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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
相良武勇
171/242

171話 ダイベン作戦

 八月九日、月曜日。六時ちょうど。

 携帯電話の目覚まし機能に起こされたさいは、ベッドの中で目を閉じたまま、昨日と一昨日のことを思い返した。

 水着お披露目会、スイカ割り、女装バーベキュー、ショッピングモールでの買い物、ゲーム三昧。楽しかった思い出たちが、脳裏で舞い踊っていた。

 強盗犯、地震により日常が脅かされた思い出たちが、脳裏でバールのようなものを手に大暴れしていた。

 いろいろな出来事があったお泊まり会も、今日の午前をもって終わりを迎える。

 良かった思い出だけを棚に陳列し、嫌な思い出は段ボールに入れて押し入れに封印。そんなことができたら良いのに・・・。

 そんなことを考えると、顔を洗うため、ベッドを出ようとした。


 だがそこで、裁は自分の右半身のとある異常を感じた。

 肩から肘にかけて、温かく柔らかい何かに覆われている感触があったのだ。

 そしてそれが何なのかは、顔を右下に向けるとすぐに判明した。


 昨日の午前中、相良あいらの口から語られた過去の話。

 初めて聞いた、相良の大便以外の我慢を踏まえて、みんなであらためて不幸自慢合戦をした。相良、そしてみんなの心の距離が確実に縮まった瞬間だった。

 だが、それはそれ。

 誰も、好き好んで地獄に足を踏み入れたくないのだ。

 昨夜は、『紫乃ちゃんの安眠を守るため』などという言い訳のもと、紫乃の部屋にお世話になった裁なのだった。



 可愛い寝顔を見て、裁は小さく微笑んだ。

 部屋に置かれた二つのベッドは、それぞれのベッドの、逆の端に寝たとしても、二人が二メートル以上離れることはない。

 だから、たとえ裁が大きな声で寝つっこみをしたところで、紫乃が傷つく心配は無いのだ。ただその場合、安眠を守るという約束は果たせないが。


 これまで二度、いずれも裁のアパートでのお泊まり会だったが、紫乃と同じ部屋で寝ることがあった。

 布団を別にしていたにも関わらず、朝起きると、紫乃はいつも裁の左手にくっついて寝ていたのだ。

 紫乃が言うには、寝ている自分は何かに抱きつく習性があるらしい。

 だから、普段は抱き枕が必需品らしいのだ。

 今回もその習性で、ついつい裁の右手に抱きついているのだろう。そんなことを考え、裁はある違和感を抱いた。

 『ん?左手じゃなくて、右手?』


 裁はそこで、違和感の正体を探るべく、別のことを考えた。

 それは、並びのことだった。

 天照奈あてなと横に並ぶときはいつも自然と、裁が右側、天照奈が左側に落ち着く。

 一方で、紫乃と並ぶとき。紫乃も、いつも裁の左側に並ぶのだ。

 紫乃は言っていた。

 『わたし、誰といるときも、誰かの左側が落ち着くのです。そして、紫音はわたしと逆なんです。つまり・・・』


「わたしが左側、紫音が右側・・・か。でも、今は逆・・・」

 裁がそんなことを呟くと、

「きゃっ!呼び捨てされちゃった!」

 右下の寝顔から、元気な声が返ってきた。どうやら、起きていたようだった。

「・・・ごめん、紫乃ちゃんの言葉を思い返したら、ついつい口にしちゃって・・・」

「ううん、嬉しい!ねえ、今後もさぁ、『ちゃん付け』で呼ばなくても良いんだよ?」


「でも、僕・・・みんな、僕のこと下の名前で呼んでくれるのに、僕はいまだに『相良くん』『綱くん』なんだよね・・・あと『不動堂くん』。

 深く考えたこと無かったけど、なんでなんだろう?」

「いや、わからないけど・・・でも、じゃあ、わたしは下の名前で呼ばれるだけマシってことかな?」

「紫音ちゃんはさ、友達に『東條さん』って呼ばれたらどう思う?」

「どうって・・・それ、サイサイが『黒木くん』って呼ばれてどう思うのかと一緒だと思うけど?」

「あ、そうか。例えば、みんなが『さいくん』って呼んでくれるのに、一人だけ『黒木くん』だったら・・・うーん、人によるというか、しっくりくれば良いかな」

「ふむ。サイサイは三人を名字で呼んで、しっくりきてるの?」

「あんまり気にしたことが無いってことは、しっくりきてるんだろうね」

「じゃあ、良いんじゃない?ほら、急に下の名前で呼んだら、逆にびっくりされるかもしれないしね!

 ドードーくんなんて、『な、何かあったか?お願いごとか?』って身構えそうだし」


「うん、そうだね。なんだかすっきりしたよ。ありがとう!」

「ふふっ。・・・あと、わたしの場合だけど。中学校までは紫乃とセット販売だったからね。区別がつくように、『東條さん』じゃなくて、下の名前で呼ばれてたよ?

