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ジコセキニンヒーロー  作者: ケト
天照台皇輝
134/242

134話 一一〇を押すとどこにかかるの?

 俺は、幼いながらに必死に考えた。

 自分が置かれている状況と、自分が助かる方法を。

 男の言うとおり、この家の中には誰も入れないし、出ることもできないのだろう。もしかすると、この男だけは出入りできるのかもしれないが。

 そして、この家の中には、俺とこの男しかいない。いや、厳密に言うと、家の中のうち、一族専用スペースには、だ。

 

 天照台家には、執事とお手伝いさんが合わせて四人いた。そのうち二人は住み込みで働いていたから、外出していなければ、いつも家には二人から四人の人間が働いていた。

 だが、この家は、天照台家の一族専用スペース、執事とお手伝いさん専用スペース、共用スペースの三つに分かれており、それぞれの出入り口にも、厳重な扉が設置されていた。

 それぞれのスペースに出入りできるのは、それぞれのスペースを使用する人間だけ。

 天照台家の一族専用スペース、そこは、当時は親父とおふくろと俺、三人の部屋があった。

 つまり、三人しか出入りができなかった。


 だから、例え家の中に執事とお手伝いさんがいたとしても、一族専用スペース、そして俺の部屋に入ることはできなかった。

 つまり、助けは来ない。


 そして、俺が助かる方法。

 そもそも、この男の最終的な目的、そしてそれを果たしたときに俺がどうなるのかは、まだ知らされていなかった。

 俺が推測したのは、この動画配信とやらを見ている人の数が、この男が満足する数を上回る。あるいは、ただこの男が、やり遂げたという満足感を得ることが、目的達成の条件だということ。

 そして、さっき自分で言っていたとおり、目的を果たしたら、この男は自殺するのだろう。

 

 俺は、おそらく、この動画配信が止まらない限り、危害は加えられない。

 だから、ただ大人しくしていれば良いのだ。



『ああ、そうだよねぇ。人質をとって要求もしたけど。そもそもいつまで配信するかわからないよねぇ。

 うーん、ボクの動画、結構みんな見てくれるよねぇ。一番見られたのは何回だったかなぁ・・・わからないけど、一億くらいだったかなぁ?

 今回はもっと見てくれるよねぇ?じゃあ・・・一億人が高評価をしてくれたら終わろうかなぁ。うふふっ、一億人が見てくれて、その一億人が高評価してくれたら終わっちゃうねぇ。

 でもみんな、低評価もしちゃうよねぇ?ああ、そうだ。面白いこと考えたよぉ。要求じゃなくて、条件を足そうかぁ。

 うふふっ、低評価がいっぱい出ても、人質を殺そうかなぁ。でもいっぱいって、どのくらいかな?一割は多いかな?一パーセントかな?

 うん、じゃあ、一パーセントの、百万回にしようかぁ』


 俺は、動画配信というものを見たことが無かったから、評価のことを聞いてもピンとこなかった。

 おそらく、その男は、普段の動画での評価割合で決めたのだろう。

 

 だが、俺は悟った。

 この配信では、低評価が増えるに違いない、と。

 なぜなら、低評価が増えることで、俺が殺されるのだ。世界中には、それを見たいという酷い人間も多くいることだろう。

 配信を止めても、そして低評価が多くても、俺は殺される。



『うふふっ。急に高評価が増えたねぇ・・・警察かなぁ?でも、ズルはダメだよぉ?評価は一人一回しかできないから、自動でアカウントをつくって、高評価するシステムでもつくったのかなぁ?

 うーん、でも、ボクのこと知らない?有名なハッカーだよぉ?ふむふむ。たぶんこれだよねぇ。うんうん。この数字も画面に表示してあげるよ?

