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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
夏休み(前編)
149/242

149話 とある展開

 八人がプールに入って、二十分が過ぎた頃。

 紫乃は一人、焦っていた。

 入り始めこそ、みんな、ビーチボールを使って仲良くはしゃいでいた。

 それはもう、『キャッキャ!』という表現がふさわしいほどの、キラキラした光景だった。

 一部の男に至っては、水着の美少女たちとの戯れに、涙すら流した。

 それはもう、『プールが塩水になってしまうのでは!?』とさえ思えるほどだった。


 だが、今は・・・皆きっと、こう考えているだろう。

 『この時間、あと四十分もあるのか・・・』と。


 泳げるほどの広さではないし、砂浜があるわけでもないから、仕方が無いのだが。



 しょっぱなの勉強時間で既に失敗をしている、今回のお泊まり会、発案者の紫乃。

 何とかこのプールの時間を乗り切れないものかと、夏の魔力によりデバフがかかった頭で、必死に考えていた。

 そして、そんな紫乃の様子をすぐ隣の定位置で見ていたさい

 紫乃の様子からその考えを察すると、自分にも何かできないものかと、必死に考えた。

 そして裁は、とある話題と、その先のとある展開を思い描いた。


「・・・見て、ほら、すごい渋滞だよ。一、二・・・片側五車線もあるのに、公園の入り口で五〇〇メートルくらい渋滞してる」

「そうですね・・・こんなに渋滞してまで、何でみんな、海に入りたいのか。とある偉い人はこう言いました。『そこに海があるから』と」

 残念なくらい思考力と語彙力が低下している紫乃。

 それでも裁は、なんとか展開を変えるべく、話を続ける。


「でも・・・あれ?一番海側の車線だけ・・・果てしなく渋滞してるよね。公園に入るわけじゃないし・・・なんか、一つの建物の前に並んでるような・・・」

「ああ、裁。俺、あの渋滞の正体知ってるぞ!」

「ドードーでも知ってることを、何でボクが知らないのですか?」

「いや、それは知らないけど・・・とにかく、あれは・・・」

「海の家のドライブスルー、でしょ?」

「そ、そうそう。何だ、天照奈あてなちゃんもニュースで見たの?海の家がオープンして以来、常に五キロ渋滞は当たり前だってさ」

「へえ、そうなんだ!わたしはただ、見えたからわかっただけだよ」

「見え、た?でも・・・ここから公園の入り口までは近いけど、海の家までは一キロ以上あるから、肉眼じゃ見えないよね?」

「わたし、目が良いの。視力が七くらいあるんだ!」


 この女神、まだそんな高スペックを隠し持ってたのか!?

