173話 爆裂音で唸る猛者
十四時五分前。空港の到着口に到着した七人。
相良の最強母ちゃんとの初対面に全員が無駄に緊張する中、裁は、ふとあることが気になった。
「相良くん、今さらだけど。みんなで押し掛けちゃって大丈夫だったかな?」
「お?そんなの絶対気にしないぜ?なんなら喜ぶぜ?だって、俺の母ちゃんなんだぜ?」
「ラブくんの母ちゃんをよく知らないから心配なんでしょうが!・・・でも、みんなでお泊まり会してたことは知ってるんでしょ?」
「おお?母ちゃんはお泊まり会のこと知らないぜ?」
「はあ?嘘でしょ!?だって、よく電話でお話するって言ってたでしょうが!」
「おお。でも、聞かれなかったからな!」
「・・・ほんと、あなたってラブくんは・・・お母さまに『聞かなくてもしゃべりなさい!』って怒られないの?」
「お?母ちゃんはそんなこと言わないんだぜ?」
「・・・寛大なのですね」
「おお。俺の母ちゃんは『おいてめぇゴルァ!聞かれたことしか答えねぇんかゴルァ!?』だぜ?」
「・・・えっと、そうですか。やっぱりそっち系でしたか・・・」
「わたしと裁くんの予想が当たりそうだね」
「ですね・・・」
相良を除く六人は、空港に向かう車中で最強母ちゃんの『見た目予想』をしていた。
『スカートを履いた相良』が二票。
『実は超美人』が一票。
『息子をはるかに上回る猛者』が二票。
『スカートを履いたサイくん』が一票。
「ねえ、紫乃ちゃんの予想はやっぱりおかしいよね?なんでスカート履いた僕なの?」
「もしかしたらサイクロプス村出身かもしれないでしょう?末裔かもしれません」
「何の!?」
皆が猛者予想で盛り上がる中、到着した飛行機の乗客が姿を現し始めた。
一人、超美人を予想した不動堂は、祈るようなポーズでその群衆を見つめていた。
「おお、母ちゃんだぜ?」
最強母ちゃんを見つけたという相良のその一言に、盛り上がっていた六人は一気に沈黙した。
相良の目線の先に、最強母ちゃんがいるのだ。
紫乃は目を凝らして、みんなが抱くイメージと比べながら、母ちゃんを探す。
「ラブくん、あの二メートルくらいある人ですか!?」
「おお、違うぜ?あれは明らかに男だぜ?さすがにもうちょい小さいぜ?」
「ラブくん、あの美少女ですか?」
「おお、違うぜ?あれは明らかに女子高生だぜ?さすがにもうちょい年上だぜ?」
「ラブくん・・・わかりません。あとあそこで目につくのはヒョウ柄のケバいおばちゃんだけですよ?」
「おお、それだぜ?母ちゃん、ヒョウ柄が好きなんだぜ?」
「!?」
相良はそのヒョウ柄のケバいおばちゃんに手を挙げて自分の存在を知らせた。
ヒョウ柄も相良に気付き手を挙げ返すと、スーツケースを引き、みんなのもとへとやってきた。
「どうもー!ヒョウ柄のケバいおばちゃんでーす!」
「ぎゃーっ!き、聞こえてました?」
「おお。母ちゃん、すげえ耳が良いんだぜ?地獄耳なんだぜ?」
「ああ、なるほど。こちらも地獄持ちでしたか」
「・・・武勇?」
「おお、なんだ母ちゃん?」
「てんめぇ・・・友達来るんなら前もって教えろやゴルァ!」
「お、おお。聞かれなかったからな」
「おいてめぇゴルァ!聞かれたことしか答えねぇんかゴルァ!?・・・って、みんなの前だからね。覚えとけよ?」
「お、おお。記憶力には自信があるんだぜ?」
「・・・ごめんなさいね、こいつこんなんだから。いつも迷惑ばっかかけてるでしょ?」
「いえ。こんなんだから、いつもとても面白いですよ?」
「がははっ!もしかしてあなた、お嬢ちゃん?」
「いえ、こんな見た目ですがお坊っちゃんですよ?」
「いや、『お嬢』ちゃん、でしょ?」
「いえ、だから、付いてますから」
「・・・お嬢、でしょ?」
「・・・はい!ラブくん・・・武勇くんにはたしかにそう呼ばれておりますわ!」
「話には聞いてたけど・・・うそっ、こんなに可愛いの!?おい、お前ゴルァ!せめて聞いたことには正確に答えろや!」
「お?『男のくせに女の子みたい』って、言ったとおりだろ?」
