153話 サイ粒子
「実際、みんなの声からスイカの位置を推測するのは可能だったと思う。
・・・でも、天照奈ちゃんの言うとおり、あのときは三半規管の異常で、思考回路もぐるぐる回って機能しなかったんだ。
だけど、ふと、気付いた。目隠しをして真っ暗なはずなのに、周囲に白いものが見えたんだ。
・・・いや、感じたって言うべきかな・・・?」
「白い、もの?」
「金の玉ではなくて、白い、もの、ですか?」
「・・・うん。ある程度の距離までは、その白いものは姿形がある程度はっきりしていて、その距離から離れるほどぼんやりする」
「もしかして、それで人もスイカも見えたってこと?」
「うん。まず初めに見えたのは、一番近い位置にいた相良くん。そして、遠くにすごくぼんやりとだけど、スイカが見えたんだ」
「まるで見えているかのようにスイカを叩いてたもんね。それで、その・・・距離は?はっきり見えるのと、ぼんやり見えるのはどのくらいまでなの?」
「うん・・・たぶんだけど、僕のこの体質とも関係するんじゃないかと思うんだ。はっきりと見えたのは、周囲二メートルの範囲。そして、スイカがギリギリ見えるくらいだったから、たぶん五メートルくらいまでじゃないかな?」
「二メートル、か。裁くんの体質が人に影響を及ぼす距離と同じ。つまり、裁くんの周囲二メートルには、何か結界のようなものがあって、その範囲に入った人に影響を及ぼすし、センサー機能みたいなものも働く。
二メートルより離れると、体質は影響しないけど、ぼんやりとセンサー機能だけが働く・・・」
「漫画の読みすぎって言われそうですけど、そんなイメージですかね。でもそれって正直・・・使えますか?」
「うん。僕もちょっと考えてたんだけど。このセンサー機能みたいのが働いて、近づきそうになったら警告でも出してくれれば助かるよね?
だけど、今までそんなのを感じたことは無いし。それなら、目視で十分だと思うんだ・・・。
残念だけど、『そんな機能もあるんだ』『へぇ』って感じかな」
「あ、でも、悪い人に捕まって目隠しされたときには役に立ちそうですよ!あと、真っ暗なところでの接近戦とか!」
「どっちも滅多に無いよね?目隠しされたら、普通拘束もされてそうだし!しかも真っ暗なところで戦いを挑む人って、きっと対策してくるよね?」
「でも裁くん、一日に二回も人質にされるくらいの悲運スキル持ちだから・・・」
「そうだった・・・そうか、そう言われると、最近変な出来事起きなくなったな。平和で良いけどね!」
「最近、すごい生い立ちを聞いたことありましたよね?あれを大きな出来事と言わないのであれば、無いですね」
「・・・最近、事件に巻き込まれていないな。に訂正願います」
「ところで、その白いのって、何が見えるのです?ラブくんとスイカが見えたとは言ってましたけど」
「見えたのは、人間とスイカだけだよ。自分自身も見えて、でも、手に持ってた棒は見えなかった。他にも、プール、ビニールシート、建物なんかは見えなかったよ」
「・・・動植物は見えたってことですか?もしかして・・・服も見えなかったのではありません?きゃっ、服の下を透過できちゃうってこと!?じゃあ、ボクの棒は見えましたか!?」
「紫乃ちゃんの、棒?あのとき、何か持ってたっけ?・・・その、見えるのは人の形とか輪郭なんだけど。服を着てるかどうか、表情まではわからないかな」
「ちょっとぼんやりした、白いマネキンみたいな感じですかね。・・・なぁんだ、じゃあ、透過できるわけじゃないし、お風呂を覗いてもぼんやりしか見えないんですね?ふんっ、つまらない能力ですこと!」
「たしかにつまらないし、使えないかもしれないけど・・・でも、今ふと思った。これ、体質の検証に使えるんじゃない?」