 ああ、ボク親切だから、この数字を引いた評価数も表示してあげるねぇ』


 男はそう言うと、画面に四つの数字を表示させた。

 画面を俺にも見せてくれていたから、その数字が何なのかは、すぐに理解できた。

 まず、一番大きい数字。

 それは、『九九,一一八』。そしてその右側には、『八八二』と表示されていた。

 そして大きい方のその数は、すごい早さで増えていった。

 男の言ったとおりなら、一番大きい数字が、おそらく警察がつくったアカウント作成と高評価を自動でするシステムが、高評価した数字なのだろう。

 そしてのその右側に、その数を差し引いた高評価数。

 配信が始まって約二十分で八八二ということは、このペースでいくと、高評価が一億に達するのは二,二六七,五七四分後。つまり約千,五七五日後となる。

 もちろん、注目されて、より多くの人が見てくれれば、そのペースは格段に上がるに違いないが。


 そして、画面に表示されたもう二つの数字。

 先ほどの二つが高評価ということは、こちらは低評価だろう。

 左側は、『〇』、そして右側には『五,四二一』と表示されていた。


『うふふ!あらあらぁ、低評価がつくペースの方が早いねぇ。世の中、酷い人ばっかりなんだぁ。こんな世界嫌だねぇ。

 でもボクは、これが終われば一足先におさらばするから関係無いねぇ。

 視聴者も増えてきてるねぇ。もしかしたらニュースにとりあげられてたりしてぇ。ねぇ、こうきくん?この部屋ってテレビあるの?』

『・・・無い』

『あらぁ・・・テレビ、見ないのぉ?』

『・・・見たことはある』

『わぁ、じゃあ、もちろんアニメなんて見たこと無いよねぇ。世の中、面白いアニメいっぱいあるのにねぇ、可哀想だねぇ。じゃあ、仕方が無いねぇ。

 画面がごちゃごちゃしちゃうけど、ニュース画面も映そうね』


 男はパソコンを操作すると、テレビで放送しているニュース番組のひとつを表示させた。

『あれあれぇ?まだ、やってないねぇ・・・注目されてないんだねぇ、ショックだねぇ・・・でも、良いのかなぁ?

 高評価してよぉ!とか、低評価しないでぇ!って呼びかけないと、いつまでも終わらないし、こうきくん、死んじゃうかもよぉ?

 ねっ、こうきくん?』

『・・・何で?』

『わぁ、ボクと話してくれるのぉ?』

『何で、こんなことするの?』

『うふふっ、面白いからだよぉ?じゃなきゃ、しないよねぇ!』

『・・・面白いアニメを見るだけじゃダメなの?』

『うんうん、アニメは面白いよぉ。でもねぇ、こっちのほうが面白いんだもん。堪らないよねぇ』

『高評価が目標に達するまで時間がかかったらどうするの?』

『いつまでも待つよぉ。あぁ、でも、食料が無いから、餓死するまでだけどねぇ。あ、トイレに行きたいときは言ってねぇ。手が使えないから、一人でできないもんね。でも、水と食料はボクと一緒に我慢してよねぇ』



 もはや、俺には何もできることが無かった。ただ、我慢するだけ。

 だが、ひとつだけ、助かる手段はあった。でも、それは、そのときの俺には不可能なことだった。

 

 それは、自分の体質を使うこと。

 そのとき抱いていたのは、恐怖という感情。別の感情を高ぶらせることで、この男のこの行動を、自分からやめさせることもできたに違いない。

 だが、幼いながら、もともと感情を表に出さないし、親父からは『コントロールできるまで、感情を表現するな』とも言われていた。

 それに、この状況で恐怖以外の感情を持つことができなかったのだ。


『うんうん。一緒にお話でもしながら待とうねぇ。ああ、退屈だよねぇ。でもテレビが無いってことは、もちろんゲームも無いよねぇ。漫画も無いよねぇ。君、何をしているときが一番楽しいのぉ?』

『・・・・・・まだ、無い』

『えっ、無いのぉ?えぇぇぇ・・・無いのぉ?』

『いずれ楽しいことがあるだろうから、それまでは我慢してる』

『おろろぉ、こんな小さい子がそんなこと言うぅ?やだよぉ、ボク、そんなの想像もできないよぉ。ねぇ、楽しいことしようよぉ。そうだなぁ・・・あっちむいてほいでもしようかぁ?知ってる?』

『知らない』

『だよねぇ。じゃあ、教えるけど・・・もしかしてだけどぉ、じゃんけんって知ってるぅ?』

『・・・知らない』

『うそーん!・・・もしかしたら、じゃんけんだけでも楽しめるかもねぇ。じゃあ、教えてあげるねぇ』



 俺は、その男にじゃんけんを教えてもらった。

 だから、今でも、じゃんけんをするたびにその男のことを思い出すんだ。まあ、なかなかじゃんけんをする機会は無いんだが。

 

 そしてその後、俺とその男は、じゃんけんだけを一時間くらいしていた。

『君ぃ、頭良いねぇ。ボクも頭の良さだけは自信あるからぁ、確率とか考えながらやってるけどぉ・・・君の方が勝ってるよねぇ・・・

 あ、高評価が増えてきたよぉ?きっと、じゃんけんの駆け引きが面白かったのかなぁ?

