132話 初めて見る天照奈が眩しくて
変なスイッチが入った裁と天照奈。
だが、とりあえずは話の続きが可能な状態であると判断し、紫乃は皇輝への質問を再開する。
「皇輝、ひとつ確認です」
「なんだ?」
「変なスイッチが入ってる二人も、おそらくは気になっていることでしょう。入学式の次の日のことです」
「・・・朝のことだな?」
「ええ。裁くんたちが言うような、光り輝くオーラ。そしてわたしが感じた神々しさ。あれは、さっきまで話していた皇輝の体質では、説明がつかない気がします。もしかして・・・他にも何か能力のようなモノがあるのですか?」
「たしか三人は、『オーラとか雰囲気を操作できる』みたいな予測を立てていたんだったな。だが、俺の体質はさっき話したとおりの、感情の逆移入だけだ。光り輝くように見えたのは、きっと・・・」
「ふふっ。じゃあやっぱり、そこはわたしの予想どおりなのですね!」
「・・・予想?」
「『女の子の前で格好をつけたい』ってヤツです!」
「・・・え?」
「これはわたしの推測ですが」
紫乃は、右目を隠すように、右手を顔に当てた。
「朝、駐輪場に着いた皇輝。『あーあ、今朝も朝からしんどいなぁ。なんか良いことないかなぁ・・・ん?な、なんだ、あの眩しいほど可愛い美少女は!もしかして、女神が下界に降臨・・・いや、この学校の制服を着ている!?しかも、一学年の建物に入ったぞ!』
皇輝はその女神を追い、Bダッシュで建物に向かいました。中に入ると、その女神はロビーで友達とお話をしているではありませんか。
『わーい、教室に入るだけで、自然とすれ違えちゃうぞ!ラッキー!気付かれないように、じっくり見て通り過ぎようっと!あ、そうだ。俺史上最高の格好良さを醸し出さないとね!イメージは・・・光り輝く感じかな!』
皇輝は自分が金の玉・・・いや、光り輝く玉、そう、太陽だと思い込み、教室に向かい、歩き始めました。女神のすぐ横を通った瞬間。『くんくん』皇輝は女神の匂いを鼻一杯に蓄えました。
そしてその後、三か月間。皇輝は鼻孔を洗うことはありませんでした。めでたしめでたし」
「なんだそのつくり話!しかもその右目を隠す手・・・俺のマネか!?似てないだろ!それに俺、そんなに女々しいか!?」
「たくさんのツッコミをいただき、誠にありがとうございます!ふむ、でも、概ねこんな感じでしょ?」
「・・・一割くらいしか合ってない」
「ふむ、金の玉のところですか?」
「お前!・・・でもな、紫乃。その話じゃあ、何で裁と天照奈、そして他の人たちは、俺を見て眩しいと思ったんだ?」
「ふむ。そうですね、『自分は金玉だ』って思い込んだら。その感情が感染したら・・・一体、どうなるんでしょうね?」
「知るか!・・・とにかく、『駐輪場に着いた』と『そのとき初めて天照奈を見た』ってところだけは合ってる。それ以外は違うからな」
「全然違うってことですね・・・不覚!」
「じゃあ、何で眩しく見えたのかな。僕、あの後しばらく目がチカチカしてたよ」
ようやく勉強スイッチが解けたのか、裁は、当時のことを思い出し、ようやく口を開いた。
「・・・眩しかったんだ」
皇輝は、またも耳を赤くして言った。
「天照奈が・・・初めて見る天照奈が眩しくて・・・」
「みなまで言うな、です!」
どんどん赤さが増していく皇輝を、紫乃が止めた。
「これ以上は、さすがに察しますので。なるほど・・・それで、みんな眩しいモノを見るような目で、皇輝を・・・」
「でもさ・・・そのとき、不動堂くんは何も感じてなかったみたいだよ?」
「あのドードー・・・そのときは絶滅前でしょ?ヤツの過信が皇輝の体質に勝ったのでしょう」
「何その理論!?」
「だから、そのドードーってやつは何者なんだ!?もしかして、そいつも校長の素質を持ってるのか?」
「あ・・・その可能性は考えたことありませんでしたね」
「そうだね。でも、体質というか、特殊なのは性格だよね?」
「絶滅しやすい体質、とは言えるかもしれないね」
「聞く力はどうでしょう?」
「『声を聞く』じゃなくて『人に聞く』力には長けてるかもね。不動堂くん、人見知りしないし、情報を得るために誰にでも質問できるから」