 皆がそう思ったが、皆が畏れを為して、誰も何も言えなかった。



「あの海の家、きっと、皇輝がバイトしてるところですよね?ドライブスルーだけでもここまで超絶繁盛・・・?」

「あ、公園の中にも行列が見えるよ。千人くらい並んでるね!」

「ぎゃーっ!超絶忙しいとは言ってたけど・・・一体、何十人のバイトを雇ってるんですかね」

「でも・・・すごいよ?流れが速いというか・・・行列ができてるけど、誰一人止まってはいない・・・」

「おお・・・皇輝の力でしょう。何千人という大行列をも捌く、何らかのシステムを構築したに違いありません・・・」

「それなら、バイトじゃなくて自分で店開けば良いのにね・・・」


「でも・・・いくら流れが速いとは言っても、あの列に並ばないといけないよね・・・」

「ですね。このあと、お昼ご飯を調達して、スイカ割りをする予定だったのですが。あの行列に並ぶ時間は考えていませんでした」

「じゃあさ、今のうちに並んで、買っておこうよ!どうせこのままじゃ時間の無駄・・・んんっ、時間に余裕もあることだし」

「サイくんの言うとおりですね。なんだかグダグダ・・・んんっ、時間もあるので、じゃあ、お昼ご飯調達組をつくりましょうか!」


「よし!体質的に、俺と相良あいらが適任だろう。ちょっくら行ってくるわ!」

「おお、瞬矢の言うとおりだぜ。あんな列に並んだら、忍耐力を鍛えられそうだ!並んでるおとことのイメトレで、あっという間に時間も過ぎちまうだろうしな!」

「でも、ドードーよ」

「なんだい、紫乃ちゃん?」

「調達するのが『八人前』などと、甘い考えを持っていませんか?」

「ああ、大喰らいが一人とサイクロプスが一匹いるんだったな・・・『二十人前』ってとこか・・・太一、悪い!一緒に来てくれ!」

「もちろんだよ!ていうか、何で声かけられないんだろうって思ってたよ?」

「いや、紫乃ちゃんのペット・・・じゃなくて、お気に入りを置いていかないとな、と思って。あははっ!深い意味は無いから気にするな!」


 調達に行く行かないの話。声をかけるかけないの話。気にする気にしないの話。

 そんな会話を見て、つなは一人、考えていた。

 『俺は何で誘われないのだろう』と。

 『そういえば、こいつらはみんな友達。俺、何でここにいるんだっけ?』と。

 『ここで、俺は!?って声をあげるべきかな?』と。


 そんな綱の様子を察したのか。珍しくドードーが綱に声をかけた。

「ああ、綱は残り組な!」

「・・・何でだよ!俺、男だし、か弱くないし、どっちかと言えばそっちに行った方が良いだろ?」

「いや、男とか強いとかは関係無いだろ?違う、お前さ、無理矢理連れてこられたんだから、どっちかと言えばゲストだろ。

 それに、調達組の俺らとは電車で一緒だったけど、まだあんまり話せてないし。炎天下の中で気を使うのも疲れるだろうからな。

 あとで、ご飯食べながら男子トークしようぜ!明日の買い出しは一緒に行こう」

「・・・わ、わかった」


「ドードーよ」

「なんだい、紫乃ちゃん?」

「やっぱりあなた、キモいだけじゃなくて、良いヤツですね。一回絶滅しただけでこれなら・・・」

「いや、もう一回絶滅しないよ!?」

「ぶふっ!じゃあ、暑い中すみませんが、調達をお願いしますね!」

「おおっ!」



 調達班の三人は、プールから出てると体を拭き、Tシャツを着用した。

「あ、ちょっと待ってください・・・日頃からお世話になってるからって、お父様が軍資金をくれたのです」

「いや、良いよ紫乃ちゃん。無料ただでこんな別荘に泊めてもらえるんだし。しかも日本一、いや、宇宙一の美少女二人とのお泊まり会だぞ!?こういうとこでお金出さないと、さすがに申し訳無いだろ」

「おお、そうだぜお嬢。俺、お嬢のボディーガードとして雇われてるけど、あの高校の敷地内じゃあ、何も起きるわけが無いんだ。割が合わないってずっと思ってたぜ?だから、こんなときくらいおごるぜ!」

