130話 ドードーの上位互換ですか?
荷物は自分で持つと言う皇輝を、裁は自分の部屋へと案内した。
部屋に入るなり皇輝は、
「おい・・・布団と机しかないぞ、この部屋!?」
以前、紫乃が入ったときと同じ反応を見せた。
「机の上をよく見て!今は音楽を聴くやつもあるよ!」
「・・・勉強しかしませんって部屋じゃないか!?音楽は、まあ、気分転換で聴くくらいだろう?
・・・もしかして、この前の全国模試で一位だったの、お前か?」
「うっ・・・残念ながら、僕は八位だよ」
「・・・ほとんど勉強してない俺の一個上か。勉強のやり方を見直した方が良いんじゃないか?」
「うん、そうなんだよ。この前、紫音ちゃんにも教えてもらったけど。僕、ほんと要領悪いみたいなんだ」
「俺、実は家庭教師のバイトもやってるんだ。時間と給料さえあれば見てやれるんだが・・・」
「家庭教師って、中学生の?」
「いや、高校生だ。まあ、同じ一年生だけどな」
「そっか・・・人に教えると身に付くって言うしね。太一くんも弟に教えるのが一番勉強になるって言ってたし」
『グー!ギュルギュルギュル!』
さっきダイニングでチラっと見た、目と鼻に強烈なインパクトを残した料理たち。
裁のお腹に催促された二人は、急ぎ足でダイニングへと向かった。
まずは、誰も手を付けていない料理を空容器に移していく皇輝。
思ったよりも種類が多かったのか。容器が足りない様子の皇輝に、天照奈は、あらかじめ準備していた空容器を渡した。
「俺の行動を予測していたのか?さすがだな、雛賀天照奈」
「いや、それは・・・」
天照奈が紫乃を見るが、
「でしょ?うちの天照奈ちゃん、容姿と頭脳と体質が最強なだけじゃなくて、気も利くんですよ!でも、惚れちゃダメですからね、天照台皇輝!」
「ばっ・・・あと、なんでずっとフルネームで呼ぶんだよ!」
「あなたも天照奈ちゃんのこと、フルネームで呼んでるじゃないですか!・・・ふむふむ、もしかして何と呼んだら良いかわからない?いきなり名前で呼ぶのは恥ずかしい?ふふっ!」
「・・・恥ずかしいっていうか、俺、何て呼んだら良いのかわからないんだよ。これまで、名前を呼ぶ相手がほとんどいなかったからな・・・」
「ああ、わたしたちと同じですか!」
やや重い話をしたはずが軽いリアクションで返され、驚く皇輝。
「さっき、黒木裁もそうだったけど・・・本当に、みんなも同じなのか?」
「ふむ。呼称問題というか、境遇ですけどね。きっと、いろんな我慢があったことでしょう。よしよし、頭を撫でて進ぜよう」
「いや、やめろよ・・・」
嫌がる皇輝の、右目を隠す側の前髪をワシャワシャし始めた紫乃。
「ていうか、何この髪型?何で右目だけ隠してるの?」
「・・・今、自分で言ったろ?いろいろ、我慢したり隠したりしてるんだよ・・・」
「もしかしてあなたの体質って・・・」
紫乃が何かを察したのか。
皇輝は、少しだが覚悟を決めたような表情を浮かべ、紫乃の言葉を待っていた。
天照奈は、たぶん素でボケるだろうと、ツッコミの準備をしているようだ。
「右の眉毛が生えないとか?それか、異様に濃いとか。ファイナルアンサー!」
「・・・違う。見ろ」
皇輝は、右目を隠す真っ直ぐな髪の毛を手でかきわけると、その目と眉毛を見せた。
「・・・普通でした。普通の、超イケメンが現れただけでしたね。ふむ、本当の体質は今すぐ知る必要も無いですし。
・・・では、こうしましょう。わたしがあなたに愛称を授けます!」
「いや、俺は既に『皇輝くん』って呼ばれてるだろ?お前らのことを何て呼ぶかが問題なんだけど・・・」
「いいから。愛称で呼んだなら、これ即ち『ズッ友』です!あなたも自然と、わたしたちを呼びやすいように呼べますよ」
「ズッ友・・・」
裁のすぐ横の定位置に座る紫乃は、何にも覆われていない顔、眉間に手を当てると、愛称を考え始めた。
「これは、かつてない大仕事ですよ?ドードーなんて一瞬で浮かびましたけど、アレとは訳が違いますからね。
世界中の女の子を敵に回すかもしれません。でもわたしは、天照奈ちゃんだけでも味方であればそれで・・・」
「・・・やるなら早くしろよ」
「・・・天照台皇輝・・・てんしょうだい・・・あまてらす・・・あてなくん・・・天皇・・・天皇賞・・・マックイーン・・・ちょ、ちょっと待ってください!」
変な方向に向かってしまったのか、紫乃は思考を一旦停止した。
「よく考えれば、ズッ友も何も、わたし、あなたのこと全然知りませんね。自己紹介してくれません?」
「・・・お前がいきなり愛称考え始めたんだろうが!まあ、いずれ体質のこととか、身の上話をすることになるだろうしな。いいぞ。でも、聞かれたら答えるってスタンスで良いだろ?」
