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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
夏休み(後編)
157/242

157話 いずれ訪れるかもしれない、大きな災厄

 特殊な体質を持って生まれた者。あるいは、その成長過程で特殊な体質が備わった者。

 その中には、天照台一族の血を受け継いだ者、あるいは突然変異の者もあった。

 そのいずれもが、人に何らかの迷惑をかけ、そして我慢の中で生きることを余儀なくされた。

 だが、周りにはいつも、その『特殊』を『普通』と感じさせてくれる人間がいた。

 迷惑を迷惑とは思わずに受け入れてくれる。その我慢の一部を受け持ってくれる家族や友人がいた。

 特殊な体質は、そんな人間に恵まれるという体質でもあったのだ。


 そしてその体質は、もう一つ、特殊なモノをもたらしていた。



 黒木くろきさいは、初めて一人で中学校に登校したその日。卒業式の日に、バスジャックと銀行強盗という、二つの事件に遭遇した。

 そして、いずれの事件においても、人質にされてしまったのだった。

 下手をすれば、死んでいたかもしれない。そんな恐怖を覚えた一日だった。


 雛賀ひなが天照奈あてなは、その体質が発現してすぐに、母親が運転する車で交通事故に遭った。

 天照奈本人は、その体質から無傷で済んだ。だが、母親は、命を落としてしまった。その母親も、何かしらの特殊な体質を抱えていたという。

 そして、裁が銀行強盗に遭ったすぐ後のこと。天照奈は、その被害者の一人であった男に、襲われた。

 こちらも、その体質から無傷で済んだものの、一生のトラウマとなり得る、心に傷を負う出来事となった。


 天照台てんしょうだい皇輝こうきは、体質が発現した半年後、自宅の自分の部屋で、見知らぬ男に監禁された。

 その体質を使い、皇輝本人の命は助かったその事件。だが、まだ幼かった皇輝の目の前で、犯人が自殺するという結末を迎えた。

 皇輝にとって、一生忘れられない出来事となった。



 つい最近。裁は、天照台高校の校長から、とある話を聞いた。

 体質の特殊性が強いほど、天照台一族の当主とやらにふさわしい。そんな話だった。


 その後、裁は、あることを考えた。

 その特殊性が強いほど、もしかすると、災厄を招く力も強いのではないだろうか?

 さらに、そんな体質を抱えた人間が一同に介してしまったらどうなるのだろうか?