「女の子どころじゃねえだろ?美少女だろうが!ええ?しかも何この子、アケビフルーティエイトの紫音ちゃんに似てない?」
「はい!紫音はボクの姉です!」
「おお・・・マジ聞いてないわー!って、まぁ、みんな初対面だし。こいつの情報なんて何も無かった。・・・ってことで、遅くなりましたが。あたしは相良、武勇の母の咲良でーす!独身でーす!」
「おお、『サクラちゃん』か『ヨシヨシちゃん』って呼びたいですね・・・ではこちらはボクから。東條紫乃と申します。からだは男ですが、それ以外は女の子です!ラブ・・・武勇くんには高校の敷地内でのボディーガードをしてもらってます!」
「いつもどおりで良いよ。ラブくんって呼んでるんだろ?良い愛称つけてもらったなゴルァ!がはは」
「おお、最高の愛称だぜ?母ちゃんも愛称で呼ばれれば良いんだぜ?」
その後、母ちゃんに睨まれた順から自己紹介をする、という流れになった。
もう一人の男の娘である綱。からだもそれ以外も男なのに可愛いらしい太一。そして、次に睨み付けられた裁が名乗ると、
「あら、あなたが相棒ね?」
「は、はい。相棒の定義はいまだにわかりませんが」
「相棒の相棒は相棒だから、あたしの相棒でもある、ってことだね?」
「いや、まず、なんで息子さんが相棒なんですか!?」
「がはは!ここは聞いてたとおりの良いつっこみするね!んで・・・その横にいるのが女神ちゃん!?いつも冗談半分に聞いてたけど・・・本当なんかい!いや、予想を一億倍上回るほどの美しさだよこりゃ・・・」
「め、女神?わたしは、ただの雛賀天照奈です」
「良い名前ね!・・・でもほんと、みんな、なんでこんなやつの友達になってくれたの?みんなも慈愛心に溢れてるの?ボランティア?」
「いいえ、ヨシヨシちゃん・・・お母さま。なるべくしてなったのです!」
「・・・武勇にこんなに良い友達が・・・しかも五人も!武勇、よくやった!初めてお前を褒めてやる!」
「おお?じゃあ、本心はあんまり嬉しくないんだろ?・・・そうだ、夕飯は俺がつくってやるぜ?」
「ふざけんなてめぇコラ!またあたしを殺す気か?・・・って、こんなところでしゃべっててもなんだからさ、みんな、どっかでお茶しない?」
「猛者とですか?」
相良から聞いたとおりの素晴らしい母ちゃんであることは、誰の目にも明らかだった。
そして、予想されていた猛者感がイメージよりもはるか上であったその母ちゃんに、紫乃以外はずっと怯みっぱなしだった。
「猛者?違う、お茶だよ。ファミレスでも行こうか?ああ、それか・・・武勇のアパート行くかい?」
「猛者と、地獄に?」
「地獄?ああ、アパートの住所、寺豪区だったね」
『え、そんなそれっぽい住所だったの?』誰もがそれっぽい名前に驚き、だが、住むべくして住んでいるのだと納得した。
「ボクたちもそっち方面に帰るので、お邪魔させてもらいますわ!でも、実家に帰るツナロウ、バイトの太一もいますので、行けるのは・・・ボクとサイくんと天照奈ちゃんですね!」
『地獄行きのベルトコンベアーに乗せられた!?』チケットを持っていないのに、なぜか自分達のアパートに行くこと前提の紫乃に、地獄行きを決められてしまった裁と天照奈。
理不尽な紫乃を睨みつつも、『きっと大丈夫。母ちゃんの地獄は耳と迫力だけだ!』と信じることにした。
「じゃあ、あたしはレンタカーだから。現地集合ってことで!ほら、武勇行くよ」
指示に従い、相良は母ちゃんの荷物を肩に担いだ。
猛者たちを見送り、今後の傾向と対策を練ろうとした裁。だが次の瞬間、信じられない言葉を聞いた。
「ボクもお母さまの車にご一緒して良いですか?」
最強母ちゃんに、何か通じるものを感じたのか。
紫乃は猛者車への乗車を希望した。
それすなわち、セット販売の自分も乗せられるのだ。裁は天を仰いだ。
「おお、大歓迎だよ!コンチクショウが何にも話してくれないから、学校での話をいっぱい聞かせてよね!」
「はい!あ、ボク、特殊な体質持ちなので。サイくんとセットでお邪魔しまーす!」
