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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
白銀美琴
145/242

145話 普通

 動画の再生ボタンが押されると、画面が暗転し、そしてすぐに明るくなった。

 そこには、真っ白い壁を背景に、大きめのベッドが映し出されていた。

 ベッドの中央には、体を起こして座っている一人の男性。

 そしてその横には、男性に寄り添うようにベッドに腰掛けた、一人の女性が映っていた。

 

 男性は、さいから見ても、『何の特徴も無い普通の顔』をしていた。でもその顔は、ひどく青白いところを除けば、いつも鏡で見る自分の顔によく似ていた。

 そして、女性。母の若い頃の写真を見せてもらったことがあるが、よく似ていた。目がぱっちりしていて、少し気の強そうな、でも優しそうな雰囲気を感じた。

「ほお、しんのサイママ、美人さんですね・・・」

 紫乃がそう呟いていたから、一般的に美人と呼ばれるような顔立ちをしているのだろう。


 二人とも、硬い表情で、でも頑張って微笑もうとしているのが見て取れた。

 三十秒くらい、静止画のような映像が続くと、

「ほら、写真じゃないんだから。何か話しなさい」

 おそらく撮影している父の上司・・・祖父の声だろう。

 その声に、まず女性が反応した。


「は、はい。こ、こんにちは。白銀しろがね美琴みことです。二十四歳、独身です。教師をやっています。これを見ているあなたの・・・母親です!」

 本当の母と思われる女性の謎の自己紹介から始まると、次に、男性が口を開いた。

「ぼ、僕の名前は天照台てんしょうだい瑞輝みずきです。見た目は二十三歳だけど、生まれてからは七年と十一か月。つまり、七歳です」

 どう見ても成人男性の見た目をした、本当の父と思われる男性。

 だが、その話し方、そして話しているときの雰囲気からは、幼さを感じた。おそらく、本当の母が十一か月をかけて引き出した、本当の父本来の姿なのだろう。


「先生のお腹には、僕と先生の子供がいます」

「うん。これを見ている、君のことですよ!いえーい!」


 カメラに慣れてきたのか、二人とも自然な表情で、楽しそうに話すようになった。

 でもそこからは、子供ができたばかりの『夫婦』ではなく、『先生と生徒』のような、仲の良い雰囲気を感じた。


「これを見ているということは・・・先生から僕のことを聞いた、ということなんでしょうね」

「そうだね。未来のわたしが、本当のことを話したのでしょう。そう、あなたはわたしと瑞輝くんの子供。

 わたし、たぶん、魅惑の未亡人シングルマザーとか言ってたでしょ?

 そして、あなたのお父さんは『素敵な人だった』とだけ言っていたと思う。

 ふふっ、どうだった?本当のお父さん・・・瑞輝くんのこと聞いてみて。

 『嘘つけ!』ってつっこんだかな?わたしだって何も知らないでそんなこと聞かされたらそう思う。

 でもね、瑞輝くんの周りでは、あり得ないことがあり得てしまうの。もしかしたら・・・あなたの周りも、そうなのかもしれないね。もちろん、良い意味でね!


 ・・・あ、もしかすると、わたしも死んでたりして!?交通事故とか病とか?もしそうだったら・・・『なんか知らない二人が現れたぞ!?』って戸惑うことでしょう。まあ、誰か・・・と言ってもお父さましかいないけど、わたしたちのことを教えてもらったことでしょう。

 あなたがどんな体質を抱えているか、今のわたしたちにはわからない。

 もしも、人に迷惑をかけるような、大変な体質に生まれてしまったら・・・ごめんなさい。全ての責任はわたしたちにあります」


「・・・僕の勝手なわがままです。先生は僕のわがままに付き合ってくれただけ。だから、責任は全て僕にあります。

 でも僕は、その責任を先生に押しつけて、いなくなってしまう・・・本当に、勝手な・・・最後まで、人に迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」

 二人は、カメラに向かって頭を下げた。


「これから、わたしたちの想いをあなたに伝えます。あなたはきっと、わたしの想いを汲んで、良い子に育っていることでしょう。

 でも、これは今のわたしたちの想い。ほら、もしかしたらわたしの想いは、欲にまみれて変わっちゃってるかもしれないしね!」

「僕の想いは、この映像でしか伝えることができません。・・・たぶん、僕のことを初めて知って、初めて見ることでしょう。ただの無責任な僕のことを父親だとは思えないでしょう。