「・・・そっか。壁越しの人とか、背後の人、二階にいる人とか。もしもその能力で見ることができたら、裁くんの体質が影響する可能性が高いってことだね?」
「うん。だから、まずは壁越しでやってみて、そのセンサーでの反応と体質の影響とが一致するか、確かめてみたいな!」
「じゃあ・・・ボクが天照奈ちゃんに触れるかを確認する役をやりますね!うふふっ!」
スイカ割りのときに、男どもが装着した目隠しのように、紫乃の目がハートに変わった。
「紫乃ちゃん、これ、スイカに貼ってあったシール。触るんじゃなくて、このシールを貼れるかどうかで確かめてね!」
「ぐっ・・・ぼ、ボクが持ってない、そのお胸のふくらみを触るのが、間違いが無くて良いのでは?」
「ほら、この丸いシール、金色に光ってるよ?金色で丸いの好きだもんね?しかも二枚あるよ?このシールで良いよね?」
「ぐっ・・・ま、まさか女神が下ネタ道に足を踏み入れるとは!?いや、天然ですか?・・・これで大満足・・・い、いや、せめてその均整のとれたお尻で・・・」
「それとも、紫乃ちゃんの体質で試す?傷が付いちゃうかもしれないけど、良い?」
「・・・ボク、天照奈ちゃんの声では傷を受けませんからね!まさに運命の女神!だから・・・」
「仕方無い。じゃあ、裁くんにちょっと大きな声出してもらおうか?」
「ぐっ・・・そこまで触られたくないんですか!友達で、しかも親戚ですよ!?」
「触る触らないじゃなくて、変なところに触ろうとするからでしょ!二択です。シールを貼るか、貼らないか」
「!?・・・シールを、貼ります」
いつもより粘った紫乃だが、諦めたのか、大人しくシールを受け取った。
天照奈と紫乃は、ともに玄関のドアを開けて外へと出た。
裁の位置から二人までは、約四メートル。その間を遮るのは、ドアと壁。
裁は目を瞑り、その姿を捉えてみた。
「うーん、かろうじて、二人がうっすらと見える、かな」
「こっちは、シールが貼れませーん!」
それぞれの結果を、壁越しでも聞こえるように大声で知らせあった。
普通なら裁の体質が機能していないところでの大声は、紫乃にとって危険だが。なぜか紫乃は、天照奈の声には傷つかないのだった。
それは、お風呂強襲のときに命がけで気づいた、紫乃にとって運命的に嬉しい事実だった。
裁は、今度は玄関に背を向けてみた。
「今度は背中を向けたよ。背後も・・・おお、目を向けなくても同じように見える!?ねえ、これはすごいんじゃない?」
「当然ですが、天照奈ちゃんの可愛いお顔にシールを貼れませーん!早くこっち来てください!」
玄関のドアに近づいた裁。ドア越しに二人との距離は五十センチくらいになった。
「・・・はっきりは見えないけど、さっきよりは格段に良く見えるよ」
「やった、シールを貼れました!」
「今度は背中向けてみるね。どう?」
「もう一枚、シールを貼れましたよ!」
まずは、壁越しと背後の検証を終え、両頬に金色のシールを付けた天照奈と、紫乃が中に戻ってきた。
「今、二人との距離はさっきのドア越しと同じで五十センチ。目を閉じると、二人の姿ははっきり見える。でも、壁越しだと、同じ距離でも少しぼやけてたよ」
「てことは、遮蔽物があると、体質の影響が少し弱まる・・・のかもね」
「たぶん、そうだと思う」
「ちなみにここの、リビングの真上に紫音がいますけど。距離は二メートル無いくらいでしょうか。紫音の姿、見えますか?」
「・・・うーん、ダメだ、全然見えないね」
「同じ壁越しでも、見える場合と見えない場合がある・・・もしかすると『隙間』かな?」
「隙間・・・そうか。じゃあ・・・例えば、イメージだけど。僕を中心とした半径二メートルの範囲を、微細な粒子が覆っているとする」
「ふむ。微細な・・・サイ粒子と名付けましょう!」
「・・・遮蔽物があると、その粒子は遮られる。でも、そこに少しでも隙間があれば、その粒子は隙間を抜けて、半径二メートルを保とうとする。