「やーい、天照台皇輝の照れ屋!」
その後、夕飯を食べながら、主に紫乃から準備運動的な、どうでも良い質問が続いた。
場が温まったところで、本題へと入る。
「体質と、今どうやって生きてるか、どっちが先が良いですかね?」
「わたし、将来の夢も聞きたいな」
「・・・とりあえず、聞いてばかりも何だし。先に僕たちの体質のことでも話そうか?」
「ですね。わたしたちがしゃべれば、天照台皇輝もこの場に慣れて、自分からしゃべってくれるかもしれませんね」
「じゃあ、僕から・・・あ、さっき歩きながらしゃべったね。えっと・・・じゃあ、僕は体質以外のことで」
裁は、自分の身体能力について話した。
一〇〇メートル走の全国中学記録を持つ皇輝が霞むようなその身体能力に、当然のように疑いを持った皇輝。
それを見た紫乃は、裁の上着を無理矢理脱がせると、そのサイクロプスを見せつける。
「お前が、親父の例えに出てきた『野良サイクロプス』だったのか・・・やっぱり、お前が一番の化け物じゃないか?」
化け物呼ばわりにはすっかり慣れている裁、次は『変わり種』ということで、父親の話をしようとする。
すると、すぐにフィルターをかけようとする天照奈を余所に、皇輝は意外な反応を見せた。
「知ってる。警察官だろ?」
「え、知ってるんだ!?ああ、そうか。お父さんの上司・・・おじいさんから聞いてるんだね。うん、信じられないけど、同じ警察官なんだよ」
「・・・そうだな」
「・・・?じゃあ、次は紫乃ちゃんの番かな」
「わたしの体質は隠されてませんからね。噂を聞いていればわかるでしょう」
「でも、耳が良いことは今日初めて知ったけど?」
「ふふっ。日常生活に活かせるものじゃないですからね・・・こんなのが唯一の自慢なんて!」
「ねえ、紫乃ちゃん。お父さんの跡を継ぐって言ってたけど。もしかして、行きたい大学も既に決めてるの?」
「わたし、高卒で社長の座を譲ってもらうつもりですが。甘いですかね?」
「・・・あのお父さんなら喜んで譲りそうだけどね」
「まあ、わたしなんかの話は良いでしょう。さあ、天照台皇輝が最も気になる、われらが天照奈ちゃんの番ですよ!」
「だから、気にしてないって!」
「え?」
「は?」
「気にして、ないの?こんなに最強に可愛い女の子を?え、嘘・・・男の子なのに!?」
「そ、そりゃあ、ちょっとは気に・・・って、誘導してるだろ!?」
「もうっ、この天照台皇輝!ドードーの上位互換ですか?あははっ!」
「そして、ドードーって誰だよ。俺に似てるのか?」
「ああ、ごめんなさい。全力で謝ります。あんな、一度絶滅した男と比べるなんて・・・キャビアと大便を同じ天秤にかけるようなものですね!」
「紫乃ちゃん、便の話、今日二回目だし。なにより今、食事中だよ?」
「それに、不動堂くんを排泄物に例えるなんて、さすがに酷いんじゃ・・・」
「失礼をば!」
「・・・くくっ・・・あはははっ!」
これまで感情を全く表に出さなかった皇輝が、急に笑い出した。
「ぶふっ!」
「あはははっ!」
「あははっ!」
他の三人もつられて笑い出す。
「はぁ・・・それで、次は雛賀天照奈か?」
「短期爆笑!?」
「一瞬爆笑のち冷静!?」
「まだフルネーム!」
皇輝につられて一瞬で平常心に戻った皆で、思い思いのツッコミを繰り広げる。
「そこは、『友達との会話がこんなに楽しいなんて。俺、知らなかったよぉ!わーん!』って、泣き笑いするところでしょ!?」
「泣くか!そりゃ、イメージより楽しいのは事実だけどな」
「ほお。でも、まだまだこんなものではありませんよ・・・ああ、でも、腹筋を崩壊させるにはメンバーが足りませんね。
ここには精神的に絶滅させる女神と、物理的に絶滅させるサイクロプスしかいません。肝心の絶滅役がいないのです」
「そのドードーとやら。楽しい場のために絶滅させられるのか!?」
「ぶふっ!天照奈ちゃん、もしかするとこっちの天照台皇輝も、全力を出せば絶滅するかもしれませんよ!・・・むむっ、絶滅・・・復活・・・不死鳥、フェニックス!?おおっ!」
何かを思いついたのか。紫乃は興奮気味になった。
「・・・いや、駄目でした。この天照台皇輝、なかなかにしぶといですね。全く愛称が思い浮かびません。・・・てことで、天照奈ちゃん、お願いします!」
「え、何をすればいいの?」
「体質の話を・・・え?今から、もう絶滅させます?」
「あ、いや、流れからそっちかなって。あははっ。
・・・んんっ。わたしの本当の体質なら、試した方が早いかな」
そう言うと、天照奈は裁を追い払うようなジェスチャーをして、皇輝に近づいた。
