131話 俺の体質
「じゃあ、ズッ友に・・・いや、呼び名も決まったところで。俺から話すぞ?なんとなくだけど、俺の体質、予想できてるんじゃないか?」
「うん・・・僕は、予想してたのと違うんじゃないかって、予想してるよ。僕が予想してたのは・・・入学式の次の日、朝見たときだけ、皇輝くん、輝いてたよね?」
「わたしも、皇輝くんのまばゆいオーラを見たよ?でも、その一回だけで、今日まで一度も見ていない」
「わたしにはオーラを見る能力はありませんが。何でしょう、あのときは神々しく感じましたね。もしかして、オーラとか存在感を操作できるのですか?」
「そう、僕が予想してたのは、紫乃ちゃんが言う、それ。でもね、ほら、アパートまで歩くときに見せた感情。あのときは、『恥ずかしい』かな?そして、さっき見せた『爆笑』。どっちも一瞬だったけど、僕もなんだかひどく恥ずかしい気持ちになったし、爆笑もした」
「ふむ。サイくん、その心は?」
「感情の逆移入じゃない?」
「くくっ」
皇輝は、表情を崩さず、感情を表に出さず、笑って言った。
「お前ら・・・いや、裁も、察しが良すぎるな。親父が言うとおり、恐いくらいだ。そう、まさにそのとおりだよ」
「なんだか、感情移入と逆輸入を合わせたような言葉ですけど。なんです?それ」
「えっと、皇輝くんの感情が他の人に移入する・・・ああ、感染するって言うべきかな?」
「なるほど・・・たしかにつられて笑った感覚はあるかも」
「わからないけど、これも、試してみてくれます?また爆笑してください。ほれっ!」
「そうホイホイ笑えるか!この体質もあって、俺は感情を表に出さないんだよ!」
「そうですか・・・じゃあ、ここは破壊神の出番ですね。どれ・・・」
紫乃は、天照奈の耳にヒソヒソと何かを囁いた。
その顔が悪い顔で笑っていたから、きっと、良からぬことなのだろう。
「紫乃ちゃん・・・こんなこと言っても大丈夫かな?」
「ふふっ。これは冗談なのですよ。そう、皇輝の体質を確認するための『善い嘘』なのです!てことで、良いよね、皇輝?」
「ああ、できるならやってみろ。俺の感情を引き出せるならな!ああ・・・でも、よほどその感情が高ぶらないと発動しないからな?」
「問題ありません。では、お願いします!」
紫乃の合図に、心を決めた天照奈が言い放った。
「皇輝くん、その前髪、まじうけるw」
その短い言葉。
破壊神の強力な魔法攻撃は、皇輝の前髪・・・精神に大ダメージを与えた。
「・・・え!?そんなにおかしいか?これも感情を隠すための一つなんだけど・・・うっ・・・」
皇輝は、その場で体育座りを始めた。
すると、
「ああ・・・わたしだって、皇輝くんにそんなこと言える立場じゃないのに。だってこの前、クローズドパッケージのアニメグッズを二個買ったら・・・八種類もあるのにかぶったんだよ!?その場にいた優しい人が交換してくれたけど・・・しかも、推しと・・・」
「わたしなんて、急に訪れたお泊まりチャンスとは言え、作戦の使い回しをしちゃったんですよ・・・荷物すら部屋に運べなかったなんて・・・東條家の名折れです」
「僕なんて、あんなに勉強したのに、みんなよりも勉強したのに、八位だよ?みんなの同情するような目、実は痛かったんだ・・・」
三人も体育座りをして、同じように凹み始めたのだった。
「・・・はっ!お、俺は何をしていた!?」
体育座りから回復した皇輝。
見回すと、三人が体育座りをしているのを見た。
「なんてことだ・・・そうだ、俺、天照奈に前髪のこと言われて・・・まあ、良い。見ただろう?いや、実感しただろう?これが俺の体質・・・って、あれ?」
自分は立ち直ったはずなのに、三人が依然として体育座りをしているのに気付いた皇輝。
「天照奈の・・・破壊神の攻撃で思った以上に傷ついたようだな、俺。まずい、戻せないぞ、これ・・・」
