148話 水着お披露目会
「海に来て、勉強から始まるって無いよな・・・おい、相良、そんな格好でいられると集中できないんだけど!」
「おお、さすがにシュノーケルは場違いか?すまん、瞬矢!」
「いや、どう考えても浮き輪の方だろ!」
以前の勉強会とは打って変わり、賑やかな勉強時間が始まった。
「ねえ、綱くん。いつもどのくらい勉強してるの?勉強方法は?」
既に勉強スイッチが入った裁は、開始一秒で綱に近づいた。
「・・・二時間、かな。ボク、いかに要領よく勉強するか、それを考えるのが好きなんだ!まず、勉強の流れを十分で決めて、百分で勉強。そして、残り十分で反省して、次回の勉強に生かすんだよ!裁くん、だっけ?君の勉強方法、教えてほしいな!参考にしたいし、もしもアドバイスできることがあれば、喜んでするよ!」
「!?」
聞き慣れない誰かの話し方に、みんなの視線が一斉に注いだ。
「あれ?もしかして、みんなも勉強方法を教えてくれるの?ボク、嬉しいな!」
さっきまで『俺』『うるせぇ』と怒鳴り散らしていた綱の変貌に、皆が目を見開いていた。
「だ、誰ですかあの好青年風のツナロウは!?・・・あっ!!さ、サイくん!?」
「裁くん・・・そうか、勉強スイッチでおかしくなっちゃったんだ・・・」
勉強スイッチの入った裁は、綱と三〇センチの距離に近づいていたのだった。
「ぎゃーっ!サイくん、ボクの・・・ボクのツナロウを返してよーっ!」
紫乃の叫びに似た懇願に、我に返った裁。
もう遅い・・・そう思った裁だったが、慌てて二メートルの距離を取り直した。
すると、
「・・・な、なんだ?なんでみんな、俺を見てるんだ?・・・おい、見るんじゃねぇ、勉強しろよ!」
急に、元の虚勢張りに戻った綱。
「・・・え?どういうことです?ボクのツナロウが・・・戻ってきましたよ?」
「僕が近づいて・・・何かが発現した・・・でも、離れたら、戻った!?・・・もしかして何かの体質が無効化されたってこと!?」
「いや、虚勢張ったり悪態付くのは性格じゃないの?何その体質!?」
裁の本当の体質を知らない人間が多いため、綱の謎体質を考察するのは一旦保留とされた。
夏の海の魔力、相良の格好、綱の謎体質。
いろいろなものが支障となり、朝一の勉強時間は、誰一人集中できず失敗に終わった。
「ぶふっ、不測の事態とは言え、出だしから失敗とは・・・ツナロウのことは夜の恋バナまでに片付けるとして・・・そうです、海に行けば良いんです!全て、海が良い方向に導いてくれます!」
「あ、海に行くなら僕、お留守番してるね?」
人の多いところには、無責任に行けない裁。
「ああ、わたしも行かない方が良いよね?うぬぼれじゃないけど、みんな、海水浴どころじゃなくなっちゃうもんね」
前回のシングルCD売り上げが三百万枚を記録した、国民的アイドルの紫音。
「裁くんが行かないなら・・・危険だから、わたしもお留守番するね?水着も忘れちゃったし」
水着を着たくないだけの天照奈。
「ぎゃーっ!ちょっと考えればわかること・・・わたしの思考力がここまで低下していたとは。恐るべし、夏の海!」
「なんだ?女の子二人とも行かない海なんて、何の魅力も無いぞ?」
「ドードーよ、知恵を拝借。・・・夏、最上級の女の子、水着。言いたいことは、わかりますね?」
「・・・ああ、そんなの簡単じゃないか。この別荘、プールがあるんだろ?」
「ええ・・・なるほど。さすがは弱体化無効持ちの、エッチなドードーですね」
「エッチじゃなくて健全って言ってくれ!」
「ふむ。仕方が無いですね。海でやるはずだった全てを、ここのプールでやることにしましょう!あと、水着を忘れたうっかり者の天照奈ちゃん。安心してください。こんなこともあろうかと、天照奈ちゃんにピッタリな水着を用意しましたよ!」
「えっ!?でも・・・」
水着を着ること自体には抵抗の無い天照奈。
なんとなく、『東條家の別荘』『東條家の長男』『東條家の長女』という条件の中で着ることに抵抗があるのだった。
ましてや、紫乃の欲望まみれの水着ほど危険なモノは無いだろう。
そう思った天照奈は、全力で断ろうと、まずはニヤニヤしているであろう紫乃の顔色を窺った。
「・・・あれ?」
あの紫乃が、真面目な顔をしていたのだ。
もしかして、ホストクラブのときの衣装みたいに、ちゃんと考えてくれたのかな?
