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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
白銀美琴
140/242

140話 天照台瑞輝

「黒木さん、お久しぶりです。その節は、本当にありがとうございました」

「いえいえ、仕事ですから・・・でも、なんで白銀しろがねさんがここに?」

「わたし、この近くの小学校に転任してきたんです。警視庁も近いし、『あなたの後頭部トスッ』を思い出して・・・」

「ああ、俺の『会心のトスッ』を思い出してくれたのは嬉しいけど・・・でも、なんでここに?」


「セイギ、この四月に化学職で入庁した子を知ってるか?」

「ああ、ゲンさんのとこに入った女の子ですよね?知ってますよ。

 『ピチピチギャルが入って来たな!』って、ゲンさんのことをからかったら、

 『ピチピチだが、ギャルではないぞ?』って、冷静に返されました」

「お前・・・とにかく、その子、美琴みことさんの妹なんだ」

「え!?ピチピチギャルのお姉さん、ですか?」

「はい。『ピチピチ』の姉です。その、『トスッ』を思い出したあと、『ピチピチ』にあなたのことを聞いてみたんです。

 『どこの部署かわからないけど、ボケを担当してるところある?』って」

「いや、それは部署じゃなくて・・・」

「そしたら、『は?』って言われました。たまたま、あなたの名前を覚えていたから、今度は名前で聞いてみたんですけど。入庁したばかりだから知らないって」


「名前なんて、よく覚えてましたね・・・もしかして、俺のこと・・・」

「・・・?あの、わたしの名字が『白銀』で、あなたは『黒木』。オセロだなって、それで、覚えてたんです」

「あ、ああ。結婚してひっくり返したら黒になるな!あははっ!」


「・・・はい。それで、ピチピチ・・・妹の名前、美守みもりっていうんですけど。美守が職場の上司に聞いてくれて。そしたら、この方を紹介してくれたんです」

「・・・その上司、ゲンさんだろ?なんで直接、俺を紹介しなかったんだ?」

「ピチピチギャルの件か、それか何か別件で怒らせたんじゃないか?まあ、何かを感じて、俺をはさんだのかもな。

 とにかく、そんなわけで、二人を再会させる。それが今日の俺の役割だ。以上、じゃあ、俺は帰るからな」

「え・・・ま、まだ、何も頼んでないですよ?」

「・・・俺におごらせる気だろう?安心しろ、すでにお前の分も頼んで、会計済みだ。じゃあ、美琴さん、もう会うこともないだろうけど。

 ・・・こいつのボケ、五回に四回はスルーして良いからね」

「はい。ありがとうございました」



 上司が去った後、俺の元には『スーパーウルトラファイティングパフェ』、通称『SUFP』とやらと、アイスコーヒー大が出された。

 美琴との再会に震えた俺は、さらに、冷たいそれらを食してすっかり冷えきり、カチカチと歯音を立てながら話をすることになった。


 当時、俺は二十六歳、美琴は二十四歳だった。

 美琴は、よくしゃべる子だった。ノリボケと言うから、受け身なのかと思ったが、そうではなかった。

 昨年度、いきなり辺鄙へんぴな村にぶっ飛ばされ、同期にサイクロプスちゃんと呼ばれることもあったという。

 村の話が出たから、俺は、一緒にいた天童てんどう瑞輝みずきのことを聞いてみた。

 すると美琴は、一つ息を吐くと、言った。


「・・・彼、先月、亡くなったんです」

「・・・え?・・・たしか、去年、二一歳って言ってたよな・・・事故、それか、病気か?・・・ああ、すまない、こんな話はしなくても良いな」

「・・・彼、深刻な持病を抱えていたんです。生まれてすぐに、命に限りがあることがわかっていたそうです」

「命に、限りが・・・ああ、あのとき・・・なんて軽いことを言ったんだ、俺・・・」

「彼の誕生日、四月二日なんですけど・・・今年の誕生日は迎えることができませんでした。わたし、彼の最後に立ち会わせてもらったんです。彼、最後の最後まで、あなたのこと・・・言葉を覚えていました」

