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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
白銀美琴
139/242

139話 姉さん女房的なやつ

「『天井から落ちて後頭部に膝をトスッ作戦』成功しました!」

 職員室の中にいる二人、どちらかの携帯電話が警察と通話中だったから、俺はそれを利用して報告した。

 『後頭部をトスッ』とされて気絶している犯人に手錠をかけ拘束すると、一旦車に戻り、改めて本部に報告した。

 

 上司は、『下手に動かず、セイギに任せて様子を見ていよう作戦がうまくいった』と、喜んでいた。

 だがその作戦のおかげで、応援は手配したばかりだという。これからやってくるらしく、麓の署からは二十分近く要するとのことだった。

 その時間を利用して、俺は部屋にいる二人に事情を聞くことにした。

 

 部屋に戻ると、まずは懐から警察手帳を取り出し、できる限りの笑顔で自分の名前を名乗った。

 そのときの二人の顔は、今もよく覚えている。

 『拳銃で脅す犯人から救ってくれたヒーロー!ありがとう!』という表情。

 ではなく、『へ?この人、本当に警察官?』といった表情を浮かべていたんだ。


 もしかして、名乗り方か?

 『警視庁、ボケ担当の黒木くろき正義まさよしです』。

 嘘はついていなかったが、さすがに同業者でもない初対面にはまずかっただろうか。

 そんなことを少し考えていると、だが、女性の方が『くすっ』と笑って、言った。

「わたしもボケ属性です。強いボケに乗っかる・・・ノリボケって言うんですかね。あはは」

 雰囲気から察したとおり、綺麗で聡明な女性であると感じた。

 しかも同業者・・・あ、『ボケ』という業種が同じ、というヤツだ。

 男性の方は表情を変えずに、俯いたままだった。犯人に長時間、拳銃をつきつけられていたのだ。仕方が無いだろう、そう思った。

 場が少し和んだところで、二人には自席と思われるデスクに着席してもらい、聞き取りを開始した。



 まず、男性の名前を聞いてみた。

 『レディーファースト』という言葉があるが、『楽しみは後にとっておく』という言葉もあるだろう?

 俺は後者を選んだんだ。でも、その男性はしゃべらなかった。

 失敗した!そう思った矢先、女性が代わりに答えてくれた。

「彼は・・・瑞輝みずきくんです。てん・・・天童てんどう瑞輝。この学校の・・・関係者です。しゃべれないわけではありません。ショックが大きすぎて・・・」

「わかりました。もう少ししたら応援が来ますが、落ち着くまでは聞き取りを控えるよう言っておきましょう」

「・・・ありがとうございます」

「では、あなたのお名前を教えてもらえますか?」


 俺は、その女性に尋ねた。

 その女性は、

「はい。白銀しろがね美琴みことです。この小学校の先生をしています」

 少し微笑んで、名乗ってくれた。

 俺は、スタンガンを腹に突きつけられた人を間近で見たかのように、全身が震えた。

 初めて『運命』というヤツを感じた瞬間。


 それが、さい、お前を産んだ母との初対面だった。



 犯人が小学校に侵入してからの経緯は、通話で聞こえてきたやりとりで、概ね把握できていた。

 だから俺は、なぜ犯人が侵入する直前に警察に通報したのか、できたのか、を聞いてみた。

「・・・瑞輝くんが、言ったんです・・・」

 美琴は、未だ俯いたままの瑞輝を見ながら答えてくれた。

「その時間、わたしたちは二人で教室にいました。もうすぐお昼休みだね、って会話をしながら、わたしは窓の外を見たんです。

 校門から、一台の車が入ってくるのが見えました。

 『誰だろう・・・珍しいね』

 その車に誰が乗っているのか、それを見ようと、わたしは窓に近づきました。

 『・・・なんだか、ちょっと遠くに車を止めたみたい。・・・男の人、かな?すごい、全身黒ずくめっていう表現がピッタリの格好だよ?』

 わたし、この四月にここに赴任したんですけど、普段、瑞輝くん以外と会うことがほとんど無いんです。

 だから、物珍しさに緊張感はゼロ、いや、マイナスだったかもしれません。

 そしたらすぐに、

 『先生、すぐに警察に電話して!一一〇番!』

 『え!?警察?』

 『いいから、早く!電話して、そのまま、どこか見えないところに携帯して!』

 瑞輝くんとは、まだ知り合って二週間くらいだったけど、初めて大きな声を聞いた。それに、恐いくらい真剣な表情をしていたから、わたしは、言うとおりに警察に電話をかけました。

 そして、発信ボタンを押したら、すぐに上着のポケットに見えないように仕舞いました。窓の外にはもう、さっきの男の人の姿は見えなくて、でも、大きな、走るような足音が教室に近づいてきたんです。

 『誰か、教室に入ってくる!?』

 わたしの声のすぐ後に、教室のドアが開き、黒ずくめの男が入って来ました・・・」


「そこからの会話は、通話を続けてくれたおかげで、警察も把握しています。あなたが機転をきかせて、この学校の名前を口にしてくれたおかげで、こうして俺も駆けつけることができた」