あ、最近見たあのアニメのあの水着なら着て良いかも!
自分の妄想の中でも、アニメでホイホイと釣られてしまう天照奈。
真面目な紫乃が用意した水着、それは。
「天照奈ちゃんには・・・やっぱり、スクール水着でしょ!」
『うおおお!』と、男ども(二人)の歓声があがった。
「だって、天照台高校ってば、水泳の授業どころか体育の授業すら無いんだもん!本当はブルマ姿も見たいのに!」
「いや、ブルマは絶滅したんじゃないか?」
「天照奈ちゃんも、スクール水着なら良いですよね?だって、ほら、あの動画でも・・・」
「動画の話はやめよう?・・・うん、あれがスクール水着っていうのなら、良いよ。でも、ちゃんと事前に確認するからね?」
「もちろんです!ただ、平仮名で『あてな』って書いた白いゼッケンだけは貼らせてください。そこは譲れません!」
『うおおお!』と、謎の歓声があがる。
「じゃあ、男ども。天照奈ちゃんのスク水と・・・紫音の水着に乞うご期待!」
そう言って紫乃は、紫音、そして天照奈と姿を消した。
残された男ども。
「お、俺たちも水着に着替えようか・・・」
自室に戻り、各々持参した水着に着替えた。
「俺、この日のために一週間悩んだんだけど・・・ほんと、男の人権、皆無だよな・・・」
真っ黒い、中学校のときの水着の三人と、真っ黒いダイビングスーツのような高性能スーツを身につけた裁。
その横で、一際浮いた水着の不動堂は、大きなため息をついたのだった。
一足先にプールサイドに着いた男ども。
二人は意味も無くソワソワし、三人は体育座りをして、女の子たちの到着を待った。
そして、
「お待たせしました!選手入場です!」
プール出入り口のドアの向こうから、紫乃の声が聞こえた。
『選手!?もしかして、競うのか?俺たちが点数をつけるって言うのか?』
いつもどおり解説兼つっこみを受け持ってくれる、便利な不動堂。
「第一お披露目者、東條紫乃。
『誰も期待してない?ふふっ!じゃあ、ハードルを上げまくって、次の人が超えられなくするだけのこと』。
コンセプトは、『付いてる付いてない?ノンノン!可愛いか可愛くないか、でしょ?』
男どもよ、刮目せよ!」
謎の口上が終わると、勢いよくドアが開き、水着姿の紫乃が現れた。
『付いてる付いてないを全く思わせない、フリフリのついた、でもシックな濃紺のワンピース水着でキタァ!
本当に男かよ、と思わせるほどの白くて綺麗な肌。そして男特有の角張った体格でもない!
・・・いきなりこれか!持ってくれよ、俺たちの理性!』
プールサイドを少し歩き、様々なポーズを決める紫乃。
『まさか、紫音ちゃんたちもこれをやるっていうのか!ま、まばたき厳禁だぞ、お前ら!』
『おお・・・お嬢のこと、男として見れなくなっちまうぜ!』
立ち上がり、絶賛興奮中の男二人と、体育座りで拍手をする裁と太一。
綱は、中腰で、だが顔はニヤニヤしていた。
健全度マックス、平均、ゼロ。足して五で割れば平均となる五人。
「さてさて次のお披露目は・・・な、なんと!あの女神様が二番手だと!?こんなことがあって良いのか!
『コンセプトなんて必要無い。ザ・スクール水着!』
『脱いだ後の水着は一兆円からオークションスタート!』
我らが女神・・・天照奈ちゃん、でーっす!」
『うおおお!』
『パチパチパチ』
白いドアが開くと、スクール水着の天照奈がプールサイドに舞い降りた。
検証動画で見せた水着とほぼ一緒。
だが、解像度の全く違うその姿に、男どもの目が一瞬で焼けた。
『め、目が昇天してしまった・・・』
『これで失明しても、悔いは無いぞ!』
『パチパチパチ!』
「くっ・・・予想どおりとは言え、この反応の差はツラいものがありますね・・・でも・・・思った通り、最高です!
実は、良い位置に高性能カメラを設置しているので、あとであの男に売りつけてやりましょう!」
絶滅した目が回復したのか、
『おそらく、名前が書かれたゼッケンを隠さないように、後ろに手を組んでくれているんだよな・・・おお、女神よ・・・俺なんかが形容して良い姿じゃない!』
男二人が膝をつき、こうべを垂れると、お披露目は終了した。
「はい、天照奈ちゃんでした!そしてそして・・・待ってました!