意気揚々と猛者車へ向かう三人に続く裁は、何かを訴えかけるように何度も後ろを振り返った。
それを見送る三人は、たまに目が合う裁に、『ドンマイ!』と訴えた。
そして、遂に最後までその存在に触れられることの無かった不動堂は、膝を付き、絶滅していたのであった。
十六時三十分。
一足先に相良のアパートに到着した猛者組。
荷物を下ろすとすぐに、相良の母ちゃんは荷物から何かを取り出し、『プシュッ!』と何かを開け、豪快にそれを飲み始めた。
「ぷっはぁーっ!やっぱ運転の後はこれだね!運転前と運転中には絶対飲めないからね!」
「おお、母ちゃん。それちゃんと冷えてるのか?」
「はん、バカにすんなよ?あたしの荷物で重要なのは財布とこれだけだよ?ちゃんとマイナス二度だよ!がはは!」
母ちゃんにひどく似合うそれは、どうやら缶ビールのようだった。
酔いが地獄度を上げないだろうか。そんな心配をする裁の携帯電話に、天照奈からメッセージが入った。
「あ、天照奈ちゃんから。もう少しで太一くんのアパートに到着します!だってさ」
「ほお。じゃあ、太一を降ろしたらこちらに向かってもらいましょうか」
「・・・いきなり酒飲んじゃったけどさ、夕飯の買い物しないとなんだよね」
そう、猛者車の中では、相良の母ちゃんから『どうせなら夕飯をご馳走するよ!』と提案があったのだ。
さすがに母ちゃんからは地獄が生み出されないだろう。これまで得た情報からそう判断した紫乃は、『やったーっ!』と快諾したのであった。
そんな情報戦の中、一人でずっと疲れきっていた裁。
まずは、『この母ちゃん、近づいても良いの?』という問題から始まった。
レンタカーは、普通の乗用車だという。後部座席から母ちゃんまでは一メートルも無いだろう。つまり、何かしらを発現させてしまうのだ。
『大丈夫かな!?』車に向かう途中、そんな目で何度も振り返って天照奈に訴えかけたが、そのたびに『ドンマイ!』と返されたのだった。
地獄耳を持つという母ちゃんの前では、紫乃にもどうすべきかを聞けなかった。
なるようになれ。そんな思いで乗車したところから、裁の気苦労は始まった。
車中で母ちゃんから発現されたのは、『怒り』という感情だった。
息子が友達を大勢連れてきたことに対する嬉しい感情を、『なんで事前に言わねぇんだゴルァ!』という怒りの感情が上回ったらしい。
ただそれでも、嬉しいから派生した怒りだったようで、息子への愛情を強く感じるものだった。
車中では、『ゴルァ』『オルァ』という爆裂音が終始轟き、意気投合する紫乃の『ですね!』がその後に続いていた。
借りてきた猫のように『おお』しか言わない相良。
そして、借りてきたサイクロプスのように微動だにせず、ただただ紫乃の肌を守る役割を全うした裁であった。
「――おお、じゃあ太一のバイト先のスーパー行こうぜ?天照奈さんとそこで落ち合うのが良いんだぜ?」
「そうですね。電車で一駅ですし。帰りはうちの車に乗って帰りましょ!」
「よし、それなら飲みながら行けるね?じゃあ・・・出発ーっ!」
「いえーい!」
まるで息子と娘を引き連れるかのように、楽しそうに歩き出した母ちゃん。
それはそれで微笑ましい光景なのだが、裁はさらに思い悩む事象を抱いていた。
『えっと、僕、電車に乗って良いの?』
紫乃を音波から守らなくてはならない。何より、アルコールの入った母ちゃんに『僕、留守番してます』などとは言えない裁。
その体質から、これまで高校のバス以外の公共交通機関を避けてきた。
『そうか、人避けの練習、鬼レベルか』
『あ、そうか。今日、僕の災厄ポイントが貯まったんだ』
『最悪電車と並走するか・・・』
そんなことまで考えた裁。
たがそこで、裁の携帯電話が天照奈からのメッセージを受信した。
『大丈夫だよ。缶ビール片手に爆裂音で唸る猛者。誰が好き好んで近付くと思う?』
まさに女神からのお告げ。
抱いていた不安は一抹も残らずに払拭された。
ひどく頼もしい、人避け機能付き猛者の後に、軽い足取りで付いていく裁なのであった。