「じゃあ、やっぱり校長にはなれませんね。なれたとして、親衛隊の書記止まりでしょう」
「・・・もういい、ドードーとやらには興味無い。俺は忙しいからな」
「そんなこと言わず、一度話してみてよ!ズッ友になるかもよ!」
「三人もいれば十分だろ」
「ふふっ!わたしたち、ズッ友認定されましたよ!わーい!」
「・・・まあ、俺も、嬉しいからな。くそっ、二度と言わないぞ?」
「やーい、皇輝のツンデレ!あははっ!」
「じゃあ、次は何を話せば良いんだ?」
「そうですねぇ、今の一人生活の概要か、将来の夢のことですね。将来の夢は最後にとっておきますか。
てことで、今、どこでどうやって生活しているか教えて下さい。はい、どうぞ!」
「振り方、雑じゃないか?」
「そうですか?じゃあ、天照奈ちゃんから振ってもらいます?」
「え、わたし?・・・はい、どうぞ」
「・・・高校と駅の中間くらい、バスが通る道沿いに、古いアパートがあるんだが。見たことあるか?」
「ああ、木造の、今にも倒れそうな建物のこと?」
「うん、わたしも、前を通るといつも、『強風で倒れるんじゃないか』って思ってた」
「たぶん、それだ。トイレ共同、風呂無し。水道料金と光熱費は定額で、家賃に含まれている」
「ほう。そのお家賃は?」
「一万五千円だ」
「・・・妥当ですかね。お風呂があっての公共料金定額なら、なお良いですけど」
「そこだな。だが、俺は部屋に簡易浴槽を作って、ちゃんと毎日風呂に入っている。しかも、トイレ共同と言っても、住んでるのは俺一人だから、実質専用だしな」
「と言っても、相当古そうですね」
「くくっ・・・好きな部屋を選べたから、比較的損傷の少ない部屋を選んだ。しかも、部屋は自由に改造して良いと言われたからな。自分で内装をリフォームしたんだ!中に入れば、びっくりするくらい綺麗だぞ?」
「なんと・・・この皇輝、一人生活スキルも抜群でしたか!」
上流階級なのに一般常識を持ち得ている二人の会話についていけない、中流階級の裁。
「じゃ、じゃあ、自炊もしてるの?」
「そこだ。俺は、料理はしない」
「え?もしかして、山で何かを拾って食べてるとか?」
「俺は猿か!?・・・違う。家庭教師先で夕飯をごちそうになったり、我慢したりしている」
「なんかさらっと『我慢』って言いましたね、この皇輝」
「お昼ご飯も食べてないって聞いたよ?からだ壊さないか心配」
「じゃあ、皇輝くんも天照奈ちゃんにお弁当つくってもらうとか?なんて、あははっ!」
「お前、食べるの専門のくせに、よくそんなこと言えるな・・・まず、天照奈に何のメリットも無いだろ?
・・・推測だが。裁は・・・天照奈に何か不測の事態があったときに、唯一助けることができる存在。
そして天照奈は・・・一人暮らしスキルを持っていない裁を助けることができるし、親同士が知った仲なんだろう。
その利害関係が一致しての二人暮らし。食事、餌やりもその一環。そうだろう?」
一〇〇点満点の推測に、裁は恐れを抱きながら、頷いた。
天照奈も、皇輝のために何かをしてあげたいと思ってはいるのだろう。あごに手をやり、何かを考えていた。
そして、
「皇輝くん、良いよ?お昼のお弁当、わたしがつくってあげる」
「マジか!?・・・え、良いのか?」
「うん。いつもの二人分が・・・いや、実質五人分くらいだけど。そこに一人分追加になるだけだし。でも・・・ひとつ、条件があるんだけど」
「・・・条件?か、金か?」
弁当代が発生すると推測した皇輝。すぐにでも拒否をしようという顔をした。
「ううん。あのね、自転車の乗り方、教えてもらえる?」
「じ、自転車・・・だと?」
「天照奈ちゃん、ごめんなさい!皇輝よ、それは、わたしからのお願いなのです。本来ならわたしがお願いしないといけなかったのですが・・・だって、この皇輝、ずっと寝てるんだもん!」
「それは悪かった・・・けど、何で自転車なんだ?」
「わたし、たまにヘリで学校に通うんですけど、ヘリポートと教室が地味に遠いんですよね。しかもわたし、教室棟の出入り口で天照ちゃんとばったり会う必要があるのです。皇輝だってそうでしょ?朝、こんな女神と偶然ばったり出会ったら・・・ね?」