その隙間が小さいほど、隙間を抜けた粒子の密度は小さくなるから、体質の影響力も小さくなる。天井とか床の場合、一枚板みたいな感じで、隙間が無いから・・・体質も影響しない?」
「なるほど。その考えだと、床や天井がある場合の上下方向は気にしなくて良い、と。何気なく乗ってた高校の二階建てバスも、本当は危険だったのかもね。もしかしたら知らないうちに一人や二人犠牲になってるかな、なんて心配だったけど」
「上下方向がギリギリ二メートル無いくらいだもんね。でも、この考えが合ってるなら隙間は窓にしかないから、気にしなくて良さそうだね」
「ふむ・・・というと、別宅のお風呂とお風呂を遮るあの壁は・・・ああ、でも換気孔が繋がっていれば・・・いけるんじゃないですか・・・?」
「紫乃ちゃん、何をぶつぶつ良からぬことを考えているの?・・・とにかく、全部憶測だから、検証してみよう?」
「じゃあ、サイくん。紫音の部屋に行ってください!ここのちょうど真上だと・・・二メートルも無いでしょう。所定の位置に立ったら床をノックして教えてくださいね!」
紫乃に言われたとおりに二階に上がった裁。
紫音の勉強の邪魔にならないように息を殺して、ノックもせずに部屋に入った。
「・・・サイサイの、一つ目の目隠し姿、良かったなぁ・・・うっかり写真取り損ねちゃった・・・」
「あ、じゃあ、もう一回付けようか?顔が隠れるから、僕自身あんまりダメージ負わないし」
たまたま裁のことをつぶやいていた紫音に、ついつい反応してしまった裁。
「うん、ありがとう。・・・・・・って、えっ!?えっ!!?さ、サイサイ!?な、何やってるの?いつ部屋に入ったの!?
も、もしかしてこの状況・・・やーん!時間が早いけど、夜這い?早寝早起き早夜這いってやつ?」
「ごめん、ちょっと何を言ってるか・・・えっと、ここら辺だよね・・・」
もともとほとんど持ち合わせていないデリカシーをすっかり忘れた裁。
何事も無かったかのように床に耳をつけると、目を閉じた。
「真下にいるはずなのに、やっぱり全く見えないや・・・」
裁は、床をノックして、下の二人に知らせる。
すると、二人は、裁にも聞こえるようにと、大きな声で結果を教えてくれた。
『あ、聞こえましたよ!さぁ、天照奈ちゃん。どこを触ってほしいですか?』
『触っちゃダメだよ?とりあえず、さっき貼ったシールを剥がしてみて?』
『・・・取れません・・・いやーん、触れませーん!』
『だってさ。下りてきて良いよ、裁くん!』
「うん。ごめん、紫音ちゃん、お邪魔しました!・・・あ、そうだ。僕も見てみたいな、紫音ちゃんの『クロサイ日記』」
「・・・サイサイよ」
「うん?」
「デリカシー無い罪で逮捕します」
「!?」
「わたしの部屋に檻を準備するので、一生そこで暮らしなさい!三食骨付き肉が付いて、勉強し放題。どうです!?」
初めて見る、紫音の怒った顔。
さすがに、『女の子の部屋にノックもせずに入ったこと』『内緒でつけている日記に触れたこと』がデリカシーの無い行動だということに気付いた裁。
「ご、ごめんなさい!・・・謝るのと、あと・・・そうだ。クロサイを調べるの、何か手伝えないかな!?」
「・・・良いの?じゃあ、サイサイ、サイクロプスのポーズして!棍棒を振りかぶって、足で何かを踏みつけようとするポーズね!それで許してあげます!」
『クロサイと、僕がサイクロプスのポーズをするのとに何の関係が?』
『そ、そうか。クロキサイの『サイ』って、サイクロプスのことだったんだ!』
『紫音ちゃんは黒サイじゃなくて、黒いサイクロプスが大好きだったんだ!』
新たな勘違いをするも、少し真相に近づいた裁。
その後、一階に降りることができず、紫音のクロキサイデッサン会に付き合ったのだった。