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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
夏休み(後編)
165/242

165話 言えなかったこと

天照奈あてな、ちゃん?」

 その姿を目視してもなお、あまりにいつもと違うその雰囲気に、さいは確認せざるを得なかった。

「・・・うん。ごめん、裁くんが来る前からいたんだけど。声をかけれなかったの・・・」

「うん、それは全然良いけど・・・天照奈ちゃんも、眠れないの?」

「・・・うん。紫音しおんちゃんと紫乃ちゃん、二人とは比べ物にならないだろうけど、さすがに今日のことは怖かった。

 ・・・裁くんも、怖かったよね?わたしなんて、あとから入ってきて、犯人の一人と一緒にちょっと歩いただけなのに・・・」

「いや・・・たとえその体質があったとしても、ナイフを首に突き付けられたんだよ?そんなの、怖いに決まってる。僕だって、猪みたいに突進することしかできなかったし」


「・・・でも、本当に、良かったよね」

「・・・?うん、みんな無事で、何事も無くて、良かったよね」

「うん。もちろんそれもあるけど・・・みんなで良かった。今日この場にいた、わたしたち・・・友達が、このメンバーで良かった」

「うん・・・そうだね。僕も、本当に、そう思うよ!」


「わたしね・・・裁くんに、恥ずかしくて言えなかったことがあるの・・・今日、みんなと一緒にいて、希望を抱いた。みんなに救われたみたいに・・・裁くんにも助けられたことがあったんだ」

「僕、が?僕なんて、いつもみんなに助けてもらうだけなのに・・・」

「裁くん、覚えてる、かな・・・?中学校に入って、三日目の放課後のこと・・・ふふっ。さすがに覚えてないよね」

「・・・覚えてるよ。僕、そのとき、『認知の外からの接触が命に関わる』って噂される女の子と話したんだ」


「わたしは、『人との接触が命に関わるくらい重症なアレルギーを持つ』っていう男の子と話をしたの。

 その男の子はいつも、帽子、ゴーグル、マスク、手袋を着けて、素肌を全て覆っていた。入学からたった三日目にして、中学校生活に絶望と我慢しか抱かなくなったわたしよりも、不運な境遇にいるんじゃないか?そう思った。

 でも・・・その男の子は、わたしと違って、絶望を抱いていなかった。ううん、絶望はあったのかもしれない。でも、それを感じさせない、強さがあったの。

 その男の子は、わたしに『希望』をくれた。

 それは、でも、ただ会話をしただけだったの。男の子の言葉に、勝手に、希望を見い出しただけかもしれない。でも、わたしにとって、その男の子の・・・裁くんの言葉は、この先に訪れるどんな絶望、我慢にも負けないような、希望を与えてくれたの。

 

 その言葉は、いつもわたしに寄り添ってくれた。温かかった。

 何があっても、何かがわたしの心を冷やしたとしても、裁くんの言葉が、存在が、いつもわたしを温めてくれた。

 ・・・ふふっ。さっき、添い寝するしないなんて言ったけど。そんな、接近なんてしなくても、裁くんがそこにいてくれるってだけで良いんだよね。


 ・・・今まで言えなかったのはね、さっき言ったとおり、ただ恥ずかしかったから。

 だって、初めて話した男の子の、たぶん、その男の子にとってはとりとめの無いことを、三年間もずっと、お守りみたいに胸に抱いてたなんて・・・気持ち悪いかなって。

 ・・・裁くんが、小学校に入る前に一度会った、あの男の子と同一人物だって知ってたら・・・もしかしたら、違う捉えかたをしてたかもしれないね。

 運命的なものを感じて、今みたいに仲良くなっていたかもしれない。

 ・・・でも、やっぱり、そうならなくて良かったの。だって、わたしはきっと、運命に、そして裁くんに頼ってしまっていた。わたしは、弱いままのわたしでいたと思うから。だから、この展開が最善だったんだね。

 ・・・恥ずかしいけど、でも、やっぱり言わないといけない。そう思ったの。


 裁くん・・・ありがとう。

 わたしは、あなたに救われた。そして、これからも、あなたに救われる。裁くんがいないと、わたし・・・・・・。

 

 ふふっ。やっぱり、恥ずかしいね。今日は『ありがとう』って言えたから、満足かな!

