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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
自己責任ヒーロー×無責任ヒロイン
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17話 天照奈(その一)~少年との再会~

 三月十八日、水曜日。

 中学校を昨日卒業したわたしだが、いつもどおり六時に起床すると、洗面所で顔を洗い、キッチンへと向かった。

 昨晩予約していた炊飯器がお米を炊いている音がする。鮭をグリルで焼いている間、なめこの味噌汁を作った。

 鮭を一度裏返したところで、父が起きてきた。

「おはよう。今日からしばらく学校も無いんだし、ゆっくり寝ててもいいんだぞ。朝ご飯なら自分でも作れるし」

「おはよう。いいの、もう習慣になってるから」


 いつもどおり父と朝食をとると、玄関で父の出勤を見送った。

 玄関のドアが閉まると、わたしは駆け足で部屋に戻った。

 午後の準備をしなくてはならないのだ。まずは、何を準備したら良いのかを調べることにする。

 オシャレとは無縁だったわたし。小学校は通信制のため、普段会う人と言えば父の職場の人のみ。

 服装も、その職場の人の、わたしより三つ上という娘さんのお下がりで済ませていた。

 中学校では人との接触を避け、我慢の日々が続いたため、友達と呼べるような人はもちろん、休日に遊びに出ることなど無かった。

 学校では外見を無用に華美にすることが禁止されていたし、当然だがみんな制服を着ていた。

 そのため、わたしにはオシャレのお手本というか、比べる対象が全く無かったのだ。


 とりあえず、父に買ってもらったノートパソコンで『女子 オシャレ 服』と検索してみる。

 検索結果には、服、あるいはそれを着た女子がずらりと並んだ。

 流行のことなどもちろんわからず、なんなら乗り方もわからない。ここは自分の直感を信じてみよう、そう思い、流し見をしてビビッとくるモノを探した。

 すると、ある服に目が留まった。

 可愛らしいワンピースで、無地だが地味ではなく、シックな雰囲気を演出できそうだ。

 詳細をクリックしてみると、

『少し背伸びしてみよう』

『いつもと違う雰囲気に男子も注目』

 などという謳い文句。いいんじゃない?そう思って続きを読むと、

『対象年齢は十歳から十二歳』

 と書いてあった。


 あぁ……わたしのセンスは小学生止まりということなのか。


 だが落ち込んでいる暇など無い。

 気持ちを切り替えて、『女子 オシャレ 高校生』と検索してみる。

 まだ高校には入学していないが、わたしの見た目はたぶん、高校生くらいだと思っている。

 と言うのも、中学に入ってから身長の伸びが大きくなり、二年生になる頃にはクラスの女子で一番高いほどになっていた。

 整列の順番が背の順であったため、まるで(嘘の)体質に合わせ、背後を気にしない一番後ろになるために伸びたように思えた。

 顔立ちのことはよくわからないが、身長から言えば高校生の格好の方が外見に合うだろう。

 検索結果に並べられた服と女子たち。なるほど、さっきより大人っぽいものが多くなっていた。

 しばらく眺めてみることにした。

 ちなみに、たとえ朝一番で購入しても午後までに届くわけがないので、これはあくまで調査であった。


 

 昨晩実施したイメージトレーニングでは、わたしも彼も中学校の制服を着ていた。

 検索結果に表示された服をイメージの自分に重ねてみて、どんな服がしっくりくるか、それを確かめる。そして、時間に余裕があったら、近所の百貨店にでも買いに行こうと考えたのだ。


 ただ、ここで重大なことに気が付く。

 イメージのわたしを制服から着替えさせようと思ったのだが、彼がどんな服を着てくるのかがわからないのである。

 昨日中学校を卒業したのだから、制服など着てくる訳が…訳が、無い、とは言い切れないな。

 そうなのだ、彼はわたしと同じ、いや、わたしよりも辛い境遇に生きてきた。人と二メートルという距離をとってきた彼が、オシャレなどするのだろうか?

 そもそも外出に制限がある彼は、服屋などというレベルの高いところ、じゃなくて普通のお店には行けないだろうし。

 よほどあの父親が気をきかせない限り、おそらく普段着はわたしと同じく制服だろう。

 そして、彼はただ父の話を聞きにやって来るのだから、オシャレなどする気も無いだろう。

 制服だな、そう思った。


 午前八時半、わたしはノートパソコンを閉じ、決めた。


 よし、わたしも制服で行こう。


 少しくらい化粧とやらを試してみてもいいが、人生初の化粧=黒歴史となる可能性が高いので、やめた。

 わたしは昨晩に続き、お風呂に入りながら、卒業したにも関わらずなぜか制服で対面する、わたしと彼の想定問答を考えた。

 風呂から上がるといつもどおりに髪型をセットし、もう着ることはないと思っていた制服に着替える。

 そして、今朝の味噌汁の残りを一杯だけ食べた。ちゃんとした昼食をとっても良いのだが、お腹が痛くなるパターンも想定し、控えたのだった。

 正午を過ぎ、歯磨きを終えたところで父が帰ってきた。



「なんだ、制服で行くのか。まぁいいけど。準備はできたのか?」

 二時間前には準備が完了していたことは言うまでも無い。

 もちろん、心の準備以外だが。

「うん、いつでも行けるよ」

 そう答えると、父の車でいつもの実験棟に向かった。

 車の中で、父から実験棟への入館許可証を渡された。施設にはいつも父と一緒に施設に入るため、わたしは使用する機会が無かったのだが、一応、形式上作成し、年に二回更新されているものだった。

「今日も入るときは使わないだろうけど、裁少年と対面するときには首から提げてもらえないか?