事情を知る裁は、大人しく天照奈から離れる。
意思疎通が図られているというか、ペットのような扱いを受ける裁に哀れみに似た表情を浮かべる皇輝。
天照奈はその皇輝に近づくと、右手を差し出した。
「皇輝くん、わたしの右手を握ってもらえる?」
「触れても、平気なのか?」
「うん。平気だよ」
「天照奈ちゃんの手を握ったと思って、興奮しないでくださいよ?」
「ん?」
紫乃の言葉を理解できないのか。
不思議そうな顔で、皇輝は、天照奈の右手を自分の右手で握った。
「えっと、触った・・・よな?」
「力を入れてみて?ちょっと強めに」
「・・・こうか?」
皇輝は遠慮しつつも、その右手に強めの力を込めたようだ。
「痛っ!・・・え?握った俺の右手が痛い・・・雛賀天照奈が、握り返しているのか?」
「ああ・・・握手じゃ、やっぱりわかりにくいか。それなら・・・」
「天照台皇輝よ。天照奈ちゃんの頬を全力で叩いてみて下さい!」
「そんなことできるわけないだろう!?」
「・・・皇輝くん。全力じゃなくても、軽くで良いから、叩いてみて?」
「え!?なに、お前ら、俺を脅す気か?立派な傷害罪になるぞ!」
「ああ、真面目ちゃんですね。ソーリーソーリー。じゃあ、人差し指でおでこを突いて下さい!」
「おでこを?」
「です!『まったく、こいつぅ!』って言いながら、じゃれ合うようにお願いします」
「それ、お前が見たいだけだろ!?」
「そうですよ?でも、体質を知ることもできますし」
「・・・いいのか?」
「うん。でも、セリフはいらないからね?」
皇輝は、天照奈の綺麗な顔、額の中心を人差し指で押した。
謎の行動に、加減がわからなくなってしまったのか。どうやら思ったよりも強めに押したらしい。
皇輝は頭から、後ろに仰け反った。
「なん、だと!?」
なんとなくその体質を知ったのか。
首に力を込めつつ、さらにその指に加える力を増したようだ。
「ぐぐっ・・・そ、そういうことか・・・」
天照奈から指を離した皇輝の額、その中心には、指で強く押されたような赤い跡がついていた。
「・・・マジか・・・マジで化け物じゃないか!」
「ちょっと!天照奈ちゃん、化け物呼ばわりは嫌って言ってたでしょ!せめて、破壊神と呼んで下さい!」
「何で破壊神なの!?わたし、まだ何も壊してないよ!」
「不動堂くん・・・あ、何でもない」
ふと思いついたことを言ってしまった裁。破壊神に睨まれ、押し黙る。
「天照台高校を創立した当主と、反対ということか・・・何者も触れることができない。しかも、触れた相手に返ってくる・・・最強じゃないか」
「でもでもーっ!これを見るナリ!」
そう言うと、紫乃は自分のスマートフォンを取り出し、何やら動画を見せた。
「これは・・・水着!?」
皇輝のその反応に、天照奈が目にも止まらぬ早さでスマホを奪い取ろうとする。
「いつの間にデータを!?」
「ふふっ!ヤツから買いました!」
その動きを予測していたのか。紫乃は動画を皇輝に見せながら、こちらも目にも止まらぬ早さで避けた。
「なるほど、もともと触れていたモノの形状が変わったりすれば。完全な無敵ではないのか・・・」
「です!でも・・・え?男の子なのに、水着姿の感想じゃなくて、そっち?」
「いや、ここで水着に興奮する方がおかしいだろ!?」
「ドードーなら喜んで興奮するのに。もうっ、天照台皇輝のムッツリ!
・・・ん?ムッツリ?・・・スケベ・・・鼻血・・・」
「いや、そこから派生する愛称は嫌だぞ!?」
「おおっ、このやりとり、まさにドードーくんじゃないですか。ていうか、わたし、もう決めました。あなたの愛称!」
「後半、良からぬワードがいっぱいあったぞ?」
「ええ。でも、キーワードは不死鳥、フェニックス、鳳凰です」
「おお・・・格好良さそうだな」
「ふふっ!そこから導き出されたのは・・・じゃーん!『皇輝』でーっす!」
「そのままじゃないか!?」
「うん。あなたの名前、愛称を考えるほどに輝かしい立派な名前だと思いました。だから、名前を変えることはわたしにはできません。てことで、よろしくね、皇輝!」
「よ、呼び捨て・・・」
「ふふん!わたしのことは『紫乃ちゃん』と呼んで下さいね。一択です!」
「・・・紫乃、で良いだろう?」
「許可しよう」
「じゃあ、二人は、黒木と雛賀で良いか?」
「・・・僕も、名前で良いけど?」
「わたしも、名前で呼ばれた方が嬉しいかな」
「そ、そうか・・・じゃあ、裁と天照奈。これでいいか?」
「うん!」
「そう、これが、皇輝がズッ友になった瞬間だった。と、可愛く聡明な紫乃ちゃんは締め括ったのであった」
と、紫乃は締め括った。