 いずれ訪れるかもしれない、大きな災厄。

 だが、普通を知ってしまった裁は、深く考えることはしなかった。

 深く考えることを恐れたのだった。




――十九時四十五分。

 デザートも食べ終え、楽しかったバーベキューも、終わりの時間が迫っていた。

 それでも、まだまだ会話が途切れる様子は見られなかった。


「わたし、ちょっと・・・お花摘んでくるね!大きい方!」

「ちょっと紫音!それ、大便ってわかっちゃうから!アイドルは大便なんてしないの!」

 『ふふっ!』と呟くと、紫音は、プールサイドからリビングへと続くドアを開け、中へと入っていった。


 紫音が中に入って、数分が経過した。

 鎮火したバーベキューコンロに反し、八人の会話の熱は、ますます上昇していた。

 そんな、何気のない一時だった。


 突如、不動堂が何も言わずに、リビングへと続くドアに向かって走り出したのだ。

 トイレでも我慢していたのか?一瞬、そんなことを考えた裁。

 だがすぐに、その左手を何かに強く引っ張られた。

 それは、紫乃の右手だった。引っ張られるままに、裁は、紫乃と走るような格好で、不動堂に続いて部屋の中へと入った。



 東條家の別荘は、玄関から入ってすぐにリビングがある。

 向かって正面の壁は、一面がガラス張りだった。そこから臨むのは、プールと海。

 その時間、リビングと景色を遮るガラスの壁は、全てをカーテンで覆われていた。

 皆がプールサイドに出ている中、誰もいないリビングは、常夜灯のみが点灯し、ぼんやりとした明るさが保たれていた。


 リビングへと入った裁。

 最低限の照明だった屋外と同等のその明るさに、裁の目は、すぐに順応した。

 そしてその目に映った光景。


 先に入った不動堂は、左斜め前方、三メートル離れた床に、うつ伏せで倒れていた。

 そして、右斜め前方。三階へと続く階段のすぐ先に、紫音の姿があった。

 そしてその二人とは別に、そこには三つの影があった。

 いずれも黒い目出し帽のようなものを被り、全身黒ずくめの格好をしていた。

 まるで、強盗の仮装で、女装バーベキューに混ぜてと言わんばかりのその格好。だが、それは間違い無く、場違いだった。

 なぜなら、その男のうちの一人が、紫音の背後から手を回し、その口を塞いでいたからだ。



「んだよ・・・大人しくバーベキューしてろっての。なんだ?連れションか?」

 後に入ってきた裁と紫乃の姿を見て、真ん中の黒ずくめがそう言い放った。

「だ、誰ですか、あなたたち・・・」

「るせえ、勝手にしゃべんじゃねえ。とりあえず・・・そこのドアのカギ閉めろや」

「な・・・」

 状況がわからない裁は、無意識に一歩、前に出ようとした。

「おい、勝手な動きすんなよ?これ、見えねえのか?」

 紫音を押さえている黒ずくめは、『これ』を動かした。薄暗い中で動く、その黒いもの。

 裁はこの五か月ほどで、それを二回、しかも間近で見たことがあった。

 それは、拳銃だった。


 紫音は、黒ずくめに口を押さえられ、さらに、頭に銃をつきつけられていたのだ。

「早くカギ閉めろ。はい・・・さん、にぃ、いちぃ・・・」

 発砲するカウントダウンか、よくわからない状況の中、だが、裁は紫乃と手を繋いでいない方の右手で、そのカギを閉めた。

「はい、よくできました。お利口さんですねぇ・・・しかし、ガキばっかだな」

「ああ、こんなガキ共が別荘で優雅にバーベキューか?しかもなんだ?仮装パーティーか?良いご身分だな。こいつら、何の苦労もしねぇで生きてきたんだろうな」

「全くだよな。不平等な世の中だぜ。とりあえず、一発殴っとくか?先に来たこいつみたいに大人しくさせとく?」

 黒ずくめの三人が、低い声で笑いながら何か会話をしていた。

 その声から、三人とも男性であることはわかった。


「あなたたち、何なのですか・・・?」

「しゃべんな、って言ったよな?・・・ああ?この状況見りゃわかんだろ?育ちの良いその頭で、自分で考えてみろや」

「・・・じゃあ、目的は何ですか?お金・・・ですか?」

「ああ?そうだな、金目の物が欲しくて入ったけどな・・・ガキしかいねえんじゃ、望み薄だろうが。でもな・・・くくくっ、良いもん見つけたから良いわ」

「ああ。こんな可愛い女、なかなかいねえよな!」

「しかも、何この格好?まだ脱がせてねえのに、すでにきわどいんだけど?」

 トイレに入るためか、紫音は背中の翼を外していた。

 だから、ただ最低限の白い布が巻き付けられているだけの格好だった。

 そして、男たちの話しぶりから、紫音があの国民的アイドルであることには気付いていないようだった。


「・・・その子を、どうするつもりですか?」

 紫音と呼ぶことで、事態が良からぬ方向に動くと思ったのか。紫乃は、その名前を伏せた。

「俺らと一緒に帰って、良いことするだけだ。安心しろよ、殺しはしねえからよ!」

「ああ、そうだな!でも、中身は死んじまうかもな」

「ぎゃはは!言えてるぜ。でも、こんなにお友達がいるんだから、慰めてもらえるんじゃね?」


「そんな・・・お、お金なら準備しますから・・・お、お父さまに言えば、いくらでも・・・だから・・・」

「お父さまだってよ!どこぞの社長の娘か?・・・でも、そんなもんいらねえな。時間はかけたくねえんだよ。リスクが増えるだけだからなぁ。

 このままこいつ連れて帰って、俺らが気持ち良い思いして、しかも写真とか動画撮って・・・いくらで売れるかわかんねえよなぁ?」

「こんな強盗よりよっぽど稼げるわな」

「これで足洗っても良いんじゃね?」


「そんな・・・」

「つうか、うるせえんだよ、お前・・・ん?なんか、似てるな、お前ら・・・双子ちゃんか?」

「おお、こりゃ、二人セットの方が良いんじゃね?」

「お買い得だな!ぎゃはは!」


 いつもは口が達者な紫乃も、この三人には話が通じないと思ったらしく、押し黙った。

 裁の左手を握るその手は、冷たく、震えていた。


「動いたら撃つからな?」

 紫音に銃を突きつけている男がそう言い放つと、左端の男が、紫乃に向かって歩み寄ってきた。


 『何も、できない・・・』

 力尽くでしか物事を解決できない裁は、紫乃と手を繋いでいない方の拳を強く握りしめた。

 脳の血管が膨張し、血のにおいを感じた。

 正常に物事を考えることができない。そんな頭で、だが必死に、何かできないかを考える。

 思考がスローモーションなのに対し、男は等速で近づいてくる。

 その距離、およそ二.五メートル。

 もしも二メートル以内に近づいたとしても、状況が変わるようなものは発現されないだろう。

 拳銃を持っている男とは違い、何も持っていないその男を取り押さえることは容易い。

 だが、もしもそんなことをしたら、銃を持った男は、躊躇無く発砲するに違いない。

 


 ・・・ここで裁は、あることに気が付いた。

 震える手で、紫乃が、裁の手を小さく引っ張っていたのだ。

 何かを伝えようとしているのか。

 裁は、紫乃の目を見た。怯えるその目で、紫乃は、

『紫音を見て』

 そう訴えかけてきた。

 裁は、紫音を見た。目線で勘づかれないように、近づいてくる男を見る視界の隅に、紫音の姿を捉えたのだ。


 紫音は、泣き腫らして怯えるその目で。

 紫音に銃を突きつける男は、目出し帽の奥で、ほくそ笑む目をして、こっちを見ていた。

 そして、その二人の後ろ。

 

