぎた。
裁の目には、豚肉を一瞬だけ見て、すぐに通り過ぎただけに見えた。
だが、
「誰か、見えた人いる?あたし、耳と鼻は利くけど目は良くないんだよね・・・」
何を言っているのかわからない裁は、とりあえず、隣にいるハイスペックな天照奈に目をやった。
天照奈はあごに手をやり、目を少し大きく開いて何かを考えていた。
「・・・あの男の人、女性のバッグから、お財布を取りました。そして、すぐにバッグに戻しました。戻すまでにコンマ五秒くらいの時間があったんですけど・・・こっちに背中を向けていたから、その間の行動は見えませんでした」
「何この女神ちゃん!?」
「サクラちゃん。まだまだありますから、このくらいで驚いてたら身が持ちませんよ?」
男の行動よりも、まずは女神のハイスペックに驚く猛者。
だが、財布を盗ったという事実を知ると、その目をすぐに男へと戻した。
「おお、ちょっくらバックドロップでもしてくるか?」
「挨拶代わりのバックドロップだね!って、バカかてめぇゴルァ!・・・たぶんだけど、財布を盗って、一瞬で中身を抜いたんだ。それをまた戻したんだろ?訴えても、あいつが盗ったって確証が無い・・・」
「ふむ。天照奈ちゃんの証言なら全人類が信じるでしょうが。でも、残念ながらそれは悪人を除いて、ですからね・・・」
「ふーん。じゃあ、現行犯バックドロップしか無いよね?」
「だぜ?」
「え!?この親子、そんな物騒な解決法しか持ってないの!?」
猛者は、肩に掛けていた自分のバッグから何かを取り出した。
「じゃーん!あたしのお財布ちゃん!・・・武勇の餌代、授業料などなどで、うちの家計は火の車。それでもコツコツ貯金して買った・・・高級財布だよ!」
「おお、サクラちゃん。そのブランドはボクにもわかります。高いヤツです!」
「がはは!これをほら、バッグからチラ見せすれば・・・ね?ついつい手を出しちゃうだろ?」
「おお、バッチリだぜ?」
『いや、バッチリじゃないよね?酒臭い猛者に手を出す勇者、そうはいないよね?』
そんなことを考える三人を余所に、
「よし、あの男の行く先は・・・魚売り場だね?ちょっくら盗られてくるわ!」
それだけ言うと、猛者は、まるでラスボスのような覇気を纏い、ドカドカと歩き出してしまった。