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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
夏休み(前編)
147/242

147話 男女八人、二泊三日のお泊まり会

 八月七日、土曜日。

 朝五時ちょうどに、アパートのインターホンが鳴った。

 『ピンピピピンピン、ピンポーン』

 玄関に待機していた黒木くろきさい雛賀ひなが天照奈あてなは、そのふざけた鳴らし方は気にもせず、玄関のドアを開けた。


「おはようごっ!ざいます」

 アクセントが独特な黒スーツの男が、大声量の挨拶とともに現れた。

 たしか、四月に紫乃の大荷物と一緒に来た、東條家別宅の筆頭執事第一候補の、大越おおごえという男だ。

「おはようございます。朝早くから迎えに来ていただき、ありがとうございます」

 天照奈は、周りを気にして声量を抑えた丁寧な挨拶をした。

「いえ、仕事でっす!から。これでわたしの執事ポイントが二十五も上がりますっ!からね」

 何ポイントに上がると筆頭になれるのだろう?そんな疑問を持った二人。

 だが、これ以上しゃべらせると近所に迷惑がかかるくらいの大声だったため、荷物と愛想笑いを持って、車に乗り込んだ。


 『ブオオォン!』


 アクセルを踏みすぎなのか。けたたましいエンジン音とともに、車が発進した。

 座席の背もたれに体をぶつけた裁は、後部座席から速度表示を覗いてみた。

 かなりのスピードが出ていると思われたが、その速度は『五〇』と表示されていた。

 路側に植えられた速度規制の看板と同じ速度のため、しっかりと法定速度を守っているようだった。

 だが、『ブオン、ブオォォーン!』と、いつまでもけたたましい音とともに法定速度で走るこの車。

 東條家の車に限って、整備不良などではあるまい。

 

 気になった裁は、エンジン音に負けない大声を出して、運転している大越に尋ねてみた。

 すると、

「・・・入学式のことっ!でした。どうやら、死刑レベルの速度超過をしてっ!しまったようで・・・執事ポイントを七千も失った!んです」

「七千!?基準がわからないですけど、今日のこの仕事で言うと・・・二八〇回相当ですね」


「死刑にならないっ、ように、城治じょうじ様がわたしっ!専用の車を準備してくれたのでっ!す。おかげでさまで・・・どんなにアクセルを踏み込んっ!でも、法定速度を遵守できまっす!」