「・・・あなたが最初に見せてくれた笑顔。わたしはそれを見て、そしてあなたの自己紹介を聞いて、ホッとしました。すごく安心できたんです。でも・・・思い返したら、急に・・・怖く、なって・・・」


 ついさっきまで微笑みも見せながら話をしてくれた美琴は、急に、両肩を抱いて涙を流し始めた。

 無理も無い。銃を持った犯人と、二十分以上も同じ空間にいたのだから。

 俺は二人への聞き取りをやめて、応援が来るまで車で待機することにした。

 そして、部屋を出ようとしたとき。


「・・・泣かないで・・・」

 小さく、かすれた声が聞こえた。

 弱々しく、だが温かみのあるその声は、空気抵抗などまるで無いかのように、俺の耳に『すっ』と入って来た。

 さっきまで一言も発しなかった瑞輝の声だった。


「先生・・・泣かないで?」

 顔を上げて、初めて見せるその顔。

 髪の毛は短くも長くも無い。目、鼻、口、耳。通常、人間が持つ部位が、通常の数だけ付いている。

 そんな感想しか持ち得ないような、特徴の無い顔立ちをしていた。

 でも、どこか、人を安心させるような、包み込むような雰囲気を感じた。

「瑞輝、くん・・・?」

「泣かないで。この人のおかげで、無事で済んだんだから。それに・・・ごめんね、僕、何もできなかった。声すら出せなかった・・・」

「・・・良いんだよ。怖かった、よね?仕方無いよ。わたしだって、瑞輝くんに何かあったらって・・・でも、ごめんね?わたしも、何もできなかったよ」

 二人の会話を見て、おそらく瑞輝が年下なのだろうと推測した。


「警察の・・・黒木さん。助けていただき、ありがとうございました。僕は・・・先生から紹介してもらいましたが・・・天童瑞輝といいます。この小学校の関係者、ということになっています」

 関係者という表現に違和感を感じていたが、もしかするとこの小さい学校独自の役職があるのかもしれない。

 俺にそれを言ったところでわからないだろうと判断したのだろう。俺はそう思った。


 そして、ふと思ったことを聞いてみた。

「この学校には・・・先生が、二人しかいないのか?」

「・・・ええ。もう一人、校長はここに常駐していなくて、別のところにいるんです」

 問いには、美琴が答えてくれていた。

「そっか・・・それで、生徒は?この学校、先生がいるってことは、生徒がいるんだろ?」

「・・・一人、います。でも、いろいろと事情があって・・・学校、そして保護者から、そのことは口外しないよう言われていますので・・・申し訳ありませんが、警察の方にも言うことはできません」

「わかった。今日はいなかった。無事に済んだし、それだけで良いよな。ところで・・・」



 俺は、二人をみたときから感じていた違和感のことを、正直に聞いてみることにした。

 この四月に初めて会ったという二人。

 さっき、先生は二人、という問いに、『もう一人、校長は・・・』と答えた美琴。

 これは、瑞輝の役職が先生ではない、ということだろう。用務員のような役職か?