 でも・・・本当に勝手な父親で申し訳ないけど・・・想いを伝えたい。君は、僕の希望なんです」

「わたしたちの、ね!・・・何を伝えるか、いろいろ考えたの。どんな子供に育ってほしいか。でも、わたしたちはひとつだけ、決めた」


「・・・そう、ひとつだけ。『普通に生きてほしい』それだけです」


「『何を持って普通なのか』って思う?もしもそんな疑問を持ったなら・・・良かった!だって、普通に生きていれば、普通が当たり前だから、そう思うんだよね!

 でも、もし・・・普通に生きていなければ、やっぱり、ごめんなさい。たぶん、そこにいるわたしも、大きな責任を感じているでしょう。もしかしたら丸坊主にしてるかもね!あ、わたしもここで頭刈る!?」

「僕も一緒に刈りますか?」

「あはははっ!でも、そんな光景見せられても困っちゃうよね!とにかく、わたしたちが望むこと。それは、あなたが普通に生きること。普通が一番の幸せなんだから・・・」


「もう一つ・・・無責任で、欲張りでごめんなさい・・・これは、体質ではなくて・・・先生みたいな子供に育ってほしいです。

 僕は、普通に生きることができませんでした。でも、今は幸せです。君が生まれてくれるという希望を持った。先生からたくさんの正の感情をもらった。

 先生から、幸せを・・・『普通』をもらったんです。だから、君も・・・君自身が普通に生きれないかもしれない。でも、先生みたいに・・・お母さんみたいに、人に普通を与えてほしい・・・」


「・・・だ、そうです。以上、わたしたちの『勝手に希望を言っちゃおうコーナー』でした!またね!」

「え、終わりですか!?」

「終わりでいいのか!?」

 

 天照台家二人のツッコミと、手を振る本当の母の満面の笑みで、映像は終わった。




 本当の父と母だという、二人の映像。

 初めて見聞きする二人に対し、裁が初めに抱いた感情。

 それは、『自分は、間違い無くこの二人から産まれた』という実感だった。

 自分の両親は、育ててくれた二人。その気持ちは変わっていない。

 ただ、映像の二人の『血を継いだ』という実感を持った。気持ちの何かが大きく変わったわけではない。でも、自分を守ってくれる温かくて強い何かが、心に宿った。そんな気がした。


 映像が終わって、誰も、何も言葉を発さなかった。

 おそらく、裁か、裁の父の言葉を待っているのだろう。

 裁は考えていた。

 

 本当の父と母が僕に伝えたかったこと。

 それは、普通に生きてほしいということ。

 そしてもう一つ。本当の父は、人に希望や正の感情ではなく、『普通』を与えてほしいと言った。

 果たして、自分は二人の希望を叶えることができたのだろうか。

 叶えることができるのだろうか。


「本当のお父さんとお母さんは、僕に『普通に生きること』を望んだ。でも僕は・・・普通には生きることはできない。

 この体質のせいで、本当のお母さん、その他、何人もの人の命を、普通を奪った。その責任を負って、そして、この体質を持った意味を果たすために、生きなければいけないんだ。

 だから、本当のお父さんお母さんには、ごめんなさい。


 僕のお父さんとお母さんは、僕に普通を与えてくれた。体質が特殊すぎたけど、それでも、普通に近い生活を送ることができた。美魔女スタイルも、人に二メートル近づけないのも、僕にとっては普通に思えるようになっていたんだ。