「それは、良かったでっす、ね・・・」


 本人と同じくらいうるさい、その専用車両。

 法定速度分の踏み込みしかできないように整備することを、紫乃に勧めてみよう。

 そう思った裁と天照奈は、仮眠をあきらめ、アクセル音と大越の大声を静聴し続けた。



 六時半。

 東條家別宅に到着すると、玄関前には、別の八人乗り車両が停車していた。

 運転をしてくれた大越にお礼を言うと、裁と天照奈はその車両に近づく。

 すると、スライドドアが開き、黒ずくめの格好をした目出し帽の二人が飛び出してきた。

 銃のようなものを突きつけられ、

「大人しく車に乗りなさい」

 という、綺麗な女性の声で脅される二人。


 言われたとおり大人しく車に乗り込むと、

「サイくんは二列目のこっち側、天照奈ちゃんは三列目のあっち側に座って下さい」

 どうせなら最後までお芝居を続けてほしかったのだが、我慢できなかったのだろう。

「ぶふっ・・・だって、二人とも、反応薄すぎるんですもの!もしかして、予想してました?」

「だって・・・エンジン音を紛らすには頭を使う会話が必要だったから・・・」

「うん・・・今日と明日で起きそうなサプライズの予想をしちゃったの・・・」

「ぎゃーっ!二人の予想って・・・ほぼ予言じゃないですか!?」



――今日から二泊三日で、東條家の別荘にお泊まりをすることになる。

 整備されたばかりという海浜公園から、歩いて五分という素晴らしい立地の別荘。

 海浜公園用の駅、インターチェンジもあわせて整備されており、別荘へのアクセスも格段に良くなったという。


 お泊まり会の参加者八人のうち、何もしなければ人に迷惑をかけることの無い四人が『電車組』。

 何もしなくても、近づくだけで人の我慢を破壊したりする者。肌を何かで覆わなければ、勝手に音で傷ついてしまう者。

 そして、歩く人間兵器・・・ではなく、ただいるだけで周囲に数億人もの人間を集めてしまいそうな、女神とアイドル。

 その四人は『車組』として、それぞれ、別荘に八時集合となったのであった。



 裁、天照奈、紫乃、紫音しおんを乗せた車両は、静かなエンジン音とともに発進した。

 女子二人と男の一人、サイクロプス系男子一人の、楽しく快適な時間はあっという間に過ぎた。

 朝早く出て渋滞を避けたため、別荘には、予定どおり八時五分前に到着した。


「高速道路から見えてたけど・・・公園一帯がすごい整備されてるよね!」

「そうですね。河川の『スーパー堤防』なんて聞きますけど。ここの海岸は、『スーパーウルトラファイティング堤防』、通称『SUFT』と言うらしいです」

「名前はともかく・・・砂浜の後ろがゆるい傾斜になってて、道路とか住宅が堤防の高さに整備されてるんだね」

「今後発生する恐れのある津波に対応できるように、海浜公園と一緒に超大々的に整備したようですね」

「もしかして・・・東條グループも関わってる?」

「いいえ。別荘の移転に快く協力しただけで、全く関与しておりません。ああ、西望寺はたしか・・・まあ、そんな話は良いでしょう」

「あのさ・・・わたしたちの事前予想に、『西望寺朱音さんとばったり出くわす』も、あったんだけど・・・」

「・・・皇輝が海の家でバイトしていますから。偶然ではなく必然事項でしょうね。覚悟しておきましょう」


 真っ白くて大きな別荘は、海浜公園を一望できる高さにあった。

 大きな玄関から中に入ると、電車組はすでに到着していた。


「みなさん、おはようございます。サイくんと天照奈ちゃんほどではないでしょうが、朝早くからご足労いただき・・・いや、どうせ暇してたんでしょうからね。

 無料ただで、しかもこんな立派な別荘に、しかも女神と国民的アイドルと二泊三日!?運の良いやつらですよ、全く!」

「招集かけたの紫乃ちゃんだよな!?」

 期待以上でも以下でもない期待通りのつっこみを見せる、不動堂ふどうどう瞬矢しゅんや

「おお、お嬢。俺、大マグロを一本釣りしたいぜ?」

 すでに海パン、浮き輪、シュノーケルを身に付けている、相良あいら武勇ぶゆう

「想像以上のすごい別荘だね・・・せめて、泊まった感を味わえるように、動画撮っても良いかな?」

 あとで家族に見せてあげるのだろう、心優しい清水野しみずの太一たいち

「何で俺がこんなところに・・・」

 二泊するには物足りないであろう、小さいショルダーバッグ一つで佇む、つな牙狼がろう



「おお。お嬢。言われたとおり綱を連れてきたぜ?」

「うむ。ラブくん、ご苦労様です」

「相良、お前・・・『電車に乗ってプールに行こうぜ!』って誘ったよな!?」

「おお。この別荘にプールついてるらしいからな。それに、電車で来ただろ?何が問題なんだ?」

「・・・」

「しかし、あなたもよく、大人しく付いてきましたね。普通、途中で気付くでしょ?

 『あれ?どこまで行くのかな?わぁ、なんか、海が見えるよ。綺麗だなぁ!えっ、もしかしてプールじゃなくて海なの?わぁい、ぼくちん、友達と海なんて初めてだよぉ!』って感じですか?」


「おお。綱、プールに誘ったとき、すごい嬉しそうな顔したもんな!プールがある駅を通り過ぎてからは、徐々に不安な顔になっていったけど、海が見えてきたら目が輝いてたぞ?」

「う、うるさい!海を見たら誰だって・・・くそっ。で、ここはどこで、何でここにいるんだ、俺は?」

「ここは東條家の別荘です。これから二泊三日、わたしたちは夏の海を満喫するのです!」

「・・・初めからそう誘えば良いだろうが!バスタオルと水着しか持って来てないぞ、俺」

「普通に誘ったら、ツナロウ、来ましたか?」

「・・・」


 ツナロウとは、紫乃が考えた綱牙狼の愛称だった。

 『牙があるから人に噛み付くのです。ただ虚勢を張るだけでも十分可愛いので、牙を取ってやりましょう。ということで、あなたはツナロウです!』

 というのが、名付けの背景だったようだ。


「しかも、女が三人もいるなんて聞いてない・・・」

「あら?あらあら?女の子がいると恥ずかしいのですか?それとも・・・ああ、なるほど。どおりでラブくんの誘いにほいほい釣られたわけですね?」

「なぁんだ、ツナロウ、男の子が好きなんだ!」

「好きじゃねぇ!・・・友達なんてできたこと無いし、人に誘われるの自体が初めてだったからな・・・女と話したこともほとんど無いし・・・たまにお前らにいじられるくらいで・・・」

「ふむ。ボクらと同じ境遇で生きてきたようですね」

「じゃあ、このお泊まり会で用心するのは、ドードーだけだね!」

「俺だけ!?」


 紫乃が好きでいじるのは、『虚勢を張る人』。

 でも、それだけでは、ここまでいじり倒さない。

 おそらく紫乃特有の感覚で、自分に似た人間を見分けることができるのだろう。

 