「僕もだよ。天照・・・とある上客のおかげで、バイト先のスーパーの売上げがすごくてさ。時給が二倍くらいに上がったんだよ!」

「あなたたち・・・」

「何食べたい?定番は・・・焼きそば、イカ焼き、フランクフルトあたりか?」

「そんな気持ちだけで十分ですよ。強いて挙げるなら・・・伊勢海老の塩焼きでしょうかね。それか、フォアグラ串かな!」


「お、おお・・・あったら、買ってくる。無いことを望むけどな!あと・・・会えるかはわからないけど、天照台に伝えることはあるか?」

「そうですね。じゃあ、ひとつだけ。『お代、もちろん無料だよね!って、天照奈ちゃんが言ってたよ!』と、伝えて下さい」

「『天照奈ちゃんが言ってた、と言えと、紫乃が言ってたんだろ?』って言われそうだな・・・じゃっ、行ってきまーす!」


 手を上げて去り行く三人の後ろ姿。

 見送る四人・・・いや、不動堂以外の七人は皆、同じことを思っていた。


 『あ、金のブーメランパンツで行くんだ・・・』と。


 だが、『面白いから良いか』と思い、誰も何も言わなかった。




「さて、サイくん。まずは、良い展開をつくってくれてありがとうございました。そして・・・ついでに、邪魔者はいなくなりました。ということですよね?」

「うん。・・・あのさ、綱くん。聞きたいことがあるんだけど、良い?」

「邪魔者、だと・・・?あいつらがいないところで、俺に何を聞くって言うんだ?」

「あ、ごめん。変なことでは無いんだ。ただちょっと気になることがあって・・・その、綱くんの体質のこと、なんだけど」

「た、体質?何のことだ?」


 そう、裁が気になっていたこと。それは、ここにいる、裁の本当の体質を知る三人も同様だった。


 勉強時間に、正常な判断ができなくなっていた裁は、綱に近づいてしまった。

 そこで綱から発現されたのは、自分を『ボク』と名乗る、『好青年』のような『可愛らしい』ような、普段とは全く違う綱だったのだ。

 これまで近づいた経験から考えられること。

 綱は、何らかの理由で『自分をボクと呼ぶ』ことを我慢していたのだろう。

 あるいは、何らかの理由で、本当の性格を隠して虚勢を張る必要があったのかもしれない。


 でも、ここまでなら、ただ我慢していたことを発現させてしまった。と思うだけ。

 問題は、裁がまた二メートルの距離を取ってからだった。

 一度発現させたモノは、二十四時間は元に戻らないはず。だが、綱は、元に戻ったのだ。


 裁の父の『ペットボトル理論』によると、裁が近づくことで、最も強い思い、あるいは我慢の入ったペットボトルが倒れて、中身がこぼれる。

 その後、裁が離れても、ペットボトルは倒れたまま。

 だけど、少しずつ、こぼれたものを回収しながら、二十四時間かけてそのペットボトルは起き上がる。

 このときに、こぼれたモノを拭えば、起き上がっても、その思いは無くなっている。拭わなければ、元の強い思いに戻る。

 これが悪なら、正さなければまた悪人に戻ってしまう、という考えだ。


 そして、裁の体質には、もう一つの力があった。

 特殊な体質を持った人間に近づくと、近づいているときだけ、その体質が無効化されるのだ。

 例えば、紫乃の『極端に音に弱い体質』。肌を何かで覆わなければ、小さな音にでも、その肌は傷を負ってしまう。

 だが、裁が近づくことでその体質は無効化、普通に戻るのだ。

 そして、離れれば、また音に傷付く体質に戻る。


 つまり、今回の綱の案件。

 『何か、特殊な体質を抱えているのでは?』という疑問が出たのだった。



「その、何か、人とは違う体質を抱えてるんじゃないかと思って・・・ああ、でも、言いたくなければ、言わなくても良いからね?

 その・・・ここにいるみんな、それぞれ特殊な体質を抱えてるんだ。何かあれば話を聞くこともできるし、何かしてあげることも、あるかもしれない」


 裁たちは、綱の警戒心を解くために、まずは自分たちの体質のことを話した。

 もちろん、裁と天照奈は、中学校まで親に教えられてきた『嘘の体質』のことを話したのだが。

 ちなみに、紫音の場合、特殊な体質というよりは『類い稀な才能』だったのだが、その場の雰囲気で、『美少年よりクロサイが気になって仕方無い』という謎の体質をつくりあげていた。


「・・・みんな、いろんな我慢をしてきたんだな。それなのに、今は、普通に・・・。俺も・・・そうだな・・・笑わないなら、話してもいい」

「笑いませんよ。だから、話してみてください。ああ、ひとつだけ言っておきましょう。今は笑いませんけど、あとで笑い話になる可能性はありますからね?

 さて、綱はボクたちの不幸自慢を上回ることができるでしょうか!乞うご期待!」

「ハードルを上げやがった!?・・・話すけど、でも、恥ずかしいから、あんまりこっち見ないでくれよな?」

 綱は俯くと、耳を少し赤くした。

 口調は変わらないが、仕草や雰囲気は、どこか可愛らしい。


 普段のオラオラ系からのギャップ。

 可愛いもの好きの紫乃と紫音、そしてギャップに萌える体質なのか、天照奈も、キュンキュンし始めていた。



「あれは、小学三年生になったばかりのことだった」

 綱は、当時ことを振り返り始めた。


 『あ、語りから始まるんだ・・・』

 最近、こんなシリアス展開多いな。皆がそう思ったが、空気を読んだ。

 紫乃ですら、つっこまずに大人しく話を聞いたのだった。

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