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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
相良武勇
168/242

168話 地震

 ショッピングモールに到着すると、突然、相良あいらが走り出した。

「お、おい!なんだあいつ、何か変なスイッチでも入っちまったか?それとも、また何かの鍛錬か?」

「ツナロウよ、気にすることはありません。大便でしょう」

「・・・待ってやらなくて良いのか?」

「いつものことです。ラブくん、鼻が利くんでしょうね。はぐれたことはありません」

「・・・」


 三階のおもちゃ売り場に着くと、みんなでできるゲームを物色した。

「みんなで割り勘するなら、ゲーム機を買っても良いんじゃないか!さいの家に置けば泊まりにも行きやすくなるだろうし!裁の部屋、娯楽ゼロなんだろ?」

「あなた、サイくんの家に出入り禁止なの忘れましたか?」

「俺、一度も行ってないのに出禁!?話で聞いただけなのに出禁!?」

「ぶふっ・・・それと、ここは東條家に払わせて下さいな。東條家というか、お父さまの顔を立てるというか。

 『友達みんな、気を遣ったのか、お父さまの軍資金を受け取ってくれませんでした。お父さま、また余計なことしましたね!』

 という報告より、

 『みんな、あざーす!って言ってましたよ!お父さま、あざーす!』

 って言った方が嬉しいに違いありません!」

「余計なことは言わなくて良いよね?」


 皆が東條家の軍資金に敬礼すると、最新のゲーム機、みんなで遊べるゲームソフト、ボードゲーム、カードゲームを購入し、おもちゃ売り場を後にした。

 紫乃の言うとおりいつの間にか相良も合流しており、『おお、俺、カードゲーム全般得意だぜ?』といつもの根拠の無い自信を口にしていた。



「お昼ご飯はうちの執事が準備してくれてますから、ボクたちはお菓子でも買っていきますかね!」

「賛成!」

 紫乃の提案で、一階の食品売り場へと向かう一行。

「なんだか、裁くんと食品売り場に行くと、何か起こるよね!」

 天照奈あてなの不吉な一言に、

「天照奈ちゃん、フラグ立てないでください」

 という紫乃のつっこみ。

 そんなやりとりに、裁は『来る、きっと来る』という変な予感がしていた。

 そしてその予感は見事に的中したのであった。




 突然、それは起きた。

 『休工中だったはずの相良の現場が動きはじめたのか?』

 『サイクロプスの貧乏揺すりか?』

 突然の揺れに、誰もが慌てふためいた。

 そう、地震が発生し、地面が揺れたのだ。


 売り場の棚が揺れ、商品がカタカタと音を立てる。

 棚が倒れたり、陳列されたものが一斉に落ちたりするほどではない大きさのその地震。

 だが、どこか脆弱な部分があったのか。遠くで何かが倒れ落ちるような、大きな音が聞こえた。

 そしてそのあとすぐに聞こえたのは、女性の悲鳴だった。


 まだ小さく横揺れする中、裁は悲鳴の聞こえた方へと走った。

 頭には、高性能スーツのフードをすでに被っていた。

 普段着とはいえ、目出し帽のような黒いフードを被ったその姿は、日中のショッピングモールでは物騒に映るに違いない。

 それを思ってか、はたまた何かが聞こえたのか。その後には、紫乃と不動堂、そして太一が続いていた。


 天照奈は、小さな悲鳴をあげる紫音の肩を抱き、その場に残った。

 綱も、二人を見守るように、周りを見回して状況を確認していた。

 そして、相良は、立ち尽くしていた。

 そんな相良に、綱は声をかけた。


「相良、こっちは良い。裁の方に行ってくれ!」

「あ、ああ。わかったぜ?」

 相良はすぐに我に返ったような顔になり、裁の後ろ姿を追って走り出した。