 結果、紫乃は、いじって楽しい。そして、イジられる方も、何だかんだで楽しい。そんな関係がつくられるのだ。

 だから、周りの人間は何も言わずに、紫乃と紫音の双子アタックをニコニコと眺めているのだった。



「じゃあ、部屋を案内しますね!」

 そう言うと、荷物を抱えたみんなの先導を始めた紫乃。

 その手には荷物を一つも持っておらず、全て裁に持たせていた。

 すっかり見慣れたその大きな二つの荷物を、天照奈は苦い顔で見つめると、だが、すぐにフィルターをかけたようだった。


「まず、ボクと紫音の部屋がここです。そしてその隣が天照奈ちゃん!」

 前回の勉強会同様、天照奈には個室が用意されていた。

 おそらく、『対象を油断をさせる』『計画を立てるのには、対象と別の部屋の方が都合が良い』のだろう。

 天照奈はその予測も含め、あらかじめ、あらゆる状況に対応できる対策を練ってきていた。


「はい、そして男どもは三階です。良かったですねぇ、一番景色が良いですよ!」

 どう見ても二人用のゲストルームを案内された、男五人。

「そして、ドードーはここです!」

 どう見ても物置部屋を案内された不動堂。

「物置は、外からだけカギがかかるようになっているのです。・・・わかりますね、ドードー?」

「わかるか!いや、用心したいのはわかるけど、え、俺ってそんなに信用無い!?

 ・・・でも、中は案外広いし・・・何も置かれてない・・・?そ、そうか!」

 不動堂は、太一と綱に目線を送った。

 綱は理解していないようだったが、太一は、

「うん、ありがとう、紫乃ちゃん!」

 と、目を輝かせていた。


「ふふっ。またダイニングで寝せるわけにはいきませんからね・・・って、物置を地獄の猛者部屋にすれば良かったですかね!?」

 地獄の底から聞こえるようないびきを放つ相良。そして巨人の雄叫びのような寝言つっこみを放つ裁。

 残された可哀想な男三人に安眠を確保するための、紫乃の心遣いのようだった。


「じゃ、荷物を運んで、すぐにリビングに集合です!一旦解散!」

 紫乃の号令とともに、各々案内された部屋に荷物を運んだ。

 不思議そうな顔をする相良を余所に、不動堂と太一、そして事情を知らないが何かを察した綱は、最初から物置に荷物を運んでいた。

「はい。では、まず今日のスケジュールを発表します!何も決めずにいると、夏の海の魔力にやられて、ぐだぐだになってしまいますからね!

 ボクと紫音とサイくんで、一〇分もかけてつくってあげましたよ!」


 裁と紫音と聞き、『きっと、勉強の時間がしっかり組み込まれるてるんだろうな・・・』と、少し嫌な顔をする男たち。


 紫乃と紫音と聞き、『また何かで順位付けでもする計画かな?』と、明らかに警戒する天照奈。


 何もわからず、『良かった、みんなで同じ行動するなら、ぼっちにはならないな!』と、内心ほっとした綱。


「そこのドードー、これを壁に貼って下さい!」

 自分の役目と思っていたのか、素早い動きで対応する不動堂。

「じゃーん!野郎ども、あと女神さま、刮目せよ!」


 『八時半~十時 勉強』

 『十時十五分~十時二十五分 水着お披露目会』

 『十時三十分~十一時三十分 戯れ(水遊び、砂遊び)』

 『十一時三十五分~十三時 スイカ割り、売り上げ貢献(皇輝のバイト先)』

 『十三時~十五時 自由時間』

 『十五時~十六時 お昼寝』

 『十六時~十七時半 勉強』

 『十八時~二十時 バーベキュー(皇輝合流)』

 『二十時半~二十一時半 肝試し』

 『二十二時~ 恋バナ、枕投げ、お風呂など』


 スケジュールを見た面々。それぞれ思うところがあるのか。様々な表情を浮かべていた。

 

 『水着お披露目会だと・・・そ、そうか、俺としたことが!天照奈ちゃんと紫音ちゃんの水着を拝めるんじゃないか!?』

 準備妄想不足のため、ひどく落ち着かない様子へと変貌した不動堂。

 『水着か・・・まさか、持ってすら来なかったとは言えないから、忘れたって言おう!・・・ていうか裁くんも、スケジュール立てたなら事前に教えてくれればいいのに!』

 いかに水着を着ないか、という言い訳の準備しかしてこなかった天照奈。

 『お、砂浜トレーニングできる時間もあるじゃないか。さすがお嬢だぜ!』

 自由時間の使い方を秒で決めた相良。

 『じ、自由時間だと・・・寝たふりでやり過ごそうにも、すぐ後にお昼寝だと!?』

 ぼっち時間ができてしまうと不安になる綱。

 『自由時間か・・・綱くんと散歩でもしようかな』

 心優しい太一。

『綱くん、全国三位だったらしいから、勉強のこと聞きたいな!』

 海より勉強の裁。

『勉強もできるし・・・何より、水着に着替えたらサイサイの肉体を見放題!肝試しの『くじ』も操作して・・・ふふっ、夏休み最高!』

 欲まみれの紫音。

『ふふっ!夏休みの全てをここに詰め込みました。きっと、わざと忘れてくるであろう天照奈ちゃんの水着も持ってきたし・・・夜に合流する皇輝の体質を利用するという計画も、数種類用意してきましたからね!』

 さらに欲まみれな紫乃。


 夏休み。

 男女八人、二泊三日のお泊まり会が、始まった。

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