160話 無自覚
「もうっ、あんたも皇輝と一緒?よくもこんな恥ずかしいことできますね!・・・でも、ふふっ。おかえりなさい!」
結局、泣き始めた綱の頭を、紫乃はぐしゃぐしゃに撫で回したのだった。
「他の人は、確認しなくても良いですね?」
紫乃は、裁、天照奈、皇輝、紫音を順番に見た。
みんなが同じように、微笑んで、頷いた。
「お、俺は!?」
「ドードーよ」
「なんだい、紫乃ちゃん?」
「あんたまた、『俺、逃げようかな』って考えたでしょ!?いちいち伝わってくるの面倒くさいから、本心と違うこと考えないでもらえます?はい、今から禁止しますよ!」
「・・・ラジャー」
「じゃあ・・・結局、今までどおりですね。でも、今までどおりの認識ではダメでしょう。合い言葉は、『災厄は、来る。きっと来る』です。
そして、ボクたちは『ズッ友』。じゃあ、どうするか?そう、話し合いましょう!」
「・・・何かが起きたとき、今日みたいに全員が一緒とは限らないよね?だから、役割を決めても仕方が無い、かな?」
「天照奈ちゃんの言うことも、もっともです。『明日、ついに天照奈ちゃんとお風呂に入れる!』と喜んでたら、急に天照奈ちゃんが風邪を引いてしまい、叶わない夢となった。そのときの絶望を考えると・・・」
「何の話?」
「・・・役割じゃなくて、『できること』『できないこと』を確認するのが良いんじゃない?何かが起きたときに、そこにいる人で、できることをする。どうしてもできないことだってある。だから、まずはそれを確認しよう!」
「そうだね。じゃあ・・・特殊な体質は、できることもできないことも特殊だから、わたしたちから順番に確認してみる?」
「ふむ。良いでしょう。では・・・一番変な、サイくんからお願いします!」
「いや、変って・・・でも、たしかに、ボクが一番変か・・・」
「・・・ねえ、思ったんだけど、わたしの方が変じゃない?」
「・・・影響力で言うと、俺が一番変だと思うぞ?」
「おお、予期せぬ変人王争いが勃発しましたね・・・脳内で順位付けも面白いですけど。わかりやすいように、そこに、変な順番で並んでもらえます?」
変なスイッチが入ったのか。
三人は、紫乃に言われたとおり並び始めるが、誰が先頭に立つかで争いを始めた。
「天照奈ちゃん・・・ほら、この距離だと触れるよね。だから、ここでは普通、だよね?」
『どさくさに紛れて女神に触ってますよ、あのサイくん!?』
「皇輝くんも、普通だよね?」
「くっ・・・」
『あ、あのサイくんが、みんなを制している!?』
「でも、それは裁くんから見た評価だよね?紫乃ちゃん、誰が一番変だと思う?」
『流れ弾が飛んできましたね・・・面白いけど、ちょっと面倒なことになってきましたよ?・・・って、あれ?』
全員が、あることに気が付いた。
玄関のドア側を先頭にしようと争う、その列。
先頭に、いつの間にか、不動堂が立っていたのだ。
「どう?俺が一番特殊じゃね?」
「不動堂くん、まさか、体質を使ったの!?」
「ふっ!」
「ドードー・・・すごいけど、悲しい体質ですね。きっと、『ねえ、何で俺は、あの争いに呼ばれないの?ねえ、俺のことも見てよ・・・俺の存在に、気付いてよ!』って、本心から思ったのでしょう。
そして、『俺に気付くな』って呪文を唱えて、ステルス効果を体現したのでしょうね」
「じゃあ・・・不動堂くんが一番変ってことで良いね?」
「はい、ここに決定しました。変人王は・・・ドードーです!よっ、変人!」
「そうです、わたしが変人王です!・・・って、もしかして俺を変人呼ばわりするための争いだったのか!?」
「・・・そりゃ、サイくんが争いごとなんてするわけないじゃないですか。ね、変な絶滅危惧種!」
「・・・」
「じゃあ、あらためて。でも、思ったんですけど・・・やっぱり、特殊な体質を持たない人から話しましょ?ほら、変な人たちのあとに真面目な話をするのは嫌でしょ?」
「!?」
「では、五十音順で・・・紫音からお願いします!」
「おお、五十音順なら俺だぜ?」
「ふむ。そうですね。では、あいらぶゆ・・・」
「おお、俺は『ら』だから最後だぜ?」
「・・・わたしは・・・歌って踊れる最強のアイドルでーっす!みんなに元気をあげられます!それ以外に取り柄はありまっせーん!」
「潔し!可哀想ですが、人質をとられる場面では、その候補を太一と争うことでしょう・・・ていうか、巻き込まれる可能性ナンバーワンな気もしますね、紫音は」
「そうだね。参っちゃうね!じゃあ、首輪付けてぇ、リードを付けてぇ・・・サイサイに握っててもらおうかな!それなら安心だよね!」
「何を欲望まみれの都合の良いことを・・・リードを握る役を募ったら、五億くらいの応募がありそうですね・・・んんっ、次、太一!」
「僕は・・・目が良い方だと思う。遠くが見える、というか、状況が見える、かな。あと、記憶力には自信があるよ」
「太一くん、真っ先に警察に通報してくれたもんね。判断力と行動力もすごいよ!」
「さすが太一です。では次・・・ツナロウ!」
「えっ、俺か?俺、特殊な方じゃないんだな・・・」
「二重人格も特殊な体質でしょう。でも、ツナロウの場合、好みと口調が可愛くなるだけですからね。それとも、変人王に興味があると?」
「・・・いや、無い。でもさ、このメンバーだと・・・俺って、特にできること無いよな」
「ねえ、綱くん。自分では気が付かなかったかもしれないけど・・・あのとき、一番落ち着いてたの、綱くんだったよ?