 ああ、そうだ・・・でもね、思い出すといまだにムカッとすることがあるの!」

「え?じゃあ、無理に思い出さなくて良いよ?」

「聞いてよぉ!どれもわたしがアイドルになる前の陰口だけどさ、『目出し帽じゃない方』『キモくない方』『可愛い方』って言われたんだよ!?」

「・・・目出し帽じゃない方、か。紫音ちゃんもつらかっただろうけど、紫乃ちゃん、耳が良いから・・・」

「・・・うん、わたしなんかよりずっとつらかったはずだよ?でもね、わたしたちはいつも一緒だったから!それに紫乃、いつも言ってたんだ。

 『そういうやつらって、逆に親切だと思いましょ?だって、「ボクちん、性格最悪なの!これが漫画なら、確実に陰口言ってるモブだよん!悪役の顔して主人公を妬むモブモブだよん!」って、ご丁寧に教えてくれてるんだよ!』

 ってさ。ああ、たしかに!って思ったよ。

 でもね、やっぱり言われた方はいまだに覚えてるからさ。アイドルになってから、モブモブが素知らぬ顔で寄って来たらさ、

 『やっほー!え?もちろん、ちゃんと覚えてるよん!目出し帽じゃない方、でーっす!』って言ってあげてるの!」


「そっか・・・紫音ちゃんたち、ほんと強いよね」

「ふふっ!でも、今の方が強いよ?だって、サイサイがいるんだもん!」

「・・・でも僕、昨日一昨日って、ほとんど役に立ってないと思うんだ。あらためて、みんなに助けられてるってことがわかっただけというか・・・」

「・・・でもね、みんなは心強いと思ってるよ?それにね、サイサイ。昨日からそんなことばっかり言ってるでしょ?それ、実は、わたしたちはちょっとだけ嬉しいの」

「・・・嬉しい?」

「うん。だって、弱音を吐いてくれるんだもん。それって、わたしたちを頼ってる証拠でしょ?一人で抱えない。自己責任にしない。みんなを頼りに思ってくれるから、そんなこと言うんだもんね!」