『女神を超えることができるかって?ふふっ、何を言っているのですか!』
『プールサイドの女神はこのわたし』
コンセプトは、『絶滅させちゃうぞっ!』。
宇宙一のスーパーアイドル、紫音の登場でーっす!」
紫乃の入場コールに、男どもの歓声が続く。
だが、そのドアは開くことはなく、一向に紫音は現れなかった。
「あ、あれ・・・?おーい、紫音?」
紫乃が呼びかけるも、反応が無い。
「もしかして女神のスク水に戦意喪失・・・ん?」
紫乃は見た。
体育座りをしている健全度ゼロ男二人の後ろに立つ紫音を。
しかも、手に持った一眼レフカメラを確認しているようだった。
「し、紫音・・・何をしているのです?」
「あ、バレた?だって、天照奈ちゃんの水着姿、脳内シャッターだけじゃ勿体無いんだもん!」
「いや、次はあなたの水着姿を・・・」
「あ、そうだね・・・じゃーんっ!一切露出しないで有名なわたしの、水着姿でーっす!激レアだよん。絶滅しないでね!」
両手を挙げて、その場でゆっくりと回転して見せる紫音。
『び、ビキニ!?』
『おお、紫色か!白い肌がより映えるな・・・別荘の白と相まって・・・水着しか見えないぞ!?』
『しかし・・・何てスタイルだ!これまでテレビや雑誌では、膝上はもちろん、おへそや肩の露出すら無かったのに・・・俺、生きてて良かった。天照台高校に入って、良かった。・・・いや、裁と仲良くなって良かった!』
『お風呂で見た紫乃ちゃんのからだにそっくりだな・・・でも、胸が・・・ん?あれ、鼻血!?』
「健全度ゼロのサイくんが鼻血を・・・ふふっ、紫音の水着の前に説明なんて不要でしたね!これなら絶滅しても本望でしょうに!」
最高潮の盛り上がりを見せ、水着お披露目会も終わりかと思われた。
だが。
「さあ、次は男子の番ですよ?」
「え!?俺たちもやるのか?」
「当然じゃないですか!無料で、あんなにキモい目で見ておいて。自分たちは何もしない、と?」
「いや・・・誰が得するんだよ」
「・・・えっと、ツナロウ、ですかね?」
「だから、俺は男なんて好きじゃない!」
「まあまあ、ボクが面白くいじってあげますから、騙されたと思って。ほら、全員、起立!じゃあ、ラブくんからいきますよ?」
「おお、俺か?」
「はい、身長百八十数センチ、体重九十数キロ。宇宙一の男、ラブくんでーす」
「女子と比べて雑!テンション低っ!」
「あらあら、こちらは思ったとおり、女の子みたいなからだつきですね。女に飢えたドードーに要注意、太一でーす」
「今夜、地獄と俺、どっちを選ぶ?・・・じゃない!何そのキャラ!?」
「次はツナロウ・・・あらあら、意外と筋肉質?何かスポーツをやっていたのでしょうか?」
「ただの疑問!?」
「さあ、来ましたよ。この現実世界に転生してきたサイクロプス。サイくんでーす」
「・・・うん、おそろしいからだしてるよな。ていうか、水着持ってないんだな。紫乃ちゃん、こっちも用意してあげれば良かったのに」
「以上、男どもでしたー」
「・・・俺は!?」
「・・・え?誰が得するんです?」
「それ、俺が最初に言ったよな?・・・いや、やるなら俺も・・・って、まあいいか。感想聞きたかったけどな・・・」
「・・・ぶふぅ・・・やっぱり、我慢できません・・・」
「・・・ぶふふっ!あはははっ!何その水着!」
紫乃と紫音が何かに堪えきれずに、爆笑を始めた。
「え・・・あれ?俺の水着、そんなに・・・変か?」
「だって、だって・・・金色のブーメランパンツって!どこに売ってるんですか、それ!?」
「いや・・・親父に相談したらこれがナウいって・・・」
「ぶふふっ!セクシーアイドルの事務所に潜入しているという、あのパパさんにですか!?ああ、そっち系の専門店になら売ってるかも・・・ぶふふ、あはははっ!ひぇーっ、絶滅しちゃう!」
プールサイドに膝を着いた不動堂の耳に、『パチパチパチ』という、男二人の拍手が虚しく響いた。