「否定はしない」
「でね、いつも、最後の直線は全速力で走ってタイミングを調整するのですが・・・自転車だったら、その調整がよりしやすくなるし、何より、楽ちんですよね!」
「の、乗れないのか?自転車に」
「乗れまっせーん!だってだーって、目出し帽を被った可憐な少女が自転車に乗る姿、想像できます?・・・この体質だし、移動はいつも車なのですよ!」
「そ、そうだな。悪い・・・じゃあ、紫乃に乗り方を教えれば良いのか?」
「うん。あと、わたしにも教えてほしいな」
「天照奈も、乗れないのか・・・まあ、そうだよな。でも・・・」
皇輝は、何かを想像したのか、その表情が少しにやけた。
「あ、この皇輝、天照奈ちゃんが補助輪付きの自転車に乗ってる姿を思い浮かべましたね?」
「いや、自転車の後ろを押さえて補助してあげる光景を思い浮かべたんだが・・・そうか、補助輪も良いな」
「ですよね!補助輪付き自転車に乗る女神。高く売れますよ!」
「やっぱり、紫乃ちゃんだけでお願いできる?」
「ぎゃーっ!皇輝のせいで、眼福チャンスをひとつ失ったじゃないですか!」
「お、俺は別にどっちでも良いし・・・てかさ、紫乃に教えるだけで、弁当つくってくれるのか?」
「そうですよ、天照奈ちゃん。お金なら東條家から出しますよ?こんなヤツに弁当つくる義理なんて無いですよ!」
「こんなヤツって何だよ!」
「補助輪チャンスを消したヤツ!」
「いや、それはお前が高く売れるとかなんとか余計なこと・・・」
すっかり仲の良い二人を見て、天照奈は微笑んだ。
「わかった。自転車のことは紫乃ちゃんと調整してくれる?
じゃあ、それとは別に、皇輝くん。たまにで良いんだけど、裁くんに勉強を教えてもらえない?」
「え!?僕に、勉強?」
「何で裁なんだ?」
「そうですよ。天照奈ちゃんには何のメリットも無いでしょ!」
「さっき皇輝くんに凹まされたときも、裁くん、成績のことで悩んでたでしょ?」
「凹まされた・・・事実だけど、言い方が・・・」
「全国模試の結果を聞いてからずっと元気無いし。ほら、同居人としても、裁くんには元気でいてほしいからね!」
「あ、天照奈ちゃん・・・僕のこと考えてくれてたなんて・・・」
「女神降臨!」
「よし、良いぞ。俺にとっても勉強になるからな。弁当も、十分な対価だろう!」
「よし、決まりだね。じゃあ、明日からお弁当つくって・・・どうやって渡せば良い?」
「天照奈から毎朝手渡されたら・・・」
その光景を思い浮かべたのか、皇輝はまたにやけた。
「んんっ・・・何も知らないヤツらに変な誤解をされるだろうな。特に、西望寺朱音に」
「ですね。天照奈ちゃん、恨み殺されそうですね」
「さすがにそこまでは・・・じゃあ、どうしようか。裁くんに渡してもらう?」
「それはそれで、もっと変な誤解が生まれそうですね」
「どんな誤解!?・・・じゃあ、一緒に食べれば良いだけじゃない?いつもの場所で」
「あ、そうか。そこで渡せば誰も何も言わないよね。友達しかいないもん」
「・・・友達の友達は他人だぞ?」
「友達も他人ですよ?でも、大丈夫です。ズッ友のズッ友はズッ友ですから!」
「・・・ドードーとやらもそこにいるのか?」
「ああ、ドードーは一人淋しく食堂で食べてますけど・・・え?ドードーがそんなに気になります?」
「そりゃ、あれだけ話題に上がれば・・・まあ良い。そうだな、生活にも慣れてきたし、弁当を食べる余裕くらいはあるか」
「よし、これも決まりだね!」
「皇輝くん、よろしくね。僕、天照奈ちゃんに返せるのは、勉強の成果しか無いから!」
「ああ、俺の場合、弁当がバイト料代わりだからな。成果を出せないとダメだろう」
「うん。二人とも頑張ってね。成績が良くなって、あと、校長になってくれると助かるな!」
「!?」
三人は思った。
この女神、最初からこれが目的だったのではないか、と。
今日、ふってわいた校長職の話。
強制はされなかったものの、経過やら何やら、今後も巻き込まれることは間違い無い。
そう、天照奈は、弁当をつくる代わりに、面倒臭い『校長職』を裁に押しつけたのだ。
だが、誰もが天照奈を恐れ、何も言わなかった。