何ができるだろうって、必死で頭を回転させるわたしに、『大丈夫。落ち着いて、天照奈ちゃん!』って、声をかけてくれたの。わたし、その言葉で安心して、ちゃんと考えることができたの」
「うん。僕も、警察に電話し終えてから、ずっと落ち着かなかったんだ。こんな状況で、僕に何ができるんだろう・・・中に入るのは、怖いな・・・って。
そしたら綱くん、『もしもカギが開いたら、天照奈ちゃんに任せよう。僕と太一くんじゃ、足を引っ張っちゃうから!』って、冷静に状況を見て、言ってくれたんだ」
「おお、ツナロウ・・・」
「そうなの。綱くん・・・『天照奈ちゃん』って呼んでくれたの!いつもは『雛賀』なのに、キュンキュンしちゃったよ!」
「そこ!?誰よりも余裕あったの、お前じゃないか!?」
「ふふっ!なんですか、ツナロウ。あなた、女の子が出ちゃったんですね。でも、『女の子は弱い』なんて言ってなかったですか?」
「・・・『女は度胸』って言うだろ・・・?」
「ツナロウ、あなた・・・男のからだの強さと、女の肝っ玉の強さを兼ね備えてるの?ゆ・・・優勝よ!」
「何で!?」
「じゃあ、次は、ラブくんですね?」
「おお。俺はつえぇぞ?」
「ですね!・・・じゃあ、次は特殊組ですね!」
「お嬢よ・・・俺は」
「つえぇぜ?でしょ?わかってます。力だけで言えばサイくんの方がはるかに上ですけど、間違いなく、ラブくんが一番強いですよ!」
「だろ?・・・でな、ちょっと考えてたんだけど。相棒が着てる、高性能スーツってやつ?あれ、俺も着たいぜ?」
「僕は、お父さんの変な理論のせいで着こなせてるけど・・・トップアスリートでも、普通の動きをするのも難しいんだってさ」
「おお、言っただろ?俺、『普通じゃないね!』ってよく言われるんだ!がははは!」
「天照奈ちゃん、お願いです。フォッフォパピー、通称FFPに頼んでもらえますか?費用は東條家から支払いますので」
「うん、頼んでみる。でもなに、そのフォッフォパピーって?たしかにうちのお父さん、『ふぉっふぉ』って笑うけど・・・」
「・・・では、今度こそ特殊組ってことで。天照奈ちゃん、皇輝、サイくん、ボク、変人の順でいきますよ?」
「それ、さっきと同じで、呼び方の五十音順だよね?俺の呼び方、変人で固定しちゃった!?」
「どうせ、『ドードー』でも最後なのですから良いでしょ。・・・安心しなさい?ボクもこの呼び方、あまりしっくりきてないので。もしも漫画とか小説だったら、この回限定の呼び方ですよ。
では・・・天照奈ちゃんから、お願いします!」
「うん。今日のことだけど・・・わたしには誰も触れることができない。だから、一見取り押さえられているように見えても、実際には触れてないから、すぐに脱出できたでしょ?
だから、わたし、人質役にぴったりだよね!でも、自分でもわからないんだけど・・・わたしってたぶん、立候補でもしない限り、人質には選ばれないと思うんだ。
中学校までは、『意識の外からの接触が命に関わる』なんて体質だったから、誰もわたしに近づいてこなかった。
みんなからは、『国宝級』って呼ばれてたみたいなの。博物館に展示された、ひどく壊れやすい『変な置物』、みたいな感じかな?