 だって、これからもずっと一緒だもん。自然に言えるときが来るよね!」


 天照奈は、いつもの微笑みを見せた。

 でも、月の光を纏い、これまで目にしたどんな微笑みよりも、裁の目には美しく映った。



「・・・天照奈ちゃんが、そう感じてくれたのなら、僕は素直に嬉しい。今なら、一週間ぶっ続けで勉強できそうなくらい嬉しいよ」

「それ、いつもの裁くんじゃない?・・・ふふっ。みんなで良かったし・・・裁くんで良かった!」

「僕も、天照奈ちゃんで良かったと思うよ!」

「何が?」

「え?」

「何が、わたしで良かったの?」


 月明かりに照らされた天照奈の微笑みは、よく見る紫乃の顔に近いものを感じた。

 人をからかい、でも、その場とその人を明るくさせる、そんな笑顔。

 裁は迷った。

 本当のことを言うべきか、それとも、茶化さないでとつっこむべきか。

 でも、裁は、迷った結果、どちらでもないことを言った。


「うぬぼれかもしないけど・・・天照奈ちゃんと一緒だと思うよ!」

 天照奈は、少し驚いた顔で、でも、少し嬉しそうな顔で微笑み、頷いた。


「ねえ、裁くん・・・」

「うん?」

「どう?眠れそう?」

「気分的には、ね」

「・・・もしかして、相良あいらくん?」

「うん。皇輝くん、『地獄の現場代理人』って、新たな異名をつけてたよ」

「地獄讃歌と比べれば、ただ大きな音に耐えれば良いだけかもしないけど・・・じゃあさ、わたしの部屋で寝る?」

「・・・え!?そ、そ・・・添い寝するってこと!?」

「ち、違うよ!?同じ空間で寝る、ってこと!」

「あ、ああ。同じ密室空間で、ってことだね」

「密室・・・でも、ほら、ゲストルームは二人部屋だから、わたしの部屋にもベッドが二つあるし」

「・・・でもさ、僕もうるさいみたいだよ?不動堂くんが言うには、突然誰かにつっこむんだって。『寝つっこみ』をするんだって・・・」


「ふふっ。アパートの部屋ってさ・・・わたしも裁くんも、寝る部屋、階層が違うだけで一緒じゃない?だから、距離でいうと上下に二メートルちょっと。そして、天井と床で遮られているだけ。

 わたしにとっては、その床に、まさか耳をつけてなんていないけど。下の音はね、よく聞こえるんだ」

「・・・ごめん。じゃあ、いつも騒音を撒き散らしてたんだね・・・」

「最初はびっくりしたよ!でもだんだんと、つっこんでる相手がわかってきて。だんだんと、そのつっこみ相手に紫乃ちゃんが加わってきて。だんだんと、それは新幹線が通過する音みたいに、すっかり慣れてきたの」

