14話 妄想
「今日の午後も、これは定期的なものではなかったが、少年の身体測定とスポーツテストを実施したんだ。
いや、すごかったな、あのサイP少年。セイギなんて、あぁ、セイギっていうのは少年の父親だが、ずっと笑い転げていたな」
父よ、セイギは聞いたことがあるとして、サイP少年って誰?セイギの息子って事は彼のこと?
「体格もすごいけど、実は握力が一七八キログラムあるとか、まさにサイクロプスって表現がピッタリな少年だよ」
「え?わたし、なんか全然わからないんだけど、サイクロプスって何?あと、握力一七八キログラム?」
「あぁ、ごめん、話が飛んでるよな。今日、わたしがお前に本当のことを話したのは、少年の本当の体質のせいなんだ。
ただ、少年のせいというかわたしのミスというか、いや、セイギも悪いんだが」
少年の本当の体質? 本当はサイクロプスで、人間の皮を被っているとか?
「少年の体質のことは、少年の両親とセイギの上司、そしてわたしの四人だけ。そして、今日、本人にも本当のことが伝えられたところだ」
わたしは父の話をちゃんと聞きつつも、スマホでサイクロプスを検索していた。
なになに、ギリシア神話に登場する一つ目の巨人、と。
「お前の本当の体質のことは、セイギ、そしてサイク……じゃなくて裁少年にも伝えるつもりだ。その上で、彼らがどう考えるか。そして、お前には裁少年の本当の体質を伝えた上で、どう考えるか。わたしはそれを確認したい」
「待って、でも、心の準備が……」
「うん、いろいろ急な展開が続くからな。今からセイギに電話するから、その間に心と、頭の整理をしていてくれ」
そう言うと、父は携帯電話を取り出し、電話をかけ始めた。
「もしもし、わたしだ。いや、たわしじゃなくて、わたし。うん、そう。
急に電話して申し訳ないな。
何だか賑やかだね。え、赤飯パーティー? 奇遇だな、うちも同じだよ。え、うちは昼もやってるぜって? いや、回数じゃ無くて質だろう。
え、美守の赤飯が世界一だって? いや、たしかに、ミモリンの赤飯いただいたことあるけど美味しかったな。
でも、うちの娘の赤飯も負けてないぞ」
この人達は何の話をしているのだ。
あぁ、そうか。無駄話で長引くから、その間に考えておけ、そういうことか。
「実はな、重要な話があるんだ。今日の五〇メートル走のときのことなんだが」
電話先の相手も、さすがに重要な話を切り出すと、空気を読んで横やりを入れないらしい。
「ゴール地点でタイムを計ったのはわたしだ。それで、あのとき裁少年の驚愕の走りと、タイム、たしか三秒八だっけ?
あれでかなりテンションが上がってしまってな。お前もだろうけど。
でも、落ち着いてからよくよく考えたんだ」
え? 三秒八ってなに? 五〇メートル走?
「考えたというか、わたしのとある我慢ができなくなったから間違い無いんだが、裁少年に近づいてしまっていたらしい。
うん、そう、バランス崩れながら走ってて、最後でよろけて、たぶん一メートルくらいまで近づいたんじゃないか」
彼に近づいた、そんな話だろうか。そして、我慢ができなくなった、これはわたしに本当の話をしたことだろうか。
「それで、その我慢というのがだな……
え? いや、源一の野望ってなんだ? 科学で世界を悪に染める? お前はわたしを何だと思ってるんだ。
いや、確かにわたし自身も裁少年に近づかないようにしていた。とある我慢のためにな」
電話先の彼の父親って、何なの? 父のつっこみで話が進まないんだけど?
「その我慢は、お前の言う野望でも悪を極めることでも無い。娘のことだ。実は……」
父は、さっきまでわたしに話してくれた『本当の体質』のことを、電話先の相手である彼の父親に伝えた。
わたしもさっき初めて知ったことではあるが、自分の秘密を話されているようで、少しこそばゆい感じがする。
きっと、この電話の後に、父親から彼にも伝わるだろう。
同じ中学校のわたしが、あのとき実験棟で会った『わたし』であることは認識してくれるのだろうか。
だが、父は電話先の相手にひとつ、付け加えた。
「このことは、裁少年にはまだ黙っていてくれないだろうか。そして、もし可能なら明日にでも対面させたいのだが。
うん、うん、いや、お見合いでは無いし、結婚はまだ早いだろう」
え、結婚? ちょっと、なんの話してるの?