「紫音ちゃん・・・うん・・・ありがとう!じゃあ、また変なことを一人でうじうじ気にしてただけだったね!」

「うん。でも、それがサイサイだから。うじうじ気にしたって良いんだよ。でも、たまにみんなに相談してよね!」

「うん!じゃあ、今気にしてること、言っても良い?」

「もちろん!ふふっ・・・やーん、わたしひとりだけに言ってくれるの?」


「紫音ちゃん・・・何でここにいるの?」

「やーん、気付くの遅っ!」

「え、ちょっと・・・あれ?昨日の夜はたしかに紫乃ちゃんだったよね!?」

「ふふっ!昨日の夜、大きなお花を摘みに行ったフリしてぇ、紫乃と入れ替わったの!一昨日大人しかったのはぁ、その布石だよ!ダイベン作戦大成功!」

「大成功って・・・じゃ、じゃあ、天照奈ちゃんのところにいるのは・・・?」

「もちろん、紫乃だよん!」

「・・・大丈夫かな?」

「大丈夫でしょ?なんでかわからないけど、天照奈ちゃんの声だと傷つかないみたいだしね!」

「それだけじゃないよね?紫乃ちゃん女の子だけど、からだは男の子だよね?」

「何かが起きるってこと?」

「紫乃ちゃんも、お風呂以外では何も起こさないとは思うけど・・・」

「でも、朝だから起きやすいんじゃない?」

「・・・朝だと何か起きるの?」

「ふふっ!・・・って、サイサイ、わたしがこんなに抱きついてるのに・・・もしかして、何も起きない?」

「何か起こるの?・・・それより、大丈夫かな、天照奈ちゃん」

「・・・本当に、このサイクロプスは・・・おしゃべり機能が付いただけで、いつもの抱きサイクロプスぬいぐるみとほとんど変わらないじゃん!もうっ!」




――いつもどおり六時ちょうどに目が覚めた天照奈。

 ここ数年、目覚まし機能を使わなくても、ほぼ同じ時間、誤差三十秒以内に目が覚める謎の体質になっていた。

 ベッドで仰向けになったまま、両手を挙げて伸びをしようとすると、あることに気が付いた。

 左腕が何かに固定され、動かないのだ。

 自分の左肩あたりに顔を向けてみると、その正体はすぐに判明した。


「そっか、ふふっ・・・紫音ちゃん、可愛い寝顔・・・」

 天照奈は、以前紫乃から聞いた話を思い出していた。

 紫音はいつも、八分の一スケールのサイクロプスぬいぐるみを抱いて寝ているというのだ。

 何を基準にした八分の一なのかは不明だが、そんなグッズが販売されているのなら、わたしも欲しい。

 そんな思い出と同時に、ある疑問が生まれた。


「あれ?・・・これ、わたしに触れてるよね・・・」

 そう、紫音が触れている肩、二の腕には、人の温もりと感触があるのだ。

 『もしかすると、わたしが寝返りとかしたときに触れたのかもしれないな・・・』

 何者も天照奈に触れることはできないが、天照奈は何者にも触れることができる。

 そして、天照奈が触れているものは、天照奈に触れることができるのだ。


 ほとんど経験の無い、強く抱きしめられるような感触。

 人はこんなにも柔らかくて温かいんだな。それに、女の子だからかな・・・そんなことを考えながら、その可愛い寝顔を見て少し微笑んだ天照奈。

 しばらくはこのままでも良いかと、目を閉じようとした。

 だが、天照奈はふと思った。そしてそれを呟いた。


「たしか、紫乃ちゃんは人の左側、紫音ちゃんは右側が落ち着くって言ってたな・・・そして、わたしは左側、裁くんは右側にいるのが落ち着く・・・」

「ふむ。だとすると、ボクと天照奈ちゃんではサイくんを挟めないですね・・・」

 天照奈の呟きに、右肩の寝顔が反応した。どうやら起きていたようだった。

「わたしも紫乃ちゃんも、人の左側が落ち着くんだもんね・・・裁くんの左側にいる紫乃ちゃんの左側にわたしがいれば良いのかな・・・」

「それだとボク、裁くんの左側だけど、天照奈ちゃんの右側になっちゃいますね」

「・・・ああ、そうだよね・・・」

「仕方が無いですね。左側は天照奈ちゃんに譲ってあげます!ボクが我慢して右側にいれば解決するのです!」

「ありがとう・・・あとね、紫乃ちゃん。すごく気になっていることがあるの」

「何です?もしかして、左右じゃなくて前後の並びですか?」


「ううん。何でここにいるの?」

「ふふっ!やっぱり朝だと思考回路が弱体化して、気付くのも遅いですね!昨日の夜、トイレに行くフリをして、紫音と入れ替わったのです!

 一昨日大人しくしてたから、疑わなかったでしょ?ダイベン作戦大成功!」

「大成功って・・・はぁ。まあ、お風呂じゃないだけマシか・・・変なところ触ってないよね?」

「変なところってどこです?天照奈ちゃんについてるものは全部ボクにもついてますから、天照奈ちゃんには変なところなんて無いはずですが?」

「・・・ところで、じゃあ、紫音ちゃんは?」

「入れ替わった、と言ったはずですが?」

「・・・それ、良いの?紫乃ちゃんは男の子だけど、心が女の子だから許されるよね・・・でも・・・え!?男と女が同じ部屋で寝てるってことでしょ!?」

「おお、覚醒しましたね。でも天照奈ちゃん?一昨日、あなた、それをやろうとしてましたよね?天照奈ちゃんがそれを言うのですか?え?」

「くっ・・・で、でも・・・わたしはほら、同居人だし、餌やり担当だし、特殊体質持ちだし・・・」

「ふふっ。言い訳する天照奈ちゃんの可愛いこと。ツナロウにも見せてあげたいですね・・・って、まあ、大丈夫じゃないですか?心配しなくても、あのサイくんですよ?」

「たとえ何も起きないとしても・・・紫音ちゃんは何かを起こそうとしてるでしょ!」

「サイくんの何かを起こそうと・・・?いやいや、天照奈ちゃんが下ネタを言うわけがありませんね」


「紫乃ちゃん、わたし、あっちの部屋に行く!だから、離して!」

 天照奈は、紫乃を引き剥がそうとしたが、紫乃は左手にくっついたまま離れようとしない。

「落ち着いて下さい。絶対に大丈夫です。それに、今さら行っても遅いですよ?サイくんも六時に起きるでしょうから。

 あのサイくん、きっと今頃は紫音の存在なんか忘れて、こっちの心配をしてますよ?

 起きるのは、睡眠から目覚めるだけ。他におっきするものは何も無いでしょう!」

「わたしが行っても仕方が無い、か。はぁ・・・とりあえず顔でも洗おう・・・」

「何なら一緒に朝ぶ」

「入りません!」



 紫乃と紫音が計画したダイベン作戦。

 『大便に行くフリをして入れ替わる』

 『代弁する=入れ替わる』

 という二つの意味をかけた作戦。

 だが二人とも、『入れ替わってそれぞれの想い人と一緒に寝る』ことしか考えていなかった。

 結果、そのとおり、二人とも気持ちよく安らかに眠れただけで、それ以上のことは何も起きなかったのであった。

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