「俺の・・・軽い、心無い言葉を・・・か?」


「いいえ。あなたの、想いのこもった、優しい言葉を、です。・・・・・・黒木さん、わたしの話を聞いてもらえますか?」

「・・・話をするために、来たんだろう?・・・ああ、金貸しの話以外ならなんでも聞く」

「・・・・・・」

「・・・え?お金の話!?」

「うふふっ、違います。でも、すごく重い話なんです。少しでも明るい気持ちを持たないと、最後まで、話せない・・・」

「わかった。場所を変えようか。ここじゃあなんだし、俺も、寒いし」



 天気が良かったから、近くの河川敷にある親水公園で話そう、そう思った。

 会計済みと言われたので、格好良く、店員に向けて手を『ピッ』とやって店を出ようとすると、その店員に呼び止められた。

「あの・・・お会計が残ってるんですが・・・」

「え?会計済みって・・・」

「お連れの方が言うには、『追加ボケ料金はあいつに払わせる』だそうで・・・」

「・・・おいくらでしょうか?」

「・・・一円です」

「い、いち・・・は、はい。あ、小銭無いな・・・美琴さん、一円玉を一枚、貸してもらえませんか?」


 店を出て、日差しを一杯に浴びながら、二人で少し歩いた。

 目的の公園のベンチに座ると、俺は『ボケモード』から『話を聞くモード』に切り替えた。

「彼の話をする前に。大事な事を二つ、伝えておきます」

「良い話か?」

「聞く人によっては・・・です。わたし、彼とはお付き合いしていたとか、そんな関係ではありませんでした。

 そして・・・でも、わたしのお腹には、彼の子供がいます。妊娠、三週間です」


 盆と正月と通夜とボケ禁止期が一度に来たかのような、様々な感情が、一気に俺の中に押し寄せてきた。

「そのことも含めて、話をしてくれる、ということだな?」

「ええ。でも、たぶん、『何で俺にそんなことを話すのか?』と思うでしょうね」

「それは・・・思うかもしれない。でも、今日、君を俺に紹介したのは、俺が心から尊敬している上司だ。きっと、何かあるんだろう。だから、気にせずに話してくれ」

「・・・ありがとう。衝撃発言連発だし、信じられないこともたくさんある。でも、信じて、聞いて下さい」


 美琴は、息を一つ吸うと、話を始めた。


 ああ、今までのこれは、俺の回想だ。

 そしてこれから始まるのは、美琴の回想。

 回想の中で回想?と思わず、聞いて欲しい。




――二年前、わたしは小学校の先生になった。

 教師一家に生まれて、尊敬できる親の姿を見て育った。何の疑問も持たず、自分から希望して先生になった。

 初任地は、実家に近い小学校、全校生徒が六百人もいる大きな学校だった。

 一学年の担任になったわたしは、子供たち、そして親に振り回されながら、でも、充実した一年を過ごすことができた。

 

 そして去年、二年目・・・初任地に三年は勤務するのが通常なのに、わたしはなぜか、聞いたことの無い村の小学校に転任となった。

 しかもその小学校、生徒は入学する一年生の一人だけ。

 先生はわたし一人で、もう一人、校長先生は学校に常駐せずに、別の学校にいるということだった。

 なぜわたしがそんなところにぶっ飛ばされたのか。正直、複雑な思いもあった。

 でも、そんな特殊な環境に自分が選ばれたのだ。きっと、わたしが適任だと認められたのだ。


 迎えた入学式の日、わたしはそんな決意を胸に、生徒が待つ教室に向かった。

 ピカピカの一年生。たとえ生徒が一人でも、クラスの担任には変わりない。

 これからマンツーマンで教える生徒の、緊張しているであろう顔を思い浮かべながら、教室のドアを開けた。



 そこには、男性が二人、立っていた。

 一人は四十代前半くらい。そしてもう一人は、十代後半から二十代の前半くらいだろうか。

 そこにピカピカの一年生の姿は無かった。


「・・・お父さまと・・・お兄さまでしょうか?あの、息子さんは、御手洗い、ですか?」

 わたしは、父親と思われる男性に尋ねた。

「ああ・・・初めまして。そして、何も告げることなくこんな辺鄙な小学校に転任させてしまい、申し訳ない」

「・・・え?教育委員会の方ですか?」

「わたしは違う。知り合いに頼んでね、どうしても、君に息子を任せたかった」

「・・・やっぱり、お父さま、ですよね?・・・何が何だかわかりませんが」

「それは、そうだろう。何から話せば良いか・・・いろいろと、信じてもらえないことも多いだろう。でも、わたしの言うことは全て事実だ。

 まずは、そうだな・・・今日から先生にお世話になる息子を紹介しよう。瑞輝、先生に挨拶をしなさい」


 ピカピカの一年生がいないその教室で、父親と思われるその男性は、隣にいる男性に声をかけた。


「・・・初めまして。天照台てんしょうだい瑞輝と申します。今日から、限られた時間ではありますが、よろしくお願いします」

 小学一年生にしてはとても丁寧な挨拶。でも、その男性はどう見ても小学一年生ではない。社会人一年生と言われれば納得できるのだが。

「は、はい。よろしくお願いします、お兄さま?・・・それで、今日入学する息子さんは・・・?」

「くくっ・・・当然の反応だな。先生、ここには、先生と、父親、生徒の三人しかいない」

「・・・でも、瑞輝くんは・・・・・・ああ、わかりました、アレですね」


 わたしはつい先日のテレビで、とあるドキュメント番組を観た。

 数奇な人生を送る男性の話だった。きっと、その男性と同じ境遇に違いない。

「見た目は社会人一年生。でも、中身は小学一年生、ということですね?」

「さすが、話が早い!・・・って、そこまでの察しの良さを求めての人選では無かったのだが。でも、そう。瑞輝は、見た目は二一歳。でもね、生まれてからはまだ七年しか経っていないんだ」