 だけど・・・怪しいのだ。生徒が来ていないのに、なぜ教室で二人。何をしていたのか・・・

 もしかすると、この瑞輝という男は・・・


「あのさ、瑞輝くん。聞き流してくれて良いんだけど・・・いや、これはただの推測だ。ああ、まず、君の年齢はいくつだね?」

「・・・この四月で、二十一歳、だったと思いますが・・・」

「ほおほお。でも、何て言うんだろうな・・・幼い、というか・・・年齢に不相応というか」

「な・・・何が言いたいんですか!?な、何を知って・・・」

「ほお、その反応・・・俺の推測は間違いなさそうだな」

 そう、俺は二人の会話、雰囲気から、推測していたんだ。

「瑞輝くん・・・いや、二人・・・お付き合いしてるんだろう?」

「・・・え?」

「は?」

「瑞輝くん、年下というか・・・尻に敷かれてるな!白銀さんが、姉さん女房的なやつなんだろう!違うか?」


「違います」

「全く違います」

「え!?」



 俺の推測が無表情で否定されたそのすぐ後、応援の警察官が校舎に入って来た。

 未だ気絶したままの犯人を引き渡すと、二人も署に同行し、事情を聴取することになった。


「じゃあ、俺は警視庁に戻るから。・・・怖かっただろう。怖い思い出になるだろう。でも、思い返しそうになったら、俺のことを思い出してくれ。

 俺の、あの会心の『天井から後頭部に膝でトスッ』をな!」

「ふふふっ、面白い人・・・ありがとうございました。また、もしも会う機会があったら・・・そのときは、わたしのノリボケを見せてあげますね」

「ああ!期待してるぜ。瑞輝くんも、尻に敷かれてぺっちゃんこにならないようにな!」

「敷かれてない・・・でも、はい。人に迷惑ばかりかけないよう、できる限りのことはしてみます」

「お、おお。そんな重く考えないでさ、軽く考えようぜ。人生一度きり、限られた時間なんだ。楽しく、明るく生きないと損だぞ?」

「・・・不思議な人、ですね。でも、ありがとうございます。限られた人生、楽しく・・・悔いの無いように生きたいと思います」

「まだ重い!でも、頑張れよ、瑞輝くん!・・・じゃあな」


 最後に、とびきりの笑顔と一緒に、ピストルで撃つような仕草を見せた。

 二人は、『警察官がやる仕草じゃないよね?』みたいな表情で、でも、すぐに二人とも微笑んで、俺を送り出してくれた。




 本部に帰った俺は、上司に褒められた。

 なぜかわからないが、その上司に特別に買われていた俺。だが、今まで褒められることは無かった。

 だから、驚いたのと嬉しいの感情が九対一くらいの割合で湧き上がった。

 理由はわからないが、よほどその銀行強盗を憎んでいたんだろう。

 『一杯おごるぞ?』と言われた俺は、『せっかくなら五杯くらいおごって下さい』と返した。

 上司は、俺の脇腹にスタンガンを当てるような仕草とともに、ツッコミを入れてきた。


「・・・いつも思うんですけど、そのツッコミやめた方が良いですよ?俺、まだ本物のスタンガンくらったことないですけど、人によっては恐怖でしかないはずです。スタンガンハラスメントですよ」

「くくっ!安心しろ、俺の人を見る目はずば抜けてるからな。スタハラも、ムチハラもしない!」

 ムチハラ・・・鞭でビシバシ叩くハラスメントのことだろうか。

 無知でいろんなハラスメントをすることだろうか。

 わからなかったが、俺はその日、上機嫌の上司から六杯もおごってもらった。


 飲みの席で、俺は上司に質問した。

西黒伏にしくろふせ小学校って、知ってましたか?」

「今日の現場だろ?・・・俺の親戚が近くに住んでるから、聞いたことはある」

「今、生徒が一人しかいないんですって。しかも、何やら事情があって、今日は登校してなかったみたいですけど」

「・・・それで?」

「はい。俺、ずっと気になってて」

「その、生徒のことか?」

「いえ、先生のことです。めちゃくちゃ美人でした」

「そっちかーい!って、綺麗なツッコミをした俺だが。仕事中に連絡先を聞いちゃったりとかしてないよな?」

「安心して下さい。俺が悪いことしたら、責任は全てあなたが負うことになるんです。さすがに気をつけますよ!」

「いや、お前個人の罪ならお前だけが責任を負え!」


「・・・でも、あんなところ二度と行かないだろうし、もう会うことも無いんでしょうね・・・」

「・・・良いニュースがあるが、聞きたいか?」

「良いニュースなら聞きます」

「実はその小学校だけど、今年度で閉校になるらしいぞ?生徒が入学するタイミングにだけ開校していたらしいんだがな。来年度からはおそらくずっと、入学する生徒がいないみたいなんだ」

「・・・と言うことは?」

「その先生、他の小学校に転任することになるな」

「・・・と言うことは?」

「もしかしたら近くの小学校に転任になるかもな」

「・・・と言うことは?」

「再会できる可能性もあるんじゃないか?」

「・・・と」

「うるさい!・・・本物くらわすぞ!」

 そう言う上司の手には、本物のスタンガンのような物質が握られていた。




 それから、その村には近づくこと無く、美琴とも一度も会うことは無く、一年が過ぎた。


 四月の下旬、ある休日のことだった。

 俺は、上司に呼び出された。

 なぜかわからないが、呼び出された場所は、俺が当時住んでいたアパート近くの、高校の体育館裏だった。

 もちろん敷地内ではなく、裏に面している喫茶店だったのだが。


 何か悪いことをしただろうか・・・もしかしたら最近のボケの精度が低い、とプライベートで指導を受けるのか。

 そんなことを考えながら、指定された喫茶店に入った。

 店に入ってすぐに、奥のテーブルで上司が手を上げて、位置を知らせてくれた。

 手に持っていた携帯電話が、一瞬、スタンガンのような物質に見え、ビクッとした俺。


 重い足取りで上司がいる席に向かう。

 近づくと、そのボックス席には上司の他にもう一人座っていることがわかった。

 こちらに背中を向けているその人物、髪の毛が長く女性のような服装だったから、『女性だろう』と推測した。

 というか、俺はすでに、その女性が誰かはわかっていた。

 事前に知らされてはいなかった。でも、その後ろ姿、雰囲気、全身の震えが、それを教えてくれた。


「休みの日に悪かったな」

 上司がそう言うと、その女性は立ち上がり、こちらを向いた。

「急で済まないな。紹介しよう、『白銀美琴』さんだ。ああ、もちろん初めてじゃないだろうから、わかるだろうがな」


 そう、美琴との再会だった。

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