 だから、二人には、ありがとう。


 そして、僕には普通を与えてくれる友達もできた。みんな、こんな僕と普通に接してくれる。いや、普通以上の喜び、楽しさを与えてくれるんだ。

 だから、みんなにも、ありがとう。


 そして僕は・・・普通ではないけど、幸せです。こんな僕を産んでくれて、育ててくれて、見守ってくれて、ありがとう」



 自然と溢れた涙を手で拭いながら、裁はそのときの想いを伝えた。

 その場にいた友達三人、そして電話先から二人も涙を流しているのがわかった。


「裁、俺は誇らしい。こんな立派な子供に育ってくれて・・・よほど俺の育て方が良かったんだな・・・」

「・・・血統が良かったんでしょう。サイクロプスに育てたことだけは余計ですが・・・」

「想いが、ちゃんと伝わったんだね・・・本当のご両親の。あと、美守さんの」

「こんな従兄弟がいたなんて・・・俺も嬉しいぞ」

「お姉ちゃん、見てる?何この良い子・・・お姉ちゃんの子供は、こんな立派に育ったよ・・・」


 みんなが、思い思いの言葉を述べた。

 育ててくれた両親、そして遠くで血の繋がった三人。

 みんなが、優しい目で裁を包み込んでくれていた。



「裁・・・美琴が命を絶ってしまったのは、それは俺たちの責任だ。でも・・・美琴がもう少し生きることができたら・・・瑞輝くんがもう少し、あと一年長く生きていたら・・・きっと、変わっていただろう。希望を持っただろうな。二人ともまだ生きていたかもしれない。お前の横で、一緒に映像を見て、笑っていたかもしれない」

 父は、珍しく『たられば』を言った。

「お前は、普通に生きることができない。それは、その体質を普通にできなかった俺たちの責任だ。

 でもな、裁。お前は、人に普通を与えている!

 だって、そうだろ?もしも瑞輝くんが生きていたら・・・お前のその体質は、瑞輝くんを普通にしていたんだ。

 寿命のことはわからない。でも、瑞輝くんは、お前の近くにいるだけで、人と同じ時間を歩むことができた。

 美琴だって、それを知りさえすれば・・・生まれてきたお前に、希望という強い感情しか持たなければ・・・」


「・・・体質の・・・無効化・・・?」

「そうだ。二人が望んだのは、お前が人に普通に接して、人に普通を『感じさせる』ということ。

 でもな、そんなもんじゃない。お前は、本当の普通を、文字どおり『与える』ことができるんだ!」


「・・・うん。裁くんは、わたしに普通を与えてくれる。裁くんがいてくれれば、わたしは、普通に人からの接触を受けることができる」

「わたしは、普通にこの可愛いすぎる顔を、素肌を晒せます。裁くんがいてくれれば、音波で傷つくことがないんです」

「俺も、普通に感情を表現できる。お前が近くにいれば、俺の感情が伝染することがないんだから」

「みんな・・・」


「聞いたろ、裁?お前は、みんなの希望だ。だから、胸を張って、生きてくれ!そして、校長になってくれ!」

「うん・・・みんなありがとう・・・僕・・・えっ!?校長!?」

「あれ、嫌か?」

「嫌というか・・・いや、この流れで校長の話!?」

「この流れだからするんだろうが!考えて見ろ。お前が普通に生活するには・・・お前、何の職業に就くつもりだ?迂闊に人に近づけない、その体質で?」

「・・・この前ようやく高校進学のことを聞かされて、将来のことなんて考えてないよ。悪に立ち向かうっていう、ざっくりとしたことしか考えてなかった」

「だろ?校長なんて、たまに『くくっ』って笑うだけで、きっと、人との接触は無いだろ?個人端末の音声を管理するだけで、悪に立ち向かう仕事もできるんじゃないか?」


「校長職を馬鹿にしすぎじゃない?いや、詳しくは知らないけど・・・」

「というわけで。校長先生、うちの裁を推しますので、よろしくお願いします。・・・あ、天照奈あてなちゃんと紫乃ちゃん、あと皇輝こうきくんはこれでいいのか?校長やりたいか?」

「サイパパが決めることじゃないですよね?まあ、わたしは東條グループの社長になりますので、お構いなく」

「わたし、まだ何も考えてないけど、校長以外の職業が良いな」

「俺も、校長には絶対になりません」


「天照奈ちゃんには裁のお嫁・・・んんっ。たしかに俺に決定権は無いからな。ここで大きな声を出すのと、あとは上司にごまをするくらいしかできない。

 ・・・よし、以上。俺の『裁の素性を話しちゃうぞコーナー』は終了!じゃあ、解散!」


 父との通話が一方的に切られた。


 『ツー、ツー』という電話の音を背景に、

 『似た者夫婦か!』という、四人のつっこみが、静かな部屋に響いた。

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