 綱は昨日の事件でのことを思い出した。

 カギがかけられて中には入れないとわかった瞬間。

 相良は皇輝こうきとすぐに、外周から玄関へと向かった。二人が咄嗟に判断したものと思われたのだが、実際のところは、その行動を指揮したのは皇輝だった。

 一瞬の判断で皇輝は、

「ラブ、一緒に来てくれ!」

 そう指示したのだ。

 そしてたった今、口にしたセリフそのままに、相良は皇輝に続いたのだった。


 空気も読めるし、察しの良いはずの相良。

 もしかすると、咄嗟の判断力には欠けているのか・・・一瞬だけそんなことを考えた綱は、だがすぐに、思考を現状把握へと戻した。




 大きな音、そして悲鳴が聞こえた場所に着いた裁。

 そこは、食品売り場の隣のスペース、特設会場だった。

 何かの催し物の準備をしていたのか。木の板で組み立てられた大きな背景のようなもの。そして、それを左右で支えていた金属製の大きな柱がひとつ、倒れていたのだ。

 周囲には、それらを設置していたスタッフと思われる人間が数名、慌てた様子で状況を確認していた。

 そして、そのうちの二人が、

「ケイちゃんがパネルに足を挟まれてる!」

「ベニヤだろ?ならそこまで重くないはずだ・・・あ、でも、柱がその上に乗ってるのか・・・あの柱、かなり重いぞ!」


 二人の男性スタッフが、足を挟まれている女性の手を引っ張るが、足が引っかかって抜けないようだ。

「僕も手伝います!倒れた柱を少し起こしますから。その間に引っ張り出してください!」

「・・・め、目出し帽?い、いや、ありがとう!頼んだぞ」

 裁は、倒れている鉄の柱に近づいた。

 鉄製の棒が何本もネジで組み立てられて、一辺五〇センチくらいの四角柱に組み立てられたものだった。おそらく、普段の制服上下、約二百キロより重いのではないだろうか。

 だが、持ち上げて少しの空間をつくることは容易いはずだ。

 

 そう思った裁は、まわりを確認すると、その柱を数センチだけ、持ち上げた。

 すると、

「サイくん、ちょっと待って!その柱、反対側の柱に何かで繋がってる!持ち上げるとあっちも倒れるかも!」

 鉄製のワイヤーだろうか。複雑にからみあい、反対側の柱に引っ掛かっているそのワイヤーは、ピンと張っていた。そして、よく見ると反対側の柱も傾いていたのだ。

 今、裁が持ち上げようとしている柱を、それ以上持ち上げると危ない。紫乃はそう判断した。

 しかもその柱は、足を挟めて動けないでいるスタッフに目がけて、今にも倒れそうな状態だった。


「まずいですね・・・ラブくん!そっちの柱が倒れないように引っ張れますか・・・って、ラブくん?」

 相良の姿を見つけて、すぐに指示を出す紫乃。

 だが、相良の様子がおかしかった。

 片膝をつき、まるでクラウチングスタートでもするかのような姿勢をとっている。

 だがその目からは、スタートダッシュをするような意思は感じられなかった。

 紫乃がそこから感じ取った感情は、『怯え』だった。


「ラブくん!何突っ立てるの!?いや、何膝ついてるの?早く・・・」

 全く反応しない相良に、紫乃は諦めて、自分たちでできることを考えた。

「ドードー、太一。あの柱、後ろから引っ張りますよ。微力でも、無いよりはマシでしょう!」

「おお。引っ張るけど、あと誰か、何か丈夫なヒモでも持ってませんか?」

「うん。手で引っ張りながら、できることを考えよう!」


 三人は、今にも倒れそうな柱の後ろに着くと、それを引っ張り始めた。

 すぐに、近くにいた別のスタッフも手伝うが、柱の自重と何かに引っ張られるのを止めることはできそうに無かった。


「サイくんが持ち上げた瞬間に、一瞬で引っ張り出してもらう?いや、サイくんがもう一人いれば可能だろうけど、あの二人にそれは・・・いや、やっぱり引っ張り出す前にこの柱が倒れる・・・」