 人が、一人、立っていたのだ。

 さっきまでうつ伏せで倒れていたはずの、不動堂だった。


 恐怖と動揺から、その存在は裁の意識からすっぽりと抜けていた。

 なぜそこにいるのか。なぜ誰も気付かなかったのかは、今はどうでも良かった。

 大事なのは、不動堂がこれから取るであろう行動。そして、不動堂のその行動に合わせることだった。


 近づいてくる男を見ながら、視界の隅で不動堂の動きを注視する。

 不動堂は、ゆっくりと、だが、紫音に突きつけられた銃の、銃口を握った。

 そして・・・


 『バンッ』


 短く、爆発するような音が鳴った。

 不動堂の決死の行動により、銃は、天井に向かって発砲された。

 そして、発砲直後、

 「んだ・・・て、てめえ、いつの間に・・・」

 不動堂に気付いたその男は、紫音の口を押さえていた手をほどいた。そして、まだ銃口を握る不動堂を振りほどこうとする。

 なんとかその手を離さないように耐えているのか、それとも銃口が熱いのか。不動堂の表情はひどく歪んでいた。

 

 今にも振りほどかれそうな状況。

 だが、そのとき、裁は既に地面を蹴っていた。

 約三メートルの距離を助走に、銃を持った男の脇腹めがけて、全力で体当たりした。

 裁の肩に、男の骨が砕ける感触が伝わり、次の瞬間、男は玄関側の壁に向かい吹っ飛んだ。


 『ドオォォン』という地響きが鳴る。

 不動堂は、裁が体当たりをする瞬間にその手を離したらしい。

 崩れ落ちる紫音を受け止めると、かばうように、その場に倒れ込んだ。



 壁に叩き付けられた男は、白目をむいて、壁に埋まるように気絶していた。

「・・・う、嘘だろ?おい!く、車、出しとけ!」

 紫乃に近づこうとしていた男が、もう一人の立ち尽くしていた男に指示をした。

 指示された男はすぐに走り出すと、玄関のドアを開けて外へと出てしまった。

 そして、

「ちっ・・・でも、あいつを人質にして・・・連れて帰れば・・・」


 玄関から紫乃へと目線を戻した男は、再び紫乃に向かって・・・いけなかった。

 裁が突進したタイミングと同時に、紫乃はプールへと続くドアのカギを開けていたのだ。

 ドアが開いて、まず飛び込んできたのは、天照奈だった。


「・・・ちっ、面倒くせえ・・・ガキばっか・・・って、でも、女かよ!しかも、ちょうどいいじゃねえか。こっちもかなりの、こっちの方が上玉じゃねぇか?」

 天照奈を見て、男は歩く勢いを増し、走り出すと、飛びかかった。

 天照奈に抱きつくとすぐに、後ろから首に手を回す。

「動くなよ?動いたら・・・この細くて綺麗な首がスパッと切れちまうぞ?」

 男の手には、いつの間にか、大きなナイフが握られていた。


 天照奈が部屋に入ってからは、あっという間の出来事だった。

 だが、周囲を見回し、すぐに状況を察したのか。

 天照奈は、微笑んだ。

 とてもこの場には似つかわしくないその表情。だが、その場にいる誰もが、その表情を見て、安心感を与えられたのだった。



「動くなよ?大人しく、俺と入り口まで歩けや」

 男の言うとおり、天照奈は大人しく、ナイフを首に突きつけられたまま歩いた。

 紫乃から離れ、そして玄関へと近づいていく。

 裁は、手を上げて後ろに下がると、男から三メートルの距離を取り・・・構えていた。


 玄関のドアに一メートルまで近づいたところで、天照奈は歩みを止めた。

「お、おい、てめえ、勝手に止まるんじゃねえ・・・」

 そして、天照奈は『普通に』男の手からすり抜けると、振り返り、紫乃に向かって走り出した。

「はぁ?ってか、押さえてたはずなのに・・・くそっ、待ちやが・・・」

 男が振り返るのと同時に、裁が男に突進した。

 先ほどの男と同様に、だが、今度は玄関入って右側の壁に、めり込むように衝突した。


「天照奈ちゃん、紫乃ちゃんを見てて!あと、太一くんと綱くん、紫音ちゃんと不動堂くんをよろしく!」

 部屋に入ってきた三人に声をかけると、裁は玄関のドアへと走ろうと、体勢を整えた。

 だが、外から聞こえる大きな声と音が、その足を止めた。


「んだ、このガキ共・・・え・・・ひっ、や、やめ・・・」

 『ドンッ』

 地響きのような音のすぐ後に、玄関のドアが開いた。

 顔を覗かせたのは、皇輝だった。

 中の様子を一瞬で確認すると、

「・・・こっちの二人の方が重傷だな。まあ、死んでても仕方が無いだろう・・・」

 そう呟いた。

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