 お前の名前も、漢字がわかったほうがいいだろう」


 許可証を見ると、わたしの名前と生年月日、そして顔写真が貼られていた。

 ほとんど見る機会は無いのだが、あらためてその写真を見ると、許可証には不相応な写真だと感じた。

 


 

 写真を撮ったのは半年前。

 いつもどおり、二階の部屋の白い壁を背景に、父のデジタルカメラで撮影しようとしていた。

 すると、彼の父親がたまたま、父に用事があって入室してきたのだ。

「よぉ、ゲンさん。あれ、何かの撮影中? もしかして娘さん、アイドルオーディションにでも応募するの?」

「いや、しないし。許可証の写真だよ。実際使わないけど、ほら、お前だって裁少年のを作っているだろ?」

「あぁ、そうだね、一応作ってるよ。誰も見ないからさ、いつも適当な写真撮ってるんだけど。

 今回は九〇メートル先から撮った写真を選んだよ。良い具合にぼやけてて面白いぞ。たしか前回は寝起きドッキリの写真だったかな」

 この父親の子供はなんて可哀想なんだ。そう思ったが、もちろん口には出さなかった。

「ゲンさんも、もっといい写真撮ろうよ。そうだな、渾身の変顔か、アイドルのグラビア写真風のどっちか」

 え? 二択?

「いや、普通で良くないか? あぁ……でも、わたしはこの子の笑顔が見れるならどっちでもいいかな」

 いや、二択に笑顔要素が追加されただけ? 笑顔の変顔って何?


 頭の中で激しく突っ込んでいると、二人の視線が注がれ、選択を迫られた。

 わたしの中では一択だったので、仕方なくアイドルのグラビア写真風を選択した。

「よし善は急げだ。ゲンさん、スタジオジブンに行こうぜ」

「あぁ、あのアイドルオタクの写真館か。一時間くらいで終わるなら行けるが」

 彼の父親はどこかに電話すると、

「今空いてるからすぐ撮ってくれるってさ。一時間もかからないだろう」

 何やら急な展開について行けないが、仕方なく二人について行くことにした。



 スタジオジブンに到着した。自分がやってるスタジオであることを主張したいのだろうか。ついついわたしは店に入る前からつっこんでしまった。

 中に入ると、一見普通の写真館のようだが、少し見回すとすぐにその考えが間違っていることに気付いた。

 部屋の側面に並べられた撮影用の衣装を見ると、全てがキラキラな、フリフリな、アイドルグループが着るような衣装だったのだ。

「あら、いらっしゃぁい。久しぶりじゃない、セイギちゃん」

 そう言ってでてきたのは、おそらく彼の父親と同級生くらいだろうか。角刈りにちょび髭、黒いサングラスをかけたおじさんだった。いや、おばさんか?


 いつもなら父に、

『見るんじゃない、目が汚れる』

 と言われそうなところだが、父の知り合いでもあるらしく、

「相変わらず格好だけはザ・男だな」

 と挨拶代わりにジャブを浴びせた。

「ゲンちゃんまで一緒なんて珍しい。それに、きゃーっ! なに、国宝級? 女神? まぶしすぎて目が潰れちゃうわぁ」

 そのおじさんおばさんは、目に手を当てて指の隙間からわたしを見ながら、甲高い奇声を上げた。


「セイギちゃんの話でアタシの中のハードルをマックスに上げてたけど、余裕で跳び越えたわねこの子。

 いいわ、あたしが完璧な写真を撮ったげる。お代はそうね、一万円でいいかしら?」

「おい、ちょっと高くないか?」

 相場がわからないが、父が言うのだから高いのだろう。

「当たり前じゃない、こんな目の保養にしかならない女の子の写真なんだから」

「おい、ゲンさん、安心しろ。それ、『買い取り価格」だからな」


 え?写真を撮ってもらって、お金を払うんじゃなくてもらえるの?