「・・・記憶を取り戻してから七年目、ということですか?」

「・・・ん?」

「・・・あれ?幼い頃に事故に遭って、七年前にようやく意識を取り戻したけど、そのときの精神年齢はゼロ歳に戻っていた。だから、今は、中身は七歳。ということですよね?」


「おっと・・・そっちだったか。ああ、たしかに、この前テレビでやっていたな・・・ああ、惜しい。そんな感じだけど、でも、こっちの方が・・・数奇だ」

 違う?じゃあ、どういうことだろう。

 そう思ったわたしに、父親が説明をしてくれた。


「見た目は二十一歳。生まれたのは七年前。瑞輝はね、『一年に三歳』歳をとるんだ」

「・・・ほお。『一年当たり三歳』に『七年』を乗じて二十一歳。はあ、そうですか・・・そんなこと、あります?」

「ある。少なくとも、君の目の前で、ね」

「と、言うことは、ですよ?からだの機能も、脳みそも二十一歳ということですよね?」

「そのとおりだ。ああ・・・きっと、こう思っているんだろう。小学校に通う必要があるのか?とね」

「ええ。だって・・・難しいのかもしれないけど、一年に三年分の勉強をしていれば、既に大学三年生並みの知識を身に付けている訳ですよね?」

「もっともだ。そして現に、瑞輝は大卒並みの学力、知識を備えている」

「じゃ、じゃあ・・・わたしと何ら変わりませんよ?何も教えることはないでしょう。しかもここ、小学校ですよ?」


「・・・これまで、瑞輝には、見た目相応にしか接してこなかった。生まれて数日で二足歩行し、話すようになり、おしめが取れた。

 二年後くらいに物心がつき、勉強を始めた。もちろん、家の中で、家庭教師をつけて、だ。

 学校に通うことも、友達と遊ぶことも一切無かった。瑞輝がそれを望んで、わたしたちがそれを叶えていたのなら、違かったかもしれない。

 でも、成長するスピードに、わたしたちの理解が追いつかなかった。

 数奇な人生を、普通の人と同じように終えるためには、見た目年齢相応の扱いをしなければいけないと思ったんだ。


 でも、それはわたしの勝手な思いだった。

 瑞輝は、頭の良さなら、わたし以上とも言える。一昨年、十八歳相応のからだで受けた全国模試では、ほぼ満点の一位だった。

 でも、瑞輝はやっぱり、七歳なんだよ。

 見た目と知識では計ることができない部分。心が、まだ小学一年生になったばかりなんだ。

 だから、せめて、ピカピカの一年生を経験させてあげたい。そう、思ったんだ」


「それで・・・わたしに?」

「ああ。昨年、一年生の担任をしていた先生の中で、この事実を受け入れてくれる人。そして、瑞輝を受け入れてくれる人を探した。

 知り合いというのは、わたしの・・・天照台家の人間なんだが。一人だけ。君が見つかったんだ。勝手に人事をしてしまったことは、本当に申し訳ないと思っている。

 だけど、君にお願いしたいんだ。この一年間、彼の先生になってくれないか?」

「・・・一年、というのは?一年生を、みんなと同じ速度で一年間過ごせば、それで瑞輝くんも満足する。そういうことですか?」

「・・・数奇な人生。かなり特殊な体質だろう?そしてこの体質からか、瑞輝の寿命は限られている」

「一年で三歳・・・平均寿命を考えると、三十歳くらいまでしか生きることができないと?」


「・・・瑞輝はね、もって、あと一年しか生きられないんだ」

「・・・そんな・・・」

「瑞輝の誕生日は四月二日。来年のその日まで生きることができるかわからない。八歳の誕生日。見た目は、二十四歳の誕生日まで」

「・・・そんな大事な一年・・・わたしなんかが・・・」

「君だからだ。お願いだ。一年間、瑞輝を・・・小学一年生の瑞輝を見てやって欲しい」


 とても断れる雰囲気では無かった。

 でも、わたしの中では、断るという選択肢は無かった。

 だから、そのときにできる最大限の笑顔を浮かべて、言った。


「瑞輝くん。わたし・・・先生は、『白銀美琴』といいます。今日からあなたの担任の先生です。よろしくね!」


 わたしは、瑞輝くんの手をとり、握手した。


 大きな、成人男性のその手。

 だけど、小学一年生のように弱々しく、そして優しく、わたしの手を握り返してきた。

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