でも・・・『治った』って言っている今でも、わたしに近づく人は、ほとんどいないの。
何でだろう?まだ、博物館に展示されていたころの名残でもあるのかな?なんか、匂うとか?
わたし、ここにいるみんな以外には、避けられてるのかな・・・?」
「・・・天照奈ちゃん」
「なに、紫乃ちゃん?」
「言う必要も無い。ずっと、ずっと、ずーっと、そう思ってました。でもね、天照奈ちゃんが嫌な思いを抱くのを見たくありません。だから、みなさん。ボクから言ってしまっても良いですか?」
「意義なーし!」
皆が一斉に、紫乃の問いに答えた。だが、裁は一人、紫乃が何を言うのか検討もつかなかった。
「天照奈ちゃん。あなたは・・・美少女です」
「び・・・少女?わたしが?」
「はい。紛れもなく、世界で一位二位を争うほどの美少女です」
「へぇ。でも、美少女って、紫音ちゃんみたいな女の子のことを言うんでしょ?」
「そうです。千人のうち、九九九人が、紫音が美少女だと答えるでしょう」
「うん。わたしそれ、テレビで観たよ!一般的に、美少女は紫音ちゃんなんだよね!」
「・・・一般的?」
「わたしはその番組で、顔なら一票の女の子、雰囲気なら〇票の女の子を選んだの」
「ほお・・・そ、その二人と自分の顔を比べてみたら、どう思いますか?」
「え?いや・・・わたしなんて、ただアニメが好きな、地味な人間だから・・・」
「これほど恐ろしい無自覚はありませんね。この世で、紫音以外の女の子は地味だと、そう言っているのと同じですよ?」
「えっと・・・さっきから、何を言いたいの?」
「だから・・・天照奈ちゃんが美少女だって言ってんでしょうが!・・・あら、ついついお漏らしを・・・失礼をば!」
天照奈の鉄壁な無自覚に、珍しく、紫乃も苛立ちを覚えてしまったようだった。
「ほんと?紫乃ちゃん一人にでもそう言ってもらえると、嬉しい!あの番組に出たら、何票入るかな!?なんちゃって!」
「どうでしょう・・・たぶん、九九九票から千票の間でしょうね」
「まさかぁ!」
「ふぅ・・・みなさん、ボクには無理なようです。どう伝えたら良いのでしょう?」
選手交替と言わんばかりの表情で、紫音が、天照奈の無自覚に立ち向かう。
「ふふっ。わたしは自分の美少女を自覚してるからね。あ、でもこれはうぬぼれっていうか、超美人だったというお母さまそっくりに生まれることができて嬉しい!っていうアレだからね?
そんなわたしが、天照奈ちゃんに自覚させてあげませう!問おう、男ども。二択です。わたしと天照奈ちゃん、どっちが可愛い?」
「!?」
男ども全員が、一斉に苦悶の表情を浮かべた。
これまで見たことが無いほどに、顔をしかめている。
不動堂に至っては、頭をかきむしるほどの錯乱を始めた。
「そりゃ、みんな困っちゃうよね?だって、友達だもん。わたしに気を使って、素直に紫音ちゃんを選べないんだよ」
「いや、ただの友達思いなら、『どっちも可愛いよ!』で終わりですよね?あんな・・・まるで、ラブくんの歌声を聴いたみたいに苦しまないでしょ?
・・・そうですね、これは、アレです。
例えるなら、中身が全く同じジュースを二本出して、『どっちが一般的に美味しいと言われるジュースでしょう?間違えたら死刑デス!』と言われるようなもの!」
「そんな・・・紫音ちゃんの方が美味しいに決まってるでしょ?それに、わたしとなんか比べたら、紫音ちゃんに失礼だよ!」
「・・・紫乃、ダメね」
「うむ。もう一生、無自覚のままでよろし。・・・こんなに可愛いのに、不思議と騒ぎが大きくならないんですよね。もしかして、そんな体質でもあるのでしょうか・・・あ!」
紫乃は、あることに気が付いた。
天照奈には、誰も触れることができない。そして、無自覚のような、核心的なものにも触れることができないのだ。
でも、一人だけ、触れることができる人間が存在する。
もしも、その人が、天照奈に『可愛い!』『美少女!』などと言ったら・・・?
間違いなく、何かを自覚することだろう。天照奈、そして、その人も。
でも・・・まだそのときではない。
一瞬、その光景を想像した紫乃は、優しい笑みを浮かべた。
そして、頭の中の宝箱にそっと、その光景をしまったのだった。