「娘の写真を変なことに使うのではないだろうな」

「いやぁねぇ、安心して、個人的に使うだけよ」

 それが一番怖い気もするが。

 とりあえず信用できるらしいその男おばさんに言われるまま、更衣室で衣装に着替えをさせられた。

 ピンクのフリフリを予想していたが、意外とおとなしめの白と黒、そして差し色に赤が入った衣装だった。


「ちょっとメイクしてもいい? もちろん見えるところだけだから、大丈夫でしょ?」

 という男おばさんのお願いに、わたしは、認知しての接触だから問題無いと思ったが、

「いや、娘が汚れるから、メイクはいらんよ」

 と父は拒否した。

 男おばさんは「ちょっと、ひどぉい」と言いながらも、撮影を開始した。


「何これ、フラッシュいらず? いや、逆光? でも、笑顔ほしぃなぁ」

 男おばさんが笑顔を注文してきたが、そんな簡単に出るモノでは無かった。

 中学校入学以来、我慢をし続けてきたわたしには無表情以外の表情は不要だったのだ。

「そうねぇ、何か楽しいこと、それか今一番やりたいことを思い浮かべて、それをやってる気分になってみて」

 そんなことで笑顔になるのなら……と思いながらも、わたしはあることを思い浮かべていた。

 それは、よく妄想する、いつかしてみたいこと。

 彼と手をつないで歩く自分の姿だった。もちろん、彼とは二メートル以内に近づけないけど、もしかしたら彼の父親みたいに対策を取れば可能かもしれないのだ。

 ただ手をつないで、彼の温もりを感じることが出来たら。そんな妄想をしていると、


「はぁい、いただきました。ごっつぁんです!」

 男おばさんの太い声で撮影が終了したようだ。あれ、終わったの? と思いながら父を見てみる。

 父は、

「久しぶりの笑顔だったな。母さんに似てきたよ」

 と呟きながら、何故か涙ぐんでいたのだった。




 許可証の写真には、顔と衣装の襟元だけが写っている。

 襟元だけでも、アイドル衣装感は隠せていない。そして、頭には花飾りが付いたカチューシャが付けられていた。

 いくら誰も見ないとはいえ、許可証にこれは無いだろう。万が一でも見られたら即死しそうだ。

 そして、写真のわたしの顔。満面の笑みではなく、うっすら微笑んだ顔。

 写真受け取りの時に男おばさんがつけたタイトルは

「女神の初恋」

 だった。


 思わずため息をつき、今度は名前を確認してみる。

雛賀天照奈ひながあてな

 父の言うとおり、特に『あてな』はどのような漢字があてられているかは予想できないだろう。

『あてな』ではなく『はてな?』である。

 この名前、中学のクラスメイトのひそひそ話では、

『あまてらす?』

『名前も国宝級!?』

『キラキラネームじゃない?』

『いや、キラキラというか神々しいよね』

 などと好き勝手言われていた。

 でも、わたしは自分の名前が好きだ。ギリシア神話好きの母と日本神話好きの父の共同作品らしい。

 昨日調べたが、残念ながらアテナとサイクロプスの繋がりは無さそうだった。



 十二時五十分に実験棟に到着した。

 許可証を首から提げると、正面玄関から入る。父が守衛に許可証を見せると、わたしはいつもどおり、父の「こっちは娘だ」で済まされた。

 父の後に続き、一階の大きな部屋に入った。

「十三時からだから、まだ来てないな」

 そう言いながら体重計へと歩む父を追った。


「いつもこれで裁少年の体重を計っていたんだ。服を合わせると三五〇キログラムはあったからね、一トン計れる仕様になっている」

 三五〇キログラムって……わたし七人分? 身長はたぶん同じくらいなのに。

 あぁ、父のせいでわたしの頭にサイクロプスがちらつく。

 ちなみにわたしが制服を着たまま、靴も履いたまま乗ってみると、四十九キログラムを表示した。

「二〇〇を引いているから、実際は二四九キログラムだな」

 父がぼそっと、でも聞こえるように信じられない言葉を吐いた。

「え?なに、もしかしてわたしの服も重いって事?」

 ありえない。だってわたしは日常から普通にモノに触っているから、重いことには気付くはずだ。


「なんて、セイギだったら平気で嘘をつきそうだな」

 嘘か!このオヤジは……

 そしてこんな仕打ちを日常的に平気でやられている彼に本気で同情した。

 さきほどの仕打ちに対して父に言葉のナイフを刺しながらも、出入り口には視線を向け続けていた。


 十三時になった。そろそろやってくるだろう、深呼吸をして心を落ち着かせる。

 出入り口を凝視していると、背後から、

「よぉ。ゲンさん、来たよ」

 という大きい声に思わず驚く。

 振り返ると、彼の父親が手を上げながらこちらに歩み寄ってくる。

 そしてその後ろを、同じくその大きな声に驚いた様子の彼が歩いていた。

 背後からの大声に驚いたから心臓の鼓動が早いのか。それとも……


 二人が三メートル先で立ち止まると、父からわたしの紹介がされた。


「おぉ、来たね。君たちは十年前に一回しか会っていないから、覚えていないだろう。

 紹介するよ、娘の『天照奈』だ。」


 

 まさか裏口から入ってくるとは。

 わたしのイメージトレーニング集には含まれていなかった。でも、ここから先はきっと、イメージどおりにいくことだろう。

 だって、思ったとおり、彼も制服を着てきたのだから。


 彼には素の自分を出すことが出来る。いや、彼に近づくと素の自分を出さなければならない。

 これまで我慢しか無かったわたしにとって、不安が無いとは言えなかった。


 でも、手を取り並んで歩く未来の姿、その相手役に目の前の少年を重ねて、


 わたしは、微笑んだ。

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