「明日の午後なら大丈夫そう? わかった、じゃあ、いつもの一階で。うん、いや、だから実印なんていらないし。
あぁ、あと、娘には裁少年の本当のこと、事前に話しておくから。
うん、うん、え? ちょっと設定盛っておいて? いや、わたしはあくまでも事実を伝えるぞ。
うん、じゃあ、明日」
電話が終わり、父はわたしに向き合った。
「と、いうわけだ。聞いてたか?」
「どういうこと? ちゃんと説明してよ」
「つまり、明日の午後、裁少年と対面してもらう。そして、これから少年の本当の体質を伝える」
「いやそれは聞いてたからわかるよ!」
「え?」
「結婚って何? 向こうのお父様、わたしのこと何か言ってたの?」
「えっ、そこ?あぁ、それは、わたしの娘とセイギの息子を対面させたいって言ったら、
『お見合い!? 化け物同士、あ、いや、美女と野獣みたいで良いじゃない』
『結婚って何歳からできるんだっけ?』
『あと、実印持っていった方が良い?』
なんてことを言ってきたんだ。いくら何でも結婚は早すぎるだろ? 小さい頃に一度会っただけだし、なぁ」
「そ、そうだよ。そりゃ、運命的な出会いだったけど……じゃなくて、そう、まだよくわからないし、彼の意思も尊重しないと駄目だよね」
しまった、動揺しすぎだ。察しの良い父が、
『彼の意思? お前の意思はもう決まってるのか?』
と聞きたそうな顔をしている。
わたしはつっこみ回避のために話題を変えた。
「ところで、その、彼の本当の体質のこと教えてよ。とりあえずは、アレルギーを持っているっていうのは嘘なんでしょ?」
「あぁ、そうだ。おまえの体質もかなり特殊だけど、彼のもなかなかだぞ」
ここで今さら、さっき父が言った、彼の父親の言葉を思い出した。
さらっと、『化け物同士』とか言っていなかったか? 『美女と野獣』は良いけど。
わたしのことはとりあえず置いておいて、彼が『化け物』だということか。やっぱり、サイクロプス関係、ってこと?
その後、父は彼のこと、知っている全てを話してくれた。
父は、彼が産まれるから、彼の両親、祖父、そして本当の母親と、仕事以外での付き合いもあったという。
そんな父から、彼の出生から今までのことを聞いた。
それらの事実を、今日、初めて知らされた彼は何を思ったのだろうか。
でも、その体質を使い、自分の責任で人の悪事を発現させ、その悪へと立ち向かう。彼はそう決めたというのだ。
しかし、
「サイクロプス全然関係なくない?」
「なかなか重い話聞いて、まずそこ? いや、娘よ、まだ本当の体質のことしか話してないから。面白いのはここからだ」
父は、今度はその体質をいいことに、セイギとともに彼に『重り』を着せていたことを教えてくれた。
最終的には全身で二〇〇キログラムもの重量を身に付けるに至ったこと、そして、今日行われたとされる身体測定とスポーツテストの結果も。
「えっ?体重一五〇キログラム? 握力一七八キログラムで、五〇メートル走三秒八?」
「うん、わかったかな。それが、わたしが裏でサイクロプスと呼んでいた所以だ」
わたしには、好きなアイドルとか、好みの顔とか、そういうものは無い。
でも、好きなタイプを答えるのなら、『強い人』だ。
まさにわたしのタイプであろう彼に、サイクロプスとかいうイメージを植え付けた父は、当分の間、ご飯少なめの刑に処するとしよう。
最後に彼を見たときもそうだが、何やら特殊な素材の、そして大きめの制服を着ていた。
てっきり、その素材でつくり得る最小サイズなのかとも思っていたが、『重くするため』そして『化け物のようなからだを隠すため』だったらしい。
また、今日の彼の悲運、いや、彼の意思じゃないにせよ彼自身が発現させた事件を聞いた。
いずれも彼が人質に選ばれたのは、それこそただの悲運のようだが、結果、三人の手を粉砕して、いずれの事件も彼が解決したらしい。
自分で勝手に発現させた責任を自分で解決する、まさに自己解決ヒーローではないか。
わたしの運命の人(一方的だが)が『強い人』で、そして『ヒーロー』だなんて。
わたしは今にも倒れそうなところをなんとか我慢した。
「これで高性能スーツを着れば、まさに最強のヒーローの誕生だな。お前、たしかヒーローもの好きだろ? あと、強い人も」
さすがわたしの父である。よくわかっている。
果たして、明日、彼に会って正気を保つことはできるのだろうか。
そして、
『わたしも実印作ったほうがいいのかな?』
そんな疑問が浮かんだ。
「ん? 実印か? 婚姻届には確か必要ないぞ。それに、確か男は十八歳からじゃなかったか、結婚?」
あれ!? もしかして心の声のつもりが、口に出していたのか?
中学三年間、誰とも話さずに我慢を続けたわたしは、心の中での独り言が激しくなっていった。
いわゆる妄想というやつであるのだが。
こんなわたしが彼に近づいたら、きっと妄想が、そして彼への想いが表に出てしまうに違いない。
わからないが、酔っぱらった勢いで告白する、みたいなことではないのだろうか。
本当に妄想が過ぎるが、告白するのなら、ちゃんと自分の意思でしたい。それに、そんな状態で告白されても、彼だって困るだろう。
「そうだ、結婚と言えば。セイギとミモリン、あぁ、裁少年の両親のことだがな。
裁少年の本当の母親が自殺した後、裁少年の体質の影響で、ミモリンがセイギにプロポーズして結婚したらしいぞ。セイギも受け入れて、しかもその場でプロポーズ返しをしたらしい。
こう聞くとやっぱり恐ろしいよな、彼の体質」
恐ろしくなんかない。
わたしの感想はただひとつ。
え?
いいの?