「ヒモがあったぞ!これを何かにくくりつけて・・・」

「だ、ダメです!もう・・・間に合わないよ!危ない・・・逃げて!!」

 頑張って女性を引っ張り出そうとする二人に、紫乃は大きな声で訴えた。

 そして、紫乃の目線は、そのすぐ後ろでいまだにうずくまっている相良の姿を捉えた。


「ラブくん・・・ラブくん!何やってんの!?助けてよ・・・助けなさい・・・動け・・・動いてよ、ぶゆう!あいらぶゆう!!」


 相良は、急に何かが聞こえたかのように、何かに気付いたかのように、立ち上がった。

 瞬時に状況を把握すると、女性の足を挟んでいる木の板を持ち上げて、裁が柱を持ち上げている分の数センチの隙間をつくった。

 懸命に引っ張っていた二人は、何とか女性を引っ張り出すことができた。

 そして、そのまま安全な位置へと引きずろうと試みる。

 だが、遅かった。


 ようやく女性の全身が出たところで、紫乃たちが引っ張っていた柱が倒れたのだ。

 持ち上げている柱を離すことができない裁。

 倒れゆく柱に引っ張られる紫乃たち。

 そして、パネルからまだ手を離せていない相良。


 柱は、スタッフ三人をかばうような位置にいた相良目がけて倒れた。



『ガッシャーン!』


 柱が倒れ、それに付随したワイヤーや、その他の細い部品などが、一斉に地面に叩き付けられた。

 倒れていたパネルの一部が粉砕し、埃が舞い、みんなの視界を遮った。

「・・・ラブ、くん!?」

 柱を最後まで握っていた紫乃は、倒れた柱に胸部を打ち付け、むせながら、相良の名前を呼んだ。

 空気中に舞う埃が地面に降り落ちると、その姿が見え始めた。


「ら、ラブくん・・・」

 柱は、相良を目がけて倒れ、そして、相良にぶつかって止まっていた。

「うそ・・・こんな、こんな重い柱がぶつかったら、いくらラブくんだって・・・」

 紫乃は、ひどく痛む胸を押さえながら、相良へと歩みを進める。

「相良、うそだろ?」

「そんな・・・」

 少し離れた位置に、スタッフの三人が避難している姿が見えた。

「あの三人は無事・・・良かった・・・でも、ラブくん・・・?ねえ、ラブくん、生きてたら、返事してよぉ!」


 涙で視界を遮られる紫乃。

 だが、

「おお、お嬢。勝手に殺してもらっちゃ困るぜ?」

「ら、ラブくん?」

 まるで地獄の底から聞こえるような、低い、唸るような、相良の声が聞こえた。


「おお、俺は宇宙一の男だぜ?」

 紫乃の目に映ったのは、柱を手で押さえて踏ん張る相良の姿だった。

「危なかったぜ?あの人の足が抜けたのを見計らって、すぐに木の板から手を離したんだ。で、この柱をギリギリ受け止めることができたんだぜ?」

「もう・・・ふふっ・・・できたんだぜって・・・普通できないでしょ、そんなこと。ラブくんじゃなきゃ・・・もうっ!バカなんだから!」

「おお、悪かったな。成績は良いけど、俺、バカなんだ!がはは!」


 スタッフがすでに避難していることを知ると、相良はのけぞりながらその手を離した。

 大きな音とともにその柱は倒れ、パネルは完全に破壊された。

 挟まれていたのは一人だけで、幸い、骨にも異常が無さそうだった。



 突如起こった地震は、気象庁の発表から、震度三であったことがわかった。

 津波が起こるような大きいものではなく、ショッピングモール内でも、陳列されたものが少し落ちる程度で、被害はほとんど無かった。

 そんな中、明日からのお盆期間イベントの会場設営中に起こった事故。

 本格的な固定をする直前の出来事であったらしい。

 その後すぐに、労働災害防止の観点から、会場設営時の安全確保に不備があったと判断された。後に、イベント会社は労働基準監督署から厳しい指導を受けたらしい。

 そんな事故の中、咄嗟の判断をした高校一年生たち。

 自分の身の安全を顧みなかった行動を、まわりの大人達は、褒めることはしなかった。