と、そのとき、
「僕なんて、ただの大食らいの、食費だけかさむ野良サイクロプス・・・」
という裁のぼやきを聞き、皇輝は何かを思いつき、そして裁に近づいた。
どこまで近づくと効果が現れるか、詳しく聞いていなかったが、とりあえず肩に手を触れてみる。
すると、体育座りをしていた三人が一斉に顔を上げた。
「こわっ!皇輝、これリアルに駄目なヤツですよ!?」
感情が感染したという自覚があるのか。紫乃は引いた目で皇輝を見た。
「引くな!・・・大丈夫だ。中学に入ってから、この体質が発動したのは数回だけだ」
「それって・・・感情を殺して生きてきたってことだよね。すさまじい我慢じゃない?」
「・・・さっきのとおり、俺の体質だが。何かしらの感情が、ある程度高まったときの俺を見た人間に、その感情が感染する、というものだ」
「二メートル以上離れてた裁くんにも感染したってことは、距離制限は無いの?」
「ああ、おそらく」
「ある程度高まるって言うのも、なんだか曖昧ですね」
「感覚は人それぞれだろう?俺的にはかなり高ぶった状態だと思ってる。ちょっとした感情、そして平常心は感染しないらしい」
「ふむ・・・とりあえず、サイくんが近づくことで無効化されることはわかりましたね」
「うん、たしか校長が言うには、皇輝くんのそれも、幼い頃に生まれたって・・・」
「ああ。おそらくだが、物心ついてから。初めて感情の高ぶりがあったときにその体質が生まれた・・・いや、備わっていた体質が発動し始めたんだろうな」
「ふふっ。皇輝の、最初の感情の高ぶりは何でした?もしかして、好きな女の子に対する・・・」
「違う!あ、でも、最初は・・・おふくろの・・・」
何かを思い出したのか、言葉に詰まった皇輝。
その耳が赤くなったため、きっと『恥ずかしい』のだろう。
だが、今は裁のすぐ横にいるため、その感情は感染しなかった。
「あらあら・・・もしかして、お母さんがお出かけするのが淋しくて大泣きしちゃったとか?きゃっ、可愛い!」
「・・・くそっ!五歳くらいの話だ。仕方無いだろうが!」
「皇輝くんと両親が、その体質に気付いたきっかけは?その、泣いちゃったとき?」
「それは関係無い・・・あれは、幼稚園のお遊戯会のときだった」
「東條家といい、なんかこの一族、お遊戯会エピソードが多いですね」
「とあるお芝居をやったんだが。一番芝居が上手いという理由で、俺が主役に選ばれたんだ」
「これも聞いたことあるエピソードですね・・・あ、でも選ばれた理由は『上手い』ではなくて『可愛い』でしたね」
「・・・俺は小さい頃からあまり感情を表に出さなかったんだが、さすがに大勢の保護者の前では緊張したらしい」
「・・・緊張感が会場の全員に感染してしまった、と?」
「ああ。しかも俺、そのとき、緊張しすぎて朝食べたものを吐い・・・戻したんだ」
「うげーっ!会場がゲロまみれに!」
「紫乃ちゃん、言い方!」
「会場の保護者たちは、俺が吐いたそのモノを見たのと、その匂いで吐き気をもよおした。それが原因だと思ってくれらしい。
でも、俺の両親は・・・いや、親父は違った。
『わたしがゲロを吐くなどあり得ない。お前の体質だな?』そう言ったんだ」
「ほらーっ!皇輝パパも『ゲロ』って言ってますよ!」
「言い方はどうでも良いだろ!・・・そのとき、親父に『恐怖』という感情を引き出されて、それが親父にも感染した。それで確信を持ったんだ」
「そのときに植え付けられた恐怖で、皇輝少年は感情を表に出すことのない、ただの機械になってしまいましたとさ。おしまい」
「終わらすな!・・・もともと、俺は感情を表に出さない性格だった。と、思う。だから、それをもっと、意識して隠すことにしたんだ。それほどツラいことではなかった。と、思う」
「やーん、感情だけじゃなくて、本音も言えないじゃないですか、この皇輝!