「電車じゃなくて新幹線なんだ・・・」

「ふふっ。だから、気にしなくて良いよ。でも、みんなに気付かれないように、朝早く戻ってもらうけどね」


「うん。・・・でも・・・僕、眠れるかな?」

「そう、だよね・・・ああ、改めて考えたら、間には床も天井も無いんだよね・・・」

「だけど、もし天照奈ちゃんが良いって言うなら、そうさせてもらおうかな」

「うん。もちろん、良いよ!」

「僕、相良くんのいる部屋に戻っても眠れないし。もしも二人とも眠れなかったら、眠れるまで、話でもしようよ!」

「うん!」




 二人は暗い廊下を進むと、天照奈のゲストルームに入った。

 そして、天照奈は、手慣れた様子で内側から二つの施錠をした。一つは、紫乃が言っていた持ち運びできる専用錠なのだろう。

「わたし、奥のベッドで良い?なんだか、裁くんの左側が落ち着くんだよね」

「あ、僕も、天照奈ちゃんの右側が落ち着くのかな?自然とそんな並びになるよね」


 位置が決まると、月明かりにだけ照らされたベッドに、それぞれ入っ・・・


「きゃーっ!」

「うわっ!」

「やんっ!」

「ふふっ!」


 部屋に響き渡る一つの悲鳴と、一つの驚きの声。

 そして、二つの、どことなく嬉しそうな声。


 天照奈はすぐにベッドから離れ、部屋の照明をつけた。

 天照奈が飛び出た奥のベッド。そこには紫音の姿があった。

 そして、手前のベッドには、裁に抱きつく紫乃の姿。


「な、何やってるの!?」

「・・・それはこっちのセリフですよ!?何で裁くんが天照奈ちゃんの部屋にいるんですか!」

「そうだよ!でも、それならそれで、サイサイ・・・何で奥のベッドじゃないわけ!?」

「いや、僕は・・・え?」

「・・・こっちのセリフ、じゃないでしょ?裁くんがここにいる理由は、後で話します。簡単な理由だから。何で二人が、わたしの部屋の、ベッドに潜んでたの?」

「だって・・・天照奈ちゃん、精神的に弱ってると思ったんだ。だからボク、心配で・・・」

「だから潜むの?心配なら声をかけてくれれば良いんじゃない?」

「・・・心配だから、一緒に寝よう、って言ったら・・・寝てくれましたか?」

「寝たかもしれない・・・それにわたし、紫乃ちゃんと紫音ちゃんのことが心配だったから。そうだね、きっと一緒に寝てたと思うよ?」


「ぎゃーっ!ボクたちも弱ってたから、そんな考えには至りませんでした・・・」

「うん・・・合鍵使ってベッドに忍び込もう!って考えしか頭に無かったよね」

「そしたら、例のごとく専用錠!」

「やーん、やっぱりダメか!って思ったそのとき!」

「天照奈ちゃん、部屋を出たではありませんか!」

「きっと、眠れないから、夜風にでも当たるのかな?」

「心配して追いかけて、『大丈夫?』『眠れないなら、一緒に寝ようか?』って声をかける」

「そんな考えを持てたのなら、こんなことにならなかったよね!」

「うむ。そのときのボクたちは、『今のうちに、合鍵だけで入れる今のうちに、ベッドに忍び込もう!』でした」


「天照奈ちゃんがどっちのベッドに入るかは、運次第ってことで。わたしたち、二手に別れたの」

「膨らみが大きいと、さすがにバレますからね!」

「そして、戻ってきたと思ったら・・・ん?なんか、誰かと話をしてる?えっ、サイサイ?」

「わたしは奥のベッド?ぎゃーっ、外しました!」

「サイサイが手前のベッド?ぎゃーっ!天照奈ちゃんなのは嬉しいけど・・・嬉しいけど!」


「と、いうわけです」

「わかりました。いつものやつだね。・・・わかりました。外側の専用錠が必要・・・か」

「ああ、また鉄壁度が増してしまう・・・って、どうやって外側の鍵閉めるの?しかも、中から開けれないから、閉じ込められるよね?あらら、天照奈ちゃん、やっぱり弱ってますね」

「そうだね・・・わたし、すごく怖かったけど、天照奈ちゃんも怖かったんだよね・・・」

「うん・・・ボクが鍵を開けてすぐ、最初に飛び込んで来てくれたのは天照奈ちゃん。きっと、太一とツナロウの盾になって、そして、中でもボクらの盾になろうって思っての行動でしょう」

「そんな体質だから、安全だから。そんなことは絶対に無いよね。絶対に怖かったはずだよ」

「・・・それなのに、あのときの、あんな微笑みを見せてくれました・・・」

「わたしたちみんな、天照奈ちゃんに救われた。事件を解決に導いたのはもちろん。でも、大きいのは、わたしたちに安心感を与えてくれたの」

「うん。だから・・・天照奈ちゃん、ありがとうございました!」

「天照奈ちゃん、ありがとう!」


「紫乃ちゃん、紫音ちゃん・・・わたし、さっき裁くんと話をして、改めて気付いたの。助けられたのは、いつも助けられてるのは、わたしなの。

 みんなと一緒だから、強くなれる。前を向いていられるの。だから・・・ううん。助ける助けないの話をしても仕方が無いよね。

 わたしたち、これが普通なんだから。みんなが一緒なら、前を向ける。普通に、ね!」

「うん!」

「はい!」


 部屋には四つの笑顔が戻った。

 だがすぐにその二つが、少しの疑問を持ったニヤニヤ顔へと変わる。


「それはそれとして。じゃあまた天照奈ちゃん。説明してもらいましょうか?」

「うん、何でサイサイがここにいるのか」

「サイくんが説明してくれても良いのですよ?ボクたちが納得できれば良いのですから」

「それは・・・」

 何かを答えようとする裁を、天照奈が目で制した。


「さっき言ったとおり、理由は簡単だよ?怖かったから。眠れなかったから。たまたま、プールサイドで出会ったから。わたしから裁くんに頼んだの。以上」

「やっぱり、ボクたちが声をかけていれば・・・くっ・・・」

「でも、だからって・・・女の子が男の子と同じ部屋に・・・密室に二人なんだよ!?」

「そ、そうですよ!いくらサイくんでも、理性を失って、サイクロプス化したら・・・サイくんは、天照奈ちゃんにさわれるんだよ!」

「・・・紫乃ちゃんと紫音ちゃん。密室でわたしと二人きりになったら。『触らないでね』ってお願いしたら。そうしてくれる?」

「無理ですね」

「うん、無理」


「・・・裁くんは?」

「僕は・・・あり得ないと思うけど、たとえ天照奈ちゃんに『触っても良いよ』って言われても、触ることはできないだろうな・・・」

「ほら、何か問題でもある?」


 『いや、別の問題が発覚しましたよね?しかも、だいぶ深刻な・・・』

 『触っても良いのに触れないって、男の子としてどうなの?』


 

 みんな一緒でいいっしょ。

 これまでより近づいたのは、物理的距離、そして心の距離。

 これまでより強まったのは、信頼感、連帯感。

 

 裁と天照奈の恋愛感情は現状維持。

 少し踏み込んだようで、結局は一歩も進んでいないのであった。

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