 もちろん、助けられた三名のスタッフを除いてだが。



 結局、お菓子は買わないまま、購入したゲームだけを持った八人は帰路に就いた。

 往路で決めていたカップル設定も、すっかり忘れ去られていた。

 誰もが、ある一人の言葉を待っていた。

 先ほどの出来事で、実質三人を救ったヒーロー、相良の言葉を。


 結局、何の会話の無いまま別荘に着くと、八人はリビングのソファに腰掛けた。

 皆が視界の隅で相良を見るも、相良は黙ったままだった。そして、それを見る皆も。

 だが紫乃だけは、黙っていられなかった。


「ラブくん。話してもらえますか?」

「お?何であんな重い柱を受け止められたかって?それはな、日々」

「違います。・・・結局、ラブくんは人を助けた。それは素晴らしいことです。あんな真似、ラブくんにしかできません。あと、サイくん。

 でもね・・・なんで・・・なんで、動けなかったの?あのラブくんが、なんでうずくまっていたの?あんなに、悲しい顔をして・・・?

 何かあるのなら話してよ・・・何かつらいことがあったんなら、話してよ・・・もう、あんな悲しい顔をしてほしくないから、ボクたちに、話してよ!」


 それは、紫乃が初めて相良に見せる感情だった。

 相良に対しては、いつも管理をするような、たしなめるような、適当にあしらうような態度をとる紫乃。

 そこには自然と信頼関係のようなものが築かれていた。そう、みんなが思っていた。

 だが、そんな紫乃も、わからなかったのだ。

 相良が何かを抱えていることはわかっていた。でも、それが何かを。

 なぜなら、相良は全く話すことも、素振りすら見せなかったから。

 

 別に、何かを抱えたままでも構わない。それを抱えて、一人で思い悩むことを選択したのなら、話すことを強要したりはしない。

 でも、一人で抱えられないなら、悲しい顔をしてしまうのなら、なぜ友達に、なぜ自分に話さないのか。

 紫乃は怒っていたのだ。


「おお、なんだ?悲しい顔って?俺、地震で酔って気持ち悪くってよ!ちょっとうずくまってただけだぜ?」

「本当に?」

「おお、俺は嘘ついたこと無いぜ?」

「本当に?」

「ああ!」

「じゃあ・・・最っ低な男ですね、あんた」

「お?」


「本当に気持ちが悪かったのかもしれません。でもね、人が困ってるのを黙って見てたでしょ?ボクが言わなかったら、ラブくん、見殺しにしてたでしょ!?」

「・・・それは済まん。お嬢の言葉で酔いが、冷めたんだ・・・」

「・・・ボクも、ごめんなさい。言い過ぎました。あんな危険なところに飛び出すなんて・・・たとえ正常でも、できることではありませんから。

 ・・・でもね、これだけは、やっぱり許せません・・・嘘を、つかないでよ・・・ねえ、ラブくん・・・」


 紫乃は泣いていた。

 友達が、大好きな相良が、何かを隠していることに、ではない。

 嘘をついていることが悲しかったのだ。

「つらいことがあったんだよね?・・・それは、いつか、話したいときが来たら話してくれれば良い。でも・・・嘘はつかないで欲しいの。お願い・・・

 だって、ラブくん・・・嘘ついてるときも、今も、すごく悲しい顔、してるんだよ?」


 相良は、そのとき、初めて表情を変えた。

「お?俺、悲しい顔なんて、してたか?・・・ははっ、我慢強い方だと思ってたんだけどな。でも、そうか・・・それで、お嬢を泣かせちまったのか?・・・確かに最低だぜ、俺は・・・」

「ラブくん・・・」

「ああ・・・俺は、最低な男だ。本当は、普通に・・・楽しく生きてちゃいけないやつなんだよ・・・」


 相良は、悲痛の表情を浮かべたまま、話をしてくれた。

 それは、相良の口から初めて聞く、子供の頃の話だった。

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