でも、安心しなよ、ユー!サイくんの近くにいれば、何も隠す必要はありませんよ!さらけ出しちゃいなよ、ユー!」
「ユーユーうるさい!・・・でも、たしかに。さっきの準絶滅感情が無効化されたよな。・・・他にも試して良いか?」
「じゃあ、天照奈ちゃん、お願いします!」
「えっ、またわたし?何を言えば良いの?」
「破壊神・・・じゃなくて、天照奈は何も言わなくて良い。俺が恥ずかしいことを言ってみる」
「きゃーっ!何を言うの?うんちとか?おちん・・・」
「紫乃、お前、悪ノリが過ぎるぞ!?はあ・・・俺が言いたいのは、いつかは言うことだ。言うタイミングが今になっただけのこと」
悪ノリと言われて押し黙る紫乃だが、皇輝のその『言いたいこと』が危険なモノであると察した。
「待ちなさい!わからないけど、それを言ったらダメな気がします!」
だが、紫乃の制止も全く聞かない様子の皇輝。
止めることはできない。そう悟った紫乃は、裁を無理矢理でもその場から離すことにした。
手を握り、引いて、皇輝から二メートル以上離した。
二人が離れたのと同じタイミングだったろうか。
皇輝が天照奈に『言いたいこと』を言った。
「天照奈、俺と、結婚を前提に付き合ってくれないか?」
皇輝は堂々と、だが、耳を真っ赤にして告白した。
「きゃーっ!」
察したとは言え、突然の告白に悲鳴をあげる紫乃。
「け、結婚・・・お付き合い・・・?」
さすがに結婚の意味はわかるし、この前、お付き合いの意味を理解した裁は、その二つの単語をただ繰り返した。
そして、
「あの、ね・・・」
皇輝の告白につられてか、何かを言おうとする天照奈。
その顔は真っ赤になっていた。
「わたしが、好き、なのは・・・」
「もしかして・・・『恥ずかしさ』と『告白するぞ』っていう決意にも似た感情の感染ですか!?ぎゃーっ!」
紫乃は、またも裁の手を引き、今度は皇輝のすぐ横に移動した。
すると、天照奈は我に返り、
「わたしが、好き、なのは・・・アニメ、です」
「ぶふーっ・・・」
サイクロプスを往復させて疲れ切った紫乃は、その場にへたり込んだ。
「なん、だと?もしかして、二次元にしか興味が無いって言うことか!?」
「そ、そんなことは・・・」
だが、天照奈はそのとき考えていた。
『妄想って、二次元かも・・・』と。だから、
「い、今はそうかも」
と答えた。
「そうか・・・くくっ。どうやら、まだ早かったようだな。まあ、今のは、告白というか、好みを確認しただけだと思ってくれ」
都合の良い解釈に変えようとする皇輝の顔は、晴れやかだった。
一方で、裁が皇輝に近づいているせいで、気分が晴れずにモヤモヤする三人。
『わたし、天照奈ちゃんのこと止めて正解だったんだよね・・・?まだ、早かったよね・・・?
ていうか、女神のあの恥じらう表情、反則でしょ。ああ、写真撮りたかった!でも、脳内シャッターは押したから・・・後で思い返そう』
様々な思いが複雑に絡み合い、自分の行動が正しかったかを省みる紫乃。
『皇輝くん・・・天照奈ちゃんのこと、好きなんだ・・・お似合いだしな・・・』
自分が好意を寄せる相手に告白する皇輝を見て、これまでに無い感情が押し寄せている裁。
『危なかった・・・でも、もし言ってたら・・・裁くん、どんな反応したかな・・・?』
皇輝の告白のことなど全く覚えていない天照奈。
「よし、俺の体質もわかったところで、次の話・・・ん?」
三人の異常に気付いた皇輝。
「何だ、お前らのその感情!?」
「・・・お気になさらず。続けてくださいな」
比較的軽傷の紫乃が対応する。
「ああ・・・何も無ければ次の話に・・・それともこの雰囲気、今日は解散か?時間があるなら、帰って勉強でもするぞ・・・」
「勉強!?せっかくだから、一緒にしない?ほら、模試の順位もお隣さんだし、理解度も一緒ってことで!」
「サイくんの勉強スイッチ!?そ、そうか。じゃあ天照奈ちゃんも・・・」
突然の裁の復活を見て、何かを確信した紫乃。
「あ、天照奈ちゃん?わたしこの前、お絵描きしてみたんですけど・・・」
紫乃は、天照奈をつるために、好きなアニメの推しキャラのイラストを描いていたのだった。
計画していた使いどころとは異なるが、やむを得ないと判断し、データを保存したスマホ画面を見せる。
「・・・紫乃ちゃん、絵も上手なんだね!すごーい!」
『復活しました・・・』
紫乃はそう呟くと、大きくため息をついたのだった。