 ああ、でも低評価もそれ以上に増えてるよぉ。やっぱり、じゃんけんだけじゃつまらないのかなぁ。

 ていうかさぁ、何でニュースに取り上げられないんだろうねぇ。もしかして、警察がニュース報道を止めてるのかなぁ?

 下手に多くの人に見せて、下手に低評価を押されるのを恐れてるのかなぁ?

 ・・・うーん、つまらないねぇ。どうしようかぁ・・・うーん・・・あ、ひらめいたよぉ。警察が今、何をしてるのか知りたいよねぇ?だから、電話でもしてみようかなぁ』


 男は上着のポケットから携帯電話を取り出すと、操作をして、耳元に当てた。

『配信を見てるだろうから、電話してるのはわかるよねぇ?すぐに出てよねぇ?って、一一〇を押すとどこにかかるの?近くの警察署かなぁ。

 ・・・あ、もしもしぃ?ボクのことわかりますぅ?あ、良かったぁ、見てくれてたんだぁ。反応がわからないからねぇ。

 そうだ、スピーカーにしても良いよねぇ?見てるみんなにも会話を聞いてもらおうねぇ』


 男は、電話相手の承諾も取らずにスピーカーモードに切り替えた。



『ちなみに、あなたはどこのどなたですかぁ?お名前、名乗ってもらいたいなぁ』

『断ったら、どうする?』

『わーん、警察の人、恐いよぉ。泣いちゃうぅ!』

『泣くだけか?なら、断る』

『ぴえーん!この、鬼ぃ!・・・あららぁ・・・低評価増えちゃってない?みんな見てるよぉ?そんな塩対応じゃ、みんな高評価してくれないよぉ?』

『・・・わたしは、皇輝こうきの祖父だ。警視庁に勤めている』

『あらあらぁ、身内の方が都合良く電話の相手なんて・・・面白いですねぇ。これぇ、高評価期待できるんじゃないのぉ?』

『交渉に応じる気は無いか?』

『無いよぉ?』

『・・・その子じゃなくても良いんじゃないのか?それか、配信を止めないと約束するから、解放してくれないか?』

『しないよぉ?要求と条件は変わらないよぉ?ボクが警察に電話したのは、状況を知りたいのと、面白いかなって思っただけだからねぇ。

 ところでぇ、警察は今何をしてるのぉ?家の中に入る努力はしてるぅ?』

『・・・全力でしている。だが、まだ入れていない、それだけだ』

『入れたら良いねぇ。でも、たぶん入れないでしょぉ?おじいさんも、この家に住んでたんじゃないのぉ?ねぇ、頑張って入れるものなのぉ?ねぇ?』

『入っても良いのだろう?セキュリティ以外の制約が無いのなら、時間があれば入れるさ』


『わお、かっこいいねぇ。みなさぁん、もしかしたら早く終わっちゃうかもしれないよぉ。ここに人が入った時点で、ボク、死ぬからねぇ。

 でも、もしも、こうきくんをアレするのが見たかったら・・・低評価押してよねぇ・・・ぐふふっ!』

『・・・お前、わたしと話していても楽しくないだろう?』

『うん、そうだねえ。だって、おじいさん、仕事中だもん、仕方が無いよねぇ』

『くくっ、そうだな。じゃあ、うちで一番面白い人間と変わっても良いか?』

『え?でも、結局は警察の人でしょ?お抱えの芸人さんでもいるんなら話は別だけどぉ・・・』

『大丈夫。ほぼ芸人だ。・・・じゃあ、変わるぞ?』

『・・・』



 スピーカーから聞こえる声が、祖父のものから、別の人間のものへと変わった。

 ほぼ芸人だ、という父の謎のセリフ。

 ただ楽しいおしゃべりが続いても、状況が変わらないだろう。

 俺はあきらめて、ただその会話を聞いた。


『んんっ!もしもーし!?』

『はぁい、聞こえてるよぉ』

『どなたですかぁ?』

『ああ、そうだねぇ。人の名前聞いておいて、名乗ってなかったもんねぇ・・・

 ボクはねぇ、そうだねぇ・・・不封神ふほうしん乳太郎にゅうたろうってことで』

『ほお。じゃあ俺は、留手とめて美瀬流みせるで良いか?嘘だけど』

『うふふっ。君は、誰なんだい?警察官なのぉ?』


『ああ。用事があったのに、お前のおかげで出勤することになった。俺は、セイギだ!』

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